ガドリング・フィールド

猫パンチ三世

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第二章 機械仕掛けのあなたでも

三十五話 ダブルショット

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「……というわけで、建物内での通信を回復してほしいんです。あと社屋の内部データも送ってください」

「おっけおっけ、そんくらいならチョロいもんよ」

 シギはバグウェットとの通信を終えてすぐにアウルに連絡を取った、シギが彼女に依頼したのはヒューマンリノベーションの建物で起きているであろう通信障害の解除、加えて内部の詳細なデータの転送だ。
 もしかしたらまた何か面倒な頼みをされるのでは、シギはそう考えて身構えていたが意外にも彼女はあっさりとその頼みを受け入れた。

「……ずいぶんと素直ですね」

「失礼ね、私にだってちょーっとくらいは悪かったかな? って思う気持ちがあるんですー」

 どんな表情でその言葉を発しているのかシギには見えない、にもかかわらず彼は一人で顔をしかめる。
 人を食ったような、心底舐め腐ったようなアウルの顔が容易に想像できたからだ。

「まあ……とにかくお願いしますね。それじゃ」

「ちょちょちょ、一ついい?」

「何ですか?」

「想像で構わない、あの中どうなってると思う?」

 これは初めての質問だった、どう答えればいいのか何と言うのが正解なのか。それがさっぱり分からない、かといって真面目に悩む時間もなければ相手でもない。

「めちゃくちゃ……になってるんじゃないんですかね?」

「めちゃくちゃ……ねえ、あーうんうん。わかった、じゃね」

 その言葉を最後にあっけなく一方的に通信は終わった、シギの頭の中には大量の疑問と少しの不安が湧く。
 だがそれに構っている暇もない、少なくとも自分の役目は終えている。そう考え、彼は足に力を入れた。


「めちゃくちゃ、めちゃくちゃ……かあ」

 アウルはヒューマンリノベーションの建物全体を覆っている妨害電波を解除しつつ、ブツブツと上の空でシギの言葉を繰り返していた。
 めちゃくちゃ、シギはあまり深く考えずにその言葉をひねり出したがこの言葉はあながち間違いではない。

 三百人以上の人間がいる建物、そこで行われているであろう惨劇。
 鉄の華の連中が使い終わった人間をどうするかを、彼女は知っている。
 そしてその地獄絵図を想像しながら、笑うのだ。

「めちゃくちゃか、なら……もっとめちゃくちゃにしてやろうかな」


 バグウェットは目の前の警備員を前方に吹き飛ばし、残る二人の胸にも同じように散弾銃を撃ち込んだ。
 警備員たちは悲鳴を上げる事すらなく吹き飛ばされた、地面に倒れた彼らはぴくりとも動かない。
 バグウェットは三人が起き上がってくる前に弾の装填を終える、それは本来ならばもっと余裕を持って行っていいはずの行為だった。

 使用した弾薬はフォスター型12ゲージスラッグ弾、人間がまともにこの弾を胴体に受ければ高い確率で即死するだろう。
 そう、なら。

「……立つのかよ」

 吹き飛ばされた警備員たちはわずかに体を軋ませながら立ち上がる、スラッグ弾をまともに食らったのであれば血を辺りにまき散らすのが本来の姿のはずだ。
 だが弾が当たった場所の衣服が破れ、その下の皮膚に少し傷がついたくらいのダメージしか彼らには与えられていない。

 まさかここまでとはな、バグウェットは立ち上がった三体のアンドロイドを前に自分の見立てが甘かった事を痛感した。 
 今回の依頼で最も最悪なケースに含まれる要素、それがアンドロイドとの戦闘だった。
 痛みを感じず、恐れも躊躇いもないアンドロイドを山のように相手にするのは彼としては勘弁願いたい所だった。本来であれば断固として回避しなければならない場面、だが残念な事にそれを回避するのは叶わなかった。

 とはいえバグウェット自身も一応の備えはしていた、それが今回ベルから購入したトリプルバレルのショットガンだ。
 アンドロイドは見た目は人間とほとんど同じだが、中身はまるっきり違う。人間相手ならクーガー等の拳銃で十分だが、鉄の塊であるアンドロイド相手に拳銃では力不足感が否めない。

 だからバグウェットは、今回特別製のショットガンを用意していた。
 小さい玉をばら撒くのではなく、一撃の威力に重きを置いたスラッグ弾を使用できるショットガン。
 これならアンドロイドの胸部装甲を破壊し、動力部を破壊できる……はずだった。

 バグウェットが最後にアンドロイド戦ったのは二年ほど前の事で、その時も同じようにスラッグ弾を使用し戦った。
 相手は戦った時代では最新型だったが、彼の放った弾丸は余裕を持ってその体に風穴を開ける事ができていた。

 だが今はどうだ、ワンオフのアンドロイドでもない人間でいうなれば雑兵のアンドロイドの体すら一発で破壊できない。
 時代は彼が思うよりもずっとずっと速く動いていた。

 立ち上がったアンドロイドたちはバグウェットに向かって拳を構える、先ほどのやり取りで唯一彼が上げる事のできた戦果が警備員たちの武器の破壊だった。
 とはいえ状況はほんの少し、もしかすると全く良くなっていないのかもしれない。

 武器が破壊できたとはいえ、その硬い拳を何度も食らえば十分に死ぬ。
 短期決着が望ましいが、スラッグ弾一発ではボディを破壊する事もできない。

「仕方ねえ、来いよ」

 絶望的状況で彼は警備員たちを煽る。
 それに触発されたように、三体の警備員たちはバグウェットに向かって走り出した。
 もちろん彼の安い挑発に乗ったわけではない、先ほど自分たちが食らった攻撃や彼の目に見える装備等を総合し『勝てる』という結果を鉄の脳味噌ではじき出したからだ。

