ガドリング・フィールド

猫パンチ三世

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第二章 機械仕掛けのあなたでも

三十七話 セーフゾーン

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「お~中々良い感じの地獄絵図、でもちょーっと絵面にインパクト足んないなあ」

 ヒューマンリノベーション社屋のシステムを掌握したアウルは、監視カメラの映像をジャックしていた。
 目の前のモニターに映し出される死の数々を、彼女はポップコーンを頬張りながら見ている。
 映画でも見るように彼女は画面を眺める、そこにはどれだけリアルに作った映画でも敵わないリアルがある。悲鳴も流血も、見世物としては上等だ。

 だが足りない、やはりアンドロイドといっても見た目は人。
 不気味さや無機質な殺しには見れる所もあるが、どうしてもスケールの小ささを感じてしまう。

「……もう一スパイス欲しいねぇ」

 その呟きに応えるように、モニターの近くにあるランプが青く光る。

「おっ、終わった」

 飛びつくようにキーボードを叩き、最後は思い切りEnterを押す。

「さてさて、こっからどうなることやら」

 どっかりと椅子に座りこれから騒がしくなるだろう画面を、アウルは期待の籠った目で見た。

「さあこっちだ、入ってくれ」

 男に案内されリウたちは店の奥へと進む、案内された部屋の中には若い男が一人と中年の女が一人ずついた。
 若い男は椅子に座ったままリウたちを横目で見る、だがすぐに興味を失くしたように視線を逸らしてしまった。黒髪のやや幼さの残る青年だった。

 もう一人の中年の女は赤いTシャツと紺色のデニムパンツというラフな格好をしており、部屋を飛び出してきたのか足元には何も身に着けていなかった。
 彼女は部屋の隅でブツブツと独り言を呟いている、どうやら二人の事など眼中に無いらしい。

「まあ……なんだ、とにかく命があるだけ儲けもんって事だな」

 部屋の中にいた二人の異様な様子に、若干押され気味だったリウたちに気を使ってか男が苦笑いを見せる。

「とにかくあんたらラッキーだったな、まさか生きてここに辿り着けつけるとはよ」

「声をかけてくれてありがとうございます、皆さんはどうしてここに?」

「どうしても何もアンド……いや急に何人かがおかしくなって周りの人間を襲いだしたんだ、そうこうしてるうちに一人二人って襲う奴が多くなってな。それで命からがらここに逃げ込んだってわけさ」

「他に生き残ってる人は?」

「さあなあ……他にも何人かは俺たちみたいに隠れてるかもしれないが人数とか位置までは分からん。多分だがそう多くはないだろうな」

「そうですか……」

 リウは自分たちの他にも生きている人間がいる事を嬉しく思ったが、その数があまり多くなさそうだという事を知り肩を落とす。
 やはり状況はあまり芳しくないらしい。

「あ、あの……男の人を見ませんでしたか? 青いシャツを着た私と同い年くらいの」

「あんたと同じくらいのねえ……悪いが覚えてないな。騒ぎが起きた時は逃げるのに必死でよ。あんたの連れかい?」

「はい……私の彼……なんです」

 その言葉に白いコックコートを着た男は眉間にシワを寄せた、エルの言葉で探している若い男、バーウィンがアンドロイドである事に気付いたのだ。
 
「そうか……まあ今はとにかく自分の安全を最優先したほうがいい、ここは鍵もかかるしドアもそこらのよりは多少は丈夫だろう。入り口は見張っておくから少し休むといい」

 この状況でバーウィンが味方のままの可能性はゼロに近い、だがだからと言ってその事を真っ直ぐにぶつけてしまってはあまりにも不憫だと男は考え、あえてその事には深く触れずに話を終わらせた。

 リウたちは十五畳ほどの部屋の片隅に並んで座る、部屋の中央には長机と椅子が四つほど置かれていたがどうにも使う気になれなかった。

 壁に背を預けた途端、リウの体を抗いがたい疲労が襲う。
 生き残っている人間に出会った事、とりあえずは安全な場所を確保できた事により張り詰めていた糸がぷつりと切れた。

「大丈夫?」

「……少し気が抜けちゃって」

 リウはそう言って笑うが、無理をしているのは誰の目にも明らかだった。
 少し一人で休んだ方がいいと考えたエルは、少し離れた場所にいると伝えてリウから距離を取る。
 一人になったリウは、どうしようもない疲れからか足の間に顔を埋める。

 小さくため息を吐くと眠気に襲われた、このまま眠ってしまえたらきっと最高だなと思うほどの眠気に。
 だがさすがにそこまで油断ができない事に加えて、部屋の隅にいる女のノイズのような独り言のせいで眠れなかった。

「あ……」

 リウはふと自分の腰にある銃に気付く、使い慣れなさと騒ぎのせいですっかり忘れていた。
 本当は人に会うだけなら必要ないと置いて来ようとしていた、だが『マジで持ってけ』というバグウェットに押されて仕方なくここへ持ってきていた。

