*モブのなかにいる*

宇野 肇

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2.

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 俺は怒っていた。ぷんぷんしていた。
「こういうのはいけないと思います」
 冒険者ギルドから出て、ここはカミュが手配した宿の一室。
 絨毯が引かれ、机やソファは光沢があり、そこそこ値が張るだろう品がある。ベッドはダブルで柔らかい。部屋の値段は俺が一週間で稼ぐ金より高いかもしれない。なかなか、どころかかなりいいところだ。
 そこで俺は腰に手を当てて、ソファに正座するカミュにそう切り出した。
「人が拒絶できない状況で事に及ぶのは合意とは言いかねるのではないでしょうか」
「はい。反省してます」
 今の所俺とカミュの間にあるのはマスターを担保にしたある種の契約であり、関係性で言うと主従でもなければ上下があるものでもない。カミュは俺にあれこれとしてくれるが、実は夜の行為以外のカミュの行動に対して、俺が身体で報いなければならない、ということはない。そして俺には行為毎に拒否権があるのだ。卑怯なようだが、食べ物も服も髪や爪の手入れも、客が勝手に娼婦を連れ回し貢いでいるだけ、とも言える。俺が応える義務が発生するのは性交渉に同意して、対価を得る場合のみだ。まあ、義理を欠くことではあるし、円滑な関係を築く上では避けることはできないことでもあるというのが悩ましい所か。それに俺とカミュの関係は普通の男娼と客とは言い難いわけで。
 冒険者ギルドの一室でのことも拒否できなかったというよりはしなかったが正しいが、あの時俺の判断力は頗る鈍っており、平常時より遥かに快感に弱い状態だった。つまり唯一俺が対価として差し出せるものをカミュはなあなあで押し切って同意なく奪ったことになるわけだ。これは立派な契約違反である。
 ……と、言うのはまあ、建前と言うかなんというか、カミュに責任転嫁するための言い訳にすぎないのだが。
 少しだけ頭が冷えはじめて、カミュには少し悪いなと思いつつも怖い顔をして口を開く。
「本当に反省してる?」
「してるよ。でも、あの部屋に鍵がないのは僕のせいじゃなくてね、」
「俺が怒ってるの、そっちだから!」
 むっつりとそう言うと、カミュは気まずそうに肩を落とした。

 そうなのだ。冒険者ギルドのあの部屋には鍵がなかったのである。
 確かに俺も施錠の音を聞かなかったし、ラジムの「人払いをしておく」発言に気が緩んでいたかもしれない。遮音魔法も使ったと言っていたし。
 しかし。しかしだ。
 実際はラジムが遅いと部屋に突撃してきた。人払いの中に彼は含まれていなかったらしい。
 部屋を占領していた上に淫らな行為に夢中になっていたこちらに非があるが、それにしたってイく直前、いや、ほぼ同時にドアが開くとか最悪のタイミングすぎて俺もカミュもラジムの目の前で果てるより他なく。
 それでも俺に突っ込む側で呻き声くらいで済んだカミュとは違い、俺はもうあられもなくひんひんあんあん叫んでいたわけで。とろっとろのふにゃふにゃになっていたわけで。カミュの身体で隠れて大事な場所は見えなかっただろうが、よりにもよってイキ顔をばっちり見られた以上最早そういう次元を通り越していた。股間隠れて顔隠れず。俺からラジムの顔が見えたということはつまりあちら側からもまる見えだったことは明らかだ。ノックはあったらしいが遮音魔法が裏目に出て聞こえなかったというオチ。
 慌てて身なりを整え、ありったけの力で汚れたあれやらそれやらを清めて部屋の換気に空気を動かして、謝罪もそこそこに冒険者ギルドを後にしたのだが……ラジムのあの好奇に満ちた表情は暫く忘れられそうにない。思い出すだけでも身悶えてしまいそうだ。混ぜろとか言われなくてよかった。
