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第三章 幸せへの道
52、閑話 〜ローズゼラニウムの香り〜
しおりを挟む僕は、オメガの上條由香里。男だけど、桜を産んだ母親。
過保護すぎる旦那は、一人で出歩くことを許さないし、二人でいる時でさえ、行く場所も安全を考えられて限られている。そんな中、今日は年に一度、僕が滅多に行けない場所にお出かけする日だった。
そう! 僕たちの一人息子である桜の学園に、番である旦那の楓と共に来ていた。
桜からは、なぜか寮の部屋には絶対来るなと言われていた。そんなこと言われたら、思春期の息子を持つ母親としては気になるでしょ?
そして約束を破り、みんなが授業中なのをいいことに、部屋にこっそり侵入すると、そこで想定外の出来事に遭遇した。
なんと桜の想い人、良太君がいたのだった!
この子が、あの桐生氏の孫の良太君か。桜から運命を見つけたと連絡があり、その存在は知っていた。相手が悪すぎて、桜の父親……僕の旦那が協力していると言っていたな……。
それにしても、可愛い。
この子が将来、僕の息子に、うちの嫁になるのか。桜! よくやった!
ベータとして生きているとか言っていたけど、この子からはほんのりとゼラニウムの可愛い香りがしてくる、桜の力でもうオメガ化は進んでいるみたいだ。良太君は涙目で僕を見て戸惑っている、あまりに可愛くて凝視しすぎちゃった。
そしてとても驚かせて、怖がらせてしまった。そういう理由で寮に入るなと言ったのかと納得。
「いえ、すいませんでした。僕、知らない人がいきなり入ってきたから怖くて、ごめんなさい」
そしたら扉の向こうから楓が声をかけてきた。
『由香里、もう行くぞ! どこだ?』
その声に良太君は「ひっ」と言って、ビクってなり、また涙がでてくる。この子は、アルファが怖いのか?
僕は良太君の手を握って大丈夫って言った。そして、外にいる楓に向かって声をかけた。
「待って! 今、寝室だけど入ってこないでね? 息子のエロ本は母親が見つけるという特権を使用中だ、父親にはその権利はない! 入ってきたら一週間はお触り禁止だからね!」
ドアの向こうから『触らせないとか勘弁してくれ!』という声が聞こえてくる。
その声にまた良太君は小動物のようにビクビクしている。僕という存在が大丈夫で、桜や同年代のアルファも大丈夫、なら、アルファの大人がダメなのか? 何かしらトラウマがあるのだろう。
「あれは、僕の旦那で桜の父親だよ。ちょっとガサツでね、繊細な君が怯えるといけないからここには入らせないよ。こちらこそ桜がお世話になっています。僕は母親の上條由香里です。さぁ出ておいで?」
僕がそっと手を出すと、恐る恐る手を取ってくれて、クローゼットから出でてきた。
――可愛いい!――
ベッドに二人で腰を下ろす。良太君は僕には警戒心がないようで、ホッとした。
「良太君、君は可愛いね。こんなに可愛い子と一緒に暮らせるなんて桜は幸せだ。桜は環境のせいか、理屈っぽくてね、母親の僕でもよくわからないところがあるんだよ。良太君は? 桜とうまくやってる? あいつ俺様でしょ、困ったことない?」
手を握って顔を撫でると、恥ずかしそうに赤くなってしまった。
「あの、可愛いとか、僕は男だし。そういうのは言われ慣れてないので、すいません、恥ずかしくて」
「ふふ、そうなの? 赤くなってやっぱ可愛い」
桜はこの子に可愛いって言わないのかな? 楓の息子だからてっきりもう愛する良太君を溺愛しまくっているのかと思ったけど、案外慎重に動いているのかもね。
「先輩は僕にとても優しいし、僕が理解できないことがあっても怒らず接してくれるので助かっています。どちらかと言うと、僕が同室になって困っているのは先輩の方だと思います。大事な息子さんの部屋に、僕みたいな庶民がすいません」
ふふっ、可愛いな。僕はクスクスと笑ってしまった。桜のアルファぶり、聞けて面白い。好きな子の世話はきちんとできているみたいだ。
「庶民って、はははっ! 面白いね! 僕もね、アルファの言うことはだいたいわからないよ! あいつら勝手に意味不明なことブツブツいうよね! ははっ、桜もそうなんだ? 流石に楓の息子なだけあるわ」
良太君はまっすぐと目を見て、話を聞いてくれる。とても素直でいい子だ。思わず頭を撫でちゃったら、くすぐったそうに、でも気持ち良さそうにしている。こんな子が毎日近くにいるんだ、桜も相当、我慢しているな。
「君は想像以上にいい子だ。桜はさ、旦那に似ていい男に育ってくれたんだけど、可愛さがないんだよ。君みたいな可愛い子がずっと欲しかったんだ! あの子のことで困ったらなんでも相談するんだよ! 僕の番号、はい! ここに書いといたから、いつでも連絡してね!」
そう言って僕から抱きしめた。ほんとに可愛らしい香りだ、僕のローズのフェロモンと、とても相性がいい。喧嘩しない香りだからこの子と将来同居もいいなぁと、ふと思ってしまった。
良太君も無意識にくんくんと僕の匂いを嗅いでいる、きっとお互い安心するんだろう。
