ガドリング・フィールド

猫パンチ三世

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第三章 金・金・金

四十九話 アンフェアベット

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「どうしよう……」

「どうしましょうかね……」

 リウとシギの二人は、とあるカフェのはじっこの席で頭を抱えていた。
 抱えていたと言っても、実際に頭を抱えているのはリウだけでシギは悩んだような声を出しているが、そこまで思い詰めてはいないらしく、自分の前に置かれたコーヒーに砂糖を流し込んでいる。

「何か良い案は出ましたか?」

「何も出ない……っていうか正解ってあるのかなぁ……」

「正直ないかなと、だいぶ向こうに有利な賭けですから」

「だよねぇ……」

 テーブルに溶けるようにして突っ伏しているリウは、昨日のスクラピアとのやり取りを思い出していた。


「これは?」

 賭けの話をするために店内へ戻ったリウの前に、スクラピアは一枚のカードを置いた。
 黒を基調とし、表面の文字は金色の妙な威圧感を放つカードだった。

「その中に一千万はいってます」

「……え? 何の冗談ですか?」

「馬鹿、そりゃカードだ」

「かーど?」

「……とりあえず、そいつは冗談言ってねぇ」

 横に座ったバグウェットは、リアクレジットカードの説明をしようとしたが面倒くさくなったので、とりあえず冗談を言っていない事だけを伝えた。

「えーと……ゴホン……それでこの一千万がどうしたんですか?」

「差し上げます」

「はい?」

「お嬢さん、賭けの内容はこれですよ。私はあなたにこの金を渡します、そしてあなたはこの金を何かに使う。私がその使い方に満足できたら賭けはあなたの勝ち、逆ならあなたの負けという事で」

 それを聞いたバグウェットは、鼻で笑った。
 心底馬鹿にしたように、顔を歪めて軽蔑したような表情でスクラピアを見た。

「おいおいおい、お前なに言ってやがんだ? そんなもん賭けとは言わねえだろうが」

 彼の言葉は至極真っ当なものだ。
 賭けを行う二人、そのどちらか一方の采配で勝者が決まるものを賭けと呼べるはずもない。
 この賭けは誰が見ても明らかにリウが不利だ、もはや賭けと呼ぶのもおこがましいほどに彼女が不利だ。

「まあまあ、そう声を荒げないで下さい。この賭け、実際はお嬢さんの方が有利なんです」

「なにぃ?」

「その一千万、私は差し上げると言いました。そして使い方に制限は無い、つまりこれがどういう事か、分からないあなた方ではないでしょう?」

「まさか……」

 バグウェットとシギは彼の言葉の意味を理解した、理解はしたが意味が分からなかった。
 その困惑した顔を見て、彼は口元に笑みを作る。

「……ごめん、どういう事?」

 いまいち状況を掴めないリウは、シギの方を見た。
 彼は困惑の色を残しながら、彼女の方を見る。

「いいですかリウさん、賭けの内容をよーく思い出してください。今そこにある一千万、それをどう使うかをあの人に見せて満足させるって内容でしたよね?」

「うん、それでその勝ち負けが不公平だって話をしてるんでしょ?」

「まぁそうなんですけど……実際の所、僕らのリスクは無いに等しい。それどころか一千万を楽に手に入れる事もできます。なぜならその使い道に制限が無いから、リウさんが一千万は自分に使うって言って懐に入れたとしても、それもまた一つの使い方ですからね」

「え……ええ!? じゃあこのお金丸々もらうっていう選択肢もあるわけ!?」

「そういう事ですよお嬢さん、仮に私がそれに満足しなかったとしてもあなた方に実害は無い。それどころかポートンさんにもね」

 リウが一千万を手に入れたとしても、それは単純に三人が儲けるだけでポートンは何の被害も無い。ただ決まっていた通りに店を売るだけだ。
 この賭けでリスクを背負っているのは、実質スクラピアだけなのだ。

