23 / 40
第23話:同じ場所に
しおりを挟む
ホストクラブの空気は、照明の加減も音楽のリズムも、すべてが「非日常」を演出している。
それはもう慣れたはずなのに、こうしてまた席に座ると、どこか現実感が薄れてしまう。
グラスの中の氷がほどけて、小さく音を立てた。
「……大丈夫?」
ふいにかけられた声に、我に返る。
目の前には、いつものレオン。白いシャツの袖を少しまくり、ゆったりとこちらを見ている。
低く柔らかな声に応じようとして、立ち上がりかけた瞬間――。
「あっ」
足元がふらついた。
グラスを取りに伸ばした体勢のまま、ソファの角に膝がぶつかりそうになる。
「危ない」
咄嗟に伸ばされた手。
次の瞬間、俺の肩がぐいと引き寄せられた。
その反動で、レオンの手の甲がソファの木枠に「ゴン」とぶつかる。
乾いた鈍い音がして、俺は思わず顔をしかめた。
「っ、大丈夫かよ!」
「平気。君が怪我しなきゃ、それでいいから」
レオンは笑って見せたけれど、手の甲にはうっすら赤い痕が浮かび始めていた。
白いシャツの袖口からのぞく手首のあたりまで、わずかに腫れが広がっている。
「いや、平気って……赤くなってるし」
「これくらい、すぐ消えるよ。ね、座って」
さらりと流される。
でも、気づけば俺の視線はその赤みに釘付けになっていた。
胸の奥に小さな引っかかりが残る。
どうして庇ったほうが怪我して、俺は何もなかったんだろう。
妙に不公平な気持ちと、申し訳なさと、混ざり合った感情が渦を巻く。
(……俺のために)
言葉にならない思いが、喉の奥で絡まる。
俺が転びかけたせいで、レオンは庇って――自分の手を打ちつけた。
その痕が、赤く腫れて残っている。
(痛いはずだろ、これ……)
じっと見つめてしまった俺に気づいたのか、レオンはふっと笑って手を隠した。
「ほら、ほら。あんまり気にすると、俺が照れるよ」
「……っ、気にするに決まってんだろ!」
声を荒げた自分に驚いた。
レオンは、ただ楽しそうに目を細めただけだった。
その笑顔の意味を測りかねたまま、その夜は終わった。
翌日。
大学の廊下は、昼のざわめきに包まれていた。
俺はゼミ室に向かう途中、ノートを抱えた桐嶋奏真とすれ違った。
「……」
その瞬間、呼吸が止まった。
視界に飛び込んできたのは――。
彼の右手の甲。
そこに、赤い痕があった。
昨日、レオンの手に見たものとまったく同じ場所に。
「……え」
声にならない声が漏れそうになった。
慌てて飲み込む。
奏真は何事もない顔で歩いていく。
眼鏡の奥の瞳は冷静で、いつもの優等生そのものだ。
でも、その右手の赤みは確かに存在していた。
(偶然……? いや、そんな偶然……あるか?)
昨日の光景が脳裏によみがえる。
庇ってくれた瞬間。
テーブルにぶつかる鈍い音。
そして赤く腫れた手の甲。
(でも、そんなはず――)
頭を振る。
違う、違うと必死に否定する。
だが、胸の奥のざわつきは増すばかりだった。
――まさか。
その三文字が、心の奥に静かに落ちる。
「…………」
奏真の背中が廊下の人混みに消えていく。
俺は立ち尽くしたまま、手の中のプリントを握りしめていた。
紙の端が指に食い込み、痛みが走る。
それでも、その痛みさえも薄れていく。
胸のざわめきのほうがずっと大きかったから。
(……どういうことだよ、これ)
頭の中で否定と疑念がぐるぐる回る。
けれど、赤い痕は幻じゃない。
俺が見間違えるはずもない。
拳を握る。
その感触だけが現実を繋ぎとめていた。
視線の奥に、まだ鮮やかに残る赤。
それが胸のざわめきを、さらに大きくしていった。
それはもう慣れたはずなのに、こうしてまた席に座ると、どこか現実感が薄れてしまう。
グラスの中の氷がほどけて、小さく音を立てた。
「……大丈夫?」
ふいにかけられた声に、我に返る。
目の前には、いつものレオン。白いシャツの袖を少しまくり、ゆったりとこちらを見ている。
低く柔らかな声に応じようとして、立ち上がりかけた瞬間――。
「あっ」
足元がふらついた。