「ごめんね、アルク」
 しょんぼりと肩を落とす目の前の優男に意識を戻すと、俺も肩を落とした。恥ずかしさの余りカミュに矛先を向けたが、実際は自己嫌悪による八つ当たりも半分ほどは入っている。
「俺の方こそごめん」
 謝るのは俺も同じなのだ。結局、はっきりと拒否しなかったのは俺なんだから。あの時確かに力が入らなかったけど、気持ち良くてもっと欲しいと思ったけど、本当の本当に嫌だったらもうちょっとなにか、違ったリアクションを起こせていたのだろう。そうしたら、カミュはそれをきちんと汲み取ってくれたはずだ。
 あんなことになって自分で受け止めきれない恥ずかしさのためにカミュを責めているわけだから、情けないことこの上ない。
 カミュの隣に靴を脱いで、俺も正座をする。頭を下げると、動物がするみたいにカミュの頭が擦り寄ってきた。
 見られた恥ずかしさもあるが、カミュに流される程度には、彼から与えられるものの心地よさにすっかり慣れてしまっていることを分からされた、そういう気恥ずかしさもあった。
「今日はお預けかな……?」
 俺の機嫌を窺いつつも、唇を俺の頬へと触れさせながら、カミュが囁く。
「……ここの宿にあるっていう浴場に連れてってくれたら、機嫌直るかも」
 言いながら俺が彼の肩口に顔を埋めると、ふふ、と嬉しそうな声の後抱きしめられた。
 こういう駆け引きも、今のところいつもカミュが求めてくれるから、俺からはうまく交渉できないでいる。精々、OKサインを出すので精一杯だった。


 《ガクロウ》には大きな公衆浴場がある。花街の中にもあるらしいが、そっちは見たことがないからどうなっているのか分からない。俺が知っているのは外のもので、普段は料金を取られるのだが、たまに無料開放される際に足を運んでいた。
 公衆浴場の利用料は良心的だが、それでもケチケチしないとままならない生活だった俺にとっては風呂も贅沢品である。身体の汚れを取るだけなら生活魔法で十分だし、それは誰もが使える。風呂はリラックスのためにあるのだ。
 そしてカミュが取ったこの宿には、宿の利用者向けの風呂があるらしい。
 善は急げとばかりに連れ立って浴場へ足を運ぶ。まずサウナのような部屋で身体を温めて、オイルを塗りたくり、それを丁寧に落とした。これは従業員……というか、控えていた二人の奴隷がやってくれて、誰かに世話をされるのに慣れてない俺はちょっと恥ずかしかった。
 そそくさと大きな湯船を求めれば、ドーム状になっている石造りの、湯気で空気から暖かい浴場へたどり着く。他の客の姿は見えない。暖かい湯気に包まれて、俺たちはその湯船の中へ身体を浸した。
「っあー……気持ちいい……」
 やっぱこういう時間があるというのはいい。暖かくて、身体が解れる。
 俺の隣で同じように肩まで湯に浸かるカミュの顔もだらしないものになっていた。
 天井から雫が落ちてくる音と、浴槽の端から勢い良く流れてくる湯の音。温泉の風情があってなんとも懐かしい。外の公衆浴場は四方を建物に囲まれていて、雰囲気で言うとプールって感じだし人も多かったから、こんな風にしみじみすることもなかった。
 十分に温まり、一度湯船から出る。シャワーのようなものはないので、かけ流しらしい湯が流れ出て行く方へ行って身体を洗うことにした。
 この世界、石鹸はあるが、一般に流通しているものは臭い。だからこうやって身体を洗う場合は泡の出る樹液を持つ植物を叩いて潰したものを使う。こんなことでも贅沢のうちに入る。生活魔法がある以上およそそういった無駄なもの、あるいは敢えて不必要な手間をかける行為というのはアルカディアにおいては道楽に近い。
