ストロベリー・スモーキー

おふとん

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 卒業式から五日後。
 
「皆んな頑張ろうねー! また会おうねー! 年賀状も毎年出すからねー! 絶対また会おうねー!」
 
 駅舎の中で泣きじゃくり、他の乗客の目もおかまいなしに騒いでいる紗良。全く。みっともないったらありゃあしない。
 
 電車に乗ってからも窓から半身を乗り出して、大きく手を振る紗良を、おれたち三人で見送った。

 

 そしてその二日後には、由希子と二人で優一の見送りに行くつもりであった。

 それを本人に伝えると、「別に一生会えんなる訳やねぇし、俺らの間柄はそんなんじゃねぇじゃろ? じゃけぇ、大げさに見送りになんか来んでええ」と強がってみせている。

 何とも可愛げの無い奴だと思っていたが、出発の前夜に突然、おれのアパートの風呂に入りに来た。
 
「風呂入らせてくれ。まだまだ夜は寒いけぇ、湯船に浸かりたいんよ」
 
と。
 
 とりあえず、優一が呑気に風呂に浸かっている隙に由希子を呼びつけた。風呂から上がってきた優一は、知らぬ間にリビングに由希子がいたことにやや驚いている。

 明日、出発の際には見送りに行かないから、せめて今日見送っておくのだと言うと、
 
「お前らホンマに俺の事が好きなんじゃのう。そういうことならまぁ、たまには電話でもしてこいや」
 
と、少し照れ臭そうに。全く。最後まで素直じゃない奴だ。
 
 プププーと景気良く原付きのクラクションを鳴らしながら、颯爽とアパートの駐車場を出て行った優一。

 そのテールランプを由希子と二人で見送っていたが、すぐに路地を曲がって見えなくなり、原付きのエンジン音も次第に、小さく小さく遠のいていった。
 
 完全に優一の原付きの音が聞こえなくなった辺りで、夜空に顔をやりながら由希子は言った。
 
「いよいよ……二人だけになっちゃったね」
 
 タバコに火を付けそいつを咥えたまま、おれもふいと空を見上げた。
 
「おれの見送りも来なくて良いかんな」
 
「……ばか」

 
 
 そしてその三日後。

 

 引越し業者も入り、いよいよ空っぽになったアパート。テーブルもソファーも無い。今リビングにあるのは、最低限の着替えの入ったカバンがポツンと一つ。
 
 丁度四年前のこの時期だ。クリーニングも終わって真っさらな状態のこの部屋に来て、これから始まる四年間に胸を高鳴らせた。
 
 初めてこの部屋に入った時と全く同じ風景が目の前にある。いや、全く同じではないのか。タバコのヤニで、壁やカーテンは少し黄ばんでいる。そうあまり凝った自炊はしなかったから、キッチン周りはそこまで汚れていないかな。風呂やトイレの掃除はサボりがちだったから……。

 まぁ、四年も住んだのだからよっぽどじゃなければ、清掃費用を追加で取られたりはしないだろう。
 
 部屋の真ん中に広々と座って、空き缶を灰皿代わりにタバコをふかした。部屋を見回す。
 
 そこに置いてあったソファーに、どかっと偉そうに座る優一。缶チューハイ片手に、そっちの壁にもたれる様にして座る紗良。真由と宗太は、あっちの窓際の方に座っていたな。そして、ここに置いてあったテーブルの丁度正面あたりに座り笑っている由希子……。
 
 皆の声が聞こえてきやしないかと、そっと目を閉じてみる。

 
「なんや竜也。もう酔い潰れとるんけ。情けないの」
「起きろー! 今日は朝まで飲み明かすんでしょー!」
「竜也くん、もう寝ちゃうの?」

 
 目を開けてみても、そこに映るのは殺風景なリビングだけ。あんなに狭かったはずのこの部屋が、何だか今はとても広く感じる。

 モヤモヤ? ソワソワ? 胸のあたりが何となくざわつくのだが、優一や紗良もこんな夜を過ごしたのかと想像すると、ほんの少し気が楽になった様な気がした。
 

 
 そして出発当日。


 最寄りの駅から電車で二つ。駅から羽田空港までの高速バスが出ているので、そいつに乗って空港まで。そして羽田からは飛行機で愛媛へ直行。その段取りに合わせて、おれは早朝から駅へと向かった。

 
 七時過ぎ。
 
 駅を視界に捉える頃には、おれと同じ電車に乗り込むであろうサラリーマンの姿が多数。吸い込まれる様にして皆駅舎へと流れていく。
 
 振り返って駅舎を背にすると、ビルの隙間からは、展望公園のある小山が、申し訳程度に覗いている。ここからでは、あのどでかい南京錠を吊るしたフェンスも、展望広場も見えない。

 何とか視界に入らないものかと、ビルの向こうを覗き込もうとしたが、どうにもならないのですぐにやめて、おれも通勤の波に乗り駅舎の中へと向かった。

 
 ほんの数日前、そこの改札を挟んで紗良が泣き喚いていた。そうやって、沢山の人達の別れを見送ってきたのだな、この改札は。
 
 切符を改札に通して、目の前に停車してある上り行きの電車に乗り込み、適当な座席へと腰掛けた。行き違いの電車を待つため、出発まではあと五分程。
 
 何気なく窓から改札の方へと目をやると、あの日そこに立っていたおれと優一と由希子、三人の姿が見えた気がした。そして紗良は、こうやって電車の中から皆に手を振りながら涙を流していたのだな。
 
 優一も電車を使ったのなら、こうして駅のホームを眺めていたかもしれないな。あいつのことだ。汚い面して眺めていたに違いない。

 
 ぼんやり駅のホームや改札、そこを通る人を眺めていたけれど、それが目に入った途端、思うより先におれは立ち上がって電車を降り、駅のホームへと戻っていた。
 
「よう。来なくて良いつったろ」
 
 肩で息をしながら、振り絞る様にして由希子は言った。
 
「……ばか」
 
 馬鹿はどっちだ。来なくて良いと伝えたはずなのに、わざわざ乗りもしない切符まで買って。
 
 火照った頬。ずっと走ってきたからか、やや乱れた髪。

 下ってきた電車の車輪の音が、もうそこまで近づいている。

 おれは由希子を抱きしめた。それに応える様にして由希子も、その細い腕を目一杯におれの体に回す。

 プシューと高らかに、到着した電車のブレーキ音。それとほぼ同時に、まるで二人を引き裂く様に発車を知らせるベルが鳴る。おれは電車へと乗り振り返った。

 由希子は目を赤くさせながら、少し震えた声で小さく一言。

 
「行ってらっしゃい」

 
「おう」と返事をしたけれど、ドアの閉まる音と重なってしまったから、ちゃんと由希子に聞こえていたかは分からない。
 
 扉を一枚挟んだ向こうで、由希子は顔の側で小さく手を振っている。その表情がひどく湿っぽかったから、おれはイーッと頬を釣り上げ、自分の犬歯のあたりをちょんちょんと指で触ってみせてやった。

 それを見て由希子はグイと目を拭った後、大袈裟なくらいにっこりと笑ってみせた。でもまたすぐに目から溢れ出していたが、朝日に照らされたそれはキラキラと輝いていて、より一層由希子の笑顔を引き立てていた。
 
 じわじわと動き始めた電車はすぐにその速度を上げ、駅のホームに立つ由希子をあっという間に置いていった。

 
 再びおれは席についた。流れる景色を見ていると、服からそこはかとなく漂ってくる由希子の香り。染みついたタバコの匂いと織り混ざったそれは、何とも切ない香りがした。
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