 硬く、生き物とは程遠い感触。
 それでも今は、それに少しだけすがりたくなってしまう。
 リウは力無さげに銃を撫でた。

 その時だった、腕に着けていたワルコネが震える。
 声にならない悲鳴を上げ、リウは電話に出た。

「……もしもし?」

『よお、元気そうじゃねえか』

「バ……バグウェット!?」

 耳に響くのは聞き慣れ始めていた声、いつもならふざけているのかと一喝したくなるような物言いだが今はそれがいい。
 驚きと嬉しさから、自然とリウの声は大きくなる。

『デケー声だすなっての、聞こえてるよ』

「い……今……あの」

『言わなくても分かってる、けっこうヤベーんだろ?』

「う、うん」

『今のお前の状況は? 怪我とかはしてねえのか? エルはどうなった?』

「私は大丈夫、エルさんも一緒にいるよ。今は一番下のお店がいっぱいあるところの部屋に隠れてる」

『店の名前とか分かるか?』

 その言葉でリウは部屋を見渡し、何かに見せの名前が印字されていないかを探す。
 ちなみに彼女とバグウェットが話をしている事に気付いた人間はいない、ワルコネには超々指向性スピーカーが搭載されているため彼の声を聞く事ができたのは彼女だけだ。
 またリウの声も電話越しのバグウェットにはそれなりの音量で聞こえているが、実際は囁き声程度のもののため中年女の独り言にかき消されてしまっていた。

「えっと……ドレス・ヴァルクン」

 リウが目にしたのは壁に貼られた店のポスター、見た事の無い無駄に煌びやかな格好をした女性が中央で笑っている物だ。
 ポスターの下部にはデカデカと『ドレス・ヴァルクン』の文字が並ぶ。

『分かった』

「バグウェットは今どこにいるの?」

『一階の受付だ、今から行くからそこ動くなよ。それから銃は持ってるな?』

「う……うん」

『お前が持ってるのを周りは知ってるか?』

「知らないと思う、少なくとも誰にも言ってないから」

『それでいい、銃を持ってる事はギリギリまで隠しとけ。ただ、言葉で解決できない事になったら躊躇うなよ』

「……分かった」

『情けねえ声だしてんじゃねえ、ぼちぼちそっちに行く。それまで生きてろ』

 その言葉を最後に電話は切れた。
 リウは静かになったワルコネを見て一人で驚いていた、少し話しただけだというのに、バグウェットがここに来るという事実が想像以上に自分を支えている事に。
 そして、切れてしまった電話を少し、ほんの少しだが確実に名残惜しく思っている自分に。

 手首を強く握り、彼女は静かに彼を待つ事にした。

 そんな彼女を見ながら、中年女はブツブツと独り言を呟き続けていた。


『もしもし』

 リウとの通話が終わったタイミングで、バグウェットのワルコネにシギからの着信が入る。

「着いたか」

『着きました、今どこに?』

「受付を抜けて、エレベーターに乗ってる。まったくあのクソガキは優秀だな」

『リウさんとは連絡取れました?』

「取れたよ、エルと一緒らしい。ったくあいつらも中々しぶといな、くたばってたらわざわざ下まで行かなくてもいいんだけどよ」

 その言葉を聞いたシギが向こうでクスクスと笑っている事にバグウェットは気づいた、だがあえてそれには触れずエレベーターの中で一人口を尖らす。

『それで僕は何を?』

「屋上で待機、ジジイからぶんどったブツの準備しとけ。弾は?」

『新型の試作だそうで一発だけです』

「わかった、何か外で動きがあったら連絡入れろ」

『了解です、そういえば社屋の内部図いります? 残念な事にリウさんの位置までは分からないやつですけど』

「いちおう貰っとく、これ切ったら送っといてくれ」

『はい』

 通話が切れると共にエレベーターは動きを止め、一人になったバグウェットは長く静かな廊下を歩く。
 耳に響くのは自分の足が床を叩く音だけだ。

 歩きながら彼は煙草に火を点ける、いつもの甘い煙を吐き出しながら廊下を歩く。
 いつもなら多少は気を使う落ちる灰も、今は気にしない。
 磨かれた、塵一つ無い廊下。
 それを汚す事に対して、彼は微塵の躊躇いもない。

 そして立つのは居住区へ続く扉、リウたちでは開ける事のできなかった鉄の扉の前へ彼は来た。
  恐らくはアウルの仕業だろう、彼を受け入れるように扉は開いた。

 開かれた扉の先で、人間が死んでいた。
 一人や二人ではない、開かない扉の前が死に場所になった人間は十人ほどいた。

 その死体を踏み越えて、バグウェットは居住区へ足を踏み入れた。
 そして階を下るための通路を見る、片割れを殺し終えた様子のアンドロイドが何体かこちらへ向かってくるのが見えた。

 バグウェットは煙草を地面に落とし、踏み潰す。
 銃を構えて彼は走り出した。
 煙草を吸っていて正解だったという確信と共に。
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