「金持ちの道楽も度が過ぎるんじゃねえのか?」

「そう言われると弱いんですよ、実際の所そういう面もありますから」

 スクラピアはそう言って笑うと、改めてリウの方を見た。

「それでどうしますか? 一応もう一度だけ聞きます、やりますか? それともやめますか?」

「やります」

 気持ちの良いリウの即答に、彼は満足したように頷いた。
 席を立ち、帰ろうとした彼は何かを思いだしたように三人の方を見た。
 
「そうそう、二点ほど言い忘れていました。今回の賭けの期限は一週間でお願いします、ダラダラと長引かせるのもつまらないので。もう一つはその金の持ち逃げは禁止でお願いします」

「持ち逃げなんて……そんな事しません」

「気を悪くしたのなら申し訳ない、ただもし仮に自分たちの懐に入れるのなら一週間後にそう言ってください。たまにいるんですよ、私の言葉を信じずに欲に目がくらんで、結果を見せずにいなくなる人間が。お嬢さんはそういう方では無いと信じていますが、もしそうなった場合は……」

「そうなった場合は?」

「お嬢さんはもちろん、ポートンさんにも何かしらのペナルティを受けていただきますのでそのつもりで」

 そう言ってスクラピアは少しの笑顔を見せて帰って行った、彼の最後の言葉はリウの背にうすら寒い何かを感じさせた。
 自分の前にあの男と賭けをした人間が、一体どうなったのかを暗に示しているような気がしてならなかったのだ。
 

「まあそう悩まずに、ここまで来たらなるようにしかなりませんよ」

「そう……なんだけどね……」

 スクラピアを満足させる金の使い方、それが一体なんなのか、リウには皆目見当もつかない。シギとカフェの片隅に陣取ってからかれこれ一時間が経つが、二人は手応えのある案を出せずにいた。

「とりあえずポートンさんのとこに行こっか」

「何をするんです?」

「何って……今回の賭けの話をいちおう伝えておこうかなって」

「僕はやめといた方がいいと思いますけど」

「どうして?」

 立ち上がりかけたリウは再び椅子に座り、シギの方を見る。
 彼は砂糖汁になったコーヒーを一口飲んでから、口を開いた。

「今回の件、色々と思う所はあれど穏便に終わろうとしていた契約に待ったをかけているのは僕たちなんです。しかもマスターの知らない所で、知らない内に自分が賭けの対象になったって聞いたらいくらあの人でもいい気はしないと思いますよ」

「そ……そうかな」

「ええ、なので今回の件は伝えるべきでは無いと思います。上手く行ったら伝えるって感じの方が、良いかなと」

「……分かった」

 シギの言葉は間違っていない、誰だって自分の知らない所で自分に関係する話が進むのは面白くない。
 しかも今回の話はそう簡単で単純なものではないのだ、この事をポートンに伏せておくのは賢明であると言える。

「とりあえず今はあの人が満足する使い方、これを見つける事が最優先ですね。ただ判断基準が分からない、最終的な合否は向こうが決めるっていうクソみたいな賭けですから、深く考えすぎずリウさんが一番良いと思った使い方をするしかありませんね」

「うーん……私はこのお金をポートンさんに渡すのが一番だと思うんだけど」

 リウの言葉にシギは首を横に振る、小さな動きではあったがそれは明確な否定を示すものだった。

「それが悪い考えとは言いません、けどああいう手の人間はそういう単純な答えを求めてはいない事が多い。賭けに勝つ気なら避けた方がいいかと」

「うーん……」

「やはりここは、他の人にも話を聞くべきですね。ここで二人で悩んでても良い案は出そうにないですし、大金慣れした、大人とかに」

「大人って……バグウェットには聞かないよ?」

 少しむんつけたような顔をして、リウはそっぽを向いてしまった。
 今回の賭けについて、バグウェットと一悶着あったのだ。

「ははは、あんな貧乏中年には聞かないですよ。大丈夫、この街にはあの人以外にもたくさん大人はいますから」

 その言葉にリウははっとした、確かに言われてみればバグウェットよりも話ができて意見をくれそうな大人はいる。
 この街に来て日が浅い彼女ですら、少し考えれば何人かは浮かぶ。

「そっか! じゃあ早速いって話を聞いてみようか」

「ええ、そうしましょう」

 二人は支払いを終え、カフェを出た。
 自分たちには無い意見を持った、大人たちの話を聞きに。
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