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第37話『鎖の王宮』
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王都──それは、あまりにも華やかで、けれどどこか冷たい場所だった。
砦から丸一日をかけて到着した街の空気は、まるで戦場の残り香を拒絶するように整っていて、完璧に均された石畳が、こちらの汚れを否応なく映し出す。
王城の門は既に開かれていた。
ゼノス・アーチは黙したまま軍使の指示に従い、拘束されたまま連れて行かれる。
僕はその背を見送ることしかできなかった。
(あの人は……どこで、間違ったんだろう)
そんな問いだけが、胸の奥に残ったまま。
それから僕たちは王宮の謁見の間に通された。
格式ばった礼装を身に着けたイーサン団長とテオさんが、玉座の前に並ぶように立つ。
僕も、その斜め後ろに控える形で立たされた。
静寂の中、王がゆっくりと口を開いた。
「……これが、レン・カリスか」
玉座の高みから見下ろす声に、喉が引きつった。
王は高齢というほどではない。
むしろ若々しく、意志の強さを感じさせる瞳をしており、獅子の耳があった。
けれど、その威圧感は、戦場のどんな敵よりも手強く思えた。
「言葉が堪能だと聞いた。治癒も担っていたのだったか?民間出身と記録されているが、身分は?」
「地方で孤児として育ち、身元不詳。ただし、我々黒騎士団が正式に登用した部下であり、その功績は明白です」
そう言って前に出たのは、テオさんだった。
そうだよなぁ……別の世界から来ましたー!とは言えないものな。
そういうところも抜かりなく話が通っているようだ。
「今回の戦において、レンなくしては防衛戦線の維持も、紫との戦いも成り立ちませんでした」
イーサン団長も、無言で頷く。
すると、王はほんの少しだけ口元を緩めた。
「……では、そのように記録せよ」
侍従が手に持った巻物に筆を走らせ、僕の名前が新たに記された。
「黒騎士団、通訳兼治癒担当。特別任用者。人の身でありながら、功績により補佐役として任用を許可する」
淡々と下される言葉に、僕は思わず唇を引き結んだ。
(そうか、これで……僕の身分がちゃんとできたんだな)
王は次に、後方に控えていたルースさんに目を向けた。
「その者は;、ゼノス・アーチの血族と聞く」
「ルース・モルフェ。紫騎士団に潜り込ませていました。黒騎士団の諜報責任者です」
テオさんの説明に、ルースさんは一礼した。
「反逆の疑いについては?」
「自ら砦の情報を開示し、正規軍の支援に尽力。信頼に足ると判断されます」
数秒の沈黙の後、王が口を開いた。
「……よい。記録せよ」
こうして、ルースさんには咎めがなく、これからも黒騎士団にいられるということだ。
ゼノスの名は、政から消え、過去になる。
紫騎士団は「再建」の名の下で骨抜きにされ、別の誰かの手に渡るのだろう。
静かに、それでいて確実に──時代の端が塗り替えられていくのを、僕はただ見ていた。
「……それにしても、この者がオメガか」
と、不意に王が呟くように言った。
玉座から僕を見下ろす視線には、ただの好奇心とは違う、測りかねる何かが潜んでいた。
「番を持たぬまま、戦場に身を置き、なお精神を崩さぬとは。珍しい」
どこか感心したようなその口調に、背筋が強ばった。
でも、テオさんがすっと前に出て、微笑みながら言う。
「この子は、ただのオメガではありません。レンは──我々の誇りです」
「はは!テオ,お前にそう言われるとは……レンも光栄だろう。まあ、その話はまた今度にしよう」
王はそれ以上何も言わなかった。ただ、何かを測るような目で僕を見て、静かに頷いた。
……そうして、謁見は終わった。
その夜、僕たちは王都の宿に滞在することになった。
緊張感の残る王宮を離れ、少しだけ息のしやすい石畳の街に出る。
ロナルドさんとルースさんは随分とラフな格好をしていて、そのくせ様になっている。
僕は僕で、ゆったりとした服を支給されたので、それを身につけて出てきていた。
「レン、少し歩くか?」
ロナルドさんが軽く顎をしゃくって言い、ルースさんも何も言わずに並んできた。
三人で歩くにはちょうどいいくらいの道幅。
「……こうして歩いてると、不思議な感じがしますね」
僕がぽつりと呟くと、ルースさんが笑った。
「まあ、そうだな……俺がここにいるのも不思議なくらいだ。そうそう、レン王都はレンみたいなちびっこには危険な場所だから気をつけろよ?」
「……僕、あなたたちより年上なんですが?」
「そうは見えない。気をつけるにこしたことはない」
ロナルドさんの無愛想な相槌に、僕は思わず笑った。
夜の王都は、静かで、華やかさは昼間と変わらない。
街灯の光が金属を思わせる冷たい光を放ち、人々のざわめきが、戦場とはまるで違う種類の活気を生み出している。
……なんだか、夢の中みたいだ。
ほんの少し前まで、剣と怒声と血のなかにいたとは思えないほど、穏やかで、きれいな夜だった。
そんな空気に気が緩んだのか、ふと、唐突に脳裏をよぎった。
──あれ? ルースさんって、ロナルドさんのこと好きなんじゃなかったっけ?
