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第九章 歪な夏
七十七話 アイスは後で買った
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赤い血をまき散らしながら、正義は地面に倒れ込んだ。
うめき声も悲鳴も上げず、体をビクつかせる事も無く、倒れ込んだ彼はただ静かに横たわる。
終わった、洋平の心の中にはただその感情だけが広がっていく。
勝ったという達成感も、生き残ったという喜びも、誰かを殺したという罪悪感も無い。
手の平が力を失い、刃がポトリと地面に落ちる。
体がいきなり重くなり、洋平は膝から地面に崩れ落ちた。
足はガクガクと震え、今になってようやく疲れと痛みが押し寄せる。
「お疲れさま、やったじゃん」
マガズミはひょっこりと現れ、地面にへたりこむ洋平を覗き込んだ。
「新しい力の使い方も覚えたみたいだし、一歩前進って感じかな。調子どう?」
「……聞かなくても分かるだろ」
「まあね」
そう言ってマガズミはクスクスと笑っていたが、何かに気付いたように森の方を見た。
その顔は、洋平が今まで見た事がないような、余裕の無い顔をしている。
「……誰か、いるのか?」
その問いに、マガズミは答えなかった。
答えるまでもなく、気配の主が現れたからだ。
パチパチ、という軽い拍手の音と共に現れたのはサルバシオンだった。
「エクセレント、良い戦いだったよ」
そう言って笑う男、洋平は問うまでもなくその男が選択者であると理解した。
すでに洋平の体は限界が近い、足も腕も徐々に力が入らなくなってきている。
相手の出方を伺い、慎重に戦う余裕はすでに無い。相手に何もさせずに、勝負を決める短期決着しか彼が勝つ方法は無かった。
持てる力を全て腕と足に入れ、洋平はサルバシオンの懐に飛び込もうと考えた。
体が予備動作を取り、いざ飛び込もうとしたその瞬間だ。
彼の腕には、すでにサルバシオンの腕が重ねられていた。
振り払おうと、力を入れてもピクリともしない。まるで空間に腕が磔になっているようだ。
力だけではない、速度も洋平の中の常識を遥かに上回っていた。
目の前の敵に集中した洋平は、刃をサルバシオンに構えてからせいぜい二、三度しかまばたきをしていないはずだった。
にもかかわらず、彼はその姿を完全に見失った。
距離も数メートルはあった、にもかかわらず彼はすでに洋平の腕を掴んでいる。
「よそう、今日は戦いに来たわけじゃないからね」
サルバシオンは、そう言って笑う。
洋平はその笑みを見て理解する、勝てる勝てないだとか、相性の話では無い。
そもそも戦いにならないほどの差が、自分と目の前の男の間にはあると。
「私はただ、彼をスカウトしに来ただけさ」
彼は洋平から手を離すと、倒れた正義を指差した。
「やられちゃったみたいだけど、まあそれはいい」
サルバシオンは倒れた正義の顔を覗き込む、口からは血が溢れ、切り裂かれた傷からは夥しい量の血が流れ出している。
「……五分ってところだな」
正義をヒョイと肩に担ぎ、サルバシオンは歩き出した。
「ま……待てよ!」
洋平の声にサルバシオンは足を止め、振り返る。
「なんでだ? なんで俺を殺さない?」
洋平の疑問はもっともだった、サルバシオンは正義をスカウトしに来たと言った。
思惑はどうあれ彼を仲間へ引きこもうと考えてここへ来た、それは間違いないだろう。
であれば、仲間候補の正義を倒した洋平は彼にとって敵のはずだ。正義の治療を急ぎたいと考えても、あれほどの力の差がある洋平を殺すのにそう時間はいらないはずだった。
「なんでって……君、死にたいのかい?」
「……そういうわけじゃ」
「まあ理由は何個かある、君『沢田洋平』だろ?」
「なっ……何で俺の名前を!?」
「深い理由は無いよ、ちょっと約束があるだけだ。君にはもう少し足掻いてもらう、頑張ってくれ」
サルバシオンは正義を抱えると、一瞬で姿を消した。
彼の言葉の意味を洋平は理解できなかったが、今そんな事はどうでもよかった。
体の力が抜け、芝生の上に体を投げ出す。
夜の触り心地の良い風が吹く、ぼんやりと星空を見ているとひょいとマガズミがまた顔を覗かせた。
