ガドリング・フィールド

猫パンチ三世

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第四章 天国トリップ

六十一話 バーチャルトレーニング

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 ラゴウィルの言葉通り、きっかり一時間後にブリーフィングは始まった。
 十人の隊員にシギとバグウェットを加えた十二名が席に着く、ラゴウィルはモニターの準備をし、リウは各席へコーヒーを置いた。

「じゃあリウちゃん、悪いんだけど隣の部屋で待っててくれるか。そんなにはかからないから」

「分かりました」

 リウは頭を下げ、一も二もなく部屋を出て行った。
 ラゴウィルは、バグウェットの座っている席へ行き、彼の肩を軽く叩いた。

「利口な子じゃないか、お前と違ってな」

「るっせえよ、さっさと始めろ」

「わかったよ」

 ラゴウィルは、軽く喉を鳴らしてからモニターの前に立った。

「じゃあブリーフィング始めるぞ、今回は現状の整理と各方面の進捗についてだ。シギ君とバグウェットは今日からの参加だから、改めて今回の任務内容について説明する」

 ラゴウィルが手元の端末を操作すると、モニターには色とりどりの錠剤、粉剤が映し出された。
 青や赤といった錠剤のほかに、動物の形や星形など一見するとお菓子のような形をしているものもある。
 粉剤もパッと見では風邪薬など、既存の物と違わないように見える。入っている袋も、煌びやかでなんとも人目を引くデザインをしていた。
 
「街に最近出回っている新しいクスリ、ヘブンズアッパー。こいつの出所を突き止めて、流通を阻止する事が今回の任務だ。というわけで、各自報告を頼む。流通ルートの方はどうなってる?」

 隊員の一人が、その言葉で立ち上がる。

「各方面に手を伸ばしていますが、相当広く流通しているらしく掴め切れていません」

「原料の方は?」

「原料のキノコは、採取地域を特定しました。フリッシュ・トラベルタから南西に数百キロいったベルニダという街の近くの洞窟で採れるキノコでした。洞窟内を確認しましたが、すでに例のキノコはほぼ全てが持ち去られた後でした。現地の人間に聞いたところ、洞窟は立ち入り禁止区域に指定されていたらしく、誰がキノコを持ち去ったかは不明です」

「キースの方はどうなってる?」

「特に抵抗する様子はないのですが……これといって有力な情報は持っていなさそうです」

「あいつは小物だが多くの組織と繋がってる、もう少し踏み込んでくれ」

「了解です」

 その後、細かい報告をしあいラゴウィルは最後の情報をモニターに映した。
 映し出されたのは、口元に歪んだ笑みを浮かべた男だ。

「最後にこいつの話をしておく、名前はストレイグス。今まで集めた情報から、ヘブンズアッパー流通を裏で操っていると考えられる男だ。素性の全てが不明、一つだけ分かっているのは、この街で起きるどデカイ事件にはほとんどこいつが関わってる。現場で発見した場合、可能なら捕縛それができなければ殺せ」

 重々しい言葉でブリーフィングは終わった、隊員たちはコーヒーをしっかりと飲み干してからそれぞれの持ち場へ戻っていく。
 ラゴウィルは、カップを片づけるとバグウェット達の所へやってきた。

「そういう事だ、悪いが私怨にこだわるつもりはない。チャンスがあれば俺たちの方でも処理する」

「分かってる、俺はあいつが死ねばそれでいい」

 その隣で話を聞いていたシギは、少し驚いていた。
 彼とバグウェットの付き合いは長くない、だがバグウェットが他の人間に対してあまりそういう事を言う人間では無い事は知っている。

 口も態度も悪いが、他者に対して余程の事がなければ敵意や殺意を向けない。
 ある程度の事は、達観したようなそういうものだと諦めて見る事のできる男のはずだ。

 そんな彼が、明確に殺意と敵意を向けるストレイグスという男の存在は、シギの頭に強く残った。

「バグウェットさん、お願いできますか? 他の奴らに用意の方はさせてます」

 ジラフとフロッグの二人が、バグウェットを呼びにやってきた。

「ん? バグウェット、お前なんか頼まれてたのか?」

「ああ、戦闘訓練に参加してくれって頼まれたんだよ。構わねえだろ?」

「もちろん、ガッツリしごいてやれ」

「じゃあ僕は資料の方を見てますね、なんだか分からない事が多いので」

「わかった、じゃあ詳しい資料を用意する。それから隣の本部に、専用端末を用意させるからそれも使っていいぞ」

「ありがとうございます」

 バグウェット達が部屋を出ようとすると、ちょうどリウが部屋にやってきた。

「お疲れ様、またどっか行くの?」

「ああ、これからむさ苦しい男どもと殴り合いだ。お前はどうする?」

「うーん……それも見てみたいけど、私は夜ご飯でも作ってよっかな。体動かすんならお腹、減るでしょ?」

「そうだな、じゃあ重いの頼む。しっかり腹が膨れるやつな」

「おっけ。じゃあすいませんラゴウィルさん、食材とか頂いてもいいですか」

「わかった、食堂まで案内しよう」

「ありがとうございます」

 ラゴウィルは案内を部下に任せ、リウを連れて食堂へ歩いて行った。
 それを見送り、バグウェット達は訓練棟へ向かう。

 治安部隊の訓練棟には、最新のトレーニング器機が揃い、広い訓練室がある。
 訓練中の怪我などに対応するため医師が常駐し、医療機器の設備も並の病院以上だ。
 ジラフとフロッグの二人に連れられて、バグウェットは訓練棟の中を進む。

