ローズゼラニウムの箱庭で

riiko

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第九章 運命の二人

203、命より大切な想い 3 ※

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「んっ、んっ、あっ、もうイッて……」

 俺はたまらなくなってそう言った。それをもう達したと勘違いしてくれた桜は、俺の中にどくどくと甘い液体を注いできた。

 どうしようもない嫌悪感と吐き気と戦いながら、俺は体をびくびくっとさせて耐えた。バックから責められていたので、顔を見られなくて良かった、今、相当辛い表情になっていると思う、後ろから回ってくる腕を握って、俺はまだ大丈夫そう思って、必死に悟られないようにした。

「良太、疲れちゃった? 寝たのかな、ふふっ、かわいいな」

 そして寝たふりをした。

 寝てしまえばそれ以上は最近してこない。俺の体力が落ちていることは桜もわかっていて、俺の体を労ってくれる桜に申し訳なかったけど、これ以上したら、本当にれられている最中に嘔吐するだろう。

 桜がそっと、俺の体をタオルで拭いてくれて、そのまま寝室を出ていった。

「うっ、はぁっ、はぁっっ」

 体に残っている精が、俺をまだ苦しめている。でもこれをかき出すには風呂に行かなければいけないし、桜の前でそんな動作を見せられない。冷や汗が出てきて、そのまま俺は深い眠りについた。

 そしてなんと次に目覚めたのは丸一日経った後だった、目が覚めた時に見たのはあの医者。ひどい熱が出てつがいに運ばれてきたと言われた。そのまま点滴をして、ここに入院したのだとか。

「良太さん、どうしてこんなに弱っているか、心当たりはありますか?」

 点滴を外しながら医者は俺に問いかけてきた。多分、ある。あるけど、今の俺の幸せを壊さないで欲しいから知らないふりをして欲しかった。

「では、私から医者として報告します。血液検査の結果から貧血による衰弱を起こしています。フェロモン値が異常に低い、これはオメガとしての機能が最低限にまで落ちていることを示します。そしてオメガ分泌液を採取することができなかった。この意味はわかりますか? それから最後に、アルファに対する拒絶反応の値も基準値を大幅に超えてます。ここから、私が推測することをお話ししても?」

 俺は改めて言われて、涙が出てきた。

「先生の思っている通りだと思います……俺はつがいを解除されました」
「えっ? いったい何が」

 医者が言う前に遮った。するとその医者は驚いた顔をした。

「これは二人のことなので、あと自分の体もわかっています。つがい解除の末期症状……日中、起きていられないのと味覚がないのは、つがい解除で死んだ俺の母と同じ症状です。濡れない、発情もしない、そしてつがいの匂いもわからない。それから、俺からも、もうフェロモンの香りも出ていません。元つがいだから大丈夫なのかと思っていたけど、俺の体は桜をもうつがいではないアルファとして認識しているようです。口付けも、性行為も全て受け入れられなくなってきています」

 先生は、悲しい顔をした。

 医者なんだから事実だけをサクッと話してそれでいいのに、こんな哀れなオメガにそんな顔しなくてもいいのに。

「桜の新しいつがいがここを離れている間だけ、俺といてくれているんです。桜とならセックスできるし、そうしていれば生きていられるからって言われて、まだ俺のことを恋人みたいに扱ってくれていました」

 そして先生は、ベッドの隣に椅子を置いて腰をかけた。

「普通、解除してもそんな関係を続けるつがいはなかなかいないので、事例が少ないから例外もあるのかも知れませんね。あなたの場合、これ以上は上條さんを受け入れられない。次に体を繋げたら体力が低下するより前に、命を落とす危険があります」
「次が、最後のチャンスなんですね」

