ガドリング・フィールド

猫パンチ三世

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第二章 機械仕掛けのあなたでも

二十六話 アイアンクロウ

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「まじかよ」

 バグウェットに向けられた銃器の名は、C&C社製重機関銃ブローニングM3。
 威力、速射性共に高く、治安部隊や数多くの組織が使用している。この銃のもっとも特筆すべき点は、その安定性及び完成度の高さに由来する信頼度である。

 この銃の前身であるM2が兵器として採用されたのは今から八百年以上前の千九百三十三年、名前はM2からM3に変更され使用されている材質も時代と共に変化した。
 にもかかわらずこの銃の基本的な構造は、ほとんど変化していない。
 それはすでに八百年以上前の時点で、この銃が完成された事を意味していた。
 
 銃口を向け、一瞬の間を置いて弾丸が放たれる。
 アウルとバグウェットは赤の他人というわけでは無い、何度か仕事で協力を依頼した事もあり、友好的とまではいかずともそれなりの関係を築いていた……はずだった。
 放たれた弾丸をバグウェットはどうにか避ける、彼のいた場所には拳大ほどの弾痕が縦に並んでいる。この銃撃は威嚇や牽制では無い、バグウェットを殺すという殺意が込められていた。

「おいオウル! てめえまじで殺す気か!」

 その言葉に返事は無い、銃口は再び彼に向けられた。


「ねえシギ君、バグウェットは大丈夫かな?」

「多分としか、僕らには祈る事しかできませんよ」

 二人はバグウェットの後方五十メートルほどの場所で、物陰に隠れながら彼の戦いを見守っていた。
 彼と相対する黒い機体、それはリウが初めて見る物だ。

「あれは何なの? バグウェットは人形とか言ってたけど」

「僕もああいうのは詳しくないですけど……あれはSFM、平たく言えばロボットですよ」

 過去の大戦を経て、ロボット工学は大きく進歩した。
 とりわけ軍事用・戦闘用ロボット技術の発展がめざましくそれはすでに過去のロボットとは一線を画く存在となっている。

 それらはSuperFreestandingMobileweapons(超自立型機動兵器)、SFMと呼ばれる。 
 高い運動性能、人の命令に頼らず自らで最適な判断を下し行動する事ができる知能、命令に異論を唱える事も無く私情を挟むことも無い。
 装備を換装する事によって偵察、索敵、拠点攻撃、対人制圧、物資の運搬までありとあらゆる任務を可能とする。
 また形状も人型、獣型、戦車のような形態のものまで多岐に渡る。
 
 現在バグウェットと戦っているのは、ジェルダート社製JSー32という機体だ。
 ジェルダート社は軍事用ロボットの分野では五本の指に入る、他社に見られるようスタイリッシュでどちらかと言えば見栄えに重きを置いた機体とは異なり、堅実で汎用性に富んだ実用性重視の機体を造っている。
 他社と比べて装甲やフレームの強度が高く、またシンプルな機体構造などから整備のしやすさ、また豊富な拡張パーツによる様々な局面に対応する事ができるのが特徴だ。
 
「オウルさんはああいったロボットにも強いですからね、自分で機体をカスタムしてるんですよ」

 オウルはロボット工学にも精通しており、まず自分で素体となる機体を購入しそれを自分好みにカスタマイズする。
 戦闘中の機体も、素体はJSー32だが大きく手が加えられており右手には腕部一体型重機関銃ブローニングM3、装甲を元のアルミニウム合金からチタン合金へ変更、各部スラスターの増設などの仕様変更を加える事で、この世に二つと無い特別仕様の機体、JSー32・スケアクロウを完成させた。

「ったく……こんな事ならもっとの持ってくるんだったぜ」

 バグウェットはため息を吐きながら、銃弾を避け続ける。
 放たれた弾丸は壁や地面に弾痕を残し、その威力を彼に見せつけた。

『やっぱ年の割に良く動くね、そんじゃもうちょいキツめにいっとこうか?』

 不意に銃撃が止まる、機体頭部中央のカメラが怪しく輝いた。
 全高三・五メートル、重量二百キロの機体が、バグウェットに向かって突撃する。鉄の塊のような左腕が彼に振り下ろされる、すんででそれを躱すと地面は砂糖菓子でも砕くように簡単に砕かれた。

「この……!」

 バグウェットは胸からクーガーを取り出し弾丸を放つが、それが当たるスケアクロウでは無い。
 スケアクロウは二足歩行の人型の機体だ、四角く剛健な胴体に重機関銃と展開式の左腕を装備している。
 四角い頭部には十字の溝がありそこを丸形の高性能カメラが滑るように移動する、背部には機動性を上げるための大型スラスターがあり、また腰部のスラスターや足に増設された補助スラスターによってスケアクロウは高い機動性を誇る。

