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夏休みも終わり後期の講義が始まり、多少の季節の流れとともに、この芝生の広場の景色も少しだけ風変わりした。
「竜也くん! またさっきの授業抜け出したな!」
芝生に仰向けになりうとうとしていたおれを呼び起こす声に、多少の煩わしさを感じた。
「……あ? ……何だよ、もう授業終わったの?」
おれはのそりと体を起こした。ぼやけた視界を擦ると、その先には頬を膨らませた由希子の姿がある。
「終わったの? じゃないよ。ちゃんと授業受けなよ」
そう小さく肩を落としながら、由希子は隣に座った。優一ではないが、由希子も最近説教染みてきた様に思う。
同じ教職課程を履修しているから、優一や他の奴らよりも由希子とは講義が被ることが多いため、おれの行動を逐一把握しやすい。一年次から、おれが再々講義に遅刻したり、抜け出したりしている様子も、遠目に見ていて知っていたらしい。
言われてみればというやつだが、微かな記憶を振り返ってみると、確かに由希子の様な子を教室で見かけていた気がしなくもない。何分ほとんどまともに講義に向き合っていないから、本当にかすかな記憶ではあるが。
「ちゃあんと出席も取ったし、レジュメも貰ったから良いんだよ。あんなもん聞いてたって何の足しにもなりゃしねぇんだから」
「まぁわたしも、あんまり話は聞いてないんだけどね」
ふふっと笑いながら由希子は言った。しかし、その言動におれは少々納得がいかなかったので、もう話を他所にタバコに火をつけた。
「またタバコばっか吸って」
「いちいちうるせぇなぁ、お前は」
あれもこれもといい加減鬱陶しくなってきたので、由希子の方に唇を突き出し、ふぅっと煙を送った。
「ちょっと! クサイからやめてくんない?」
「じゃあお前、あっち行ってろ」
そう言っておれは、しっしっと手で払う様に由希子をあしらった。
「サイテー!」と言いながらも笑顔で返す由希子を見て面白くなったおれはまた、これでもかと今度はさっきよりも大きく、ふぅっと由希子の方に煙をやった。
さすがに今度は少しばかり嫌がっているのが見てとれる。由希子の眉間には皺が寄っていた。しかしおれは、ころころと変わる由希子のそれすらも愉快に思え、またもう一つ煙をふうとやってやる。
「まぁた二人して授業サボっちょるんか」
そうこうしているところへ、また小うるさいのがやって来てしまった。
「サボってたのは一人だけです」
由希子はタバコの煙を払う様にしながら優一に告げ口をした。
そもそも、サボっていたとは人聞きの悪い。おれがどれだけこの国の教育を憂いているのかを知らずして……。
しかしこいつらに、おれの高尚な講釈を垂れても馬の耳に念仏。黙っておれは階段の方へと振り返り、吸い殻を灰皿ボックス目掛けて指でピンと弾いた。
おれの指から離れ綺麗な放物線を描いた吸い殻は、灰皿の投入口の格子に当たって跳ね返り、くるくると回りながらそのまま脇にポトリと落ちた。おしい。
「あー! またポイ捨てした!」
「お前、あれ拾っとけよ」
二人して口を揃える。しかしこんなものは、おれにとっては挨拶の様なものである。頭に両手を組んで、おれはごろりと芝生に寝転んだ。
「おれ今手ぇ離せねぇんだ。由希子、頼むわ」
「本当、信じらんない」
口を尖らせながらも由希子は階段を降りて行ったので、吸殻を拾ってくれるのだろうきっと。しめしめ。
「やっほー、皆んなー! お昼食べないのー?」
食堂の方から呼ぶのは紗良だ。
「本当だ。もうそんな時間か。混み合う前に行かねぇとな」
紗良の声におれは体を起こし、おもむろに階段を降りて行った。由希子はもう先に紗良と共に、券売機の方へと向かっている。
横目で灰皿ボックスを見ると、おれの入れ損ねた吸い殻は、きちんとボックスの中の水入れに浮かんであった。
「どうせお前うどんしか食わんじゃろ。あんなもんいつ行ったってすぐ食えるわ」
「そう言うお前は定食しか食わねぇよな」
「こっちのうどんやらそばは、辛ぇけん嫌なんや」
「何言ってんだ、お前」
先に食堂へと入っていた宗太と真由も合流し、六人で昼食を。食事が終わればまた芝生に寝転がり、他の奴らも次の講義までここでだべって過ごす。いつからか、この芝生の広場の景色は六人のものになっていた。
