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第一章 猫を拾った日
十二話 クラッシュアームズ
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どことなく漂う湿った空気は、もうじき雨が降る事を二人に予感させた。
「リストに書いてあった住所によれば、あの建物で間違いなさそうですね」
バグウェットとシギの二人は上納品のリストに書いてあった住所にやってきた、彼らの視線の先にはシャッターの降りた巨大な建物がある。
タクシーを使ってここまでやってきたが、途中渋滞に巻きこまれてしまい到着したのは贖罪会の始まる一時間前だった。
「もう、手遅れなんじゃないですか? 無駄足って可能性もありますよ?」
その可能性は十分に考えられた、今から彼らがリウの元に行ったとして無駄足に終わる可能性は捨てきれない。
「かもな、だが俺はあいつの事を最後まで責任取るって依頼を受けちまった。だから俺は行かなきゃならねえんだよ」
「本当に難儀な人ですね、付き合わされるこっちの身にもなってくださいよ」
「うるせえって、さっさと終わらせて帰るぞ」
お互いに憎まれ口を叩き合いながら建物へ向かう、空を覆った分厚い雲から一粒、また一粒と水滴が落ちてきた。
「じゃあ僕はこの辺で、位置に付いたら連絡します」
「分かった」
「そういえば聞いて無かったんですけど、どこから攻めます?」
「俺は馬鹿だから攻め方を一個しか知らねえんだよ、知ってるだろ?」
その言葉に頷くとシギはバグウェットと別れた、暗闇に彼が完全に飲まれるまで見送りバグウェットは歩き出した。
建物に向かって歩きながら煙草に火を点ける、甘苦い煙を吐き出しながら彼は肩にかけていたバックに手を入れた。
爆発の起こる少し前、二階の隅にいたオルロの元にバーレンに連れられメルムたちは戻ってきた。
「申し訳ありませんでした!」
メルムたちは戻るなり揃ってオルロに頭を下げた、彼らはもう一度殴られても構わないと思っていた、組織を追いだされる事もあり得るだろうと考えていた。下手をすれば、それ以上の制裁が加えられる可能性も考えていた。
だがそれでも構わない、そう覚悟を決めて頭を下げた。
「お前ら……頭上げろ」
オルロのいつもより低い声が聞こえた、五人は意を決して頭を上げた。
「別に頭下げなくていいって、話はバーレンから聞いたんだろ?」
目の前にいたオルロは拍子抜けするほど気の抜けた様子だった、その様子から怒りは全く感じられない。
投げかけられた問いに五人は頷いた。
「じゃあ分かっちゃったわけだ、俺のかっこよさってやつが」
もう一度五人は頷く、それを見て満足そうにオルロも頷いた。
「いやあ参ったね、多くは語らない渋さってやつが滲み出ちゃってたかなあ?」
そう言ってオルロは笑う、五人は口を開けたまま自慢げな自分たちのボスを見る事しかできなかった。
「必要な事すら語らないのは、ただの馬鹿ですけどね」
「そこ、うるさいぞ」
バーレンの皮肉を切り捨て、オルロは改めて五人の方を真っ直ぐに見た。その目が五人の姿を、サングラス越しでもしっかりと捉えている事が分かる。五人は背筋が自然と伸びるような気がした。
「生きてりゃ結構、俺はリリアックを束ねる者としてお前らの命を守る義務がある。感謝はしなくていい、だから忘れんな。銃を使ってはしゃぐのにも責任が伴うってな」
「はい!」
「良い返事だ、じゃ祭りが始まるまで待機」
五人は少し離れた所で一階の様子を伺う事にした、オルロの言う祭りが何を指すのかは分からないが、時が来れば分かるのだろうと思い深く考えてはいなかった。
バーレンはオルロの隣で一階の様子を見る、ちょうどリウがラインズに写真を見せられている場面だった。
横顔はわずかにしか見えないが、椅子に座る少女が絶望しているというのはすぐに分かった。
「ひでぇもんだな、あそこまでの外道は中々お目にかかれねえぞ」
「そうでしょうか? あのくらい、誰でもやっている事でしょう」
オルロはバーレンの言葉を冷たいとは言えなかった、曲がりなりにもフリッシュ・トラベルタで活動する組織の長である彼は、今まで嫌というほど人の悪性を見てきた。
妻を殺す男を見た。
子供の首を絞める親を見た。
老人を複数人で殴り殺した若者たちを見た。
吐き気を催すような方法で人を死に至らしめ笑う者を……見た。
ありとあらゆる悪性を見た、そして彼もまた自分のやってきた事が全て正しいとは思わない。彼はもし神が善と悪でこの世界を分けたとしたら、自分が悪の側に行くだろうと考えていた。
「まさかとは思いますが、あの少女に情でも湧きましたか?」
「……少し話しただけの相手に情が湧くほど、俺は優しくねぇーっつうの」
オルロはリウと話をした、だがそれが何だと言うのだろう。たったあれだけの会話で情など湧くはずも無い、ただ目の前にいたのは愚かしいほど正直に父親を愛する少女だった。それだけだったのだ。
眼下で泣き叫びながらラインズに食い掛る彼女を、オルロはぞくりとするほど冷たい目で見ていた。
「だがな……期待はしてるんだ」
「何をですか?」
「あの子が祭りを連れてくるんじゃないかってな」
そう言って笑うオルロ、バーレンがその言葉を聞き目を丸くした時だった。
凄まじい爆発音、慌てふためくローグたち、混沌に包まれた空間でオルロは目を輝かせ笑っていた。離れた場所にいた五人もすぐさま二人の場所に駆けてきた。
「お二人とも怪我は!?」
「ほんとうにあなたという人は……!」
諦め半分、呆れ半分といった表情を浮かべるバーレン、オルロは五人を手招きし一階の様子が良く見える場所に呼んだ。
「祭りが来たぞ! いいかお前ら、ぜってえ見逃すんじゃねえぞ!」
「オルロさん、これは一体……?」
混乱する五人は何が起きているのか分からない、この爆発もオルロの興奮も何一つ理解できなかった。
「来たんだよ、この街で一番馬鹿な男が!」
けなす言葉を吐きながら、満面の笑みを浮かべるオルロの姿はヒーローを見る少年の様に無邪気だった。
「ちくしょう! どこのどいつだ、こんなふざけた真似をしやがったのは!?」
ローグはシャッターに空いた大穴に向かって銃口を向ける、爆発によりシャッターはそのほとんどを破壊されてしまっていた。
「お前らもギャーギャー騒ぐんじゃねえ! 構えろ!」
平静を欠いていた男たちは、ローグの怒号でどうにか落ち着きを取り戻した。各々が装備していた銃を、煙の中に向ける。
かなりの規模の組織が攻めて来たのか、もしくはパワードスーツを着た自分たちに恨みを持つ人間が突っ込んできたのか、彼らには分からない。
煙の中に人影が浮かぶ、男たちはゴクリと生唾を飲み込んだ。
「夜分遅くに悪いなあ、ここにガキが来てねえか? とびきり生意気な奴」
煙の中から現れたのは何とも冴えない男だった、たった一人でのらくらと歩く中年の男、自分たちの想像とあまりにかけ離れた姿にローグたちは固まってしまった。
だがローグは徐々に状況を理解しだす、確かに冴えない男だが右腕には黒光りする回転式グレネードランチャーを持っている。肩にかけたバックも気になるところだが、重要なのはそこでは無い。
目の前の男が、自分たちへの明確な敵意を持ってここへ来たという事だ。
「てめぇ……いったいどこの組織のもんだ!?」
ローグの問いには答えず、男は辺りを見回し部屋の中央にいたリウを見つけた。
「バグウェット……?」
「久しぶり、元気してたか?」
煙草を吐き捨てリウだけを見て軽口を叩くバグウェット、ローグたちの事など眼中に無いとでも言いたげな彼の態度は、ローグとその部下たちの怒りを買った。
「こいつイカレてやがんのか? おい! 誰か摘まみだせ!」
ローグの命令で、一人の若い男がバグウェットに向かって歩き出した。
その男もまた、バグウェットと同じように右腕が義手だった。
「俺に任せてください、ちょうど新しくした義手も試してみたかったんで」
男はそう言うや否や、バグウェットに殴りかかった。勢いよく顔面に拳が放たれる、バグウェットは右手に持っていたグレネードランチャーを左手に素早く持ち替え、男の拳を受け止めた。
「おっさんも義手か、だが見た感じ結構古いモデルだろ」
「N&AのBー1000だ、そういうお前は随分と新しいのを使ってるな」
