社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし

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廊下に出ると、なんとはなしに薄暗く静まり返っている。
屋敷全体に漂う不穏な空気――まるで何かが起こる前の静けさだ。

「……誰もいない?」

少し前までは警備だなんだと右往左往していたはずだ。
それが、いまは……見える限りに人はいなかった。
周囲を見回しながら足を進める。安全に部屋を出られたのはいいが、どこに向かえばいいか分からない。
とにかく、少しでも情報が欲しい――その一心だった。
だが、その時――。
遠くの角から、かすかな足音が聞こえた。足音はゆっくり、しかし確実にこちらに向かってくる。

──やばっ、戻るべきか――?

廊下では隠れる場所も少ない。
引き返そうかと迷った瞬間、俺の背後に何か気配が――。

「……何をしている」
「ひっ!?!??」

振り返ると、そこにはレイが立っていた。いつもの冷静な顔だが、その目には明らかに怒りが滲んでいる。

「……お前、さっき部屋にいるように言っただろう」
「あ、ええええと!でも俺、何か手がかりを――」

言い訳を口にする俺の腕を、レイが無言で掴んだ。
その手には力がこもっていて、俺は抵抗する間もなく引っ張られる。

「ちょ、待ってレイ!痛い痛い!」
「お前は無防備すぎる。ここは安全ではない――そう言っただろう」

そのまま強引に部屋まで連れ戻され、ベッドに座らされた。
レイは扉をしっかりと閉めると、振り返り――じっと俺を見つめる。

「……お前は、どうしてそんなに無茶をする?」
「俺は……その、何かできればと」

美形が怒るととんでもなく迫力がある。
レイの怒りが怖いのもあるが……俺は必死で本心を伝えた。

「だって、俺のせいでみんなが危険に巻き込まれてるかもしれないんだろ?だったら俺だって……何かしないと、って思ってですね……」

若干しりすぼみの説明ではあったが、レイは少し驚いたように目を見開き、そしてゆっくりと表情を和らげた。

「……お前は、やはり馬鹿だ」

いきなり罵られたんですけど⁈

「え、いきなり⁈ひどくない⁈」

俺が思わず声にすると、

「――だが、それでこそお前だ」

そう笑み交じりに言いながら、レイはベッドの端に腰掛け、俺の顔をじっと覗き込んだ。

「お前がそんなふうに誰かを思うからこそ、俺はお前を守りたいと思うのだ」
「……レイ」

レイの手が再び俺の頬に触れる。その指先は優しくて、思わず目を閉じそうになる。

「お前が無事でいてくれれば、それでいい。――それが、俺のすべてだ」
「……なんで……そこまで?」

俺の問いにレイはしばらく黙っていたが、やがて小さな声で言う。

「それが、誓いだからだ」

そう言いながら、レイの指がゆっくりと俺の髪を撫でた。

「……誓い、って……」
言葉が出かかったが、レイの目が真っ直ぐすぎて、最後まで言えない。

「お前がいることで、俺は存在している――だから、お前がいなくなれば、俺の誓いも……すべてが無になる」

唇が額に触れたあと、レイはそっと口の端へと唇を寄せる。

「っ、ちょっと……!」

顔が熱い。心臓が音漏れしてるんじゃないかってくらい爆音だ。
……推しのキス攻撃、反則すぎないか⁈

「……お前は、俺だけのものだ」

耳元でささやきが落ちる。
はわわわわ⁈⁈
無理、無理だって。今の発言、ファンイベントなら阿鼻叫喚コースだぞ⁈
いや、これ公式ルートじゃないよね⁈
だって、『クレセント・ナイツ』はBLゲームではなく乙女ゲーム……!
いや、まて。BLルートもあるDLC……⁈個人的に二次元BLは嫌いじゃないので、ちょっと楽しみにしてはいたけれども!
頼むから誰か「選択肢:いいえ」を出してくれ……!

「っ、ちょっと……!」

かろうじて俺は身を捩る。
頬に熱が集まるのを感じる。心臓の音がうるさすぎて、何も考えられない。

「分かったなら、もう無茶をするな。――いいな?」

そう言ってレイは立ち上がり、もう一度俺の頬を撫でてから部屋を出ていった。
扉が閉まった後、俺はしばらく動けなかった。
額と唇に残る感触が熱すぎて――頭が回らない。
ほんっと……狙ってやられてると思う、これ。
多分俺がこうなることを分かっている気がする。……キスで行動を封じられている。
く、くっそう……。

「……俺、どうすればいいんだよ……」

レイが本気で俺を守ろうとしていることは分かる。
だけど、俺は――俺自身、カイル、という存在が何者かも分からない。

「……それでも、レイが守ってくれるなら……俺も、何か……」

そう呟きながら、自分の胸に手を当てる。
このままじゃダメだ。ただ守られるだけじゃなく、俺もレイを支えたい。
社畜としてなら「仕事は速く」がモットーだった俺だ、異世界でも少しは役に立てるはずだろ……多分。



静かな夜をベッドの上で過ごす。
といっても、レイの「俺だけのものだ」という言葉が反芻するたびに、胸の奥がくすぐったくなり、頭の中がわちゃわちゃする。
推しにそんなこと言われたら、普通冷静でいられないだろうが!