 俺たちの挙動を見守っている奴隷二人から茎とも枝ともつかないそれを潰してもらったところで、カミュが二人を下がらせた。俺は自分でできるからだろう、と思っていたのだが……これ、タオルじゃないから背中が届かない。自分だけじゃできない。
 そこで、うっすらとカミュの意図を察した。
「洗ってあげるね」
 言われてしまうと、任せるしかない。断るのもおかしな話だ。だから当然、流れとしては、俺もカミュの背中を洗うことになるわけで。カミュが正面から抱きしめるようにして俺の背中を洗うから、俺もカミュの背中に手を回して洗う羽目になるわけで。
 抱き合うような格好になり、決して洗うためだけではないだろう、カミュの動きにぴくりと身体が跳ねた。
 諌めたばかりで忘れてはいないだろう。そう思いつつ、喜ぶ身体が恨めしい。
「カミュ、だめだって……ここ、風呂場……っ」
「ああ、アルクは知らない? 《ガクロウ》だとお風呂場の近くに、それ用の部屋が用意されてるんだよ」
 なんだかとんでもない新事実が発覚してしまった。
「オイルを塗るための部屋なんだけどね……こういう宿だと、衝立ついたてで仕切りがしてあって、担当の奴隷と……」
「わ、わかったっ。どうなってるのかは分かったけど、でもっ」
 この場所自体はいつ誰が入ってくるかわからないわけで。
 そう言うと、そういう時は奴隷が教えてくれるよとあっさり返された。でもそれって結局その奴隷にこういうところを見られるってことじゃん!
「アルク、君が欲しい……」
「……っあ、……ん……さ、さっきしたばっかりなのに……」
「お湯に使って肌がほんのり色づいて……なにも纏ってないのに無防備な君を見てると、裸だってことを意識させて恥ずかしがらせて、それ以上に気持ち良くさせたくなる」
 情熱的な声と言葉で、カミュの滑ついた指が俺の尻を揉んで、その割れ目に滑り込む。
「ぁん……っ」
 直前に押し付けられた股間に意識を取られて、馬鹿正直に声をあげてしまう。
「君にこうして触れていいのは僕だって、いろんな人に見せつけたい」
 指は穴の中に入るかと思わせて、その窄まりを弄るばかりだった。なのに俺の奥は疼き出して、カミュが耳に注いでくるその音の意味するところを想像してしまう。
「そ、それは困る……ラジムの時みたいなのは嫌だ」
 どうにかそう呟くと、カミュは俺の腰をしっかりと抱き、自分の身体に縫い止めた。
「ふふ、あれもちょっとビックリしたね。でも僕が言いたいのはもっと……まあいいか」
「なに? 気になる」
 不穏な場所で言葉を濁されて、出した声は情けないものになってしまった。気にしなくていいよ、なんて言われても気にせざるを得ない。
「僕がどれだけ君に執着しているのか、見せつけたいってことだよ。最初から最後まで、ずっとね」
 カミュはなんとも恐ろしいことをあっさりと言ってのけながら、俺に一つ口付けると、体を離した。手桶で泡のついた身体を洗い流し、平然と使い終わったそれを俺に手渡してくる。俺は黙ってそれを受け取ったが、潰し切って用済みになった植物を捨てようとすると止められてしまった。排水孔へ流されるまま放置しておけばいいと言われ、首を傾げると、その理由を教えてもらえた。
 これは奴隷の仕事なのだ。その仕事を自分でできるからと奪ってしまうことは、あまり歓迎されない。身体を洗うことも、本当なら奴隷にさせるのがマナーだ。ここの奴隷は宿の所有しているもので、その奴隷に身を委ねるということは、宿を信用している、宿のサービスを歓迎するということになるらしい。
 じゃあ断ってしまったのは良かったのかというと、
「不満があって拒否したわけじゃないし、チップも渡しておいたから」
「いつのまに……」
