ガドリング・フィールド

猫パンチ三世

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第二章 機械仕掛けのあなたでも

三十九話 ハンドアローン

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「確か……この辺りだったな」

 バグウェットは、リウのいるというドレス・ヴァルクンを目指して一階の廊下を走っていた。
 ここへ来るまでに彼は十体以上のアンドロイドを倒し、それ以上の数のアンドロイドをまいた。

 できるだけ弾の消費を抑えながらここまで来たが、すでに残弾数は三十を切っている。二人を見つけ回収し、地上へ戻る時の事を考えるともうこれ以上は弾を使うわけにはいかない。

 弾の事を考えているうちに、バグウェットはドレス・ヴァルクンという看板のある店の前へたどり着いた。
 そしてリウたちが立て籠っているであろう奥の部屋へと慎重に歩を進める、レジを抜け更にその奥の部屋へ彼は足を踏み入れた。

「うおっ!」

 バグウェットは咄嗟に頭を下げた、彼の頭があった場所を拳が通り抜ける。 
 空ぶった拳は壁にひびを入れた。
 部屋の中から現れたのは青年型のアンドロイド、無機質な拳がバグウェットに飛ぶ。

「ちょ……ま……待てって!」

 繰り出される拳をどうにか躱し、彼は銃口を青年の顎に突き付け引き金を引く。
 鉄の頭が弾け飛び、頭部を失ったまま二歩ほど歩き、アンドロイドは地面に倒れた。

 使ってしまった分の弾を込め、彼は店の奥へと入る。
 思ったよりも部屋の中は荒れていなかった、壁が壊れているとか椅子がひっくり返っているといった事もなく、人がいただろうなと感じれる程度の乱れしか部屋の中には残っていない。

 入り口には背骨をへし折られた女の死体、壁際には首を折られたコックコートの男が倒れていた。

「おい! 誰かいるか!」

 返事はない、バグウェットは部屋の奥までくまなく探したがリウの姿を見つける事ができなかった。

「あいつ……どこ行ったんだ?」

 バグウェットは苦戦しながらどうにか社屋の見取り図を出す、だがリウの位置は分からない上に一階は広い。
 彼女がどこにいるのかなど見当もつかなかった。

 とりあえず一度連絡を入れようとしたバグウェットのワルコネが震える、表示を見るとシギからだ。

「どうした? こっちは……」

『バグウェット! 今どこにいますか!? 筒の近くじゃないですよね!?』

 らしくなくシギの慌てた声が耳に入る、その慌てっぷりは普段の生活では中々見られないものだった。

「なんかあったのか?」

『アウルさんが……! ああ、いや……とにかく衝撃に備えてください!』

 どういう事だ、そう聞き返そうとした時にはすでに爆発の衝撃が彼の体を揺らしていた。
 そしてすぐに凄まじい衝撃と轟音が彼を襲う。

「あんのクソガキ……!」

 バグウェットは舌打ちと共に、音の元へと駆け出した。
 

 衝撃と轟音と共に鉄は降り立った。
 砕かれた筒の破片は太陽の光を浴び、それを明滅させながら鉄を祝福していた。

 緩やかな静寂の中で、その場にいた全てのアンドロイドの動きが止まる。
 彼らの中にある命令は段階を踏んで変化していた。

 最初は家族、恋人、親友といった自分を造った人間を殺すというものだった。
 近隣住民に気付かれないように部屋の中で殺す、それが一つ目の命令。そのためリウたちはアラーナにいきなり襲われなかった、そして二つ目がヒューマンリノベーション社屋内の全ての人間の殺害だ。

 部屋の中にいたアンドロイドたちは、次に部屋の外に出かけている人間へターゲットを変える。
 それに合わせてショッピングモールなどにいたアンドロイドたちも、隣の人間を襲い始めたというわけだ。

 この施設で暮らしている人間は精神的及び肉体的にアンドロイドの脅威にはならない、それは僅かにいる従業員も同様だ。
 実際にヒューマンリノベーション社屋内の人間の七割はすでに殺されており、残りも三十分以内に殺し終わるはずだった。

 その中で現れた不確定要素、つまりは外部からの侵入者。
 一人はバグウェット、だが彼はあくまで人間であり数で押し切れるとの判断からあくまで遭遇したアンドロイドが対処するに留まっていた。

 だが二つ目のSFMースケアクロウ、これは別だ。
 これがここに現れた意図はアンドロイドたちには想像がつかない、だが彼らの鉄の脳味噌はこれを放置するのは危険だと、排除しなければならないと判断した。

 リウの手から、エルの体からアンドロイドたちは手を離しスケアクロウへと向かって走り出す。
 彼らはスケアクロウへ向かって、次々と飛び掛かった。

 スケアクロウの左腕が開き、聞いた事のある振動音が響く。
 爪は飛び掛かるアンドロイドたちを容易くバラバラにしていき、右手の銃口から放たれる弾丸は胴体に大きく穴を開けている。

「げほっ……ごほっ……」

 締め上げられていた喉から手が離れ、リウは激しく咳き込む。
 エルに肩を貸され、二人は近くの柱の陰に逃げ込んだ。

 スケアクロウは自分に向かってくるアンドロイドたちを吹き飛ばし、撃ち砕き、蹂躙している。
 
「リウちゃん、大丈夫?」

「なんとか……ごほっ」

 エルは咳き込むリウの背中をさする。

「エルさん……急いでここから……」

 そうリウが言いかけた時、二人に向かって老人のアンドロイドが迫る。
 想定外のSFMの乱入、これを排除すべく全アンドロイドが動いているがあくまで彼らの目標は人間。
 少しでも機会があれば、臨機応変に目標を変更してくる。

「うっ……!」

 身構えた二人の前で、銃声と共に老人が吹き飛ぶ。
 突然の事に驚いていると、そこにバグウェットが現れた。

「よお、生きてたか」

 余裕を見せながら、バグウェットは二人の元へ歩いて来た。
 弾を入れ、口元に咥えていた煙草を地面に吐き捨てる。

「あなたは……!」

「お前も生きてたか、運の良い奴だな」

「バグウェット……」

 リウの囁くような声を聞き、彼は彼女の喉元に視線を送る。
 そこには首を絞められた時に付いた痕が、痛々しく残っていた。

「大丈夫か? 呼吸はちゃんとできるか、痛みや違和感は?」

「だい……じょうぶ、少し痛いけど」

「ならいい、お前らはとにかく地上を目指して走れ」

「地上って……でもあの扉は……」

「もう開いてる、今なら通れるはずだ。そんでもって扉を抜けたらシギに連絡しろ、やり方は大丈夫だな?」

「うん」

「じゃあ行け。あのデカブツが暴れてる間は、他の人形共もあいつに向かってくはずだからお前らの相手まではそうそうできねえはずだ。ただなるべく見つかるなよ」

「バグウェットは?」

「俺は少しだけあいつらの相手をしていく、後から追うからさっさと行け」

 バグウェットの後方には数体のアンドロイド、あれらに背を向ける事はできない。
 二人は彼に急かされ上へ向かって走る、残された彼はアンドロイドたちの方を見た。

 向かって来た彼らの頭を吹き飛ばし、一蹴すると彼はスケアクロウの方を見た。
 向かってくる敵を粉砕し、足元に絡みつくアンドロイドを踏み潰すその姿は無機質で恐ろしかった。

 するとどこからか四人ほどのグループが現れ、スケアクロウに向かって声援を送っている。

「いけー!」

「ぶっ壊しちまえー!」

 姿を見るに入居者ではなく、一階の店の従業員らしい。
 ヒーローを応援するかのような彼らの声援に、黒い鉄の塊はゆっくりと体を向けた。

「……え?」

 向けられた銃口、スケアクロウは彼らの声援に弾丸で応えた。
 はじけ飛ぶ肉、舞う赤、ぐちゃぐちゃになった人間の一部が床と壁を汚した。

 その光景を見ていたバグウェットは、眉をひそめる。

「SFMをスローターモードで投入……か、あのガキらしいこった」

 銃口は続々と迫りくるアンドロイドたちを撃ち砕きながら、バグウェットの方へも向く。
 彼が咄嗟に躱すと、放たれた弾丸は後ろにあったマネキンを粉々に打ち砕いた。
 
 スケアクロウの乱入は想定外だが、何はともあれリウとエルは見つけた。
 ならばここにこれ以上の長居は無用と判断し、バグウェットはスケアクロウとアンドロイドの戦いを横目に二人の後を追う。

