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本編
35、温泉のその後
しおりを挟むあの温泉に行った後から、正樹がよそよそしい。
あの後、学生たる者授業をサボるとはなんたること、というようなお説教をされた。あんなに楽しんでいたのに……、酷い。正しいことを言っているから、ありがたいご指摘だが……もっと俺は触れ合いたいんだ、鬼嫁め!!
「お前は社会というものを知れ! 御曹司だからって遊びたいから遊びに行く、じゃだめなんだ。学生であるうちはだな、学業が一番であって、遊ぶならきちんと休日とかにしろ!」
「わかった。じゃあ土日は泊まりでどこか行こう!」
すると正樹が勝ち誇ったような顔をした。
「わかってねぇな、俺学生。お泊りなんて親が許可しない、俺の家はそれはそれは厳しい一般家庭なんだ」
「百合子さん、たまにならお泊りしてもいいって言っていたぞ」
「……母さん、マジか」
この間の温泉土産を百合子さんに渡しに行ったとき、きちんと許可をとった。
***
「正樹ったら温泉本当に嬉しかったみたいでね。家に帰ってきてからもずっと楽しかったって話していて、喜んでいたの。親としてもあんなにはしゃぐ息子を見るのはとても嬉しくってね、パパも良かったねって言っていたわよ。司君の株は我が家で爆上がり中なの。とにかく素敵なところへ連れて行ってくれてありがとう」
そうなのか? お義父さんにはまともな挨拶もできないだめな男のレッテルを貼られたと思っていたが、それなら良かった。
「いえ、百合子さんが正樹の好きなものを教えてくれたからこそです。正樹、ぼそっと両親を連れて行ってあげたいなって言っていたんです。それで、良かったらこれ、ご夫婦お二人で使ってください」
「あら、正樹が? 相変わらず可愛い息子だわ。って、えええっ、これ、正樹を連れて行ってくれたリゾート? ここサミットに使われたところじゃない?」
うちの所有する高級リゾートホテル、政財界などコネがなければ使えない施設だ。そのご招待券なるものを渡した。
連れて行った正樹は大層喜んでいたが、どうせなら両親にもこの贅沢味あわせてあげたいなとつぶやいていた。そこで俺にここに親を泊まらせろと頼まないところが慎ましかった。お前の彼氏はホテル王の息子なんだから、好きに使えばいいのに、頼みもしない控えめなところがやばい。
それに正樹はそういう権力を使うのも嫌うみたいだから、正樹には言わず直接百合子さんにホテルのチケットを渡した。
「でも司君。いくら正樹と付き合っているからって、悪いわ。流石にこれはもらえないわよ」
さすが正樹の御生母。正樹の潔癖で慎ましいところは彼女に似たのだろう。
「俺は正樹が喜ぶことが、今一番したいことなんです。でも正樹は俺にお願いをしなければわがままも言わない、俺は何をしてあげたらいいのか悩むだけなんです。だから百合子さんが教えてくれた正樹の情報がとても役に立って、結果正樹の喜びが俺の幸せに繋がるんだって気がつきました。そしてご両親が温泉でゆっくりしてくれたら、正樹が喜ぶんじゃないかって思って。俺のわがままに付き合ってもらえませんか?」
「司きゅぅ――ん!! そこまで正樹を? ありがとう、この好意はありがたく使わせてもらうね。温泉日帰りだったでしょ? 毎回はだめだけど、お泊りもたまには連れてってあげてね、パパにはうまいこと言っておくからね!」
という約束はいただいたわけで、俺には強力な味方がいるのだった!
だけど、どんなに俺が正樹を思って行動しても、最近の正樹はなんか臭う……フェロモンではなくて、何か策略しているような、嵐の前の静けさのような、なんとなく俺の本能が危険を告げている気がしてしょうがなかった。
気になって放課後の正樹を調べようとしたら、まんまと見つかってしまい怒られたばかりだ。これ以上やって嫌われても怖いから、追いかけてはいない。ただ中学時代の友達と地元で遊んでいるのだろう、仲のいい親子関係の母親が正樹の行動を把握していないはずはないから、安全な友達と会っているのだろうと思うことにした。
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