「僕は客人マレビトだからね。ゲームで言うアイテム欄にお金を入れておけば、空中から取り出せるんだ。一種の魔法と言うことになっているらしい。こうしておけばスられたりもしないし」
 便利すぎる。
 感心して声を上げると、カミュはくすっと笑った。

 上がる前にもう一度身体を温めようと湯に浸かったものの、カミュにちょっかいを出されてすぐにそれどころじゃなくなった。
 半ば逃げるように風呂から出れば、奴隷にバスローブを着せられ、足を軽く拭かれる。言い逃れできないほどの事態になる前で助かった。
 それから、カミュが言ってた通りオイルを塗る部屋に通された。バスローブを脱いで、衝立で囲われた中でカミュと二人、それぞれ温められた石の……岩盤浴の岩のようなベッドに身体をうつ伏せに寝かせれば、徹底的に香油を塗り込まれた。
 香油は少し甘い感じの匂いがして、身体は暖かくて、奴隷の手つきはマッサージみたいな感じだった。それに気が緩み、少しうとうととしてしまっていたらしい。内腿のきわどいところまで手が滑ってきて、自然と声が出た。
「ぁん……」
 ぴく、と身体が跳ねて、少し目を見開いた奴隷に謝るより先に、カミュから「彼は慣れてないだけだから」とフォローが入った。壊れたように小刻みに頷くと、奴隷は黙って、けれどはっきりわかる程度に控えめに微笑んで、頷いてくれた。ほっとした。
 ちょっとだけ緊張しつつ、うつ伏せから仰向けになって続きをしてもらう。今度は正面な分、触れられる指にぴくぴくしたが、それも直ぐ心地のよさのせいで弛緩した。
 香油でのマッサージが終わると、奴隷はバスローブをもう一度着せてくれた。お礼を言ってもいいものか迷ったが、言うと軽く頭を下げられた。カミュが二人にチップを渡して、初めて凄く嬉しそうな笑顔を見せた。……なんだろう、この圧倒的敗北感。
 なんとも言えない気持ちでそそくさと出て行った奴隷を見送ると、カミュが俺の腰に手を回してきた。
「慣れれば気にならないよ。彼らもチップが無ければ生きていけないし、お腹の膨れない優しい言葉よりも、お金や美味しい食べ物の方が嬉しいんだ。さっきのはまだ行儀がいいほうさ」
 慰めるように頬ずりをされる。されるがままになっていると、それより、とカミュが声を低くした。
「さっき……マッサージでかわいい声を出したのはこの唇?」
 指で挟まれ、直ぐにキスで塞がれる。強く吸い付かれ、少しの間カミュの口の中に唇がまるまる入ってしまった。離れる時はそっと緩めてからにしてくれたが、ちょっとひりひりした。
「撫でられて喜んだのは、この身体?」
 ぶすくれたようなカミュの顔が近い。バスローブの裾からカミュの手が入り込み、尻のきわをねっとりと撫でた。息を詰まらせて声を殺すと、緑の双眸が鋭く細められた。
「……上書きしたいな、今すぐ」
「は……?! っちょ、ここで?!」
「うん。他でもない僕に触られて感じてる君が見たい」
 今すぐに。
 カミュはもう一度それを繰り返すと、バスローブの紐を解いてそのまま床に落としてしまった。抱きしめられた俺はそれを追いかけることもできず、カミュからの溢れそうなキスを受ける。
「っん、む……ふぁ」
 腰や尻、太ももを手のひら全部を使って、揉むように触れられる。ゾクゾクとした感覚が腰から生まれては背中から頭の先へ駆け上がって抜けて行く。
「アルク」
 本名を呼んでくれるのはもう、カミュしかいない。でも、ここまで熱っぽく俺を呼ぶのもまた、カミュしかいなくて。
「……あ、やぁ……」
 香油でぴかぴかした身体は滑りが良くて、お互いがそんなものだから、乳首がカミュの肌で擦れても痛くなかった。それどころかすごく、気持ちいい。カミュの身体は筋肉で覆われていて、俺よりずっと触り心地が良く、暖かさに満ちていた。
