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3、嫌われるための無礼訪問
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貴族家への訪問に、先触れを出さないのは、常識的に考えてあり得ない。
けれど僕は、わざとそれをやった。
貴族社会における非礼の中でも、かなり重めの部類だ。
しかも相手は、侯爵家。うちとは格が違う。
本来なら怒鳴られてもおかしくないレベルの失態だ。
(これなら、さすがに“礼儀を知らない無神経な奴”って思ってもらえる……はず)
嫌われたい。嫌われなきゃ、破談に持ち込めない。
僕から断れないなら、向こうに「こいつは無理」と言ってもらうしかない。
その一心で、僕は使用人にも告げずに馬車に乗った。
──侯爵家の門の前。
重厚な鉄細工の門が、堂々とした存在感を放っている。
その傍らに控えていた門番が、近づく僕に小さく頭を下げた。
「お約束は……ございませんが」
控えめに、困惑を含んだ口調で言われる。
そりゃそうだ。こんなタイミングで、先触れなしに訪問する人間なんていない。
「申し訳ありません。急なことで大変失礼ですが、イライアス・レーベンと申します。アルバート様に、少しだけお話を」
そう名乗った瞬間、門の柱に埋め込まれた魔術石が、淡く青く光を放った。
(……え? なに今の。防犯魔法とかだろうか……?)
門番が目を見開き、すぐに深く頭を下げる。
「……畏まりました。ただいまご当主にお取次ぎいたします」
「えっ」
ここで押し問答して困らせるはずがおかしなことになった。
なぜこんないとも簡単に通すのか。
僕が偽物だったら……いや、やはり先ほどの魔術石に何かあるのかもしれない。
そんなことを考えていると、あっという間に邸内にいた。
通された先は、応接間ではなく、館の中でも特に内輪の者しか入れない私室サロンだった。
前世(?)でも一度も通されたことのない場所。
(……なんか、おかしくないか)
その時点で嫌な予感はしていた。
扉が開き、アルバートが姿を現す。
「……イリィ。君が来てくれるなんて、予想以上に嬉しいよ」
その人は満面の笑みで、嬉しそうに、僕へと言葉を放った。
(嘘だろ……笑ってる。あの人が。よりにもよって僕を見て)
何せ前世で目の前の男の笑顔を見た覚えはまるでない。
しかも、だ。
(……今、名前呼んだ? いや、愛称で!? 前世で一度も名前すら呼ばれたことなかったのに!?!?)
脳内が処理を放棄し始めている。
前の無視と、今のこの笑顔が、全く同じ人物から出てるなんて信じたくなかった。
「……あの、急に伺ってしまって」
「気にしていない。むしろ、驚くほど嬉しい。君のタイミングで来てくれるのが一番いい」
なんでそんな肯定100%対応できる?
こっちは非礼を働いて嫌われるつもりでここに来たのに。
「飲み物、紅茶でいいかな? それともハーブティのほうが好みだった?」
まじまじと目の前のアルバートを見る。
(好み聞いてくるのおかしくないか?気にされたことなんて…… 断る理由を……いや、飲みますけど……!)
完璧な所作で紅茶を淹れながら、アルバートは穏やかに語った。
そもそも、紅茶を自分で淹れるなんて、前では一度もなかったはずだ。
もう驚きしかない。
「婚約式の準備で疲れていないか? 無理はしていないだろうか。何か気になることがあれば、何でも言ってほしい」
あくまで静かで、やわらかく、余裕に満ちた笑み。
(いや、優しすぎるだろ……不気味だ。怖い。無理すぎる……!)
