凌辱夫を溺愛ルートに導く方法

riiko

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外伝~凌辱と溺愛の分岐点~

2 溺愛夫編 ~夢から覚めて~

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「リリアン、リリアン? 起きたか?」
「えっ、ひっ! な、なんでっ」
 目が開くと目の前には夫がいた。僕はベッドに寝ていて、彼は僕を上からのぞき込む。
 え、僕はあれから助かったの? また始まるの? もう嫌だ、もう嫌だ、せっかく死んで解放されたと思ったのに――僕はまだ生きていた。
「い、い、いやぁ! もうやだぁー」
 忘れていた感情が戻る。もう抵抗することを諦めたはずだったのに、僕はまだ僕自身の幸せを望んでいる。
 安らかな死を迎えたと思ったけれど、生きているなら今度は貪欲に生きたい! 彼に愛されてみたい。だけど、そんな日は来ないとわかっているのに、まだ夢に縋る浅はかな自分がいた。強くなりたいって思ったはずなのに……
 夫が心配した顔をして、僕の頬を触ってきた。
「ど、どうした!? リリアン、怖い夢を見たのか?」
「いやぁ、僕をもう解放してくださいっ。あなたの妻でいるくらいなら、愛されないのならもう死なせてくださいっ」
「な、何を言っている!? 死ぬなんて、私たちは生涯ずっと支えあって生きていくと誓った。どうしたんだ? まさか一人にしたから、怒っているのか?」
 夫に起こされて抱きしめられると、彼の厚い胸板を感じた。彼は僕を抱きしめて背中をさすっている? えっ、こんなふうに抱きしめられたのも、背中をさすられているのも家族やジュリ以外初めてだった。
「うっ、うっ、ひっく」
 彼の温もりにはじめて触れた気がして、勝手に涙が溢れてきた。僕は、僕はこんな未来をずっと望んでいたんだ。
「可哀想に。私の可愛いリリアン、私が悪かった。どうか許してくれ」
 久しぶりの人のぬくもり。夫が優しい。
 いったい何があったのだろう。涙が止まらなかった。優しく夫は抱きしめてくる。抱きしめられたことなどなかったから、こんなに温かくぬくもりがある肌だなんて知らなかった。
 しかも夫からの謝罪を初めて聞いた。おそるおそる夫の顔を見てみると――
「えっ」
「ん、どうした? リリアン、もう落ち着いたか?」
 笑顔。それは初めて見る顔だった。
 慈愛に満ちた顔。夫はこんな優しい顔をしていた? どういうこと? もともと端正な顔だと思ったけれど、少し印象が違うし、深さみたいなものが出ていた。
「すまなかった。風邪をひいて甘えたなリリアンが戻っていたんだな。気づかずに一人寝をさせてしまった。あなたがうつるといけないから一人になりたいと言ったとき、私を想う強がりだったことを察してやれなくて悪かった。寂しい思いをさせたね」
「え……」
 甘えたなリリアン? 
 何を言っているの? 風邪? 僕はこの屋敷に来てから、体調のいい日なんてほとんどなかったし、熱が出て倒れてばかり。一人寝しかしたことない。もしかしたら僕が気絶した後に夫は隣で寝ていたのかもしれないけれど、僕が目を覚めたときはいつも一人だったから、彼が寝ている姿なんて見たことない。
「いやいやいや、リリアン様はそんな玉じゃありませんから!」
 そこで違う人の声が聞こえた。声のしたドアの辺りを見ると……えっ、リック? なぜだかリックは少し大人になっていた。
 僕と同じ十代だったはずなのに、彼は少年のような可愛らしさが抜けて、美しくなっていた。どういうこと? それに僕はそんな玉じゃないって、なんだろう? 玉って何?
「リリアン様。もうお熱は下がりましたね! 良かったぁ。リアム様と水遊びをするからですよ! リアム様も心配してなだめるの大変でしたぁ。早く元気になって会ってあげてくださいね!」
「リ、アム……さま?」
 リックの言葉がひとつもわからない。
「お二人の可愛いお子様ですよ。お母様に会いたいーって泣いて大変なんですから! でもまだ三歳だからお風邪がうつったらもっと大変だから、しっかり治らないと会っちゃだめですよ」
「三歳……」
 なんの話だろう。リックは夫になにかを渡した。
「リリアン、ほら。リックがすりおろしリンゴ持ってきてくれたから食べよう。これくらいならお腹に入るか?」
「えっ、」
 ベッドに座った夫が、すりおろしたリンゴをスプーンにひとさじのせて、それ僕の口元に運んできた。
「ほら、あーん」
「え!?」
「ほら、可愛くて小さなお口、開けてごらん」
 僕は言われた通り、口を開けたら夫がスプーンを口の中に入れてきた。それを咀嚼した。いったい、何が起こっているの?
「うまいか?」
「お、いしい」
 また涙が出てきた。僕はたしか兄に刺される前から味覚がなくなっていた。何を食べても味がしなくて、何を食べても吐き出していたのに……このリンゴはとても美味しい。美味しくて涙が溢れた。