「いい匂い」
 首筋に息が掛かる。浴場でちょっかいを出されていたせいだろうか、それともマッサージを受けてまだ気が緩んでいるのか。カミュの指先が後ろの窄みをノックしても、甘えたような声が出ただけだった。
 いい匂いなのはカミュも同じだ。甘くて、うっとりしてしまう香り。
「ねえアルク、……いい?」
 すぐにはだめだ、と言えなかった。
 カミュは俺との間に出来た隙間から胸元の方に手のひらを忍ばせてきた。指先から手首の方までを使って乳首を撫でられて、身体が震えた。
「だめ……だ、カミュ」
「どうして?」
「だって、さっきしたばっかりだし……っ、ここ、こんな……とこで……」
 カミュに迫られると、どうも上手く突っぱねることが出来ない。それどころか嬉しくてたまらなくなる。どきどきする胸に合せるように、乳首と、股間と、尻の奥が疼いて、触れて欲しくなってきて、自分から求めたくなるのだ。
「アルク、欲しい……」
「っぁ」
 俺の耳にカミュの声と吐息が差し込まれる。柔らかな唇が俺の耳をなぞり、色っぽい声に甘い痺れが腰に走り、抜けて行った。
「ず、るい……カミュにそう言われると、俺、……っ」
 誤魔化せないほど、触れ合っている場所が硬い。熱い。
「……怒られない?」
 頷く代わりにそう訊ねると、カミュが笑った気配がした。少し身体を押され、さっきまで寝ていた岩のベッドに尻が触れる。カミュのバスローブ敷かれて、その上に乗ると、大きく足を開かされた。
 恥ずかしくて仕方がないのに、岩から出てくる熱と、漂う甘い匂いに、不思議と身体が縮こまることはなかった。むしろ大胆に、見せつけるようにだらしなく、自分からそうしてしまう。
「すごく色っぽいよ」
 上から囁かれて、また一つ身体に熱が篭る。
 カミュの手が俺の薄い身体を撫でて行く。手をついて上半身を支えるけど、そうするほど身体を隠すものがなくなり、カミュの目の前に晒されるどころか、全てを捧げているような気になった。
「香油のせいで、舐められるのはここだけだね」
「うぁっ」
 膨らんだそこを咥えられ、暖かな口の中で彼の舌に歓迎される。香油は身体に悪いわけではないが、食用じゃないから不味いのかもしれない、とぼんやりし始めた頭で考えたが、直ぐにそんなことも快感で塗りつぶされた。
「あ、ん……っ、んんっ」
 岩の淵に足裏を引っ掛けているせいで、腰を突き出すにもしにくくて、ただただ足を外へ開く。前を可愛がられて気持ちがいいのに、後ろが、身体の奥が、切なくきゅんきゅんと疼く。構って欲しくて、寂しくて、温めて欲しいと泣き出しそうになる。
 人の身体はこんなに簡単に変わってしまうのかと思うほどの変化は、カミュに抱かれて5日目……一昨日には言い逃れできないほどはっきりと現れ出した。俺はそれを淫乱になってしまったと怖がったけれど、カミュが優しく言葉を重ねてくれたおかげで受け入れることができた。
「僕のせいでそうなったのなら、それは僕にとってすごく嬉しいことだよ」
 と、それはそれは幸せそうにしながら俺を徹底的に喘がせ、イかせて。だから昨日はちょっとお休みというか、愛撫は嫌という程されたけど、一回抜いただけで終わっていた。今日はその反動がきたとでも言うのだろうか。
 後ろだけで十分……いや、前以上に気持ち良くなることを覚えた俺の身体は、挿入を予感するだけでそわそわとし始め、その時を今か今かと待ちわびてしまう。
「カミュ……欲しい」
 絶妙な口淫でその気にさせられ、その気分のままに求める。俺のものから口を離したカミュは、舌なめずりをしながら艶やかに微笑んだ。
 一旦降りてベッドの淵に手をつき、カミュに尻を突き出す。カミュは俺たちの身体を解した水差しみたいな香油の瓶から中身を俺の尻に垂らした。カミュ側のベッドに置かれていたそれは俺の肌よりも暖かく、俺の尻をもみながら手を香油まみれにしたカミュの指先が遂に、俺の中に滑り込んだ。