「良かったね、よく分かんないけど生き残ってさ」
「ああ、そうだな」
「もうビビッてないの?」
「……なんの事だっけか」
「馬鹿ね、まだボーっとしてるの? 死ぬの、怖くなくなったの? って聞いてるの」
洋平は質問にすぐには答えず、少しの間ぼんやりと空を見る。
名前も知らないような、小さくて綺麗な気がする光が見えた。
「やっぱり怖いよ、死ぬのは」
「じゃあやっぱりもう戦えない? 今回はたまたまで次は無理?」
「……俺は死ぬのが怖い、でもそれと同じくらい目の前で人が死ぬのも怖いんだ。だからさ、俺はまだ戦うよ」
「またあんなのの為に戦えるの?」
「戦うさ、俺がそうしたいって思ったらな」
「自分勝手ね、助けたい相手だけ助けるの?」
「いいだろ? いかにも人間らしくてさ」
そう言って洋平は笑う。
マガズミは分かっていた、洋平は自分が助けたいと思ったら助けると言った。
けれどその言葉が定義は、常識よりもずっと広いという事を。
善人だろうが悪人だろうが、選択者の戦いに巻き込まれ、助けを求めたら助けてしまうのだろうと。
「かっこ悪いわね、でも嫌いじゃない。今のアンタとなら、地獄の果てを見られそうね」
「そうかよ」
マガズミも洋平の隣に並んで寝転び、空を見上げる。
空は言葉で例えてしまうのが無粋なほど、どうしようもなく美しかった。
「あ、そういえば。アンタ、帰んなくていいの?」
「あ」
洋平はポケットに入っていたスマートフォンを取り出す、すでに家を出てから一時間以上たっている。
画面には両親からのメッセージと着信が、ずらりと並んでいた。
「やっべ……急いで帰んねえと!」
洋平はすぐさま今から帰るというメッセージを送り、慌てて立ち上がる。
体はまだ所々痛むが、ゆっくり休んでいるわけにもいかない。
「手、貸してくれ」
「もう貸してるじゃない」
「ちげえよバカ、家に帰んの手伝ってくれって言ってんだよ」
手に持っていた刃をマガズミに投げ返す、マガズミはそれを受け取ってから仕方なさそうにため息を吐くと、面倒くさそうに彼に肩を貸した。
「世話のかかる奴ねぇ」
「いいから! 急ぐぞ!」
「はいはい」
マガズミに肩を貸してもらい、二人はバタバタと家に向かって走る。
この後、洋平が両親にこっぴどく絞られたのは言うまでもない。
「暑っついわねー、アイスでも食べに行かない?」
「まあ……ちょっと今日の暑さはきついしな、行くか」
あの夜から二日が経った、相変わらず暑い上にエアコンも来ない。
洋平は戦いの疲れと痛みからくる倦怠感で、昨日までろくに動けなかった。
だが正直それで済んで良かったのかもしれない、そう思いながら洋平は自分の足を見た。
撃ち抜かれた足の傷はもうない、跡形もなく綺麗に塞がっている。
血液で足を覆うような使い方をしたからか、それとも選択者としての身体能力向上に関係しているのか。
回復の早さについてマガズミは、少し驚いているようだったが、一番可能性が高いのは正義が死んだ事による傷の修復だと言って話を終えた。
順当に考えればその説が一番可能性があるだろう、だが洋平は何となくそれは違うような気がしてならなかった。
正義が生きていて、再び自分の前に現れる。そんな予感が拭えなかった。
「どしたの? また辛気臭い顔して、はやいとこアイス食べに行こうよ」
「急かすなよ、どうせ俺の金で食うんだろうが」
「まあね」
マガズミはクローゼットの中にある洋平の服を適当にひっつかむと、早速部屋で着替えだした。
「おまえっ……! 着替えるならそう言えよ!」
「別に私は気にしないけど?」
「先に玄関で待ってる! 今日は二人ともいないけど、一応降りてくる時は注意しろよ!」
洋平は顔を赤らめて勢いよく部屋を飛び出した、残されたマガズミはクスクスと笑いながら服を着替える。
からかいがあるなあと、マガズミは気分が良かった。
二人はのんびりと、道を行く。
マガズミは久しぶりの人間として街を歩いているからか、やたらと機嫌がいい。
彼らの足は、なぜか自然とあのコンビニへ向かっていた。
もっと近いコンビニが、他にあるにも関わらずだ。
だが洋平は例のコンビニへ行く理由を話さなかった、マガズミも理由を聞かなかった。
歩いていた二人の目に、例のコンビニが映る。
洋平は、突然足を止めた。