冬に差し掛かる頃には、学外でも一緒にいたり、飲みに出たりする機会が増えていった。
貧乏学生の飲み会と言えば、安いフランチャイズの居酒屋かカラオケ。そして、スーパーであれこれ買い込んでの宅飲み、家飲みが専らである。
以前も、優一とはたまに外食することもあったが、月に一度か多くても二度。ごくたまにだ。それがいつしか再々、おれのアパートで皆でたむろするようになっていった。
皆がおれのアパートに来やすい理由は、
「お前んちレオパレスじゃけぇ、学割で電気も水も使い放題なんじゃろ? じゃったら皆んな気ぃ使わんけぇええやん」
ということらしい。理に適ってはいるのだろうが、おれには気を使わなくて良いのだろうか。
終いに優一の奴ときたら突然押し掛けるなり、「風呂入らせてくれ。もうすっかり寒いけぇ、湯船に浸かりたいんよ」と、タダ風呂までせびり始める始末。
そして結局、うちでしばらくダラダラと過ごしてから外に出て、寒い寒いと震えながら帰るのだから、やはりあいつは変わり者だ。
さあ宅飲みをしようとなると、ここでも宗太のミニバンが活躍する。スーパーに皆で繰り出し詰め込み、一挙におれのアパートへと運び込む。するとそのまま夜更けまで。
気の済むまでドンチャンやって、何もかもをも放ったらかしに、そのまま朝までおれのアパートに泊まっていく。泊まっていくというが正しいか、潰れていくというのが正しいのか。
でもそのおかげでバーベキューの時とは違い、運転手の宗太も気兼ねなく飲める。そう考えるとまぁ、安上がりだし、うちを溜まり場として皆に提供する価値はあるのかもしれない。
しかしまぁ。六畳ほどのリビングで皆が酒盛りをしている。そんな光景、半年近く前には思ってもみなかったことであった。
「ってか竜也くんさ、冬でも雪駄で寒くないの? 今も素足だし」
真っ赤に火照った顔で由希子が言う。この子は酒を飲むとすぐ顔に出る。
「雪駄とか関係無しに冬は寒ぃに決まってんだろ。だからダウンも羽織って厚着してんじゃねぇか」
「いやいやー! 足元の話ねー!」
逆に紗良はテンションこそ上がるが見た目には全く出ない。酒癖がそう悪い訳でないが、こいつは本当に酒飲みの飲んだくれだ。
「こいつ水虫飼っとんじゃ。じゃけぇ靴なんか履いたらおおごとになるけぇ無理なんよ」
こいつは飲んでも飲まなくてもいつも通りだ。
「ええー、汚ーい」
「あっはっはっは! 超ウケるー!」
「絶対水虫にとっちゃ、お前の頭の方が住み心地良いだろ」
飲んではこんな不毛なやり取りを繰り返して、笑って、また飲む。大学生という生き物は、本当に暇なのだ。
「あのさ~」
宴もたけなわ。宗太が突然に皆の視線を集めた。「急にどした?」と後の者が注目する中、宗太はやや姿勢を正してから口を開いた。
「俺ら、付き合うことになったんだよね~」
ここでいう俺らとは当然、そこで居直った宗太と、その隣でモジモジしている真由のことだ。ほとんど周りの皆も公認だった様なものだし、今更感は多少否めないが。
「本当に? おめでとう!」
「どっちから告ったんや? 言うてみぃ宗太」
「ウケんだけどー! なんて告ったのー? ほら! 私を真由だと思って言ってみなー!」
酒も入っているせいか、後の三人はしっかり野次馬根性丸出しである。まぁ、今まで核心めいたことは公の場で突っ込むことはなかったから、そのフラストレーションが一気に崩壊したのかもしれない。
宗太も真由も、やや気恥ずかしそうにしてはいるが、しっかり顔が惚気ていやがるコンチクショウ。それを肴にまた酒を飲む。本当、大学生という生き物は。
「おれらの周りにもついに浮いた話が出てきたな」
ひとしきり二人をいじり倒した後、おれはゆっくりとタバコの煙をくゆらせた。
「そりゃー華の大学生だもん。浮いた話の一つや二つくらいあるよねー」
紗良はしみじみと缶チューハイを口にしている。
「まぁ、宗太は最初っから真由ちゃん真由ちゃんじゃったけぇの」
言われてみれば優一の言う通りだ。宗太のやつときたら軽そうな話し方とは裏腹に、意外にも一途な面があるのかもしれない。
「ところでさー。二人には浮いた話無いのー?」