いつだったか,僕はそう聞いたことを思い出していた。
おあつらえ向きな夜じゃないか?これ。
僕が少し邪魔かもしれないけれど。
だから、僕は立ち止まり、小さく口を開いた。
「……ルースさん」
「ん?」
「ロナルドさんに……その、告白とか、しないんですか?」
沈黙が落ちた。
ロナルドさんが振り向く。
ルースさんの眉が、派手に跳ね上がる。
「はあ!? はあぁ!? 何言ってんだお前!」
「なに……?」
「ち、違うからな⁈ そもそもなんで俺がロナルドを……っ!そんな話したことねぇだろ⁈」
「えっ、ちょっ……?」
ロナルドさんが半眼になって僕を見る。
「……今のどういう……」
「え、いや、僕はてっきり……あれ……?」
おい,勘違いすんなよ⁈俺はお前みたいな唐変木でなくてだな!こいつが好きなんだよ!」
そう言って、ルースさんが僕を指差す。
今度は僕が「はぁ?」と呟く番だった。
ロナルドさんが何か言いかけて、けれどそれは、微かな舌打ちに変わって、夜風にかき消された。
僕の頭の中で、見当違いの線がぐるぐると絡み始めていた。
何が起こってるんだ、これ。
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砦から丸一日をかけて到着した街の空気は、まるで戦場の残り香を拒絶するように整っていて、完璧に均された石畳が、こちらの汚れを否応なく映し出す。
王城の門は既に開かれていた。
ゼノス・アーチは黙したまま軍使の指示に従い、拘束されたまま連れて行かれる。
僕はその背を見送ることしかできなかった。
(あの人は……どこで、間違ったんだろう)
そんな問いだけが、胸の奥に残ったまま。
それから僕たちは王宮の謁見の間に通された。
格式ばった礼装を身に着けたイーサン団長とテオさんが、玉座の前に並ぶように立つ。
僕も、その斜め後ろに控える形で立たされた。
静寂の中、王がゆっくりと口を開いた。
「……これが、レン・カリスか」
玉座の高みから見下ろす声に、喉が引きつった。
王は高齢というほどではない。
むしろ若々しく、意志の強さを感じさせる瞳をしており、獅子の耳があった。
けれど、その威圧感は、戦場のどんな敵よりも手強く思えた。
「言葉が堪能だと聞いた。治癒も担っていたのだったか?民間出身と記録されているが、身分は?」
「地方で孤児として育ち、身元不詳。ただし、我々黒騎士団が正式に登用した部下であり、その功績は明白です」
そう言って前に出たのは、テオさんだった。
そうだよなぁ……別の世界から来ましたー!とは言えないものな。
そういうところも抜かりなく話が通っているようだ。
「今回の戦において、レンなくしては防衛戦線の維持も、紫との戦いも成り立ちませんでした」
イーサン団長も、無言で頷く。
すると、王はほんの少しだけ口元を緩めた。
「……では、そのように記録せよ」
侍従が手に持った巻物に筆を走らせ、僕の名前が新たに記された。
「黒騎士団、通訳兼治癒担当。特別任用者。人の身でありながら、功績により補佐役として任用を許可する」
淡々と下される言葉に、僕は思わず唇を引き結んだ。
(そうか、これで……僕の身分がちゃんとできたんだな)
王は次に、後方に控えていたルースさんに目を向けた。
「その者は;、ゼノス・アーチの血族と聞く」
「ルース・モルフェ。紫騎士団に潜り込ませていました。黒騎士団の諜報責任者です」
テオさんの説明に、ルースさんは一礼した。
「反逆の疑いについては?」
「自ら砦の情報を開示し、正規軍の支援に尽力。信頼に足ると判断されます」
数秒の沈黙の後、王が口を開いた。
「……よい。記録せよ」
こうして、ルースさんには咎めがなく、これからも黒騎士団にいられるということだ。
ゼノスの名は、政から消え、過去になる。
紫騎士団は「再建」の名の下で骨抜きにされ、別の誰かの手に渡るのだろう。
静かに、それでいて確実に──時代の端が塗り替えられていくのを、僕はただ見ていた。
「……それにしても、この者がオメガか」
と、不意に王が呟くように言った。
玉座から僕を見下ろす視線には、ただの好奇心とは違う、測りかねる何かが潜んでいた。
「番を持たぬまま、戦場に身を置き、なお精神を崩さぬとは。珍しい」
どこか感心したようなその口調に、背筋が強ばった。
でも、テオさんがすっと前に出て、微笑みながら言う。
「この子は、ただのオメガではありません。レンは──我々の誇りです」
「はは!テオ,お前にそう言われるとは……レンも光栄だろう。まあ、その話はまた今度にしよう」
王はそれ以上何も言わなかった。ただ、何かを測るような目で僕を見て、静かに頷いた。
……そうして、謁見は終わった。
その夜、僕たちは王都の宿に滞在することになった。
緊張感の残る王宮を離れ、少しだけ息のしやすい石畳の街に出る。
ロナルドさんとルースさんは随分とラフな格好をしていて、そのくせ様になっている。
僕は僕で、ゆったりとした服を支給されたので、それを身につけて出てきていた。
「レン、少し歩くか?」
ロナルドさんが軽く顎をしゃくって言い、ルースさんも何も言わずに並んできた。
三人で歩くにはちょうどいいくらいの道幅。
「……こうして歩いてると、不思議な感じがしますね」
僕がぽつりと呟くと、ルースさんが笑った。
「まあ、そうだな……俺がここにいるのも不思議なくらいだ。そうそう、レン王都はレンみたいなちびっこには危険な場所だから気をつけろよ?」
「……僕、あなたたちより年上なんですが?」
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ロナルドさんの無愛想な相槌に、僕は思わず笑った。
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街灯の光が金属を思わせる冷たい光を放ち、人々のざわめきが、戦場とはまるで違う種類の活気を生み出している。
……なんだか、夢の中みたいだ。
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そんな空気に気が緩んだのか、ふと、唐突に脳裏をよぎった。
──あれ? ルースさんって、ロナルドさんのこと好きなんじゃなかったっけ?
いつだったか,僕はそう聞いたことを思い出していた。
おあつらえ向きな夜じゃないか?これ。
僕が少し邪魔かもしれないけれど。
だから、僕は立ち止まり、小さく口を開いた。
「……ルースさん」
「ん?」
「ロナルドさんに……その、告白とか、しないんですか?」
沈黙が落ちた。
ロナルドさんが振り向く。
ルースさんの眉が、派手に跳ね上がる。
「はあ!? はあぁ!? 何言ってんだお前!」
「なに……?」
「ち、違うからな⁈ そもそもなんで俺がロナルドを……っ!そんな話したことねぇだろ⁈」
「えっ、ちょっ……?」
ロナルドさんが半眼になって僕を見る。
「……今のどういう……」
「え、いや、僕はてっきり……あれ……?」
おい,勘違いすんなよ⁈俺はお前みたいな唐変木でなくてだな!こいつが好きなんだよ!」
そう言って、ルースさんが僕を指差す。
今度は僕が「はぁ?」と呟く番だった。
ロナルドさんが何か言いかけて、けれどそれは、微かな舌打ちに変わって、夜風にかき消された。
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