グラスを取りに伸ばした体勢のまま、ソファの角に膝がぶつかりそうになる。
「危ない」
咄嗟に伸ばされた手。
次の瞬間、俺の肩がぐいと引き寄せられた。
その反動で、レオンの手の甲がソファの木枠に「ゴン」とぶつかる。
乾いた鈍い音がして、俺は思わず顔をしかめた。
「っ、大丈夫かよ!」
「平気。君が怪我しなきゃ、それでいいから」
レオンは笑って見せたけれど、手の甲にはうっすら赤い痕が浮かび始めていた。
白いシャツの袖口からのぞく手首のあたりまで、わずかに腫れが広がっている。
「いや、平気って……赤くなってるし」
「これくらい、すぐ消えるよ。ね、座って」
さらりと流される。
でも、気づけば俺の視線はその赤みに釘付けになっていた。
胸の奥に小さな引っかかりが残る。
どうして庇ったほうが怪我して、俺は何もなかったんだろう。
妙に不公平な気持ちと、申し訳なさと、混ざり合った感情が渦を巻く。
(……俺のために)
言葉にならない思いが、喉の奥で絡まる。
俺が転びかけたせいで、レオンは庇って――自分の手を打ちつけた。
その痕が、赤く腫れて残っている。
(痛いはずだろ、これ……)
じっと見つめてしまった俺に気づいたのか、レオンはふっと笑って手を隠した。
「ほら、ほら。あんまり気にすると、俺が照れるよ」
「……っ、気にするに決まってんだろ!」
声を荒げた自分に驚いた。
レオンは、ただ楽しそうに目を細めただけだった。
その笑顔の意味を測りかねたまま、その夜は終わった。
翌日。
大学の廊下は、昼のざわめきに包まれていた。
俺はゼミ室に向かう途中、ノートを抱えた桐嶋奏真とすれ違った。
「……」
その瞬間、呼吸が止まった。
視界に飛び込んできたのは――。
彼の右手の甲。
そこに、赤い痕があった。
昨日、レオンの手に見たものとまったく同じ場所に。
「……え」
声にならない声が漏れそうになった。
慌てて飲み込む。
奏真は何事もない顔で歩いていく。
眼鏡の奥の瞳は冷静で、いつもの優等生そのものだ。
でも、その右手の赤みは確かに存在していた。
(偶然……? いや、そんな偶然……あるか?)
昨日の光景が脳裏によみがえる。
庇ってくれた瞬間。
テーブルにぶつかる鈍い音。
そして赤く腫れた手の甲。
(でも、そんなはず――)
頭を振る。
違う、違うと必死に否定する。
だが、胸の奥のざわつきは増すばかりだった。
――まさか。
その三文字が、心の奥に静かに落ちる。
「…………」
奏真の背中が廊下の人混みに消えていく。
俺は立ち尽くしたまま、手の中のプリントを握りしめていた。
紙の端が指に食い込み、痛みが走る。
それでも、その痛みさえも薄れていく。
胸のざわめきのほうがずっと大きかったから。
(……どういうことだよ、これ)
頭の中で否定と疑念がぐるぐる回る。
けれど、赤い痕は幻じゃない。
俺が見間違えるはずもない。
拳を握る。
その感触だけが現実を繋ぎとめていた。
視線の奥に、まだ鮮やかに残る赤。
それが胸のざわめきを、さらに大きくしていった。
51
あなたにおすすめの小説
陰キャな俺、人気者の幼馴染に溺愛されてます。
陽七 葵
BL
主人公である佐倉 晴翔(さくら はると)は、顔がコンプレックスで、何をやらせてもダメダメな高校二年生。前髪で顔を隠し、目立たず平穏な高校ライフを望んでいる。
しかし、そんな晴翔の平穏な生活を脅かすのはこの男。幼馴染の葉山 蓮(はやま れん)。
蓮は、イケメンな上に人当たりも良く、勉強、スポーツ何でも出来る学校一の人気者。蓮と一緒にいれば、自ずと目立つ。
だから、晴翔は学校では極力蓮に近付きたくないのだが、避けているはずの蓮が晴翔にベッタリ構ってくる。
そして、ひょんなことから『恋人のフリ』を始める二人。
そこから物語は始まるのだが——。
実はこの二人、最初から両想いだったのにそれを拗らせまくり。蓮に新たな恋敵も現れ、蓮の執着心は過剰なモノへと変わっていく。
素直になれない主人公と人気者な幼馴染の恋の物語。どうぞお楽しみ下さい♪
【完結】好きじゃないけど、付き合ってみる?
