不足の魔女

宇野 肇

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2幕: 黒金のカドゥケウス

烏は現世の果てで充足を知る(3)

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 翌朝の目覚めは悪くなかった。ただ、どこか空腹感を覚えるのは変わらない。
 毎朝を適度な空腹を感じながら迎えるのはここへ来てから程なくして『いつものこと』となった。けど、最近になって急に感じ始めた空腹感はよくよく考えてみると普段のそれとは少し違っている。食欲では代わりにならない。一度満腹以上に腹の中に食べ物を詰め込んだけど、吐きそうになっただけだった。あれは逆に不健康だ。そしてやはり足りない何かが満たされたり、埋められることもなかった。

 身支度を整えて顔を洗い終えると、エルは既に起きていた。
「あら、おはよう」
「おはようございます……」
 朝の空気は好きだ。エルを独占できるささやかな時間でもあるし、なにより静かなのがいい。
「エル。昨日、あれから少し試してみたことが。聞いていただいてもいいでしょうか」
 ……性に関することは原則、声高に口にするものではないらしい。異性間なら、特に。おれもエルほどの年頃の相手にあてがわれたことなどはなかったから、普通、こういうことは言わないのだろう。
 でも、エルは買主で、おれの全てはエルのものだ。そして秘術のなんたるかを学び始めてから、彼女について分かった確かなこと。
「いいわよ」
 彼女は、『普通』じゃない。
 なら、昨晩考えたことと実行したこと、その結果について話すなら今が一番適当だろうと思った。

 おれの『報告』を聞いてもエルは毛ほども恥らう様子はなかった。それどころかどこか満足そうにうんうんと頷く。うん、やっぱり普通じゃない。
「なかなか良い線いってるわね。私も魔族に関する書籍をもう一度洗ってみたんだけど」
 言って、エルは何処からともなく一冊の本を出すと、その表紙をおれによく見えるように掲げた。
 どうやって、というのは最早エルを相手には疑問に思うのが無駄だけど、それってもしかして学術都市にあるという本なのでは……?
 疑問が顔に出ていたのか、エルはムッとした様子で頬を膨らませた。彼女はこういうところで挙動が幼い。
「盗んだわけじゃないわよ? 幾つかの本から必要部分を複製コピーして再構築したの」
「盗んでるのと同じことじゃないですか!」
「細かいわねえ。世に出すわけじゃなし、元々の本だって貴重なわけじゃなし。知的財産権なんてものは秘術使いの囲い込みがちょっとそれっぽいだけで無いに等しいし、罰せられるわけじゃないし」
「早く正確な情報の価値は命にも等しい、と教えてくれたのはエルじゃないですか……」
「その意味でいくとここに書かれている内容なんて無責任極まりない噂話レベルよ。およそ学術的、客観的とは言い難いわね。……この中の憶測やイメージでしかない記述について、あなた自身で検証し証明したものについては、多少価値は変わるでしょうけど」
 言って、エルはその本――『魔族大全集(仮)』を机の上で開いた。
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