もう殺されるのはゴメンなので婚約破棄します!

めがねあざらし

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49、繋がる点、重なる影

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どうやら僕はあれから、また眠ってしまっていたらしい。
目が覚めたとき、まだ朝は来ていなかった。
呼吸をすると、胸の奥に微かに残る熱が疼き、眠りの底で聞いた歌の残響が、まだ耳の奥でゆらゆら揺れている。

視線を動かすと、すぐに二つの影が見えた。

アルバートとリーゼンが、僕の寝台のそばにいた。
二人とも目の下に疲れの色を宿している。それでも、僕が動くのに気づくや否や、緊張を帯びた表情がこちらに向けられた。

「……気がつきましたか」

最初に声を出したのはリーゼンだった。
その声音は落ち着いているのに、どこかにほっとした揺れが混じっていた。

「身体に痛みは?息苦しさはないか?」

アルバートが続く。その低い声に、胸が少しだけ温かくなる。

「大丈夫……。ただ……」

言いかけて息を呑んだ。
頭の奥に、淡い光と声の余韻がまだ残っていたからだ。

「……リセルとまた話したんだ」

二人の視線が鋭く揃う。

「話せる範囲でいい。何があった?」

アルバートの声は抑えているのに、奥底がざわついているのが分かった。

僕は、息を整え、ゆっくりと話した。

リセルのこと。
前より輪郭が淡かったこと。
彼が“今回は違う”と言った理由。
僕たち全員に、少なからず記憶が残っていること。
そして――リセルの最後の願い。

「歌を……託されたんだ。あの人のところへ連れて行ってほしい、と」

言い終えた瞬間、部屋の空気が変わった。

アルバートは言葉を探すように目を伏せ、リーゼンは表情を固くして思考を巡らせていた。
二人の重苦しい沈黙が落ちた、その時だった。

扉の外で、かすかな足音がした。

アルバートが即座に気配を張り詰めさせ、静かに立ち上がる。
リーゼンも一歩前に出て、指先の上に剣を乗せた。
その緊張は、僕の肌にもひしひしと伝わってくる。

「……来るぞ」

アルバートの低い声が、夜の静寂を細く断ち割る。

扉の向こうの気配は、軽いのに、どこか荒れていて――まるで恐怖と焦燥に押されるような、落ち着きのない足取りだった。

(いったい、誰が……)

息を呑む間もなく、扉がきしりとわずかに開く。

「イリィ……?」

聞き慣れた声音。
けれど、その声に宿る震えは、僕が知っているものよりずっと深かった。

アルバートとリーゼンの緊張が、別の意味を帯びて揺らぐ。
扉がゆっくりと開き──カリナが姿を現した。

「……カリナ」

思ったより、ほそい息のまま名前が漏れた。

「……よかった……本当に、ここにいた……」

カリナはその場に立ったまま肩で息をし、乱れた呼吸を整えようとしている。
走ってきたのだと、その姿から窺えた。

「どうして……ここまで……」

僕がそう問うと、カリナは息を震わせながら、苦しげに笑みを作った。

「わかんないよ、イリィ。途中の記憶がところどころ抜けてて……ただ、胸の奥が痛くて……行かなきゃ、って、それだけだった。イリィに会わなきゃって」

言葉が途中で掠れ、黙ったあと、ぽつりと落ちる。

「……怖かったんだ。イリィがどこかに消えちゃいそうで。今度こそ、本当に帰ってこない気がして」

その声音は、恐怖と安堵の混ざったものだった。

アルバートはまだ完全には警戒を解かなかったが、その視線の奥に、一瞬だけ痛ましい影が落ちた。
リーゼンも静かに剣にかけた指を収め、慎重に声をかける。

「よく……ここまで一人で来られましたね」
「……とにかく、急いでいて……」

カリナはあからさまに身を縮め、でも無視はせず答えた。

「驚かせてすみません。自分は軍部付き記録官のリーゼン・アロイスと申します。不躾に失礼しました」

リーゼンは少し戸惑いつつも頭を下げた。

「……カリナ・アストリッドです」

リーゼンの返しに、カリナも思わず微笑した。
張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ緩んだのを感じる。
僕は二人のやり取りを見ながら、胸の奥に広がる感覚に気づいた。

リセルが言った“今回だけ起きている繋がり”。
それは僕やアルバートだけじゃなく、こうして誰かが無意識に引かれる線にも現れているのかもしれない。

カリナがここへ辿りついた理由は、理屈では説明できない。
けれど彼の瞳には、確かに“呼ばれた者の匂い”があった。

僕はその不思議な重なりに、胸が静かに熱を帯びるのを感じていた。
何度やり直しても、決して繋がらなかった線が、
初めて一本、結ばれたような感覚だった。

静かな間を経て、僕は言った。

「……僕は会うよ。あの人に。彼が望んだから」

アルバートが顔を上げた。
揺れる瞳。その奥で、何か硬いものが軋む音がした。

「イリィ。君を危険に晒す選択を、俺は許可できない」
「でも、行かないと終わらない。僕だけじゃなく……あの人も、リセルも」

リーゼンが静かに補足する。

「敵術師を誘き寄せるには、イライアス様が動くのがもっとも確実です。逃げ隠れしても、向こうから接触してくる可能性が高いのなら……こちらから条件を整えた場所へ誘い込む方が良策」

リーゼンの視線が離宮の壁を指す。

「ナターシャ様の術式。ここなら適していますよ。様々な術式が残されていますから、罠にも転用できる」

僕は言った。

「あの人と、会わなきゃいけないんだよ。リセルが……僕を選んだんじゃなくて、僕の中に残った彼の声が……僕を押したんだと思う」

カリナは僕の顔を見た瞬間、何かを思い出したみたいに目を潤ませた。

「……イリィ、僕にも何か手伝わせて欲しい。もう、君を失うのは嫌だ……」

アルバートが沈黙の末に言った。

「……分かった。だが絶対に俺から離れるな」

僕は小さく頷いた。

胸の中で、またあの歌が揺れた。
風に溶けるような、彼の声の残滓が。

(今回だけは、違う終わりにたどり着ける……)

そんな確信にも似た光が、胸の奥で静かに燃えていた。



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