「でも……守ってくれてるんだよな、俺を」

柔らかな布団を被りながら小さく呟く。
足元ではリリウムがもぞもぞと動いて、また寝たようだ。
いいなぁ、もう俺も猫になりたい……。
これまでずっと「守られる側」だったけど、俺だってただ守られるだけじゃない。レイが命を懸けて守ってくれているなら――俺も、何かできることを探さなきゃいけない。

――コン、コン

再びノックの音。少し驚いたが、いつものようにレイではない気が、する。

「……エミリー?」
「奥様、失礼いたします」

やっぱりエミリーだった。お盆に温かいお茶を乗せて、いつもの穏やかな笑みで部屋に入ってくる。

「お疲れが出る頃かと思い、こちらをお持ちしました」
「……ありがとう」

俺はベッドから出て、お茶の用意されたテーブルに着く。
椅子に座ってお茶を飲む俺を見つめながら、エミリーはふと小さく息を吐いた。

「奥様、旦那様は何も仰いませんが……屋敷の空気が変わっております」
「空気……?」
「まるで、見えない糸で何かが少しずつ締め付けられているような……そんな感覚です」
「……見えない糸?」
「ええ。誰かが、何かを狙っているのは間違いございません。屋敷内の一部の者が、不審な動きをしているのです。呪刻符を見つけた場所も、奇妙に限定されております」

エミリーの言葉に、俺はカップを持つ手を止めた。

「それって……もしかして、内通者がまだ?」

エミリーは頷いた。彼女の表情は変わらないが、その目はどこか強い決意を秘めているように見えた。

「私どもも最大限注意しておりますが……奥様、どうかお気をつけくださいませ」
「分かった。ありがとう、エミリー」

エミリーはお辞儀をして部屋を出ていった。けれど、俺の心の中には新たな不安が残る。

「――やっぱり、動いてるんだな」

呪刻符が屋敷の内側に仕掛けられているなら、完全に安全な場所なんてどこにもない。
俺が狙われているのは明白だし――誰かの動きが徐々に顕在化しているんだろう。
だけど、レイはあえて俺にはそのことを話さない。心配をかけまいとしているのかもしれないけど――。

「……黙って守られてるだけじゃ、俺、ダメだ」

推しが、レイが命を懸けて守ろうとしているのに、俺は何もせずに隠れてるだけでいいのか?
――そんなの、推しに顔向けできねぇだろうが!
俺だって、レイの力になりたい。
そして、俺が、カイルが一体『何』なのかを知らなければならない。
眠れないままベッドを出て、再び扉に手をかける。もう一度、邸内を自分の目で確かめたい――そう思ったからだ。
リリウムが出て行こうとする俺を止めるように足元にまとわりついたが、

「大丈夫だから、お前はここでまってて」

そう言って、俺はリリウムを部屋の中に置いて出た。
廊下に出ると、やはり辺りは静まり返っている。
けれど、昨日とは違って「気配」がある。
遠くから聞こえる足音や微かな囁き声――何かが起こっているのは間違いない。

「……とりあえず、昨日見た呪刻符の場所まで行ってみるか」

レイには怒られるかもしれないが、籠っている方が俺には耐えられない。
会社のために何かする気にはならなかったが──仕事は死ぬほどしたけど──今は、そうじゃない。
足音を忍ばせながら、昨日、呪刻符を拾った通路へ向かう。

――だが、その時。

「……誰だ?」
その声は鋭く、空気を切り裂くように響いた。
背筋が凍りつき、心臓が一瞬で跳ね上がる。

――やばい。

「っ!」

振り向くと、そこに立っていたのは――レイ、じゃない。見慣れない男だ。

「お前、何をしている?」

男は兵士の服装をしているが、その目には何か──殺気が滲んでいる。
あ、と俺は思った。
――こいつだ。多分、こいつが内通者だ!
俺が顔を知っているわけでも性別を知っているわけでもないが、本能がそう察知した。

「え、えっと……散歩を……!」

俺は誤魔化すように笑いつつ、後ずさる。
そりゃそうだよな。……内通者なら直接俺を狙ってもおかしくはない。
なんというか、どっかこっか抜けているな俺は……レイに馬鹿だと言われても仕方ない。
だって、俺、武器とか持ってないもんなあああああ!
棒とか持ってくればよかった!

「散歩?こんな夜更けに?」

ジリ、と男が一歩近づく。その時、月明かりに反射して鈍い光が俺の目に映った。
あれ、刃――!?その瞬間、俺の背筋が冷たく凍りついた――。


「――っ!」

逃げなきゃ――そう思った。男が鋭い刃物を手に取り出す。

「貴様さえいなくなれば――!」

月明かりに光る刃が振り上げられるのを見た瞬間、全身が凍りついた。

――逃げなきゃ!

そう思ったはずなのに、足が動かない。
喉がカラカラに渇いて、声すら出せない。
やばい、死ぬ。
そう思った時――。

「誰が、いなくなる?」

まるで空気が凍りつくような低い声が響いた。
男が驚き振り返ると、そこには月明かりを背に、静かに立つレイの姿があった。
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