『お――い! 由香里もう行くぞ! いい加減出てこい、桜はお前に見つかるようなところにエロ本なんて隠してない、というか見ないだろ』
また楓の声に、良太君はビクって震えた。
可哀そうに……僕はぎゅっとして、頭をぽんって叩いて離れた。そしてドアの向こうの楓に「今行く」って声をかけた。
「良太君は香りまでとっても可愛いね。僕の薔薇の香りと君の香りは凄く相性がいいみたい。ああ、騒がせてごめんね? もう行くね、桜のこと今後もよろしくお願いします。良太君、またゆっくり会おうね!」
良太君も微笑んで、頷いてくれた、そうして部屋を出た。
そこには、満足げな旦那の楓が腕を組んで待っていた。きっと良太君の香りに気が付いているに違いない。
「で、問題のものは見つかったのか」
「エロ本はなかったよ、でも僕、妖精さんに会っちゃった! すんごく可愛かった。今日はなんか幸せだな。機嫌いいからいっぱいサービスしてあげるね!」
「お……おう、由香里が幸せならそれで良かった! 俺も妖精さん見たかったな」
僕を好きすぎる旦那は、僕の喜ぶ顔を見るだけでふにゃッとしてしまう。可愛いからほほにキスしてあげた。
「だぁめ! 楓は僕のことだけ見てればいいんだからね! んちゅっ!」
「由香里ッ!」
「あん、だめ、ここ息子の部屋。そういうのは帰ってからね!」
でも、桜。あの子はとても繊細で難しいよ。こんな僕たち夫婦のもとで育った桜じゃぁ、あの子の扱いはとても大変だと思う。あの子はアルファを怖がっている、運命と会えた喜びしかない僕とはだいぶ違う。
今後、良太君が桜の番になったら、僕も惜しみない愛情をかけていこう。彼はアルファよりオメガからの愛情に、母親の愛情に飢えている、そう感じた。
僕のローズのフェロモンに少し似ているローズゼラニウムの香り、たしか昔、楓の初恋の人がその香りだったと言っていたな。それは叶わなかったみたいだけど、結局その後に運命の僕に出会えたから、初恋が実らなくて良かったって言っていた。でも親子揃って香りの好みも似てくるのかな。
ローズゼラニウムという桜の初恋の香り、どうか成就しますように。
◆◆◆
これがうまく言っている夫婦の会話なのだろうか。先輩のお母さんが部屋を出ていくと、夫婦二人のいちゃいちゃとした会話が聞こえてきた。
幸せなオメガも世の中にはいるんだな、俺の周りはそんな人いなかったけど、なんとなく先輩の両親ならそういう幸せな番だって思った。だから先輩は番に憧れを抱いているのだろう。先輩の将来、番にする行いを今は俺が予行練習として付き合っているくらいだ。
先輩の番になる人は凄く幸せだろうなって思ったら、すこし胸がチクってした、なんだろうこれ。今日はよくわからないことが起きているから、きっと疲れたんだろう。
そして、俺はその美しい人が残していったハンカチをもう一度嗅いだ。やはりそれはとてもステキな香りで、母親ってああいう感じだったなって思いながら、母さんのことを少し思い出して涙が出た。
そのまま眠ってしまったみたいで、少ししたら怒った先輩が帰ってきた。
「良太! ごめんな! 俺の両親が勝手に部屋に入ったみたいで、お前のこと見せたくなかったのに! くそっ、あぁそれで泣いていたのか? なにか嫌なことされたのか? あいつの会社の一つでも、今から潰してやるか! 待っていろ、お前の仇は社会的制裁でとってやるから」
先輩がすごい剣幕だ、その間も俺を抱きしめたままだけど、ああ、俺泣いたのか。先輩にまで、泣きはらした顔を見られてしまうなんて、なんて落ち度だ。
「先輩! 嫌なことなんて何一つされてないです! 僕、先輩のお母さんに会ってしまったんです。あっ、僕みたいな貧相な同室者をお母さんに見せてしまってごめんなさい!」
「何を言っている、お前は可愛いから見せたくなかっただけだ。特に父親はアルファだからな、あいつにこんな弱っている良太を見せたら、危ないだろう」
「えっ! 危ないですか? 僕はお母さんしか直接会っていません」
「ん? そうだったか」
「僕、幼い頃に母を亡くしたのでお母さんって存在を久しぶりに見て、先輩のお母さんに抱きしめられたら、なんだか亡くなった母のこと思い出して。僕の母もとても優しくて、いい香りの人だったので、すいません。先輩のお母さんなのに、勝手に想像してしまって……」
先輩の、俺を抱きしめる腕の力が強くなった。
「良太の母親はきっと、とても素晴らしい方だったんだろうな。今の素直で可愛いお前を見ていたらわかる」
「先輩?」
「この短時間で、母が良太を凄く気に入っていた。俺みたいな可愛くない男より、良太の方が可愛くて息子にしたいんだって。ははっ、可愛いのはわかるけどね。良太も母親恋しくなったら、うちので悪いが自分の親だと思って接してやってくれ、きっと母も喜ぶよ」
俺は、だまって先輩の胸の中で頷いた。そんな日は永遠にこない、そう思って。
今日は先輩のお母さんのいい匂いを嗅いだから、少し母さんの香りを思い出した。先輩に抱きしめられている自分からも、その懐かしい香りがしたような気がした。
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