海野雫
BL
大学3年の直人(なおと)は、恋愛経験ゼロ。人付き合いは苦手ではないが、誰かを「好きになる」感情がよくわからない。付き合ってる友人たちを見ても、自分には縁のない話だと思っていた。
ある日、部活の後輩である健(けん)が「一緒にルームシェアしませんか?」と持ちかけてくる。引っ越しを考えていた直人は、悪くない条件にOKを出し、ふたりの同居生活が始まる。
快適すぎる日々。健は料理も掃除もできて、適度に距離を保ってくれる最高のルームメイト。
しかしある夜、健がポツリと呟く。
「……元カレ、まだ忘れられないんです」
「ねえ先輩。付き合ってみませんか?――“好きじゃなくてもいいから”」
からかわれていると思いながらも、冗談めかして了承してしまう直人。
それが、まさかの擬似恋人生活の始まりだった。
恋人ごっこなのに手をつないだり、映画を観に行ったり、肩を貸したり。
最初はただの遊びだったのに、直人はだんだん健が笑うと嬉しくて、泣くと苦しいと感じるようになっていく。
一方、健は「直人に本気になってはいけない」と自分に言い聞かせていたが、直人の優しさや真面目さに、次第に惹かれ始める。
擬似恋人から始まった関係は、本物の「好き」に変わるのか?
本気になったとき、ふたりはどう答えを出すのか――。
なぜかピアス男子に溺愛される話
光野凜
BL
夏希はある夜、ピアスバチバチのダウナー系、零と出会うが、翌日クラスに転校してきたのはピアスを外した優しい彼――なんと同一人物だった!
「夏希、俺のこと好きになってよ――」
突然のキスと真剣な告白に、夏希の胸は熱く乱れる。けれど、素直になれない自分に戸惑い、零のギャップに振り回される日々。
ピュア×ギャップにきゅんが止まらない、ドキドキ青春BL!
本気になった幼なじみがメロすぎます!
文月あお
BL
同じマンションに住む年下の幼なじみ・玲央は、イケメンで、生意気だけど根はいいやつだし、とてもモテる。
俺は失恋するたびに「玲央みたいな男に生まれたかったなぁ」なんて思う。
いいなぁ玲央は。きっと俺より経験豊富なんだろうな――と、つい出来心で聞いてしまったんだ。
「やっぱ唇ってさ、やわらけーの?」
その軽率な質問が、俺と玲央の幼なじみライフを、まるっと変えてしまった。
「忘れないでよ、今日のこと」
「唯くんは俺の隣しかだめだから」
「なんで邪魔してたか、わかんねーの?」
俺と玲央は幼なじみで。男同士で。生まれたときからずっと一緒で。
俺の恋の相手は女の子のはずだし、玲央の恋の相手は、もっと素敵な人であるはずなのに。
「素数でも数えてなきゃ、俺はふつーにこうなんだよ、唯くんといたら」
そんな必死な顔で迫ってくんなよ……メロすぎんだろーが……!
【攻め】倉田玲央(高一)×【受け】五十嵐唯(高三)
【BL】無償の愛と愛を知らない僕。
ありま氷炎
BL
何かしないと、人は僕を愛してくれない。
それが嫌で、僕は家を飛び出した。
僕を拾ってくれた人は、何も言わず家に置いてくれた。
両親が迎えにきて、仕方なく家に帰った。
それから十数年後、僕は彼と再会した。
Fromのないラブレター
すずかけあおい
BL
『好きです。あなたをいつも見てます。ずっと好きでした。つき合ってください。』
唯のもとに届いた差出人のない手紙には、パソコンの文字でそう書かれていた。
いつも、ずっと――昔から仲がよくて近しい人で思い当たるのは、隣家に住む幼馴染の三兄弟。
まさか、三兄弟の誰かからのラブレター!?
*外部サイトでも同作品を投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる