ガドリング・フィールド

猫パンチ三世

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第二章 機械仕掛けのあなたでも

四十一話 トリプルショット

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 パトリックはぼんやりと机に向かっていた。
 部下の作った書類データをやる気なく視線が滑る、数か所の間違いを見つけ訂正箇所をまとめる。
 
 妻を亡くし、娘とも向き合わなかった男が身に着けたのは仕事をそつなくこなす術だけだった。
 自分の子供を人に任せ、仕事に打ち込む自分に嫌気がさす。
 
 あれからバグウェットからの連絡はない、そう日にちは経っていないのだから当然と言えば当然なのだが。
 作業の手を止め、背もたれに寄りかかるとパトリックは目を抑える。
 一人しかいない静かな部屋、その静寂を壊すような大きなため息を彼は吐く。

 エルに会ったら何と言おうか、彼はふとそんな事を考え出した。
 自らの不甲斐なさを謝るべきだろうか、それとも勝手な事をした娘を叱るべきなのか、まさか再会を喜んで大笑い……はさすがに無いなと彼は頭をかく。

 実の所、娘に何と声を掛けるべきなのか彼にはさっぱり分からなかった。
 そもそも自分に何か言う権利などあるのか。
 もはや親と名乗る事すらおこがましいのではないか。
 そんな事ばかりを彼は考えていた。

「……社長……社長?」

 自分を呼ぶ声に気付き、慌ててパトリックは声の方を見た。 
 そこには入り口の扉を少し開け、恐る恐る中を見ている部下の姿があった。

「すいません、何度ノックをしても反応が無かったので……」

「ああ……すまない、少し考え事をしていた」

 その言葉に安堵したのか、若い男性社員は肩と顔に入っていた力を抜き社長室へ入って来た。
 彼から手渡された資料を受け取り、大まかな部分をパトリックが確認していると窓の外をけたたましい音を鳴らしながら、治安部隊の車両が走り去っていった。

「外が騒がしいな、何かあったのか?」

「企業が襲われたそうですよ、かなり大きな爆発もあったそうで……」

「そうか、どこのだ?」

「たしか……ヒューマンリノベーション……とかいう会社ですよ」

 息が、止まった。
 頭の中が一瞬だが確かに真っ白になる。

「そう……か、そうか……」

「社長?」

 よろよろと机を支えにパトリックは立ち上がる、いつもの倍以上の力を入れていなければ使い物にならなそうな足を無理矢理に動かす。
 資料を持ってきた社員は一年目の若手だったが、こんな弱弱しく立ち上がる社長というよりも人間を見るのは初めてだった。

「ど……どうかされたんですか?」

 初めて見る姿に彼はどうしようもない不安と、恐怖を感じていた。
 パトリックはよろよろと歩き、彼の横を通り過ぎる。

「少し……出てくる、後は頼む……」

「しゃ……社長!?」

「すまない……すまない」

 謝罪を繰り返しながらパトリックは部屋を出て行った、一人残された彼は突然の出来事にぽかんとしていたが、はっと我に返ると今の事を秘書に伝える為に部屋を飛び出した。

 爆発音が建物の中に響く、階下からは銃声と大きな何かが暴れまわるような音が聞こえた。

「下で暴れているSFM、あれもお前らの仲間か?」

「さあ? どうだろうな」

「まあいい、あれは後でどうにでもなる。まずはお前を殺すとしよう」

「そうかい、ならとっととそうしてくれよ」

 バグウェットは、右腕を抑えながら笑う。
 バーウィンの拳を受けすぎたせいだろう、義手の動きに若干の違和感がある。

「右腕が上手く動かないか? まあ無理もない、なにせこいつは特別製だからな」

「だろうな」

「ほう? 気づいていたか?」

 男は安全なバーウィンの後ろで、にやにやと得意げに笑っている。

「いちいち一撃が重いんだよ、色男」

 彼が銃口を向けるとバーウィンは凄まじい速さで移動しながら、彼に向かって来た。
 人と同じ姿形をしているというのに、その動きは人間を遥かに凌駕している。動き回るバーウィンにどうにか照準を合わせようとするが、激しく動き回られてしまい狙いが定まらない。

 そうこうしている内に目の前に迫ったバーウィンから拳が放たれる、この拳が非常に厄介だった。
 何が厄介かというとまず常人が躱せるような速度では無いという事、そしてその威力は一撃で人間を殺しうる威力を持っているという事だ。

 まともに顔面に食らえばそのまま頭蓋骨を砕き、脳味噌を潰すだけの威力がある。
 バグウェットは様々な戦いを経験している、そのため拳を躱すのはまあどうにかなった。ギリギリ目で追えない速度ではなかったし、最悪ある程度の予測を立てて攻撃は紙一重で躱せていた。

 だがそれも長くは続かない。
 一撃食らえば終わりという状況、それは想像以上に精神を削る。
 体力はいつもの倍以上も奪われ、足も動かなくなっていく。元々、ここへ来るまでに戦い続けていた彼には苦しい展開だった。

 そのためどうしても躱し切れない攻撃、もしくはやむなく受けるしかない攻撃は全て右腕で受ける。
 左で受ければ当然だが骨が折れる、そのため右腕で受けるのは当然といえば当然だった。
 だがここまでで彼の右腕が食らった攻撃の数は優に十を超えている、頑丈さが売りの彼の右腕だがこれ以上の攻撃はよくない。

 拳を躱し、バグウェットはバーウィンの胸元に銃口を突き付けた。
 発砲音と共に二発の弾丸が彼の胸に打ち込まれ、その体が宙を舞う。飛ばされたバーウィンは、近くにあった木製のベンチに突っ込んだ。

「ほお、これはこれは」

 だが男の余裕は崩れない、その理由はすぐに分かった。
 吹き飛ばされたバーウィンがゆっくりと立ち上がる、胸の部分の衣服が破れ肌が露わになっていた。

 肌色の部分が剥がれ、その下の鋼の部分が見えている。
 だが更にその下にある動力部には届かなかったらしく、バーウィンの様子に変化は見られなかった。

 硬い、バグウェットは最初に蹴り込んだ時の感覚で何となく彼の体が、ここに来てから戦ったアンドロイドたちよりもずっと硬い事には気付いていた。
 だがそれでももう少しくらいはダメージを与えられると思っていたが、その予想は外れてしまった。

「良い火力だ、並のなら今ので決まっていただろうな」

「うるせえな。傷は付けた、また同じ所にぶち込んで……」

「無理だな、見ろ」

 男がバーウィンの胸を指す、見ると傷口……壊れた箇所が修復されていた。
 
「……ゲルメタルか」

「見た目よりは知識があるようだな」

「人型で使ってるのは初めて見たけどな」

 傷の修復を終え、再度バーウィンの攻撃が始まった。
 対するバグウェットも手早く銃弾を装填し、彼に向かって弾丸を放つ。

 だが先ほどのように近距離ならまだしも、ある程度の距離を取られてしまうと弾を躱されてしまう。
 リウたちと合流してからも何発か使ってしまい、彼の手元に残された弾丸は装填してある分を含めて十一発。無駄にできる弾は一発もない。

 攻撃を躱しながら、先ほどと同じように銃口を胸に突き付ける。
 例え完全に破壊はできずとも壊れている時間を作る事はできる、はずだった。

 至近距離での銃撃、それをバーウィンは体を咄嗟に捻り見事に躱して見せた。
 
「無駄だ、もう同じ手は食わん。見えてさえいればお前の弾丸を躱す事など造作も無い」
 
 男の得意げな笑いと同時に、バーウィンの拳が放たれる。
 辛うじて防いだバグウェットの右腕が悲鳴を上げ、嫌な衝撃と感覚が腕を伝う。

「ぐっ……!」

 たまらず距離を取ったバグウェットは、状況の悪さにうんざりしていた。
 右腕の感覚と動きは先ほどよりも鈍い、もう一度か二度まともに攻撃を受ければ義手がその役目を果たせなくなるのは明白だった。

 更に付け加えればあと何発まともに銃を撃てるか、それも考慮しなければならない。
 高い威力を有するE&K社製SOFー333、だが同時にその衝撃は凄まじく一発ずつならともかく、二発以上連続で撃ちだす状態での射撃は並の人間なら腕がもたない。
 そのためバグウェットも射撃を行う際は、必ず右手で銃を使用していた。

 彼の義手は丈夫さがうりだ、射撃の衝撃程度ならほとんど問題にならないが今は違う。
 何度も何度も攻撃を受け続けた義手は、これ以上の戦闘に耐えられそうになかった。

「ったく……よ。整備費、バカになんねえんだけどな」

 不利な状況の中でなお、男は笑う。
 次で決める、そう誓いながら銃身を折った。

 残りは九発三セット。
 弾が尽きる前に決めなければ、間違いなく死ぬ。
 
 だが再装填の隙を、バーウィンは見逃してはくれなかった。

 弾薬を押し込み折れた銃身を再び戻す前に、彼はバーウィンに腕を抑えられた。

「このっ……!」

 そしてそのまま力一杯投げ飛ばされ、バグウェットは近くの噴水に落ちた。
 水飛沫が上がり、彼の体が水の中に落ちた。

「いいぞバーウィン! そのまま殺せ!」

 男の声と共にバーウィンは飛ぶ、水の中から体を起こした肉の中心を彼の拳が貫いた。
 血が水に落ちて広がる、飛び散った肉片は水底に沈んでいく。

 馬鹿な奴だ、そう男は勝利を確信し口元を歪めた。
 
 その時だ、男が銃声と共にバーウィンの胸がはじけ飛ぶのを見たのは。
 後ろからその姿を見ていた男には何が起こったのか分からない、分かる事はただ一つだけ。
 バーウィンの胸に巨大な穴があけられ、彼が敗北したということだけだ。

「な……なにが……起きた?」

 水の中に倒れ込んだバーウィンをどかし、バグウェットが立ち上がった。
 口の中に入った水を吐き出し、耳の中の水を叩いて出している。

「ば……馬鹿な、何をした!? なぜあれが弾を避けられない!?」

「ああ? お前が言ったんだろうが、見えてさえいれば弾は躱せるってな。だから見えない所から撃っただけだ」

「なに?」

 男が水面に目をやると、水面は赤く染まり出していた。
 その有様を見れば、致死量もしくは即死レベルの血液が水の中に溢れ出しているのは明らかだった。
 だがバグウェットの体にそんな傷は無い、ならばあの出血はどういう事なのか。

「まさか……お前、死体を……」

「ああ」

 男の発言である『見えてさえいれば弾は躱せる』、つまり見えていなければ弾は躱せないという事だ。
 先のアンドロイドによる大量虐殺、その中には噴水で溺死させられた者もいた。
 バグウェットは水に落ちたあと、噴水の中にあった死体を見つけ即座にそれを使作戦を組み立てた。

 自身の代わりに先に死体を水中から押し上げ、それをバーウィンに攻撃させる。
 そして動きが止まった彼を死体の背中という死角を使い、自らの持ちえる最大火力スラッグ弾の三発連続発射で破壊した。

 水面に広がる血は、バーウィンと共に背中を撃ち砕かれた死体のものだった。

「死体を使ってまで勝ちたいのか……? 生き汚い男だ」

 髪に付いた水滴を払いながら、バグウェットは男に向かって歩く。
 すでにショットガンの銃身は先ほどの三発連続発射でイカレてしまっており、使い物になりそうにない。
 銃を投げ捨て、彼は男の前に立った。
 男は全てを諦めたように、彼を睨み立ち尽くしている。

「生き汚くてけっこう、悪いが俺はまだ死にたくないんでね。命だいじにってよく言うだろ?」

「……あの女を連れ戻したつもりか? あれはまた繰り返すぞ、一度壊れた心はもう戻らない」

「さあてね、そんときゃまたあいつがどうにかするだろうさ」

「馬鹿が、それぞれの幸せの形を認めようともしない小娘に何ができる。どうせそのうち忘れるだろう、自分が引き留めてしまった人間の事を。今だけだ、支え合いに似た気色悪い関係を保てるのは」

「かもな」

 バグウェットは大きく振りかぶり、男の顔面に右拳を放った。
 顔にめり込み、体勢を崩した男の顔をそのまま地面にめり込ませる。
 男は悲鳴も上げず、ぴくりとも動かなかった。

「……何にせよ、お前には関係の無い話だろ」

 バグウェットはそう呟いてから、噴水の方に目を向けた。
 自分を助けてくれた名前も知らない死体、そしてバーウィンに刹那の思いを馳せてから、彼は上へ向かって走り出した。
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