「すげえ設備、金かかってんなあ」

「上層部は、トレーニング設備のメーカーとも提携してますから。それにここは、試作品の実験場も兼ねてるんですよ」

 歩いている途中で、ふとバグウェットの目が止まった。

「なあ、ありゃなんだ?」

 彼の指差した部屋には、ずいぶんと寝心地の悪そうなベットが並んでいた。
 頭の部分には、大人の頭がすっぽりと収まるような球状の機械が備えられている。

「あれも訓練設備なんですよ、少し試してみますか?」

 言葉のままに三人は部屋に入ると、フロッグが一番のベットに横になり、二番のベットにバグウェットが横になった。
 
「じゃあそのままで、捜査の方はこちらでします。バグウェットさん、リラックスしてくださいね」

「してるよ、このまま良い夢見れそうだ」

 ジラフが二人の足元にあるパネルを操作すると、球状の機械が二人の頭を覆う。
 最初は暗闇だったが、パッと明るくなったと思うと段々光が強くなってきた。バグウェットはその眩しさに、目を細めやがてつぶってしまった。

 一体何なんだ、そう思って彼がゆっくりと目を開くと目の前に真っ白でただっ広い空間が広がっている。

「な……なんだこりゃあ」 

「ここは訓練用の仮想空間です、体を動かしてみて下さい」

 隣に立ったフロッグが自分の腕をポンポンと叩く、それに合わせて恐る恐るバグウェットも自分の体を触り、動かしてみた。

「……すげえ、現実と何も変わらねえぞ」

「この仮想空間では、視覚、嗅覚、聴覚、味覚、触覚といった五感はもちろん、痛覚等の感覚も完全に再現しています。それから……おーい、ジラフ!」

『オーケー』

 ジラフの声が響き、少し間を置いてからフロッグの手元に銃が現れた。
 
「持ってみてください」

「お、おう」

 バグウェットは銃を受け取ると、驚いたように目を見開いた。
 手に持った銃は、肌触りから重さまでそのままだったのだ。

「たまげたな、何でもありじゃねえか」

「おっしゃる通り、何でもありです。今は真っ白な空間ですが、設定をいじれば屋内戦や屋外戦の訓練もできますし、天候や湿度、温度まで細かくいじれるんです。痛覚があるとはいえ、設定でカットしてるから怪我などに気を使う必要もありません。新人はよくこれを使って訓練するんです」

『話の途中で悪いが、他の奴らがここを使いたいらしい。今から戻すぞ』

「わかった、じゃあバグウェットさん戻りましょう」

 パッと空間が白く光ったと思うと、二人の感覚はベットに戻ってきていた。
 三人は待っていた他の隊員たちに礼を言い、改めて目的地へと歩きだした。

「便利なもんだな、お前らもあれを使って訓練するのか?」

「いえ、俺たちはいつも現実で訓練してますよ」

「なんでだよ、あんな便利なもんがあるのに」

「隊長の方針なんですよ。実際に痛みを感じ、時には怪我をするからこそ訓練に対する姿勢も真摯なものになると」

「はっ、あいつらしいな。お前らはそれでいいのか?」

 二人は顔を見合わせ、少し考えたがお互いに出た答えは同じだったようで、ジラフが代表して口を開いた。

「最初はもちろんありましたよ、でもすぐに無くなりました」

「どうしてだ?」

「実際に現場に出たら分かったんですよ、現実での訓練の方が体に染みついてるってね。もちろん隊長のやり方が合わない隊員もいるでしょうけど、幸いな事にこの隊の連中にはピッタリだったんですよね」

「それに他の部隊の隊長と違って、自分から率先して動いてくれるし、何より強いんですよ。尊敬できる人です」

「あいつがねぇ……ずいぶん立派になったもんだ」

 そんな話をしていると、彼らがいつも訓練をしている第二訓練場に到着した。
 中に入ると、三人の隊員たちがアップをしていた。

「おーい、お連れしたぞ!」

 その言葉に三人は駆け足でバグウェット達の前にやってきた。
 横にいた二人もその列に加わり、計五人が彼の前で敬礼を行う。

「やめてくれよ、俺は外の人間だ。そうかしこまる事はねえ」

 その言葉に隊員たちは、敬礼を解いた。

「改めて自己紹介の方を、私からフロッグ、ジラフ、タートル、ピッグ、フィッシュです」

「バグウェットだ、こちらこそよろしく頼む。ところで俺は何をすればいいんだ?」

「今日は対人格闘訓練と射撃訓練を行います、バグウェットさんにはまず格闘訓練に参加して頂ければと」

「わかった」

「手加減は無しでお願いしますね、我々は本気のバグウェットさんと戦う事を期待していたんですから」

 そう言ってバグウェットを見る五人の目は、闘志が滾っている。
 実を言うとバグウェットは、昔馴染みの顔を立てるつもりくらいの少し軽い気持ちで訓練に参加していた。
 元来面倒くさがりの彼にとって、訓練はあまり好ましくないものだ。

 だがまっすぐな闘志を自分に向ける彼らに対して、生半可な気持ちで向き合うのは失礼にあたる。
 バグウェットは上着を脱ぎ、らしくない気合を入れると、リクエストに応えるべく彼らの前に立った。
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