「ああ、リリアン、まだ辛いか? 食べられない?」
「いえ、いただきます。とても美味しいです」
「そうか、ほら」
 夫が微笑むと、僕に最後までそれを食べさせてくれた。
 いつの間にかリックが部屋からいなくなっていた。そして夫から薬湯を勧められた。それを飲むとき、なぜか夫が口に含んで全て口移しで入れてきた。とても苦くて嫌な味だったけれど驚いてそれどころじゃない。
 その後に優しい口づけがはじまった。初めての感覚。優しく舌を絡めてくれる。苦しくない口づけ。こんな口づけは経験したことない。
「ふっあ、んん」
「ああ、無理させてすまない。君の可愛い口内から薬湯の苦い味は消えたか? よく頑張ったね。リリアン」
 口づけの気持ちよさに苦さを忘れていた。口づけってこんな感覚だったの? 僕は驚いて、とりあえずお礼を言った。
「あ、りがとうございます。旦那様」
「ふふ、旦那様って言い方、懐かしいな。どうしたんだ? 私が側に居なかったから、すねて怒ってしまったか? 可愛い人だ、愛しているリリアン」
「えっ、んん」
 また口づけをされた。それが先ほどよりもさらに優しい口づけだった。しつこくなくて、舌が口の中を這うこともない。ちゅっという音を出して唇が離れた。
「愛してる。あなたが病気になっても、たとえ老いたとしても、どんな姿になっても片時も離れない。永遠に愛してる」
 どうしたんだろう。
 僕が望んだ夫夫ふうふ像がここにある。僕は一度死んで夢を見ているのだろうか? 最後に神様が見せてくれた夢なのだろうか。僕の目からまたポロポロと忘れていた涙が出てきた。
「リリアン、そんなに泣いたら目が腫れてしまう。治ったら三人でまたピクニックに行こう」
「三人?」
 また? 僕はこの方とそんな楽しいことをしたことがない。
「ああ、一人息子のリアムと親子三人で。産みの母である私の妹に似ていて、顔はオスニアン家の遺伝子が強く出ているが、育ての親のあなたに似て性格はとても愛らしくて可愛い。剣術は私に似せるつもりだ。私たちの宝だ、あの子を一生懸命に育ててくれるリリアンにはいつも感謝している」
 何? これ。僕と旦那様には一人息子がいるの? 
 旦那様の妹の産んだ子どもを引き取って、僕が母親として育てている? 全くわからない。わからないけれど、僕は今思い描いた未来にいるの? 
 本来なら、結婚したら相手とこんな関係になるのを望んでいた。夫婦とは、父と母、兄と義姉、ああいうものだと思っていた。けれど初夜から思い描いたものとは全く違うものとなって、僕は都合のいい状況で、僕自身を諦めた……はず。
「な、なんなの。これ。僕は、僕は、やっと解放されたはずなのに、何!? 気持ち悪いっ。あなたはいったい誰ですか!?」
 あっ、まずい。僕はしまったと思って夫をおそるおそる見た。すると、えっ!?
「リリアン、私が悪かった。だからそんなこと言わないでくれ。あなたに嫌われたら生きていけない」
 え、本当に誰、この人。悲しそうな顔、初めて見た。
「リリアン! 愛しているんだ。もう風邪くらいであなたとベッドを離れないと誓うから、私も結婚して初めて一人寝をして寂しかったんだ。あなたは風邪をひいてもっと寂しい思いをしたんだね」
「……」
 もう一度言う。本当に、誰、この人。
 僕の知っている夫はこんなに甘くない。愛しているなんて言わない。僕は夢を見ているの? 少し整理をしたくなり、単純な疑問を聞く。
「今は……今は、結婚してどれくらいになりますか?」
「こないだ結婚四年目を迎えたが、忘れたのか? あんなにはしゃいだのに」
「四年……」
 もしかして僕はあのとき命を落とさずに、この人に愛される未来がきたの? 今の僕は風邪をひいていたらしい。一時的に記憶が混乱しているのかな? 
「ふふっ、あははっ」
「リリアン?」
 僕は受け入れられない状況に笑いがこぼれた。この辺境の地に来て笑ったのは初めてだった。夫が不思議そうな顔をして僕を見る。
「僕は今、望んだ未来にいるのですね」
「望んだ未来?」
 僕の言葉に首を傾げる夫。
「ただ、旦那様に愛されるだけの未来」
「相変わらず可愛い人だ。そんなささやかなものを望んでいたんだね。可愛いよ、リリアン。あなたが好きだ。一生この想いは変わらない。愛してる」
 そう、そんなを望んだ。
 だが、それは決してささやかではない。あの地獄の日々を経験したら、尊いものであると実感できる。夫が僕のおでこにキスをした。リンゴが美味しくてお腹いっぱいになったからか、急に眠気が襲ってくる。
「リリアン、いい夢を見て。可愛い私のリリアン」
 ――どうか夢なら覚めないで。
 起きたらまたあの辛い日々に戻るのだろう。きっとこれは僕の都合のいい夢。だから寝ちゃダメだって思うのに、この現実が今の僕には理解ができないけど、尊かった。そこで意識を手放した。

 
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