男はコートの袖口から見えたバグウェットの義手を見て、馬鹿にしたように笑う。義手は新しい物になればなるほど指が細くなり、全体的に洗練されたデザインになり、それにより人間の手とほぼ変わらない細やかな動作が可能となる。
バグウェットの使う義手は指が太く、殴りかかってきた男の物と比べるとより機械的だった。
「俺のはS&Lの新モデル、お前のみたいな骨董品じゃねえんだよ!」
男は受け止められた腕をバグウェットに向かって押し込もうとした、義手が新しくなり向上するのは精密性だけではない、新しい物の方がより強度が高い材質で作られ、人体との接合率も高くより力を出しやすい。
早い話が男の使う義手はバグウェットの物よりも、数段上等な物だという事だ。
男は力で押し勝ち、バグウェットの顔面を二、三発殴り追い出そうと考えていた。だが男の思惑通りに事は運ばなかった。
どれだけ力を入れても、拳を押し込む事が出来ない。もう一度殴り直そうと考えた男は一旦距離を取るため、バグウェットの腕を振り払おうとした。
だがそれも叶わない、凄まじい力で拳を握られている。
「お前の義手……確か義手でも女が抱けるって触れ込みで売ってたやつだよな?」
「そ……それがどうしたってんだ!」
男は必死にバグウェットから離れようとするが、彼の余りの力に何もできずただ藻掻いていた。
「精密性、更には最高レベルの神経伝達システムのおかげで本物の腕と遜色ないんだってな?」
「てめぇ……一体何が言いてえんだ!?」
男の問いには答えず、バグウェットが力を込めるとミシミシと音を立て、男の拳は握り潰されていく。関節が砕け、指の部分が折れ始める、余りの圧力で留め具がはじけ飛び辺りに部品が散らばり始めた。
泣き叫ぶ男の足元には、腕から流れ出したアームオイルが茶色い水溜まりを作っていく。
彼は最新モデルの義手に変えた事を心の底から後悔した、せめて一つ前の物ならばここまでの激痛に苦しむことは無かっただろう、高すぎる神経伝達システムのおかげで彼はゆっくりと拳が握りつぶされる感覚を味わっていた。
「気の毒だと思ってよ、一つ前の型ならそこまで痛みも無かっただろうに」
「う……うううう」
握りつぶされた拳を抱え、男は地面に倒れ込み呻いている。バグウェットの手からは、男の義手を握りつぶした時についたアームオイルがポタポタと垂れていた。
「こいつ……義手をフレームごと……? おいラインズ! あいつはどこの誰だ!?」
仲間に部屋の隅に引きずられていく部下を見て、ローグは自身の記憶を辿る。
彼は目の前にいる男を知らない、恨まれる筋合いも襲われる筋合いも無い。となれば、因縁があるのはラインズの方だと彼は判断した。
「こいつは今日一日リウの面倒を見ていた男だ、しかしなぜここに……?」
今日一日、面倒を見た、その言葉だけでローグは目の前にいる男を理解したような気になった。
「はっ……分かったぜ。てめぇあのガキに情でも湧いたんだろ? 一日世話してあいつの身の上話の一つでも聞いて同情でもしたか!?」
ローグの言葉を聞いたラインズもそうに違いないと確信した、そして同時にバグウェットの事を愚かだと、とんでもない大馬鹿者だと思った。
「そうか、そういう事か! それでヒーロー気取りで乗り込んできたというわけか! これは傑作だ! たかだか一日程度の付き合いの人間のために命を捨てるとはな!」
男たちは一斉に銃口をバグウェットに向けた、絶望的な状況の中で彼はいつもの調子を崩す事なく煙草に火を点けた。
「うるせえなあ、勝手な憶測で騒ぐんじゃねえよ。俺は仕事で来ただけだ、別に情もなんもねえよ」
心底だるそうに煙草を吸うバグウェット、あまりにも余裕ある態度がローグたちは理解できない。圧倒的な戦力差、それを覆すだけの策がバグウェットにあるようには見えなかった。
「どうして……? どうして来たのよ!」
リウもまたバグウェットの行動を理解できなかった、彼の言葉を信じず、罵倒しこの結果を招いたのは紛れも無い自分の責任だ。
初めは嬉しかった、自分を助けに来てくれた事は素直に嬉しかった。だがそれゆえに逃げて欲しかった、自分の為にバグウェットが死んでほしくない、そんな思いが彼女にはあった。
「……なんでそういう風に言っちまうかな、ここへ来たのは仕事だっつてんだろ! お前の事は責任取れって言われてんだよ、大体なあ助けに来てやったんだからウダウダ言ってねえで助けてーとでも泣き叫びやがれボケ!」
その場にいた全員が言葉を失った、その中で唯一オルロだけはその様子を見て笑い転げていた。
「リストに書いてあった住所によれば、あの建物で間違いなさそうですね」
バグウェットとシギの二人は上納品のリストに書いてあった住所にやってきた、彼らの視線の先にはシャッターの降りた巨大な建物がある。
タクシーを使ってここまでやってきたが、途中渋滞に巻きこまれてしまい到着したのは贖罪会の始まる一時間前だった。
「もう、手遅れなんじゃないですか? 無駄足って可能性もありますよ?」
その可能性は十分に考えられた、今から彼らがリウの元に行ったとして無駄足に終わる可能性は捨てきれない。
「かもな、だが俺はあいつの事を最後まで責任取るって依頼を受けちまった。だから俺は行かなきゃならねえんだよ」
「本当に難儀な人ですね、付き合わされるこっちの身にもなってくださいよ」
「うるせえって、さっさと終わらせて帰るぞ」
お互いに憎まれ口を叩き合いながら建物へ向かう、空を覆った分厚い雲から一粒、また一粒と水滴が落ちてきた。
「じゃあ僕はこの辺で、位置に付いたら連絡します」
「分かった」
「そういえば聞いて無かったんですけど、どこから攻めます?」
「俺は馬鹿だから攻め方を一個しか知らねえんだよ、知ってるだろ?」
その言葉に頷くとシギはバグウェットと別れた、暗闇に彼が完全に飲まれるまで見送りバグウェットは歩き出した。
建物に向かって歩きながら煙草に火を点ける、甘苦い煙を吐き出しながら彼は肩にかけていたバックに手を入れた。
爆発の起こる少し前、二階の隅にいたオルロの元にバーレンに連れられメルムたちは戻ってきた。
「申し訳ありませんでした!」
メルムたちは戻るなり揃ってオルロに頭を下げた、彼らはもう一度殴られても構わないと思っていた、組織を追いだされる事もあり得るだろうと考えていた。下手をすれば、それ以上の制裁が加えられる可能性も考えていた。
だがそれでも構わない、そう覚悟を決めて頭を下げた。
「お前ら……頭上げろ」
オルロのいつもより低い声が聞こえた、五人は意を決して頭を上げた。
「別に頭下げなくていいって、話はバーレンから聞いたんだろ?」
目の前にいたオルロは拍子抜けするほど気の抜けた様子だった、その様子から怒りは全く感じられない。
投げかけられた問いに五人は頷いた。
「じゃあ分かっちゃったわけだ、俺のかっこよさってやつが」
もう一度五人は頷く、それを見て満足そうにオルロも頷いた。
「いやあ参ったね、多くは語らない渋さってやつが滲み出ちゃってたかなあ?」
そう言ってオルロは笑う、五人は口を開けたまま自慢げな自分たちのボスを見る事しかできなかった。
「必要な事すら語らないのは、ただの馬鹿ですけどね」
「そこ、うるさいぞ」
バーレンの皮肉を切り捨て、オルロは改めて五人の方を真っ直ぐに見た。その目が五人の姿を、サングラス越しでもしっかりと捉えている事が分かる。五人は背筋が自然と伸びるような気がした。
「生きてりゃ結構、俺はリリアックを束ねる者としてお前らの命を守る義務がある。感謝はしなくていい、だから忘れんな。銃を使ってはしゃぐのにも責任が伴うってな」
「はい!」
「良い返事だ、じゃ祭りが始まるまで待機」
五人は少し離れた所で一階の様子を伺う事にした、オルロの言う祭りが何を指すのかは分からないが、時が来れば分かるのだろうと思い深く考えてはいなかった。
バーレンはオルロの隣で一階の様子を見る、ちょうどリウがラインズに写真を見せられている場面だった。
横顔はわずかにしか見えないが、椅子に座る少女が絶望しているというのはすぐに分かった。
「ひでぇもんだな、あそこまでの外道は中々お目にかかれねえぞ」
「そうでしょうか? あのくらい、誰でもやっている事でしょう」
オルロはバーレンの言葉を冷たいとは言えなかった、曲がりなりにもフリッシュ・トラベルタで活動する組織の長である彼は、今まで嫌というほど人の悪性を見てきた。
妻を殺す男を見た。
子供の首を絞める親を見た。
老人を複数人で殴り殺した若者たちを見た。
吐き気を催すような方法で人を死に至らしめ笑う者を……見た。
ありとあらゆる悪性を見た、そして彼もまた自分のやってきた事が全て正しいとは思わない。彼はもし神が善と悪でこの世界を分けたとしたら、自分が悪の側に行くだろうと考えていた。
「まさかとは思いますが、あの少女に情でも湧きましたか?」
「……少し話しただけの相手に情が湧くほど、俺は優しくねぇーっつうの」
オルロはリウと話をした、だがそれが何だと言うのだろう。たったあれだけの会話で情など湧くはずも無い、ただ目の前にいたのは愚かしいほど正直に父親を愛する少女だった。それだけだったのだ。
眼下で泣き叫びながらラインズに食い掛る彼女を、オルロはぞくりとするほど冷たい目で見ていた。
「だがな……期待はしてるんだ」
「何をですか?」
「あの子が祭りを連れてくるんじゃないかってな」
そう言って笑うオルロ、バーレンがその言葉を聞き目を丸くした時だった。
凄まじい爆発音、慌てふためくローグたち、混沌に包まれた空間でオルロは目を輝かせ笑っていた。離れた場所にいた五人もすぐさま二人の場所に駆けてきた。
「お二人とも怪我は!?」
「ほんとうにあなたという人は……!」
諦め半分、呆れ半分といった表情を浮かべるバーレン、オルロは五人を手招きし一階の様子が良く見える場所に呼んだ。
「祭りが来たぞ! いいかお前ら、ぜってえ見逃すんじゃねえぞ!」
「オルロさん、これは一体……?」
混乱する五人は何が起きているのか分からない、この爆発もオルロの興奮も何一つ理解できなかった。
「来たんだよ、この街で一番馬鹿な男が!」
けなす言葉を吐きながら、満面の笑みを浮かべるオルロの姿はヒーローを見る少年の様に無邪気だった。
「ちくしょう! どこのどいつだ、こんなふざけた真似をしやがったのは!?」
ローグはシャッターに空いた大穴に向かって銃口を向ける、爆発によりシャッターはそのほとんどを破壊されてしまっていた。
「お前らもギャーギャー騒ぐんじゃねえ! 構えろ!」
平静を欠いていた男たちは、ローグの怒号でどうにか落ち着きを取り戻した。各々が装備していた銃を、煙の中に向ける。
かなりの規模の組織が攻めて来たのか、もしくはパワードスーツを着た自分たちに恨みを持つ人間が突っ込んできたのか、彼らには分からない。
煙の中に人影が浮かぶ、男たちはゴクリと生唾を飲み込んだ。
「夜分遅くに悪いなあ、ここにガキが来てねえか? とびきり生意気な奴」
煙の中から現れたのは何とも冴えない男だった、たった一人でのらくらと歩く中年の男、自分たちの想像とあまりにかけ離れた姿にローグたちは固まってしまった。
だがローグは徐々に状況を理解しだす、確かに冴えない男だが右腕には黒光りする回転式グレネードランチャーを持っている。肩にかけたバックも気になるところだが、重要なのはそこでは無い。
目の前の男が、自分たちへの明確な敵意を持ってここへ来たという事だ。
「てめぇ……いったいどこの組織のもんだ!?」
ローグの問いには答えず、男は辺りを見回し部屋の中央にいたリウを見つけた。
「バグウェット……?」
「久しぶり、元気してたか?」
煙草を吐き捨てリウだけを見て軽口を叩くバグウェット、ローグたちの事など眼中に無いとでも言いたげな彼の態度は、ローグとその部下たちの怒りを買った。
「こいつイカレてやがんのか? おい! 誰か摘まみだせ!」
ローグの命令で、一人の若い男がバグウェットに向かって歩き出した。
その男もまた、バグウェットと同じように右腕が義手だった。
「俺に任せてください、ちょうど新しくした義手も試してみたかったんで」
男はそう言うや否や、バグウェットに殴りかかった。勢いよく顔面に拳が放たれる、バグウェットは右手に持っていたグレネードランチャーを左手に素早く持ち替え、男の拳を受け止めた。
「おっさんも義手か、だが見た感じ結構古いモデルだろ」
「N&AのBー1000だ、そういうお前は随分と新しいのを使ってるな」
男はコートの袖口から見えたバグウェットの義手を見て、馬鹿にしたように笑う。義手は新しい物になればなるほど指が細くなり、全体的に洗練されたデザインになり、それにより人間の手とほぼ変わらない細やかな動作が可能となる。
