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第六章 本心
120、本当の気持ち 7
しおりを挟むあれから日曜まで先輩のマンションで過ごした。一緒に近所へ散歩して、スーパーへと買い物デート。俺の手料理を気に入ってくれたので、滞在中はあれから俺が料理をしていた。
そんな幸せの時間もあっという間に過ぎて、学園に戻ると今までと変わらず、先輩は生徒会に忙しく、俺は一人の時間は仕事をして、夜は一緒に過ごし日常を取り戻していった。
そして土曜が来た。
普段なら勇吾さんや絢香に会えるのは待ち遠しいのに、今日はそんな気持ちになれない。先輩が岩峰の家まで送るって言ったけど、俺は断った。でもそれは許されなくて、こないだの俺の前科があるから、個人行動をさせたくないみたいで見届けるまでは離れないって言った。
「先輩、やっぱり僕一人で行きたい」
「だめだ。もしかして岩峰に会いたくないんじゃないか? 無理に行く必要はないよ、今から断ろうか?」
「……」
違う。確かに勇吾さんには合わす顔が無い、けれども会わなくちゃいけない。どうしていいかわからない。
「僕、散々お世話になっているのに裏切ったから。見ず知らずのアルファと寝るような淫乱だって、思われた、その通りなんですが……」
先輩は、数日前に勇吾さんと俺が会ったことは知らない。あの事件以来、初めて会うと思っているんだ。俺の気まずさを心配している、そして先輩が悲しそうな顔をする。
「最後に会った時、呆れていたでしょ? あんな態度初めてだったから、ちょっと怖くて。でも、避けて通っちゃだめだって思う気持ちもあるんです。すいません、考えが全くまとまってなくて」
「そんな言い方をするな、あれは俺が悪かったんだ。それに岩峰が見たこともない態度をとったというなら、それは医者ならそんな態度にならない。家族だから裏切られたと思って許せなかったんじゃないか? 大切にされている証拠だ」
「わかっています。ちょっと臆病になっただけです。帰り道、一人で気持ちを切り替えるから」
その時、インターフォンが鳴った。
先輩が俺の頭をぽんぽんってしてから席を立って、モニターを見にいく。
「岩峰だ」
「えっ、どうして……」
勇吾さんが、学園に迎えに来るとは考えてなかった。先輩はそんな俺を見て、モニターに返事をすると、大丈夫だよって言って俺に軽いキスをした。
「良太、まず俺が話すから少し待って? 変な想像して怯えなくていいよ」
なんで俺、先輩の声ひとつでこんなに心が落ち着くんだろう。
「先輩、ご迷惑かけてごめんなさい……」
「良太に関することで迷惑など一つないよ、大人しく待っているんだよ?」
「はい」
先輩が出て行ったドアを見つめて立ちすくんでしまった。今の俺はどうかしている。というか、こんなのダメだ。
あの二人はいったいどんな会話をするのだろう。そもそも会話が成り立つのか? お互いにお互いを嫌悪している。先輩は勇吾さんの存在を煙たがっていた、番が自分以外を頼るのを許せないアルファの本能だから仕方ないのだろうけど。
そして勇吾さんも複雑だろう。婚約している相手が現在は他の男に抱かれているなんて、普通じゃありえない。そして、今となっては心まで先輩に持ってかれている。
少しずつ勇吾さんとの距離も近くなって、最近では研究対象ではなくて恋人として見てくれているのも感じていた。勇吾さんほどの寛大な心の持ち主でなければこうはいかなかったと思う。
そんな勇吾さんを俺は裏切った。そして今更先輩をどうしようもなく好きになった、それを勇吾さんは、あの日どんな気持ちで聞いていたんだろう。
勇吾さんを好きだと言うのも嘘ではない。ただ、先輩への想いとは違って家族として大切な存在。どうしようもないこんなクソオメガを好きだと言う二人が不憫になる。
ずっと先輩と同じ空間にいたから、先輩だけを頼ってしまうという情けない態度ばかりだった。
自分で解決しなくちゃダメだ。勇吾さんにこれ以上失礼な態度は良くない、そう思ってすぐに寮のエントランスに向かった。
二人は話し合っているようにも、牽制し合っているようにも見えた、少し離れたところでビクビクしながらもタイミングを図っていると勇吾さんと目があった。
勇吾さんの目はいつもの俺を愛おしいという、優しい目だった。
「ゆ……うご、さん」
思わず声が漏れた。
こんなところまで迎えに来てくれる勇吾さんを見たら、涙が出てきた。優しい彼には嫌われたくない、でも気持ちを返せない。そんな思いが溢れてたまらなくなった。
勇吾さんの視線を追って俺を見た先輩が驚いていた。
「良太!」
すぐに駆け寄ってきた先輩に抱き寄せられた。そして耳元で俺にだけ聞こえる声で、語りかけてきた。番のうっとりするような低い声に一瞬ゾクってして、体が喜んでいたのがわかった。
「無理をしなくていいんだよ、泣いてるじゃないか、もう今日は戻ろう。岩峰には帰ってもらうから心配するな」
先輩が俺の訳のわからない涙に、違う解釈をしてくれた。そんな愛おしい番に耳元で大丈夫ですと言った。
「これは僕の問題だから、先輩にばかり押し付けちゃダメだって思って、だから少し勇吾さんと話していいですか?」
「ああ、俺も同席させてもらうよ?」
「……お願いします」
先輩に抱きしめられながら、話し声は勇吾さんに聞こえない程度の声で話していた。その間、勇吾さんはずっとこっちを見ていた。だから俺は先輩のことを抱きしめ返せなかった。二人で勇吾さんの前の席に着いた。
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