「あああっ……」
 それだけで身体が歓喜に震えそうになる。もっと奥へ。一番感じたい場所へ案内するように、ぎゅっとカミュを掴んでしまう。
「ああ、そんなに締め付けないで、ほら、ちゃんと触ってあげるから」
「ふぁ……、んんーっ」
 カミュはゆっくりと、でも容赦無く指を引き抜き、香油を絡め、また俺の窄まりに押し込んだ。にゅるにゅるとした感触がいやらしい。内壁が引き攣れる痛みは覚えているのに、滑らかに中を行き来する指が物足りなくてもどかしい。
 快感を求めて身体をくねらせ、カミュを誘う。
 こんなんじゃだめだと。もっと熱く、息が詰まるほどのものでなければそこの寂しさは埋まらないのだと。――……それができるのは、たった一人だと。
 何度も名前を呼べば、カミュはその度に指を増やした。
「早くっ……も、欲しいっ……入れて……」
 耐えきれずそう言えば、ひょいと石の上に乗せられる。あまりの力強さに驚く間も無く足を割られ、ただただ、求めるものへ手を伸ばした。
 ぐっと掴まれた腰に、下の口元にあてがわれた猛りを感じる。
「あ、ぁ、あああーっ……」
 いつもゆっくりだった挿入は、今日は性急だった。でも、それが嬉しくて、気持ち良くてたまらない。太くて熱くて長いのが窮屈そうに俺の中に分け入って、力強く脈打ちながら俺の中の快感の小さな泡を片っ端から割って潰して、弾けさせて行く。
「っ……アルク……すごい、気持ちいいよ……どうしたの? 今日は大胆だけど……誰かに聞かれて見られてるかもしれないからいつもより興奮しちゃった? ラジムのせいかな?」
「ちが、ちがぁっう……っ」
 気持ち良さに意識も力も奪われ、声が震える。今の今まで外野のことなんて意識の端にもなかった。
 さっきの奴隷たちには聞こえてるのか。あるいは、見られているかもしれない?
 衝立は衝立だ。隙間は山ほどあって、そこからもし目が覗いているのならと思うと、途端に『イケナイ』と感じながら快楽に乱れていることに対する羞恥心と興奮がぐちゃぐちゃに掻きたてられた。
 何が違うのだろう。だって、カミュと出会う直前だって何度も外でしてた。運悪く途中で『味見』されて、酷ければやり逃げされた時さえあった。でも、その時は悔しいばかりで何も気にならなかった。仕事だったから。
 今だって、恋人というには足りない関係だ。仕事の延長線上で、いや、これだって仕事で、違うのはカミュが俺を好きだと言うことで、俺はカミュに対しては心も身体もとろとろになっていて。
 そんなカミュに求められているところを、俺が自分ではもはや制御できないほどの快感に溺れているところを見られるかもしれないと、そんな状況で感じているのは恐怖でも緊張でもなかった。
 羞恥心を上回って俺を積極的にさせるそれ。カミュがこんな風に抱くのは俺が好きだからだと、この男は俺にしかこんなことはしないのだと、誰かに見せびらかしたい気持ちがないとは言い切れなかった。こんなにも夢中になっている姿を見せつけたいのは、カミュだけじゃないのかもしれない。
 整理のつかない気持ちは湧いて出てきたが、それを吟味している余裕はなかった。カミュの首に腕を回して抱きつき、先を求める。
「今はっ……カミュが欲しい。それだけ……」
 ぼうっとしてイマイチ回らない頭でも、快感とカミュだけははっきり感じられる。
 改めてちょうだい、とカミュの耳に唇を寄せてねだると、膝裏に腕を引っ掛けられて、そのまま持ち上げられた。
「あ、んゃああっ」
「はぁっ……もう、すさまじい威力のお誘いだね。しっかり捕まっててね?」
