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第三章 金・金・金
五十一話 リグレットユース
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「珍しい客だな」
店の奥にいた老人は、いつもと変わらない険しい顔で二人を出迎えた。
「こんにちはベルさん」
「……どうも」
にこやかに挨拶をしたリウと対照的に、シギの表情はぎこちない。
特段彼がベルに何かされた事は無く、たまに武器の手入れについて小言を言われるくらいだ。
だがバグウェットとのやり取りを見ているからか、シギはベルに対する苦手意識を拭いきれない。彼は冗談ではなく、本気で銃を撃つ人間だと知っているからだ。
「今日はどうした、あのアホの使いか?」
「いえ、今日はベルさんにお聞きしたい事がありまして……」
「待て待て。立ち話もなんだ、中に入れ」
「えっ……でもお店の方は?」
「構わん、今日はもう閉めようと思っていた」
「本当にいいんですか? まだ明るいですよ?」
「ここは儂の店だ、閉めるも開けるも儂の気分次第……という事だ」
そう言ってベルは店の入り口に休業の札をかけ、二人を中へ案内した。
リウは案内されるままひょいひょいと彼に付いていく、シギはその姿を見てある種の尊敬の念を抱いていた。
「それで何を聞きたいんだ?」
ベルはテーブルの上にお菓子を山のように置き、二人を椅子に座らせた。
老人は小さなチョコを二粒ほど口の中へ放り込む、それに合わせるようにリウも棒状のチョコを口へ運んだ。
本来ならお菓子の山にいの一番に飛びつくだろうシギは、ベルの事が気がかりでどうにもそんな気にはなれず、リウに取ってもらった飴を舐めながら彼女の隣で大人しく座っていた。
リウはアグリーの時と同様の説明をベルにした、彼は途中で何かに気付いたようだったが、最後まで何も言わずに彼女の話を聞いていた。
「……なるほどな」
「一千万あったら、ベルさんは何に使いますか?」
老人は眉間にシワを寄せ、深く考えを巡らせるような顔をしている。
彼なりに真剣にリウの質問に答えようとしてくれているのは、誰の目にも明らかだったが、絶え間なく砂糖菓子を口に運んでいる姿のせいかいつもより少しマヌケに見えなくもない。
「駄目だ、思いつかん」
「思いつかないって、ベルさん欲しいものとかないんですか?」
「年を取ったせいか、物欲というものがすっかり薄れてしまってな」
彼の答えに一番驚いていたのは、静かに話を聞いていたシギだった。
ベルは銃などといった兵器類が好きだという事は知っていたし、整備や修理に使っている工具も思い入れがあるものらしいが、さすがに古くなってきたなとボヤいていたはずだ。
にも関わらず、彼は欲しい物が思いつかないと言ってのけたのだ。
リウの前で欲が無い人アピールでもしているのか、とシギは考えてしまう。
ベルに限ってそれは無いだろうが、そんなバカげた考えを捨てきれないほどの衝撃を、彼は受けていたのだ。
「どうした小僧、珍しいじゃないか飴を砕くなんて」
シギは普段飴をかみ砕く事はほとんど無い、最後までゆっくりと味わうのが彼のポリシーだった。
だが余りの驚きのせいか、つい力が入り彼は飴を噛み砕いてしまっていた。
「あっ……ははは、次の味に行きたくなってしまいまして」
「? そうか、ほら食べろ」
不思議そうな顔をしたベルに差し出された飴を舐めながら、シギは訝し気な顔で老人を見ていた。
「価値のある金の使い方を見せろとは、ずいぶんと難しい条件だな」
「ベルさんから見てもそう思いますか」
「そもそも金の使い方なんざ人の数だけある、自分は価値があると思っていても人から見りゃあ無駄遣いにしか見えないなんてのはざらだ。自分でさえ、自分の金の使い方に価値を見出せない時だってある」
「自分でも? 自分で判断してお金を使ったのにですか?」
「ああ、その時はそう思っていたとしても後になって後悔することは山ほどある。儂も若い頃はずいぶんと失敗したもんさ」
老人はストロベリーチョコを口に入れ、味わっているのかどうか分からない速さで噛み砕いた。
「だからな、一番いい金の使い方は自分が後悔しない使い方をする事だと儂は思う。周りの意見を聞く、それはもちろん良い事だ。だが最後は自分だ、自分で決めるしかないんだ」
「自分で……決める」
それから少し話をしてから、二人はベルの店を出る事にした。
帰り支度をするリウに向かって、ベルは静かに口を開く。
「そういえば、この前の銃は撃ってみたか?」
その言葉は、リウに苦い記憶を思い出させた。
撃たなければならない時に撃てなかった、弱い自分の記憶を。
「まだ撃ってません」
「そうか」
ベルはそれだけしか言わなかった、リウは頭を下げ店の方へ歩いていった。
残ったシギは、彼を見て小さく笑う。
「リウさんの事、ずいぶんと気に入ったみたいですね。何か思う所でも?」
「小僧、お前も段々とあいつに似たような事を言うようになってきたな。深い理由は無い、そういうお前こそ割と仲良くやってるじゃないか」
「ええ、まあ。リウさんは良い人ですから、ベルさんもですけど」
「なに?」
「さすがというか何と言うか、気づいたんですよね? 外」
シギは首でくい、と店の外を示す。
彼は自分たちが、知り合いではない誰かに付けられている事に気付いていた。
「だから店を閉めてくれたんですよね」
その言葉にベルは少し驚いたような顔をして、少ししてから口元に控えめで少し愛想の無い、だがどこか満足そうな笑みをつくる。
シギはそれがどういった感情から来る表情なのか、今一つ掴み損ねていた。
「何かおかしい事、言いましたか?」
「気にするな、そんな事よりもさっさと行け。女は待たせるもんじゃない」
「……失礼します」
シギは引っ掛かりのあるような顔で頭を下げ、部屋を出て行った。
ベルはテーブルの上に残った飴玉を、一つ口に放り込む。
甘酸っぱリンゴの風味が、老人の口に広がっていく。
彼は、金よりも大事なものの一つを垣間見たような気がし、いつもよりやや上機嫌でテーブルの上にある菓子に手を伸ばした。
店の奥にいた老人は、いつもと変わらない険しい顔で二人を出迎えた。
「こんにちはベルさん」
「……どうも」
にこやかに挨拶をしたリウと対照的に、シギの表情はぎこちない。
特段彼がベルに何かされた事は無く、たまに武器の手入れについて小言を言われるくらいだ。
だがバグウェットとのやり取りを見ているからか、シギはベルに対する苦手意識を拭いきれない。彼は冗談ではなく、本気で銃を撃つ人間だと知っているからだ。
「今日はどうした、あのアホの使いか?」
「いえ、今日はベルさんにお聞きしたい事がありまして……」
「待て待て。立ち話もなんだ、中に入れ」
「えっ……でもお店の方は?」
「構わん、今日はもう閉めようと思っていた」
「本当にいいんですか? まだ明るいですよ?」
「ここは儂の店だ、閉めるも開けるも儂の気分次第……という事だ」
そう言ってベルは店の入り口に休業の札をかけ、二人を中へ案内した。
リウは案内されるままひょいひょいと彼に付いていく、シギはその姿を見てある種の尊敬の念を抱いていた。
「それで何を聞きたいんだ?」
ベルはテーブルの上にお菓子を山のように置き、二人を椅子に座らせた。
老人は小さなチョコを二粒ほど口の中へ放り込む、それに合わせるようにリウも棒状のチョコを口へ運んだ。
本来ならお菓子の山にいの一番に飛びつくだろうシギは、ベルの事が気がかりでどうにもそんな気にはなれず、リウに取ってもらった飴を舐めながら彼女の隣で大人しく座っていた。
リウはアグリーの時と同様の説明をベルにした、彼は途中で何かに気付いたようだったが、最後まで何も言わずに彼女の話を聞いていた。
「……なるほどな」
「一千万あったら、ベルさんは何に使いますか?」
老人は眉間にシワを寄せ、深く考えを巡らせるような顔をしている。