ここで紗良が打って変わって目を輝かせながら、おれと優一にキラーパスを放った。どちらがこのパスを拾うのかと、優一と目が合った。野次馬も、他所へ向いている分には気にならないが、いざ自分の方へと向かって来ると面倒この上ない。先に動いたのはおれだ。
「こんなたわしみてぇな奴に、そんな話あるわけねぇじゃん」
「年中雪駄履いちょる頭おかしい奴に言われとうないわ」
こんなおれ達のどつき漫才もすっかり板についてきていたのだが、今の紗良にはウケなかった。「えー! つまんなーい!」と一蹴。
「じゃあさー、こんな人がタイプ、みたいなのは?」
いつも以上にグイグイと身を乗り出して来る紗良。宗太と真由の熱愛報告をきっかけに、こいつの恋バナエンジンに火がついた様子だ。
「そうじゃの……。大和撫子みたいな人がええの。身なりなんかもきちんとして、言葉一つ取っても丁寧な人やな。古臭い言い方かもしれんけど、そういう、女性らしさっちゅうのに惹かれるかもしれんの」
何を血迷ったのか、真面目に答える優一。
「ああ! 私みたいなー?」と紗良。
「全部真逆やねぇか! まず、髪真っ黒に染めて出直してこい」
そう言いつつも、二人とも息ぴったりではないか。ケラケラと笑いながら、紗良は新しい缶チューハイを空けている。
「じゃあ、次! 竜也君はー?」
今日の紗良は止まらない。
「タイプの人って言われてもねぇ……」
濁してやり過ごそうとしたがそうもいかなそうだ。紗良だけかと思っていたが、ここにきて皆が、ジッと目を光らせながらおれの回答を待っている。さて。かと言って優一の様にうまく丁寧には表現できないもので……。
「……あー、いっつも笑顔の人が良いな、おれは」
苦し紛れにおれはなんとか絞り出したのだがすかさず優一が、「どの面して言いよんや。いっつもムスッとしてタバコ咥えとる奴が」と突っ込む。
「うるせぇ。てめぇも何が大和撫子だよ。お前こそそのチリチリの髪の毛、サラッサラのストレートにしてから出直しやがれ」
優一のストレートヘアを想像して皆で腹を抱えて笑った。酒のせいか優一も、まるで他人事の様に笑い転げている。
皆の笑顔の中にチラと目についた由希子の八重歯は、今日まで見てきた中で一番、キラリと光って見えた気がした。
「竜也くん! またさっきの授業抜け出したな!」
芝生に仰向けになりうとうとしていたおれを呼び起こす声に、多少の煩わしさを感じた。
「……あ? ……何だよ、もう授業終わったの?」
おれはのそりと体を起こした。ぼやけた視界を擦ると、その先には頬を膨らませた由希子の姿がある。
「終わったの? じゃないよ。ちゃんと授業受けなよ」
そう小さく肩を落としながら、由希子は隣に座った。優一ではないが、由希子も最近説教染みてきた様に思う。
同じ教職課程を履修しているから、優一や他の奴らよりも由希子とは講義が被ることが多いため、おれの行動を逐一把握しやすい。一年次から、おれが再々講義に遅刻したり、抜け出したりしている様子も、遠目に見ていて知っていたらしい。
言われてみればというやつだが、微かな記憶を振り返ってみると、確かに由希子の様な子を教室で見かけていた気がしなくもない。何分ほとんどまともに講義に向き合っていないから、本当にかすかな記憶ではあるが。
「ちゃあんと出席も取ったし、レジュメも貰ったから良いんだよ。あんなもん聞いてたって何の足しにもなりゃしねぇんだから」
「まぁわたしも、あんまり話は聞いてないんだけどね」
ふふっと笑いながら由希子は言った。しかし、その言動におれは少々納得がいかなかったので、もう話を他所にタバコに火をつけた。
「またタバコばっか吸って」
「いちいちうるせぇなぁ、お前は」
あれもこれもといい加減鬱陶しくなってきたので、由希子の方に唇を突き出し、ふぅっと煙を送った。
「ちょっと! クサイからやめてくんない?」
「じゃあお前、あっち行ってろ」
そう言っておれは、しっしっと手で払う様に由希子をあしらった。
「サイテー!」と言いながらも笑顔で返す由希子を見て面白くなったおれはまた、これでもかと今度はさっきよりも大きく、ふぅっと由希子の方に煙をやった。
さすがに今度は少しばかり嫌がっているのが見てとれる。由希子の眉間には皺が寄っていた。しかしおれは、ころころと変わる由希子のそれすらも愉快に思え、またもう一つ煙をふうとやってやる。