「ぶわっ」
そのせいで後ろを歩いていたマガズミは、彼の背中に顔をぶつけてしまった。
「ちょっと、急にどうしたの?」
マガズミは鼻を抑えながら、彼の背中から顔を覗かせる。
洋平の視線の先には、一人の少年がいた。
肩に包帯を巻いた少年が、両親と一緒にコンビニの中へ入って行く。
「ねえ、あれって……」
マガズミが何か言う前に、洋平は黙って走りだした。
「ちょ……ちょっと待ちなさいよ! アイス! 買ってないんですけど!」
洋平は走り続けて、あの夜の公園までやってきた。
あの晩、少年たちがたむろっていたベンチに彼は座った。
「ちょっと、急にどうしたの?」
マガズミが駆け寄り、うつむいた彼に声をかける。
洋平はうつむいたまま、声を殺し泣いていた。
体を震わせ、湧き上がってくる感情を押し殺すように泣いていた。
「アンタ、泣いてんの?」
マガズミは小さくため息を吐き、洋平の隣に座る。
「ちくしょう……何で……」
涙は後から後から溢れ出る、止めようとしたが無駄だった。
感情の整理が追い付かない洋平の背を、マガズミがポンポンと叩く。
「良かったじゃない、アンタのした事が無駄にならなくてさ」
妙に優しい声が、心の整理がつかない洋平には少しだけ耳障りに聞こえてしまう。
「……馬鹿にしてるのか?」
「まさか、今はそんな事しないわよ。アンタさ、嬉しかったんでしょ? あいつを信じた事が、あいつがあそこにいた事が」
「嬉しかったよ、あいつを信じて良かったって……俺は……本気で……嬉しくて」
「人なら誰だって探してる、自分が間違ってなかったって思える瞬間を。そしてアンタはその瞬間を見た、それは泣くには十分すぎる理由よ」
その言葉で、洋平の最後の壁が崩れた。
彼は大声とまではいかないが、それでも年齢には似合わないほどの声で泣いた。
マガズミは何も言わなかった、からかいもせず、慰める事もせず、ただ黙って隣にいた。
その日の空は、心が溶けてしまうほど青く澄み切っていた。
うめき声も悲鳴も上げず、体をビクつかせる事も無く、倒れ込んだ彼はただ静かに横たわる。
終わった、洋平の心の中にはただその感情だけが広がっていく。
勝ったという達成感も、生き残ったという喜びも、誰かを殺したという罪悪感も無い。
手の平が力を失い、刃がポトリと地面に落ちる。
体がいきなり重くなり、洋平は膝から地面に崩れ落ちた。
足はガクガクと震え、今になってようやく疲れと痛みが押し寄せる。
「お疲れさま、やったじゃん」
マガズミはひょっこりと現れ、地面にへたりこむ洋平を覗き込んだ。
「新しい力の使い方も覚えたみたいだし、一歩前進って感じかな。調子どう?」
「……聞かなくても分かるだろ」
「まあね」
そう言ってマガズミはクスクスと笑っていたが、何かに気付いたように森の方を見た。
その顔は、洋平が今まで見た事がないような、余裕の無い顔をしている。
「……誰か、いるのか?」
その問いに、マガズミは答えなかった。
答えるまでもなく、気配の主が現れたからだ。
パチパチ、という軽い拍手の音と共に現れたのはサルバシオンだった。
「エクセレント、良い戦いだったよ」
そう言って笑う男、洋平は問うまでもなくその男が選択者であると理解した。
すでに洋平の体は限界が近い、足も腕も徐々に力が入らなくなってきている。
相手の出方を伺い、慎重に戦う余裕はすでに無い。相手に何もさせずに、勝負を決める短期決着しか彼が勝つ方法は無かった。
持てる力を全て腕と足に入れ、洋平はサルバシオンの懐に飛び込もうと考えた。
体が予備動作を取り、いざ飛び込もうとしたその瞬間だ。
彼の腕には、すでにサルバシオンの腕が重ねられていた。
振り払おうと、力を入れてもピクリともしない。まるで空間に腕が磔になっているようだ。
力だけではない、速度も洋平の中の常識を遥かに上回っていた。
目の前の敵に集中した洋平は、刃をサルバシオンに構えてからせいぜい二、三度しかまばたきをしていないはずだった。
にもかかわらず、彼はその姿を完全に見失った。
距離も数メートルはあった、にもかかわらず彼はすでに洋平の腕を掴んでいる。
「よそう、今日は戦いに来たわけじゃないからね」
サルバシオンは、そう言って笑う。