 カチリとバグウェットは、銃身に付いているダイアルを回す。
 その動作を警備員たちは見逃さなかったが、その動きがどんな意味を持つのかを理解した者は一人もいなかった。
 
 地面を蹴り向かってくる三体の内の一体、二番目に吹き飛ばした警備員に向かってバグウェットは走り出した。
 金髪の少し軽薄そうな若い男の皮を被った鉄の塊、自分に向かってくるそれの動きは他の二体と比べてほんの少しだけ動きが鈍い。

 言われなければ分からない程度の鈍さ、歩幅で言えば他のと比べて三分の一歩ほど遅れをバグウェットは見逃さなかった。
 
 一気に距離を詰め、その動きに対応しようと繰り出された拳を躱しバグウェットの銃口は金髪の警備員の顔面を捉えた。躊躇いなく引かれた引き金、飛び出した12ゲージのスラッグ弾は警備員の顔面に当たる。
 
 アンドロイドにとって頭部は人間同様重要な部分である、その役割は人間の脳と変わりない。
 物事を考え、判断し、そしてそれに合わせて体を動かす。これらを行うためには必要不可欠なパーツである、だからこそ攻撃を受けやすい胸部や胴体部と比べ幾分かは強度は落ちるものの、特殊合金製の装甲に耐衝撃人工皮膚を被せたもので脳……正しく高性能AIを搭載した脳型コンピューターを保護している。

 そのせいか直撃したはずのスラッグ弾は、耐衝撃人工皮膚と装甲を破壊するに留まり、その奥にある脳を破壊するには至らない。
 だがそれはあくまで放たれた弾丸がだけだった場合だ。

 引き金を引いたのは一度、だが逆三角形の銃口の下側部分から弾丸が放たれた後、バグウェットから向かって左側の銃口からも弾丸が吐き出された。
 12ゲージスラッグ弾を二発続けざまに食らった警備員の頭部は、もはや見る影もなく吹き飛ばされ、周囲に鉄くずと人工皮膚をばら撒いた。

 残された二体の警備員たちは動揺を見せる事無くバグウェットに飛び掛かる、残された一発で片方を吹き飛ばしてからすぐさま銃身を折り、もう片方の攻撃を躱しつつバグウェットは驚くほど自然に弾丸の装填を終え、再び二発の弾丸を使い頭を吹き飛ばした。
 そして銃を投げ捨て、今まさに起き上がらんとする最後の警備員の顔面に向かって、右の拳を振り下ろす。
 先ほどの一射で皮膚と装甲を剥がされたその頭を、バグウェットの鉄の拳が殴り潰した。
 
 床と共に頭を砕かれた警備員は人間の真似事のように体を一度だけ痙攣させると、そのまま動かなくなった。
 
「……ふう、こいつで」

 気を抜いたように息を吐いたバグウェットの後方から影が迫る、それはとても良い奇襲だった。

「最後じゃねえよな!」

 だがそれを防げない彼ではない、振り向きざまにその影の顔面を抑え床へ叩きつける。
 後ろから迫っていた影、それはあの受付にいた女だった。

「悪くなかったぜ、鉄くず女。この前の愛想笑いよりは上等だ」

「命だけは……」

 命乞いの言葉の続きを吐かせないように、バグウェットは女の顔面に拳を振り下ろした。
 
「命だけは」

「たすっ……」

「命……」

 殴るたびに女の口からは命乞いの断片が漏れる、それに耳を貸す事無くバグウェットは拳を振り下ろし続けた。
 皮膚が剥がれ、鉄の部分が剥き出しになり、目玉の形をしたカメラが破壊されていく。
 まだその鉄臭い口からは、呪詛にも似た命乞いの言葉が漏れている。
 表情を変えず、涙も流さず血の通わない命乞いは、彼にとってただただ不快な雑音でしかなかった。
 十も拳を振り下ろしただろうか、ようやく彼の拳は女の頭部を完全に破壊した。

 息を少し切らしながら、バグウェットは立ち上がると銃を拾い残弾を数える。
 購入した弾丸は一ケース、三発一セットとしそれが二十セット弾数にして六十発。

「……足らねえな」

 アンドロイドを倒すには頭部にきっちり当てたとしても二発は必要だ、すでに八発の弾丸を使用し残りは五十二発。単純計算で二十六体しか倒せない。
 だがここの住人の数は三百人を超える、一人当たり一体のアンドロイドを所持しているとしそれらが全て敵に回ったとなれば彼が相手をしなければならない敵の数は、三百を優に超える。

 本来であればここで退くべきだろう、敵に対する評価の誤りとそれに起因する準備不足に嘆きながらこの場は退くべきだ。
 
 逃げてー、なんて考えながらぼんやりと天井を見上げたい衝動を抑えながら、バグウェットはため息を吐き小さく笑う。

「でもまあ……そういう訳にもいかねえか」

 弾丸の装填を終え、歩き出そうとしたバグウェットに通信が入る。


『シギです、そっちの中はどうなってますか?』

「どうもこうもねえよ、さっきも鉄くずに襲われて死にかけたとこだ」

『そうですか』

「そうですか……ってよお、もっと何かねーのかよ」

『そういうのは後で、とりあえずアウルさんには連絡入れておきました。僕も五分もあれば着きます』

「分かった、着いたら屋上で待機。俺は中でガキ二人を回収してくる、何かあれば都度連絡するからお前も何かあったら連絡くれ」

『分かりました』

 シギとの通信を終え、バグウェットはリウへの連絡を試みる。
 妙に長い、間延びするような発信音が鳴る。
 鳴り続けるその音に、彼は無意識のうちに焦りを覚えていた。

『……もしもし』

 弱弱しい、潜めるような声が聞こえた。
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