 深い。奥の深い深い場所で熱いものが中に入ってる。それが動き始め、摩擦が全て快感に変わる。
 抱っこされて身動きできない俺は、ただただ、カミュの突き上げに感じて、乱れて、鳴くだけだった。
 力強く支えられて、俺の尻に、太ももに、カミュの腰が、股間がぶつかる音がする。二人分の息と、掠れた甘く低い声と、高い自分の悲鳴にも似た声も。
 落ちないようにと力を込めた分だけ密着する身体。香油のせいでぬめる結合部とは違って、適切な量を塗り込められた肌はもちもちとしていて、ピッタリくっついた後、動きに合わせて離れる時は名残惜しそうにする。その感触も胸の中を優しくくすぐってくる。

 俺、今すごいことしてる。

 前立腺をがむしゃらに突かれ、荒らされているようなのに気持ち良くてたまらない。それを受け止めるのと、声を上げながら息をするのでいっぱいいっぱいで、溺れているようだった。
 動くせいでなかなか重ねるのが難しい唇を必死で合わせながら、慌ただしいまぐわいでも心はしっかりとついてきていて、絶頂の弓を引き絞り始める。
「あっあぅ、っんふ、ぁあっ」
「アルク……っああ、アルク……気持ちいいよ……っ」
「おれっもぉ……! きもちいい、カミュのが奥まで……っこす、れてっああ! いいっ きもちい、も、だめぇ……!」
 きりきりと快感が圧縮されていく。
 違うんだ。いや、違うことは無いけど、俺が言いたいのは単純に快感で一杯になってるってことなんじゃなくて、カミュの肌の気持ち良さとか、唇同士をくっつけてむちゅむちゅしてると気持ちがどんどん昂って来るとか、カミュの熱が興奮で膨らんで硬くてもうギチギチになっててそれが嬉しくてたどうしようもなく肌が粟立つとか、吐息の熱さや鋭い表情が色っぽくてもっと欲しくさせられるだとか、もう全部、全部たまらない。最高だって言いたい。
 なのに頭の中でさえ文章は組み立てられずにばらばらになって、咽喉は震えても喘ぎ声にとって代わった後で。
 熱い。気持ちいい。暑い。いい匂い。気持ちいい。離れたくない。もっとくっつきたい。もっと気持ち良くなりたい。
「んやぁあああっあっ、くる、くるっあ! あ、いく、いくっ」
 張りつめた弦が弾け、矢がしなる。強い絶頂に貫かれて、しがみ付く腕に一層力が籠った。
「ああああー……っ!!!」
 ありったけの声を上げたのに、腰が砕けたみたいになって踏ん張れなかった。俺が射抜かれた後もカミュの律動は止まらない。
 びくびくと絶頂の余韻に震えるしか出来ない俺を更に突き刺して、カミュは呻きながら俺の最奥で種を撒き散らした。俺に締め上げられながらも力強く膨らみ、跳ねるそのはっきりした感覚にまた身震いする。
「っ……ああ……も、ほんと気持ちいい……」
「んぁ……はぁ、ぅ……っ」
 俺を抱えたまま何度も口付けて、カミュは名残惜しそうにもう一度だけ俺を突き上げた。ぴくん、と俺の奥が反応する。でも、もうくらくらして何も考えられなかった。
 カミュが優しく、俺をベッドへ戻す。尻が乗って、カミュの腕が俺の膝から外れて行った。ずるりと抜けていくカミュの熱に乳首がじんじんした。
「アルク、もう放して大丈夫だよ」
 促されて、まだ固まったようにしっかりとカミュの首に回ったままだった腕を、剥がすようにして緩める。ほう、と息をついて自分の足で立とうと力を込めて上半身を動かした瞬間、ぐわん、と頭の中身が回った。
「あ」
 ふわっとした独特の感覚のあと、視界が黒く染まる。その直前、カミュが僅かに目を見開くのがどうしてかよく見えた。
 これ、寝落ちじゃなくて気絶だ。
 思い当たった時にはもう身体はピクリとも動かせず、俺はそのまま意識を失った。
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