ガドリング・フィールド

猫パンチ三世

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第四章 天国トリップ

五十九話 アイスコーヒー

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「じゃあまた連絡する、あと今日使った弾の代金と報酬は二、三日中に振り込んどくよ」

「分かった、じゃあまたな。飯、ごちそうさん」

 バグウェットはラゴウィルの車から降り、事務所に向かって歩き出した。
 ラゴウィルはその後ろ姿を少し見てから、車を発進させた。

 ビルの谷間の事務所までの道、いつも通りの寂しく閑散とした道。
 今日はただでさえ寒いというのに、ビルの間を吹き抜ける風のせいで気温以上に寒く感じる。

 久しぶりの昔馴染みとの食事は散々だった。
 当てつけのように高いレストランに連れていかれた、メニューは何が書いてあるかさっぱりだったし、お高いワインは口に合わなかった。
 椅子は硬いし、流れてる音楽は眠たくなるようなのんびりとした曲だ。

 客は誰も彼も高そうな見栄を着て、幾何学的な話をしていた。
 地面も妙に柔らかくて、足がぞわぞわした。

 挙句の果てには運ばれて来たチキンはやたら小さく、味も薄い。
 仕方なく自分好みに味付けを変えたら、周りの客は彼を奇妙なものでも見るような目で見た。

 ラゴウィルは終始楽しそうにしていたが、バグウェットにとっては気に食わない時間だった。

 食事の事を考えていたら、あっという間に事務所の前に着いた。
 灯りがついていない所を見ると、すでに二人は二階に上がって寝ているらしい。

「鍵……鍵っと……」

 ポケットをまさぐり、ようやく彼は事務所の扉を開けた。
 暗い事務所の中に入り、手探りで電気を点ける。

「さっぶ……いな……」

 バグウェットは電気ストーブの電源を入れ、すぐにお湯を沸かす。
 部屋がほんのりと暖かくなったくらいにお湯が沸いた、彼はそれ使ってすかさずコーヒーを淹れ、ソファーに腰を下ろした。

 カップに入ったコーヒーを一口飲むと、その苦さに彼は顔をしかめた。
 もはや苦いというか単純にまずい、仕方なく彼はシギのように角砂糖をいくつか入れて一口の飲む。どうにか飲める程度の味になり、彼はふうとため息を吐いた。

「やっと……やっとだ」

 バグウェットは、色褪せた天井を見上げる。
 探していたわけではない、探すなと忘れろとの言伝だ。

 この街ではいくらでも人が死ぬ、身内が病気以外で死ぬ事など珍しくもない。
 弱い奴、頭の悪い奴、運が無い奴から死んでいく。
 それは彼がこの街に来て最初に教えられた事だ、そして今でもその教えは忘れていない。
 
 それでもあの名前は、バグウェットの中で燻っていた感情に、確かに静かに火を点けていた。

「ああ、帰ってたんですか」

 声の方を見ると、そこには寝間着姿のシギがいた。
 黒いモコモコとした寝間着は、リウが選んだ物だ。以前はそこまで服に気を使っていなかったが、彼女が来てからは年相応の服を時々着るようになった。
 案外温かい上に着心地も良いらしく、わりと気に入っているらしい。

「よお、まだ寝てなかったのか」

「さっきまで寝てましたよ、トイレついでに水でも飲もうかと思って」

 目を擦りながら、シギは冷蔵庫を開け水の入ったペットボトルを取り出しバグウェットの前に座った。
 
「新しい仕事ですか?」

「ああ、ラゴウィルから……治安部隊からの依頼だ」

「へえ、じゃあ額はともかくとして支払いの方は大丈夫ですね」

 シギはそう言ってから水を飲む、治安部隊は曲がりなりにも公的な組織だ。
 けち臭いため額は期待できそうにないが、支払いの方は問題なさそうだった。

「まあな、ただあの調子じゃそんな貰えないかもな」

「でも受けるんですよね? あの人とは古い知り合いなんでしょう?」

「まあ……な」

「乗り気じゃないんですか?」

「いや……別にそういうわけじゃねえけど」

 生返事しかしないバグウェットを見て、シギは眉間にシワを寄せる。

「どうしたんです? 何かあったんですか? 別に乗り気じゃないなら断ればいいじゃないですか」

「だから別に乗り気じゃねえわけじゃねえって、受けるよ」

「バグウェット……何か隠し事でもあるんですか?」

「隠し事なんかじゃねえよ、ちょっと面倒な仕事になりそうってだけだ」

 シギは水を飲みながら、バグウェットの顔を少し見た。
 ペットボトルの蓋を閉め、ため息を一つ吐いてからそれを机の上に置く。

「まあ……何でもいいですよ。あなたが仕事を受けるっていうなら、僕はそれを手伝う。受けないのなら次の仕事を待つ、それだけですから」

「お前さあ、そろそろそういうの改めた方がいいぞ? 俺に何かあったら、ここの仕事はお前に任せるつもりなんだ。もっとこう自分の意思を……」

「必要はありません。あなたは僕の知る中で一番強い人間だ、あなたがいなくなる時は僕もいなくなる時でしょうから」

 それだけ言うと、シギは立ち上がり水を持って部屋を出て行こうとした。
 
「シギ」

 その声で彼は足を止めた。

「連絡が来しだいラゴウィルのとこに顔出しに行く、準備しとけ」

「わかりました、リウさんには説明するんですか」

「ああ、俺から説明する」

「そうですか、じゃあ僕はもう寝ます。おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」

 シギが部屋を出て行ってから、バグウェットは一人コーヒーを飲む。
 冷めたせいかもう砂糖なんかでは、隠しきれないほど苦い。

 ふう、と深く重重しいため息を彼は吐く。

「子供ってのは、難しいもんだな」

 彼はぐっとコーヒーを飲み干した。

「あんたもこんな感じだったのか? なあ、ノーマン」

 その名前を呟いた瞬間、ほんの少しだけ彼の目は過去を見ていた。
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