恍惚(こうこつ)

隆宮(リュウグウ)

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はじまり

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 その日もいつもと変わらない、眠れないだけの夜になるはずだった。

 目を閉じて眠りにつこうとすると、まるでそれを阻止するかの様に原因不明の猛烈な吐き気が襲ってくる。そんな吐き気との戦いがもう何時間続いているのかも分からなくなってきていた。帰宅してからもう何度吐いたかわからない。この状態でもう一度吐いたら胃か腸か、とにかくなにかしらの臓器が飛び出してくるんじゃないかという考えが頭の中を巡り、徐々に呼吸が乱れていくのを感じていた。

 この理不尽な吐き気との戦いを終わらせたい。そう強く願う心を見透かしたかの様に吐き気は幾度となく陰湿に押し寄せてくる。押し寄せる吐き気に唯一抗える方法は寝ないことだが、ここ二~三年の間、悩まされてきた不眠症が嘘のように今はどうしようもなく眠いのだ。
 
体も、横になった瞬間からまるでベッドに縛り付けられているかのように自由が効かない。起き上がって顔を洗うか、できもしないダンスを踊るかでもして無理矢理にでもこの眠気を吹き飛ばしてやりたいが、それすらも許されない。この眠気がそれに勝るほどの吐き気とのセットでなければ、どれほど嬉しかったことか。

 帰宅するなり恐怖すら感じるほどの尋常じゃない吐き気に襲われて何度も吐いて最悪の気分だったが、今日初めて横になった時には何年ぶりかのまともな睡魔の訪れを感じて、初恋の相手に数十年ぶりに再会した時のようなそんな胸の高鳴りすら感じていた。あの吐き気もそんな体の転機を伝える前触れだったんだなと、変に納得できていたのに。蓋を開けてみればこの有り様だ。一瞬でも希望を抱いてしまった後の絶望というのがここまで残酷なものだったということをありありと思い知らされた。

 瞬きする瞬間すら見逃さず襲ってくる強い吐き気と、前日までなら真逆の表現をしていたであろう絶望的な睡魔によって、本能的に降りてくる瞼を必死に持ち上げることに精神をすり減らされ、夜明けまでの時間が一生続くかに感じられた。

 結局何一つとして解決しないまま時だけが流れ、一睡もできずに朝を迎えてしまった。いままでだって不眠症のせいで眠れぬ夜を過ごすことはざらだったが、こんなにも苦しい夜は初めてのことだった。不眠症の初期の頃こそ渇望していた睡魔も長年の蓄積でその存在すら忘れ、昨夜の睡魔さえなければ思い出すことも無かったのだ。久々の訪れの前に高揚し、遥かな希望のカタチを胸の中で正確に形成したところを見事に打ち砕かれた。ただ漠然と眠れぬ夜が続くだけの方がよっぽどマシだった。

 なぜこんな仕打ちを受けなければならないのかさっぱり分からない。昇華されてこなかった自分に対する恨みの数々が密かに蓄積され、それが昨夜から今に至るまで一気に押し寄せてきているのではないかという荒唐無稽な考えすら頭をよぎりだした。
 
 もう何も考えたくないし、何も考えられないほどエネルギーは使い果たしているはずなのに脳が思考することをやめない。脳が全力で宿主である私という存在を生かそうとしているかのようだ。
 
 朝を迎えてからずっと頭の中は、そんな脳みそのフルマラソン状態が続いている。そのため、必死に抗っていた睡魔は嘘のようにどこかへ行ってしまっていたものの、具合の悪さという一言では到底言い表せない程の体の不調が依然として続いていた。
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