もう殺されるのはゴメンなので婚約破棄します!

めがねあざらし

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43、影と揺らぐ均衡

王城の会議室は、窓から光が満ちているというのに、重い影が漂っていた。
アルバートは誰の言葉も、鋭く静かに聞きつづけていたが、会議の流れは初めから結論に向かって転がっているようだった。

「――イライアス・レーベンの拘束は不可欠だ。危険性が許容範囲を超えている」

情報局長官のその一言が落ちた瞬間、部屋の空気は、決められた答えだけを飲み込まされる前の、薄い緊張で満ちた。
宮廷魔導師団長が、書類の端を整えながら続けた。

「魔力の暴走は短期で再発し、術師とのリンクも疑われる。これ以上の自由行動は、王都にとって不確定要素でしかない。保護隔離案は――」
「待て」

アルバートはゆっくりと椅子から立ち上がった。
声音は落ち着いていたが、火傷したような怒りが底に潜む。

「今でさえ彼に自由はない。あれは敵術師からの干渉による発作であって、イライアス自身の責任ではない。非があるとすれば術そのものだ。これ以上の拘束は行き過ぎだ」

局長が眉を上げる。

「行き過ぎでも、危険性を排除するのが我々の職務だ」

アルバートは静かに首を振った。

「排除より先に検証があるはずだ。報告書には改竄の前例さえある。それを無視して即日拘束とは――結論を提示するためだけの会議に見えるが?」

しん、と空気が凍った。
否定の声は上がらず、薄い沈黙が広がる。

リーゼンが口を開いた。

「……私も同意です。先ほどの報告内容には矛盾が多い。拘束案がここまで早く正式化されるのは、どうにも不自然ですね」

団長の横顔が、微かに揺れた。
かつて英雄と讃えられた男のはずなのに、その表情には、別の意志に縛られるような一瞬の影が走った。

やがて、形だけの議論が数分続き、会議は淡々と終わった。
誰もが用意された出口へ向かうように席を立つ。

廊下へ出たところで、アルバートは低く言った。

「……判断が早すぎる。あれは最初から結論ありきの会議だったな」
「おそらくは。何者かの指示が働いているのでしょう。となれば……」
「敵術師が、城内の誰かと繋がっている可能性が高い」

リーゼンが小さく息を呑む。
アルバートの胸には、重い確信があった。
これほど滑らかに決定が下りるなら――すでに内部のどこかを浸食されていてもおかしくない。

「先にイライアスの部屋へ行く。……嫌な予感しかしない」
「承知しました。私は周囲を探ります、気になる点が多すぎますから」
「頼んだ」

リーゼンが軽く礼をして走り去り、アルバートは反対方向へ歩き出した。
石畳の廊下に足音だけが乾いて響く。

(イライアス……どうか無事でいろ)

胸の奥のざわつきは警鐘に近かった。
心の焦りが、アルバートを足早にさせる。
角を曲がった瞬間、風を裂く音がした。

「アルバート様!」

振り返れば、さっき別れたばかりのリーゼンが、肩で息をしながら駆け戻ってくる。
冷静な彼からは想像できないほどの急ぎよう。

「まずいです……! 急ぎましょう!」

アルバートの声が低く鋭くなる。

「何があった」
「既に――兵士たちがイライアス様の部屋へ向かっています!命令書付きです、止められません!」

空気が一瞬、真空になった。

アルバートは歯を噛みしめ、そして次の瞬間には全速力で駆け出していた。
リーゼンがすぐ背後につく。

鎧の擦れる音が、遠くの廊下で反響する。
兵士たちが角を曲がる音が、やけに近く聞こえた。

(間に合え……間に合え! あいつらに触れさせるな)

あちらより先に動かなければ、イライアスは隔離される。
それはおそらく、保護などではない。
敵術師が内部に手を伸ばしているなら――拘束は、そのまま受け渡しと同じ意味を持つ。

「……くそ……!」

低く吐き捨てた。
走りながら、剣の柄に触れる。
決断はもう、とっくに終わっていた。

イライアスの扉が見えた。
自分らの対面に、兵士の影が現れる。

アルバートは一歩も迷わず駆け寄った。

――この城が敵になろうと、彼だけは守る。

足取りは鋼のように固く、ただ一人の名へ向かって研ぎ澄まされていた。


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