恋した君は、嘘のキミ──それでも、好きにならずにいられなかった──

めがねあざらし

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第14話:やけに優しいあいつ

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昼過ぎの研究棟の自習スペースは、エアコンの音だけが一定のリズムで響いていた。大きな窓の外には夏めいた陽射しが広がっているのに、机に突っ伏した俺の頭の中は、冷や汗と焦りでいっぱいだった。

(……終わんねぇ。これ、ほんとに終わりあんの……?単位がかかってるんだよなぁああ……!)

レポートの提出期限は明日の正午。教授が「参考文献を十本以上は使うように」と言ったときは「まあなんとかなるだろ」と軽く考えていたのに、いざパソコンに向かってみると、引用の書式がどうとか、論旨をどうまとめるとかで泥沼にハマってしまった。
今は打ち込んでは消し、また書いては溜め息をつくの繰り返し。

「――お前、顔死んでるぞ」

唐突に声をかけられて、反射的に背筋が跳ねた。
視線を上げると、向かいの席にいつの間にか桐嶋奏真が座っていた。

「なっ……! いつからそこに」
「さっき通りかかったら、あんまりにも必死そうだったから」

淡々としながらも、口元にはわずかに笑みを浮かべている。
相変わらず読めないやつだ。

「レポート? 明日のやつか」
「……まあ、な」
「見なくてもわかるよ。俺もやってるし」

そう言って、奏真は自分のファイルを机に広げた。
整然と並んだ参考文献リストに、細かいメモがびっしり書き込まれている。
几帳面っていうか、性格出てるっていうか。俺のぐちゃぐちゃなノートと並ぶと余計に惨めになる。

「……で、困ってんの?」
「別に、そんな困ってなんか……」
「ふーん。じゃ、勝手に助けてやる」

「は?」と声を上げる間もなく、奏真の手は俺のキーボードに伸びていた。
あっという間に参考文献を検索し、必要そうな論文を次々とリストアップしていく。
タイピングがやたら速い。無駄のない指の動きに、こっちが目を丸くしてしまう。

「……あ、ちょ!勝手に触るなよ」
「じゃあやめる?」
「……いや、その。よ、ろしくお願いしますっ」

自分でも情けないほど素直に言ってしまった。
奏真はちらりと視線を上げ、わずかに口角を上げた。

「素直でよろしい」

くそ、なんかむかつく。

でも――正直、助かった。
気づけば二人で文献を整理し、要点をまとめている。
奏真がちょっとしたジョークを挟むたびに、緊張がほぐれる。
こんなやつだったか?と首をひねりたくなるくらい。

「なあ」

しばらく黙々と作業していた俺は、ふと我慢できずに口を開いた。

「なんだよ」
「……なんだよ、ってのはこっちのセリフだ。お前、どうしてこんなに優しいんだよ」

「は?」と、奏真の手が止まる。
そして、眼鏡の奥で目が細められた。

「企みでもあるのか?」
「企み?」
「だって、お前がこんなに親切なの、珍しいだろ。……なんか裏があるんじゃないのか、とか……」

思わず強めに言ってしまった。
でも、そうでも言わないと、この妙な落ち着かなさをごまかせなかった。

奏真はしばらく黙って俺を見つめ――それから、ふっと笑った。
その笑みは挑発的で、底の見えない水面みたいに不安を煽る。

「企んでるとしたら……どうする?」
「……え?」
「俺が何か知ってて、それでこうして近づいてるとしたら?」

声は穏やかなのに、意味だけが重くのしかかる。
鼓動が不自然に早くなった。
ふと、レオンの元に通っている自分を思い出す。
こいつには知られたくない、ホストクラブでのこと。
ましてや昨日、香水のことを指摘されたばかりだ。

(……まさか……バレてんのか? いや、バレるはず……ない……)

「……からかってんの?」

自分でも弱々しい声だった。
それを聞いた奏真は、ただ肩をすくめただけ。

「さあ、どうだろ」

それだけ言い残して、ファイルを閉じ、椅子を引いた。
去っていく後ろ姿に「おい!」と呼びかけたかったのに、声は喉で止まった。

机の上には、奏真が途中まで整えてくれたレポートの骨組みが残っている。
助けられた安堵と、残された言葉の不気味さがないまぜになって、胸の奥で渦を巻いた。

――やけに優しいその態度が、親切なんかじゃないように思えて仕方なかった。
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