バグウェットの使う義手は指が太く、殴りかかってきた男の物と比べるとより機械的だった。
「俺のはS&Lの新モデル、お前のみたいな骨董品じゃねえんだよ!」
男は受け止められた腕をバグウェットに向かって押し込もうとした、義手が新しくなり向上するのは精密性だけではない、新しい物の方がより強度が高い材質で作られ、人体との接合率も高くより力を出しやすい。
早い話が男の使う義手はバグウェットの物よりも、数段上等な物だという事だ。
男は力で押し勝ち、バグウェットの顔面を二、三発殴り追い出そうと考えていた。だが男の思惑通りに事は運ばなかった。
どれだけ力を入れても、拳を押し込む事が出来ない。もう一度殴り直そうと考えた男は一旦距離を取るため、バグウェットの腕を振り払おうとした。
だがそれも叶わない、凄まじい力で拳を握られている。
「お前の義手……確か義手でも女が抱けるって触れ込みで売ってたやつだよな?」
「そ……それがどうしたってんだ!」
男は必死にバグウェットから離れようとするが、彼の余りの力に何もできずただ藻掻いていた。
「精密性、更には最高レベルの神経伝達システムのおかげで本物の腕と遜色ないんだってな?」
「てめぇ……一体何が言いてえんだ!?」
男の問いには答えず、バグウェットが力を込めるとミシミシと音を立て、男の拳は握り潰されていく。関節が砕け、指の部分が折れ始める、余りの圧力で留め具がはじけ飛び辺りに部品が散らばり始めた。
泣き叫ぶ男の足元には、腕から流れ出したアームオイルが茶色い水溜まりを作っていく。
彼は最新モデルの義手に変えた事を心の底から後悔した、せめて一つ前の物ならばここまでの激痛に苦しむことは無かっただろう、高すぎる神経伝達システムのおかげで彼はゆっくりと拳が握りつぶされる感覚を味わっていた。
「気の毒だと思ってよ、一つ前の型ならそこまで痛みも無かっただろうに」
「う……うううう」
握りつぶされた拳を抱え、男は地面に倒れ込み呻いている。バグウェットの手からは、男の義手を握りつぶした時についたアームオイルがポタポタと垂れていた。
「こいつ……義手をフレームごと……? おいラインズ! あいつはどこの誰だ!?」
仲間に部屋の隅に引きずられていく部下を見て、ローグは自身の記憶を辿る。
彼は目の前にいる男を知らない、恨まれる筋合いも襲われる筋合いも無い。となれば、因縁があるのはラインズの方だと彼は判断した。
「こいつは今日一日リウの面倒を見ていた男だ、しかしなぜここに……?」
今日一日、面倒を見た、その言葉だけでローグは目の前にいる男を理解したような気になった。
「はっ……分かったぜ。てめぇあのガキに情でも湧いたんだろ? 一日世話してあいつの身の上話の一つでも聞いて同情でもしたか!?」
ローグの言葉を聞いたラインズもそうに違いないと確信した、そして同時にバグウェットの事を愚かだと、とんでもない大馬鹿者だと思った。
「そうか、そういう事か! それでヒーロー気取りで乗り込んできたというわけか! これは傑作だ! たかだか一日程度の付き合いの人間のために命を捨てるとはな!」
男たちは一斉に銃口をバグウェットに向けた、絶望的な状況の中で彼はいつもの調子を崩す事なく煙草に火を点けた。
「うるせえなあ、勝手な憶測で騒ぐんじゃねえよ。俺は仕事で来ただけだ、別に情もなんもねえよ」
心底だるそうに煙草を吸うバグウェット、あまりにも余裕ある態度がローグたちは理解できない。圧倒的な戦力差、それを覆すだけの策がバグウェットにあるようには見えなかった。
「どうして……? どうして来たのよ!」
リウもまたバグウェットの行動を理解できなかった、彼の言葉を信じず、罵倒しこの結果を招いたのは紛れも無い自分の責任だ。
初めは嬉しかった、自分を助けに来てくれた事は素直に嬉しかった。だがそれゆえに逃げて欲しかった、自分の為にバグウェットが死んでほしくない、そんな思いが彼女にはあった。
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