 先ほどバグウェットが放った弾丸を躱す事は、この機体にとっては容易い事だ。そもそも当たったとしても、クーガーで使用する弾丸ではスケアクロウはもちろん他の軍事用ロボットの装甲を撃ち抜く事はできない。

「当たってくれてもいいじゃねえかよ……」

 今の彼にはスケアクロウを破壊するだけの威力を持った銃は無い、ならばやれる事は一つしか無かった。
 銃を懐にしまい、バグウェットはあろうことか機体に向かって走り出した。

「バグウェット!?」

 リウの叫びを背中に受けながら、彼は走る。
 無謀ともいえるその行動を見て、シギは驚きも慌てもしなかった。この状況下でバグウェットがする行為の中に、一つとて無駄なものがない事を知っているからだ。
 走り出しその機体に接近する事こそが、この状況を打開するために必要な事だと信じているからに他ならない。

 距離を取った戦いで今のバグウェットに勝ち目は無い、今の彼にはスケアクロウの装甲を破壊する手立てがないからだ。
 距離を取って戦い続ければやがて体力は尽き、動きが鈍り足も止まる。そうなれば彼の体は、重機関銃によって体を肉片に加工されてしまう。

 そうならないために彼は走った、接近戦も得策とはいえないがそれでも遠距離線よりは望みがある。

 彼の狙いは、スケアクロウのメインカメラだ。

「カメラさえぶっ壊しゃなんとかなるだろ!」

 自らを鼓舞しながら走るバグウェットに銃口が向けられ、弾丸が放たれる。
 銃声が一つなるたびに、排出された薬莢が地面を打つ小気味よい音が響く。すでにスケアクロウの足元には鉄の水溜まりが出来上がっていた。

 放たれる弾雨を潜り抜け、バグウェットはスケアクロウに肉薄した。もう少し、後は機体をよじ登りカメラを破壊するだけだ。

 見えた僅かな勝機、だがそれを打ち砕くように黒い機体は左手を上げた。
 四角い殻のような装甲が展開する、それは三本の鍵爪のように見えた。

「うわ……!」

「うっ……!」

 バグウェットから離れていた二人ですら耳を塞ぐ不快な音、体の中から揺らされるような感覚。その原因はスケアクロウの左手に現れた三本の鍵爪のせいだ、左手に装着されているのは超高速振動によって目標を切り裂くソニックブレイドを改造した物だ。
 ソニックブレイドは特殊加工された超高硬度金属の刃を高速で振動させることで、切断する対象の分子結合を緩め切断する。

 それ自体はありふれた装備であり、特別珍しい技術を使っているわけではない。ちなみに形状が爪なのは、ただ単純にオウルの趣味だ。

「こいつは……中々キツイな……!」

 離れた場所の二人でさえ激しい不快感を覚えるのだ、真正面にいるバグウェットは更に苦しい状況にある。
 だがここで足を止めれば死ぬ、それが彼の中にある死地を超えて身に着けた感覚が教えてくれた。
 
 横薙ぎで繰り出された斬撃を掠りながらも躱し、バグウェットは機体に取りつきその体をよじ登る。
 そして彼は、スケアクロウの頭部に辿り着いた。

「こいつで……!」

 義手を強く握り頭部に殴打を加えようとしたした瞬間、カメラが溝を走り頭頂部へと移動、メインカメラが拳を振り上げたバグウェットを捉えた。
 スケアクロウはそのまま彼を振り払うかのように、高速で動き回る。急上昇、急降下、高速旋回とそれは全く楽しくない安全装置の無いアトラクションのようだった。

「こいつ……! 暴れんじゃ……うお!」

 振り落とされないようにしがみつき、バグウェットは体勢を整える。
 メインカメラは高性能で、ちょっとやそっとの衝撃では破壊できない。だがバグウェットの義手による一撃は、ちょっとやそっとでは無いのだ。

 下手な銃撃すら上回る一撃、それをいくら頑丈とはいえ装甲に比べればカメラは幾分強度に劣る。彼の一撃ならば、充分に破壊もしくはその機能を低下させる事ができる。

 バグウェットは自分を捉えているメインカメラに向かって、拳を振り上げた。

『はい、ストーップ!』

 その声でバグウェットは拳を止める、スケアクロウもまたその動きを止めた。

『はいはいはい、お疲れさん。中に入っていいよ』

 唖然とするバグウェットは機体からずり落ちる、スケアクロウは向きを変え再びビルの屋上へ飛んで行った。
 リウとシギがバグウェットの元へ駆けつけると、彼は地面に叩きつけられた痛みと突然の出来事に言葉を失い放心状態で空を見上げていた。

「大丈夫?」

「何なんだよ……マジで」

「リウさん手伝ってください、バグウェットに肩を貸しますよ」

「分かった」

 二人に両脇を支えられ、バグウェットは立ち上がる。
 三人は釈然としないまま、ビルの中へ歩を進めた。
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