「まぁた二人して授業サボっちょるんか」
そうこうしているところへ、また小うるさいのがやって来てしまった。
「サボってたのは一人だけです」
由希子はタバコの煙を払う様にしながら優一に告げ口をした。
そもそも、サボっていたとは人聞きの悪い。おれがどれだけこの国の教育を憂いているのかを知らずして……。
しかしこいつらに、おれの高尚な講釈を垂れても馬の耳に念仏。黙っておれは階段の方へと振り返り、吸い殻を灰皿ボックス目掛けて指でピンと弾いた。
おれの指から離れ綺麗な放物線を描いた吸い殻は、灰皿の投入口の格子に当たって跳ね返り、くるくると回りながらそのまま脇にポトリと落ちた。おしい。
「あー! またポイ捨てした!」
「お前、あれ拾っとけよ」
二人して口を揃える。しかしこんなものは、おれにとっては挨拶の様なものである。頭に両手を組んで、おれはごろりと芝生に寝転んだ。
「おれ今手ぇ離せねぇんだ。由希子、頼むわ」
「本当、信じらんない」
口を尖らせながらも由希子は階段を降りて行ったので、吸殻を拾ってくれるのだろうきっと。しめしめ。
「やっほー、皆んなー! お昼食べないのー?」
食堂の方から呼ぶのは紗良だ。
「本当だ。もうそんな時間か。混み合う前に行かねぇとな」
紗良の声におれは体を起こし、おもむろに階段を降りて行った。由希子はもう先に紗良と共に、券売機の方へと向かっている。
横目で灰皿ボックスを見ると、おれの入れ損ねた吸い殻は、きちんとボックスの中の水入れに浮かんであった。
「どうせお前うどんしか食わんじゃろ。あんなもんいつ行ったってすぐ食えるわ」
「そう言うお前は定食しか食わねぇよな」
「こっちのうどんやらそばは、辛ぇけん嫌なんや」
「何言ってんだ、お前」
先に食堂へと入っていた宗太と真由も合流し、六人で昼食を。食事が終わればまた芝生に寝転がり、他の奴らも次の講義までここでだべって過ごす。いつからか、この芝生の広場の景色は六人のものになっていた。
冬に差し掛かる頃には、学外でも一緒にいたり、飲みに出たりする機会が増えていった。
貧乏学生の飲み会と言えば、安いフランチャイズの居酒屋かカラオケ。そして、スーパーであれこれ買い込んでの宅飲み、家飲みが専らである。
以前も、優一とはたまに外食することもあったが、月に一度か多くても二度。ごくたまにだ。それがいつしか再々、おれのアパートで皆でたむろするようになっていった。
皆がおれのアパートに来やすい理由は、
「お前んちレオパレスじゃけぇ、学割で電気も水も使い放題なんじゃろ? じゃったら皆んな気ぃ使わんけぇええやん」
ということらしい。理に適ってはいるのだろうが、おれには気を使わなくて良いのだろうか。
終いに優一の奴ときたら突然押し掛けるなり、「風呂入らせてくれ。もうすっかり寒いけぇ、湯船に浸かりたいんよ」と、タダ風呂までせびり始める始末。
そして結局、うちでしばらくダラダラと過ごしてから外に出て、寒い寒いと震えながら帰るのだから、やはりあいつは変わり者だ。
さあ宅飲みをしようとなると、ここでも宗太のミニバンが活躍する。スーパーに皆で繰り出し詰め込み、一挙におれのアパートへと運び込む。するとそのまま夜更けまで。
気の済むまでドンチャンやって、何もかもをも放ったらかしに、そのまま朝までおれのアパートに泊まっていく。泊まっていくというが正しいか、潰れていくというのが正しいのか。
でもそのおかげでバーベキューの時とは違い、運転手の宗太も気兼ねなく飲める。そう考えるとまぁ、安上がりだし、うちを溜まり場として皆に提供する価値はあるのかもしれない。
しかしまぁ。六畳ほどのリビングで皆が酒盛りをしている。そんな光景、半年近く前には思ってもみなかったことであった。
「ってか竜也くんさ、冬でも雪駄で寒くないの? 今も素足だし」
真っ赤に火照った顔で由希子が言う。この子は酒を飲むとすぐ顔に出る。
「雪駄とか関係無しに冬は寒ぃに決まってんだろ。だからダウンも羽織って厚着してんじゃねぇか」
「いやいやー! 足元の話ねー!」
逆に紗良はテンションこそ上がるが見た目には全く出ない。酒癖がそう悪い訳でないが、こいつは本当に酒飲みの飲んだくれだ。
