ガドリング・フィールド

猫パンチ三世

文字の大きさ
52 / 68
第三章 金・金・金

五十一話 リグレットユース

しおりを挟む
「珍しい客だな」

 店の奥にいた老人は、いつもと変わらない険しい顔で二人を出迎えた。

「こんにちはベルさん」

「……どうも」

 にこやかに挨拶をしたリウと対照的に、シギの表情はぎこちない。
 特段彼がベルに何かされた事は無く、たまに武器の手入れについて小言を言われるくらいだ。
 だがバグウェットとのやり取りを見ているからか、シギはベルに対する苦手意識を拭いきれない。彼は冗談ではなく、本気で銃を撃つ人間だと知っているからだ。

「今日はどうした、あのアホの使いか?」

「いえ、今日はベルさんにお聞きしたい事がありまして……」

「待て待て。立ち話もなんだ、中に入れ」

「えっ……でもお店の方は?」

「構わん、今日はもう閉めようと思っていた」

「本当にいいんですか? まだ明るいですよ?」

「ここは儂の店だ、閉めるも開けるも儂の気分次第……という事だ」

 そう言ってベルは店の入り口に休業の札をかけ、二人を中へ案内した。
 リウは案内されるままひょいひょいと彼に付いていく、シギはその姿を見てある種の尊敬の念を抱いていた。

「それで何を聞きたいんだ?」

 ベルはテーブルの上にお菓子を山のように置き、二人を椅子に座らせた。
 老人は小さなチョコを二粒ほど口の中へ放り込む、それに合わせるようにリウも棒状のチョコを口へ運んだ。
 本来ならお菓子の山にいの一番に飛びつくだろうシギは、ベルの事が気がかりでどうにもそんな気にはなれず、リウに取ってもらった飴を舐めながら彼女の隣で大人しく座っていた。

 リウはアグリーの時と同様の説明をベルにした、彼は途中で何かに気付いたようだったが、最後まで何も言わずに彼女の話を聞いていた。

「……なるほどな」

「一千万あったら、ベルさんは何に使いますか?」

 老人は眉間にシワを寄せ、深く考えを巡らせるような顔をしている。
 彼なりに真剣にリウの質問に答えようとしてくれているのは、誰の目にも明らかだったが、絶え間なく砂糖菓子を口に運んでいる姿のせいかいつもより少しマヌケに見えなくもない。

「駄目だ、思いつかん」

「思いつかないって、ベルさん欲しいものとかないんですか?」

「年を取ったせいか、物欲というものがすっかり薄れてしまってな」

 彼の答えに一番驚いていたのは、静かに話を聞いていたシギだった。
 ベルは銃などといった兵器類が好きだという事は知っていたし、整備や修理に使っている工具も思い入れがあるものらしいが、さすがに古くなってきたなとボヤいていたはずだ。
 
 にも関わらず、彼は欲しい物が思いつかないと言ってのけたのだ。

 リウの前で欲が無い人アピールでもしているのか、とシギは考えてしまう。
 ベルに限ってそれは無いだろうが、そんなバカげた考えを捨てきれないほどの衝撃を、彼は受けていたのだ。

「どうした小僧、珍しいじゃないか飴を砕くなんて」

 シギは普段飴をかみ砕く事はほとんど無い、最後までゆっくりと味わうのが彼のポリシーだった。
 だが余りの驚きのせいか、つい力が入り彼は飴を噛み砕いてしまっていた。

「あっ……ははは、次の味に行きたくなってしまいまして」

「? そうか、ほら食べろ」

 不思議そうな顔をしたベルに差し出された飴を舐めながら、シギは訝し気な顔で老人を見ていた。

「価値のある金の使い方を見せろとは、ずいぶんと難しい条件だな」

「ベルさんから見てもそう思いますか」

「そもそも金の使い方なんざ人の数だけある、自分は価値があると思っていても人から見りゃあ無駄遣いにしか見えないなんてのはざらだ。自分でさえ、自分の金の使い方に価値を見出せない時だってある」

「自分でも? 自分で判断してお金を使ったのにですか?」

「ああ、その時はそう思っていたとしても後になって後悔することは山ほどある。儂も若い頃はずいぶんと失敗したもんさ」

 老人はストロベリーチョコを口に入れ、味わっているのかどうか分からない速さで噛み砕いた。
 
「だからな、一番いい金の使い方は自分が後悔しない使い方をする事だと儂は思う。周りの意見を聞く、それはもちろん良い事だ。だが最後は自分だ、自分で決めるしかないんだ」

「自分で……決める」

 それから少し話をしてから、二人はベルの店を出る事にした。
 帰り支度をするリウに向かって、ベルは静かに口を開く。

「そういえば、この前の銃は撃ってみたか?」

 その言葉は、リウに苦い記憶を思い出させた。
 撃たなければならない時に撃てなかった、弱い自分の記憶を。

「まだ撃ってません」

「そうか」

 ベルはそれだけしか言わなかった、リウは頭を下げ店の方へ歩いていった。
 残ったシギは、彼を見て小さく笑う。

「リウさんの事、ずいぶんと気に入ったみたいですね。何か思う所でも?」

「小僧、お前も段々とあいつに似たような事を言うようになってきたな。深い理由は無い、そういうお前こそ割と仲良くやってるじゃないか」

「ええ、まあ。リウさんは良い人ですから、ベルさんもですけど」

「なに?」

「さすがというか何と言うか、気づいたんですよね? 外」

 シギは首でくい、と店の外を示す。
 彼は自分たちが、知り合いではない誰かに付けられている事に気付いていた。

「だから店を閉めてくれたんですよね」

 その言葉にベルは少し驚いたような顔をして、少ししてから口元に控えめで少し愛想の無い、だがどこか満足そうな笑みをつくる。
 シギはそれがどういった感情から来る表情なのか、今一つ掴み損ねていた。
 
「何かおかしい事、言いましたか?」

「気にするな、そんな事よりもさっさと行け。女は待たせるもんじゃない」

「……失礼します」

 シギは引っ掛かりのあるような顔で頭を下げ、部屋を出て行った。
 ベルはテーブルの上に残った飴玉を、一つ口に放り込む。

 甘酸っぱリンゴの風味が、老人の口に広がっていく。
 彼は、金よりも大事なものの一つを垣間見たような気がし、いつもよりやや上機嫌でテーブルの上にある菓子に手を伸ばした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

処理中です...