洋平はその笑みを見て理解する、勝てる勝てないだとか、相性の話では無い。
そもそも戦いにならないほどの差が、自分と目の前の男の間にはあると。
「私はただ、彼をスカウトしに来ただけさ」
彼は洋平から手を離すと、倒れた正義を指差した。
「やられちゃったみたいだけど、まあそれはいい」
サルバシオンは倒れた正義の顔を覗き込む、口からは血が溢れ、切り裂かれた傷からは夥しい量の血が流れ出している。
「……五分ってところだな」
正義をヒョイと肩に担ぎ、サルバシオンは歩き出した。
「ま……待てよ!」
洋平の声にサルバシオンは足を止め、振り返る。
「なんでだ? なんで俺を殺さない?」
洋平の疑問はもっともだった、サルバシオンは正義をスカウトしに来たと言った。
思惑はどうあれ彼を仲間へ引きこもうと考えてここへ来た、それは間違いないだろう。
であれば、仲間候補の正義を倒した洋平は彼にとって敵のはずだ。正義の治療を急ぎたいと考えても、あれほどの力の差がある洋平を殺すのにそう時間はいらないはずだった。
「なんでって……君、死にたいのかい?」
「……そういうわけじゃ」
「まあ理由は何個かある、君『沢田洋平』だろ?」
「なっ……何で俺の名前を!?」
「深い理由は無いよ、ちょっと約束があるだけだ。君にはもう少し足掻いてもらう、頑張ってくれ」
サルバシオンは正義を抱えると、一瞬で姿を消した。
彼の言葉の意味を洋平は理解できなかったが、今そんな事はどうでもよかった。
体の力が抜け、芝生の上に体を投げ出す。
夜の触り心地の良い風が吹く、ぼんやりと星空を見ているとひょいとマガズミがまた顔を覗かせた。
「良かったね、よく分かんないけど生き残ってさ」
「ああ、そうだな」
「もうビビッてないの?」
「……なんの事だっけか」
「馬鹿ね、まだボーっとしてるの? 死ぬの、怖くなくなったの? って聞いてるの」
洋平は質問にすぐには答えず、少しの間ぼんやりと空を見る。
名前も知らないような、小さくて綺麗な気がする光が見えた。
「やっぱり怖いよ、死ぬのは」
「じゃあやっぱりもう戦えない? 今回はたまたまで次は無理?」
「……俺は死ぬのが怖い、でもそれと同じくらい目の前で人が死ぬのも怖いんだ。だからさ、俺はまだ戦うよ」
「またあんなのの為に戦えるの?」
「戦うさ、俺がそうしたいって思ったらな」
「自分勝手ね、助けたい相手だけ助けるの?」
「いいだろ? いかにも人間らしくてさ」
そう言って洋平は笑う。
マガズミは分かっていた、洋平は自分が助けたいと思ったら助けると言った。
けれどその言葉が定義は、常識よりもずっと広いという事を。
善人だろうが悪人だろうが、選択者の戦いに巻き込まれ、助けを求めたら助けてしまうのだろうと。
「かっこ悪いわね、でも嫌いじゃない。今のアンタとなら、地獄の果てを見られそうね」
「そうかよ」
マガズミも洋平の隣に並んで寝転び、空を見上げる。
空は言葉で例えてしまうのが無粋なほど、どうしようもなく美しかった。
「あ、そういえば。アンタ、帰んなくていいの?」
「あ」
洋平はポケットに入っていたスマートフォンを取り出す、すでに家を出てから一時間以上たっている。
画面には両親からのメッセージと着信が、ずらりと並んでいた。
「やっべ……急いで帰んねえと!」
洋平はすぐさま今から帰るというメッセージを送り、慌てて立ち上がる。
体はまだ所々痛むが、ゆっくり休んでいるわけにもいかない。
「手、貸してくれ」
「もう貸してるじゃない」
「ちげえよバカ、家に帰んの手伝ってくれって言ってんだよ」
手に持っていた刃をマガズミに投げ返す、マガズミはそれを受け取ってから仕方なさそうにため息を吐くと、面倒くさそうに彼に肩を貸した。
「世話のかかる奴ねぇ」
「いいから! 急ぐぞ!」
「はいはい」
マガズミに肩を貸してもらい、二人はバタバタと家に向かって走る。
この後、洋平が両親にこっぴどく絞られたのは言うまでもない。
「暑っついわねー、アイスでも食べに行かない?」
「まあ……ちょっと今日の暑さはきついしな、行くか」
あの夜から二日が経った、相変わらず暑い上にエアコンも来ない。
洋平は戦いの疲れと痛みからくる倦怠感で、昨日までろくに動けなかった。
だが正直それで済んで良かったのかもしれない、そう思いながら洋平は自分の足を見た。