彼なりに真剣にリウの質問に答えようとしてくれているのは、誰の目にも明らかだったが、絶え間なく砂糖菓子を口に運んでいる姿のせいかいつもより少しマヌケに見えなくもない。
「駄目だ、思いつかん」
「思いつかないって、ベルさん欲しいものとかないんですか?」
「年を取ったせいか、物欲というものがすっかり薄れてしまってな」
彼の答えに一番驚いていたのは、静かに話を聞いていたシギだった。
ベルは銃などといった兵器類が好きだという事は知っていたし、整備や修理に使っている工具も思い入れがあるものらしいが、さすがに古くなってきたなとボヤいていたはずだ。
にも関わらず、彼は欲しい物が思いつかないと言ってのけたのだ。
リウの前で欲が無い人アピールでもしているのか、とシギは考えてしまう。
ベルに限ってそれは無いだろうが、そんなバカげた考えを捨てきれないほどの衝撃を、彼は受けていたのだ。
「どうした小僧、珍しいじゃないか飴を砕くなんて」
シギは普段飴をかみ砕く事はほとんど無い、最後までゆっくりと味わうのが彼のポリシーだった。
だが余りの驚きのせいか、つい力が入り彼は飴を噛み砕いてしまっていた。
「あっ……ははは、次の味に行きたくなってしまいまして」
「? そうか、ほら食べろ」
不思議そうな顔をしたベルに差し出された飴を舐めながら、シギは訝し気な顔で老人を見ていた。
「価値のある金の使い方を見せろとは、ずいぶんと難しい条件だな」
「ベルさんから見てもそう思いますか」
「そもそも金の使い方なんざ人の数だけある、自分は価値があると思っていても人から見りゃあ無駄遣いにしか見えないなんてのはざらだ。自分でさえ、自分の金の使い方に価値を見出せない時だってある」
「自分でも? 自分で判断してお金を使ったのにですか?」
「ああ、その時はそう思っていたとしても後になって後悔することは山ほどある。儂も若い頃はずいぶんと失敗したもんさ」
老人はストロベリーチョコを口に入れ、味わっているのかどうか分からない速さで噛み砕いた。
「だからな、一番いい金の使い方は自分が後悔しない使い方をする事だと儂は思う。周りの意見を聞く、それはもちろん良い事だ。だが最後は自分だ、自分で決めるしかないんだ」
「自分で……決める」
それから少し話をしてから、二人はベルの店を出る事にした。
帰り支度をするリウに向かって、ベルは静かに口を開く。
「そういえば、この前の銃は撃ってみたか?」
その言葉は、リウに苦い記憶を思い出させた。
撃たなければならない時に撃てなかった、弱い自分の記憶を。
「まだ撃ってません」
「そうか」
ベルはそれだけしか言わなかった、リウは頭を下げ店の方へ歩いていった。
残ったシギは、彼を見て小さく笑う。
「リウさんの事、ずいぶんと気に入ったみたいですね。何か思う所でも?」
「小僧、お前も段々とあいつに似たような事を言うようになってきたな。深い理由は無い、そういうお前こそ割と仲良くやってるじゃないか」
「ええ、まあ。リウさんは良い人ですから、ベルさんもですけど」
「なに?」
「さすがというか何と言うか、気づいたんですよね? 外」
シギは首でくい、と店の外を示す。
彼は自分たちが、知り合いではない誰かに付けられている事に気付いていた。
「だから店を閉めてくれたんですよね」
その言葉にベルは少し驚いたような顔をして、少ししてから口元に控えめで少し愛想の無い、だがどこか満足そうな笑みをつくる。
シギはそれがどういった感情から来る表情なのか、今一つ掴み損ねていた。
「何かおかしい事、言いましたか?」
「気にするな、そんな事よりもさっさと行け。女は待たせるもんじゃない」
「……失礼します」
シギは引っ掛かりのあるような顔で頭を下げ、部屋を出て行った。
ベルはテーブルの上に残った飴玉を、一つ口に放り込む。
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