ローズゼラニウムの箱庭で

riiko

文字の大きさ
121 / 237
第六章 本心

120、本当の気持ち 7

しおりを挟む

 あれから日曜まで先輩のマンションで過ごした。一緒に近所へ散歩して、スーパーへと買い物デート。俺の手料理を気に入ってくれたので、滞在中はあれから俺が料理をしていた。

 そんな幸せの時間もあっという間に過ぎて、学園に戻ると今までと変わらず、先輩は生徒会に忙しく、俺は一人の時間は仕事をして、夜は一緒に過ごし日常を取り戻していった。
 
 そして土曜が来た。

 普段なら勇吾さんや絢香に会えるのは待ち遠しいのに、今日はそんな気持ちになれない。先輩が岩峰の家まで送るって言ったけど、俺は断った。でもそれは許されなくて、こないだの俺の前科があるから、個人行動をさせたくないみたいで見届けるまでは離れないって言った。

「先輩、やっぱり僕一人で行きたい」
「だめだ。もしかして岩峰に会いたくないんじゃないか? 無理に行く必要はないよ、今から断ろうか?」
「……」
 
 違う。確かに勇吾さんには合わす顔が無い、けれども会わなくちゃいけない。どうしていいかわからない。

「僕、散々お世話になっているのに裏切ったから。見ず知らずのアルファと寝るような淫乱だって、思われた、その通りなんですが……」

 先輩は、数日前に勇吾さんと俺が会ったことは知らない。あの事件以来、初めて会うと思っているんだ。俺の気まずさを心配している、そして先輩が悲しそうな顔をする。

「最後に会った時、呆れていたでしょ? あんな態度初めてだったから、ちょっと怖くて。でも、避けて通っちゃだめだって思う気持ちもあるんです。すいません、考えが全くまとまってなくて」
「そんな言い方をするな、あれは俺が悪かったんだ。それに岩峰が見たこともない態度をとったというなら、それは医者ならそんな態度にならない。家族だから裏切られたと思って許せなかったんじゃないか? 大切にされている証拠だ」
「わかっています。ちょっと臆病になっただけです。帰り道、一人で気持ちを切り替えるから」

 その時、インターフォンが鳴った。

 先輩が俺の頭をぽんぽんってしてから席を立って、モニターを見にいく。

「岩峰だ」
「えっ、どうして……」

 勇吾さんが、学園に迎えに来るとは考えてなかった。先輩はそんな俺を見て、モニターに返事をすると、大丈夫だよって言って俺に軽いキスをした。

「良太、まず俺が話すから少し待って? 変な想像して怯えなくていいよ」

 なんで俺、先輩の声ひとつでこんなに心が落ち着くんだろう。

「先輩、ご迷惑かけてごめんなさい……」
「良太に関することで迷惑など一つないよ、大人しく待っているんだよ?」
「はい」

 先輩が出て行ったドアを見つめて立ちすくんでしまった。今の俺はどうかしている。というか、こんなのダメだ。

 あの二人はいったいどんな会話をするのだろう。そもそも会話が成り立つのか? お互いにお互いを嫌悪している。先輩は勇吾さんの存在を煙たがっていた、つがいが自分以外を頼るのを許せないアルファの本能だから仕方ないのだろうけど。

 そして勇吾さんも複雑だろう。婚約している相手が現在は他の男に抱かれているなんて、普通じゃありえない。そして、今となっては心まで先輩に持ってかれている。

 少しずつ勇吾さんとの距離も近くなって、最近では研究対象ではなくて恋人として見てくれているのも感じていた。勇吾さんほどの寛大な心の持ち主でなければこうはいかなかったと思う。

 そんな勇吾さんを俺は裏切った。そして今更先輩をどうしようもなく好きになった、それを勇吾さんは、あの日どんな気持ちで聞いていたんだろう。

 勇吾さんを好きだと言うのも嘘ではない。ただ、先輩への想いとは違って家族として大切な存在。どうしようもないこんなクソオメガを好きだと言う二人が不憫になる。

 ずっと先輩と同じ空間にいたから、先輩だけを頼ってしまうという情けない態度ばかりだった。

 自分で解決しなくちゃダメだ。勇吾さんにこれ以上失礼な態度は良くない、そう思ってすぐに寮のエントランスに向かった。
 
 二人は話し合っているようにも、牽制し合っているようにも見えた、少し離れたところでビクビクしながらもタイミングを図っていると勇吾さんと目があった。

 勇吾さんの目はいつもの俺を愛おしいという、優しい目だった。

「ゆ……うご、さん」

 思わず声が漏れた。

 こんなところまで迎えに来てくれる勇吾さんを見たら、涙が出てきた。優しい彼には嫌われたくない、でも気持ちを返せない。そんな思いが溢れてたまらなくなった。

 勇吾さんの視線を追って俺を見た先輩が驚いていた。

「良太!」

 すぐに駆け寄ってきた先輩に抱き寄せられた。そして耳元で俺にだけ聞こえる声で、語りかけてきた。つがいのうっとりするような低い声に一瞬ゾクってして、体が喜んでいたのがわかった。

「無理をしなくていいんだよ、泣いてるじゃないか、もう今日は戻ろう。岩峰には帰ってもらうから心配するな」

 先輩が俺の訳のわからない涙に、違う解釈をしてくれた。そんな愛おしいつがいに耳元で大丈夫ですと言った。

「これは僕の問題だから、先輩にばかり押し付けちゃダメだって思って、だから少し勇吾さんと話していいですか?」
「ああ、俺も同席させてもらうよ?」
「……お願いします」

 先輩に抱きしめられながら、話し声は勇吾さんに聞こえない程度の声で話していた。その間、勇吾さんはずっとこっちを見ていた。だから俺は先輩のことを抱きしめ返せなかった。二人で勇吾さんの前の席に着いた。
しおりを挟む
感想 544

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく

藍沢真啓/庚あき
BL
11月にアンダルシュノベルズ様から出版されます! 婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。 目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり…… 巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。 【感想のお返事について】 感想をくださりありがとうございます。 執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。 大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。 他サイトでも公開中

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結済】極上アルファを嵌めた俺の話

降魔 鬼灯
BL
 ピアニスト志望の悠理は子供の頃、仲の良かったアルファの東郷司にコンクールで敗北した。  両親を早くに亡くしその借金の返済が迫っている悠理にとって未成年最後のこのコンクールの賞金を得る事がラストチャンスだった。  しかし、司に敗北した悠理ははオメガ専用の娼館にいくより他なくなってしまう。  コンサート入賞者を招いたパーティーで司に想い人がいることを知った悠理は地味な自分がオメガだとバレていない事を利用して司を嵌めて慰謝料を奪おうと計画するが……。  

運命じゃない人

万里
BL
旭は、7年間連れ添った相手から突然別れを告げられる。「運命の番に出会ったんだ」と語る彼の言葉は、旭の心を深く傷つけた。積み重ねた日々も未来の約束も、その一言で崩れ去り、番を解消される。残された部屋には彼の痕跡はなく、孤独と喪失感だけが残った。 理解しようと努めるも、涙は止まらず、食事も眠りもままならない。やがて「番に捨てられたΩは死ぬ」という言葉が頭を支配し、旭は絶望の中で自らの手首を切る。意識が遠のき、次に目覚めたのは病院のベッドの上だった。

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

処理中です...