「こいつ水虫飼っとんじゃ。じゃけぇ靴なんか履いたらおおごとになるけぇ無理なんよ」
こいつは飲んでも飲まなくてもいつも通りだ。
「ええー、汚ーい」
「あっはっはっは! 超ウケるー!」
「絶対水虫にとっちゃ、お前の頭の方が住み心地良いだろ」
飲んではこんな不毛なやり取りを繰り返して、笑って、また飲む。大学生という生き物は、本当に暇なのだ。
「あのさ~」
宴もたけなわ。宗太が突然に皆の視線を集めた。「急にどした?」と後の者が注目する中、宗太はやや姿勢を正してから口を開いた。
「俺ら、付き合うことになったんだよね~」
ここでいう俺らとは当然、そこで居直った宗太と、その隣でモジモジしている真由のことだ。ほとんど周りの皆も公認だった様なものだし、今更感は多少否めないが。
「本当に? おめでとう!」
「どっちから告ったんや? 言うてみぃ宗太」
「ウケんだけどー! なんて告ったのー? ほら! 私を真由だと思って言ってみなー!」
酒も入っているせいか、後の三人はしっかり野次馬根性丸出しである。まぁ、今まで核心めいたことは公の場で突っ込むことはなかったから、そのフラストレーションが一気に崩壊したのかもしれない。
宗太も真由も、やや気恥ずかしそうにしてはいるが、しっかり顔が惚気ていやがるコンチクショウ。それを肴にまた酒を飲む。本当、大学生という生き物は。
「おれらの周りにもついに浮いた話が出てきたな」
ひとしきり二人をいじり倒した後、おれはゆっくりとタバコの煙をくゆらせた。
「そりゃー華の大学生だもん。浮いた話の一つや二つくらいあるよねー」
紗良はしみじみと缶チューハイを口にしている。
「まぁ、宗太は最初っから真由ちゃん真由ちゃんじゃったけぇの」
言われてみれば優一の言う通りだ。宗太のやつときたら軽そうな話し方とは裏腹に、意外にも一途な面があるのかもしれない。
「ところでさー。二人には浮いた話無いのー?」
ここで紗良が打って変わって目を輝かせながら、おれと優一にキラーパスを放った。どちらがこのパスを拾うのかと、優一と目が合った。野次馬も、他所へ向いている分には気にならないが、いざ自分の方へと向かって来ると面倒この上ない。先に動いたのはおれだ。
「こんなたわしみてぇな奴に、そんな話あるわけねぇじゃん」
「年中雪駄履いちょる頭おかしい奴に言われとうないわ」
こんなおれ達のどつき漫才もすっかり板についてきていたのだが、今の紗良にはウケなかった。「えー! つまんなーい!」と一蹴。
「じゃあさー、こんな人がタイプ、みたいなのは?」
いつも以上にグイグイと身を乗り出して来る紗良。宗太と真由の熱愛報告をきっかけに、こいつの恋バナエンジンに火がついた様子だ。
「そうじゃの……。大和撫子みたいな人がええの。身なりなんかもきちんとして、言葉一つ取っても丁寧な人やな。古臭い言い方かもしれんけど、そういう、女性らしさっちゅうのに惹かれるかもしれんの」
何を血迷ったのか、真面目に答える優一。
「ああ! 私みたいなー?」と紗良。
「全部真逆やねぇか! まず、髪真っ黒に染めて出直してこい」
そう言いつつも、二人とも息ぴったりではないか。ケラケラと笑いながら、紗良は新しい缶チューハイを空けている。
「じゃあ、次! 竜也君はー?」
今日の紗良は止まらない。
「タイプの人って言われてもねぇ……」
濁してやり過ごそうとしたがそうもいかなそうだ。紗良だけかと思っていたが、ここにきて皆が、ジッと目を光らせながらおれの回答を待っている。さて。かと言って優一の様にうまく丁寧には表現できないもので……。
「……あー、いっつも笑顔の人が良いな、おれは」
苦し紛れにおれはなんとか絞り出したのだがすかさず優一が、「どの面して言いよんや。いっつもムスッとしてタバコ咥えとる奴が」と突っ込む。
「うるせぇ。てめぇも何が大和撫子だよ。お前こそそのチリチリの髪の毛、サラッサラのストレートにしてから出直しやがれ」
優一のストレートヘアを想像して皆で腹を抱えて笑った。酒のせいか優一も、まるで他人事の様に笑い転げている。
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