 俺は乾いた笑いを口にした。

 先生は予想外の言葉に驚いていたみたいだった。本当に終わりが見えたと思って、そして俺の本心をこの人に伝えた。

「腹上死なんて、オメガにとっては最高の最後じゃないですか。俺はもう長くないなら、最後は桜と繋がって死にたいです」
「良太さん、そこまで酷い扱いをされているのに、まだ彼にこだわるんですか? あなたは洗脳させているんですよ。わかっていると思いますが、あなたが助かる道はまだあります。なんのために岩峰のもとにいたんですか? 今こそつがいに捨てられたオメガの希望になるべきではないのですか? あなたはもうアルファでは無理でしょうから、岩峰なら、あなたを救える」

 先生は本当に俺を想ってくれているんだろう。それに勇吾さんとも交流があるから、本気で俺に勇吾さんのもとに戻る手助けをするつもりなんじゃないかと思う。でも、そんなことしても桜を嫌な気持ちにさせるだけだし、みんなに迷惑がかかる。それに俺はもう桜を裏切れない。

「先生、ダメですよ。そんなに都合のいい時ばかり勇吾さんを頼れない、それに知っているでしょ? 岬を苦しめた元凶は俺ですよ。俺さえいなければあの親子は何も知らずに幸せに生きてこられたのに。最後くらい穏やかに終わらせたいんです」

 先生が言葉に詰まっている。

「これ以上桜を裏切りたくない。最初の人も最後の人も桜でいたいんです、お願いします。あの薬を一つ貰えませんか? 最後は痛みを伴わずに、穏やかに抱かれたいから。それで俺の人生が終わっても悔いがないし、俺がいない方が桜もつがいと幸せになれると思うんです」
「死ぬために、あの新薬を処方しろと医者の私に言うんですか?」

 ハッとしたが、でも俺も譲れなかった。

「ごめんなさいっ、でも薬の使用は誰にも言わないからっ。だからっ、患者の俺が穏やかな死を望んでいるんです。どのみち放っといても死ぬなら、最後にいい思い出を経験させてください、そして安らかな最後を選ばせてくれませんか?」

 医者はしばらく黙ってから、俺のために涙を流した。

「それが、本当にあなたの望みであなたの幸せなのですか? それを知った上條さんも岩峰も、桐生氏だって悲しみますよ。それでもそれを選ぶんですね?」

 この人、医者なのに泣いている。本当にいい人だ。

「先生は俺なんかのために、そんな綺麗な涙を流さないで。それに俺は幸せだから罪悪感も必要ありません。本当のことは俺とあなたの秘密にして、ただ衰弱死したとだけ医者として伝えてくれればそれでいいんです。オメガなんてイレギュラーな出来事がつきものです。元つがいにさえも拒否反応を起こすとか。新しい症例として扱ってもらえば、今後のオメガ研究に役立つし、それでお願いします」

 こんなことを頼むなんて俺は最低だと思う。それにすらすらとよくこんな考えが出てくるものだ。久しぶりに頭の中がスッキリしている。モヤがかかっていた日々が嘘のように晴れやかだ。

 俺の辛くて悲しい人生の終わりが見えて、少し前向きになれた。

 桜を受け入れる苦しさを味わって、自分の体が変わっていいくどうしようもない不安から今やっと解放されたのだから。つがい解除による衰弱。はっきりとそうわかって、ホッとした。

「わかりました。薬は秘密裏に調達するのでしばらく待ってください。それまでは性行為はしないこと、これは上條さんにも伝えておきます」
「ありがとうございます! じゃあ先生、俺のこれからのことは黙っていてくれるんですよね」
「なんとかごまかしましょう。医者から言われれば、彼も無理はしないでしょう、たとえ口付けでさえも、もう辛いのでしょう? 唾液を絡ませた濃厚なのはやめてください。ただでさえ体力がないのに、死が早まりますから」
「わかりました。薬が手に入るまではおとなしくしています。本当にありがとうございます」

 じゃあ、私は上條さんと話をしてくるので、あと一日入院して明日退院になります。そう言って部屋をでていった。
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