撃ち抜かれた足の傷はもうない、跡形もなく綺麗に塞がっている。
血液で足を覆うような使い方をしたからか、それとも選択者としての身体能力向上に関係しているのか。
回復の早さについてマガズミは、少し驚いているようだったが、一番可能性が高いのは正義が死んだ事による傷の修復だと言って話を終えた。
順当に考えればその説が一番可能性があるだろう、だが洋平は何となくそれは違うような気がしてならなかった。
正義が生きていて、再び自分の前に現れる。そんな予感が拭えなかった。
「どしたの? また辛気臭い顔して、はやいとこアイス食べに行こうよ」
「急かすなよ、どうせ俺の金で食うんだろうが」
「まあね」
マガズミはクローゼットの中にある洋平の服を適当にひっつかむと、早速部屋で着替えだした。
「おまえっ……! 着替えるならそう言えよ!」
「別に私は気にしないけど?」
「先に玄関で待ってる! 今日は二人ともいないけど、一応降りてくる時は注意しろよ!」
洋平は顔を赤らめて勢いよく部屋を飛び出した、残されたマガズミはクスクスと笑いながら服を着替える。
からかいがあるなあと、マガズミは気分が良かった。
二人はのんびりと、道を行く。
マガズミは久しぶりの人間として街を歩いているからか、やたらと機嫌がいい。
彼らの足は、なぜか自然とあのコンビニへ向かっていた。
もっと近いコンビニが、他にあるにも関わらずだ。
だが洋平は例のコンビニへ行く理由を話さなかった、マガズミも理由を聞かなかった。
歩いていた二人の目に、例のコンビニが映る。
洋平は、突然足を止めた。
「ぶわっ」
そのせいで後ろを歩いていたマガズミは、彼の背中に顔をぶつけてしまった。
「ちょっと、急にどうしたの?」
マガズミは鼻を抑えながら、彼の背中から顔を覗かせる。
洋平の視線の先には、一人の少年がいた。
肩に包帯を巻いた少年が、両親と一緒にコンビニの中へ入って行く。
「ねえ、あれって……」
マガズミが何か言う前に、洋平は黙って走りだした。
「ちょ……ちょっと待ちなさいよ! アイス! 買ってないんですけど!」
洋平は走り続けて、あの夜の公園までやってきた。
あの晩、少年たちがたむろっていたベンチに彼は座った。
「ちょっと、急にどうしたの?」
マガズミが駆け寄り、うつむいた彼に声をかける。
洋平はうつむいたまま、声を殺し泣いていた。
体を震わせ、湧き上がってくる感情を押し殺すように泣いていた。
「アンタ、泣いてんの?」
マガズミは小さくため息を吐き、洋平の隣に座る。
「ちくしょう……何で……」
涙は後から後から溢れ出る、止めようとしたが無駄だった。
感情の整理が追い付かない洋平の背を、マガズミがポンポンと叩く。
「良かったじゃない、アンタのした事が無駄にならなくてさ」
妙に優しい声が、心の整理がつかない洋平には少しだけ耳障りに聞こえてしまう。
「……馬鹿にしてるのか?」
「まさか、今はそんな事しないわよ。アンタさ、嬉しかったんでしょ? あいつを信じた事が、あいつがあそこにいた事が」
「嬉しかったよ、あいつを信じて良かったって……俺は……本気で……嬉しくて」
「人なら誰だって探してる、自分が間違ってなかったって思える瞬間を。そしてアンタはその瞬間を見た、それは泣くには十分すぎる理由よ」
その言葉で、洋平の最後の壁が崩れた。
彼は大声とまではいかないが、それでも年齢には似合わないほどの声で泣いた。
マガズミは何も言わなかった、からかいもせず、慰める事もせず、ただ黙って隣にいた。
その日の空は、心が溶けてしまうほど青く澄み切っていた。
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途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
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追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
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