 少し走った時、ふと硬い何かを蹴飛ばした。
 前方に転がったそれを彼は走りながら拾う、それはリウに渡した銃だった。

 走りながらマガジンを抜いて中を見る、弾は一発も使われてはいなかった。


 リウとエルはバグウェットと別れてから懸命に走り、二階のアミューズメント施設を抜け三階の公園までやってきた。
 バグウェットの言葉通り、アンドロイドたちは一階のスケアクロウに向かって集まっているらしく、二人はほとんどアンドロイドたちと会わなかった。
 
 二人が見たのは殺された人の死体ばかり、ゴロゴロと転がる肉の塊。
 気を抜けば慣れてしまいそうなその光景に足をすくわれないよう、二人は走る。

「う……あ」

 二人が駆け抜けようとした若い男の死体、決して動くはずのない口が動いた。
 思わずリウは足を止め、倒れていた男の横にしゃがんで声を掛ける。

「大丈夫ですか!?」

 そう声に出した後、自分の問いがどれだけ無意味だったかをリウは知った。
 男は腹から大量の血を流し、顔は青ざめ死人のようだ。
 掠れるような息を吐き、目もほとんど見えていないらしい。素人のリウでも分かる、この男はもう死ぬという事が。

「…………あ」

「え?」

 リウは小さく動く男の口元に耳を寄せた。
 死に際の、消えかけた命が最期に放つ言葉。
 それを聞くのがこの瞬間に居合わせてしまった、人間の役割だという事を彼女は自然と理解していた。

「きて……くれた……のかい?」

 誰かを待っていたのか、男はそう言った。
 震える手を天井へ向かって伸ばす。
 苦しんでいるようには見えない、天井へ向かって伸びる弱い手は掴んでくれる誰かを探している。
 
 弱弱しく、無様に、温もりを求めている。
 血で汚れた赤黒い手の平、後ずさりしてしまうようなその手をリウは両手で強く握った。
 男が待っているのが、求めているのが自分などではない事を知っている。
 それでもその手を独りにさせておく事は、少なくとも彼女にはできなかった。

 リウは泣いていた。
 見ず知らずの男の死に際を見て泣いていた。
 それはこの街ではあまりに異常で、そして美しかった。

 温い涙が数滴、男の顔に落ちる。
 男は小さく笑った。

「だい……じょうぶ、君になら……殺されて……も」

 死んだ。
 
 あっけなく、死んだ。

 腹から流した血だけを残し、名前も悲鳴すら残さず男は死んだ。
 
「……なんで」

 リウは冷たくなっていく、まだ柔らかい男の手を静かに胸の上に置いた。
 時折地面が揺れる、爆発音も聞こえた。
 
「リウちゃん……」

 エルが声を掛けようとした瞬間。
 轟音が響き、建物が揺れる。
 
 体の奥底から恐怖が湧きあがるような音。
 明らかにまずい音が全ての階層に響き渡った。

「これは!?」

 壁や柱に亀裂が入り、二人の上にはバラバラと建物の破片や降って来た。

「リウちゃんここは危ない、早く行かないと!」

 エルは放心気味のリウを引き上げると、二人は走り出す。
 リウは何か考え込んでいるのか反応は薄かったが、エルと足並みを合わせ公園内を走った。

 もう少しで公園を抜ける、その時だった。

「危ない!」

 リウの声が響くと同時に、エルは背中を強く押され前のめりに転んだ。
 驚きと共に振り向くとリウは頭から血を流し、倒れていた。

「リウちゃん! そんな……」

 彼女から返事は無い、近くには彼女の頭を割ったであろう握り拳大の石の破片が落ちていた。
 
 どうすればいいか分からず狼狽えるエル、そんあ彼女の後ろで足音がした。
 バグウェットだろうか、もしそうだったらどうすればいいか分かるかもしれない。そんな事を考えながら振り向いた彼女の目に映ったのは、バグウェットではなかった。

「バーウィン……?」

「やあ、エル」
 
 崩壊を始める建物、降り注ぐ破片の雨の中で、バーウィンは今までと同じように笑ってそこにいた。
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