それがなおさら恐ろしい。
僕が知っている“以前のアルバート”と、どうやっても繋がらない。
あの人は、僕に目もくれなかった。
挨拶をしても返されず、呼びかけても背を向けられ、屋敷で孤独だった。
唯一の救いは使用人にまで無視されなかったことぐらいだろうか。
ただ常に腫れ物扱いで居心地は悪かったけれど。
それが今、どうして、こんな……。
「…………」
うまく言葉が出ない。
「イリィ?」
「……いえ。ただ、ほんのご挨拶をと思って。明日の顔合わせ、よろしくお願いします」
「……ああ。こちらこそ、心から楽しみにしている」
(……終わった。完全に“いい子な婚約者”コースだ。おかしい、絶対におかしい)
それから簡単な雑談をして、そっとカップを戻し、僕は立ち上がった。
「それでは、長居は無粋ですので。突然の訪問、失礼しました」
「またいつでも来てほしい」
アルバートの微笑みを背中に受けながら、サロンを出る。
廊下で案内してくれた若い使用人に、僕は深く頭を下げた。
「ご迷惑をおかけしました。突然伺ったこと、心よりお詫びします。何かとお気遣いくださって、ありがとうございました」
「……い、いえっ! そんな、私のほうこそ!」
真っ赤になって慌てふためく使用人。
廊下に戻ると、奥で控えていた年配の使用人がぽつりと呟いたのが耳に入る。
「……こんなにきちんと礼を尽くせる若者は、滅多にいないな」
(しまったぁぁぁぁぁぁ……)
うっかりと僕は行動に出てしまっていたらしい。
阿保すぎる。
僕は頭を抱えたくなった。
嫌われるための作戦だったのに。
振る舞い一つで破談の理由になればと思ったのに。
【結果】上品で礼儀正しい若者として信頼ゲージ上昇。
(なんでだよ……)
帰りの馬車の中、僕は深く座席に沈んで空を見上げた。
(次は……もっとはっきり“やらかす”方向でいこう)
このままじゃ、あの未来が確定してしまう。
絶対阻止。それだけは、絶対に阻止する。
けれど僕は、わざとそれをやった。
貴族社会における非礼の中でも、かなり重めの部類だ。
しかも相手は、侯爵家。うちとは格が違う。
本来なら怒鳴られてもおかしくないレベルの失態だ。
(これなら、さすがに“礼儀を知らない無神経な奴”って思ってもらえる……はず)
嫌われたい。嫌われなきゃ、破談に持ち込めない。
僕から断れないなら、向こうに「こいつは無理」と言ってもらうしかない。
その一心で、僕は使用人にも告げずに馬車に乗った。
──侯爵家の門の前。
重厚な鉄細工の門が、堂々とした存在感を放っている。
その傍らに控えていた門番が、近づく僕に小さく頭を下げた。
「お約束は……ございませんが」
控えめに、困惑を含んだ口調で言われる。
そりゃそうだ。こんなタイミングで、先触れなしに訪問する人間なんていない。
「申し訳ありません。急なことで大変失礼ですが、イライアス・レーベンと申します。アルバート様に、少しだけお話を」
そう名乗った瞬間、門の柱に埋め込まれた魔術石が、淡く青く光を放った。
(……え? なに今の。防犯魔法とかだろうか……?)
門番が目を見開き、すぐに深く頭を下げる。
「……畏まりました。ただいまご当主にお取次ぎいたします」
「えっ」
ここで押し問答して困らせるはずがおかしなことになった。
なぜこんないとも簡単に通すのか。
僕が偽物だったら……いや、やはり先ほどの魔術石に何かあるのかもしれない。
そんなことを考えていると、あっという間に邸内にいた。
通された先は、応接間ではなく、館の中でも特に内輪の者しか入れない私室サロンだった。
前世(?)でも一度も通されたことのない場所。
(……なんか、おかしくないか)
その時点で嫌な予感はしていた。
扉が開き、アルバートが姿を現す。
「……イリィ。君が来てくれるなんて、予想以上に嬉しいよ」
その人は満面の笑みで、嬉しそうに、僕へと言葉を放った。
(嘘だろ……笑ってる。あの人が。よりにもよって僕を見て)
何せ前世で目の前の男の笑顔を見た覚えはまるでない。
しかも、だ。
(……今、名前呼んだ? いや、愛称で!? 前世で一度も名前すら呼ばれたことなかったのに!?!?)
脳内が処理を放棄し始めている。
前の無視と、今のこの笑顔が、全く同じ人物から出てるなんて信じたくなかった。
「……あの、急に伺ってしまって」
「気にしていない。むしろ、驚くほど嬉しい。君のタイミングで来てくれるのが一番いい」
なんでそんな肯定100%対応できる?
こっちは非礼を働いて嫌われるつもりでここに来たのに。
「飲み物、紅茶でいいかな? それともハーブティのほうが好みだった?」
まじまじと目の前のアルバートを見る。
(好み聞いてくるのおかしくないか?気にされたことなんて…… 断る理由を……いや、飲みますけど……!)
完璧な所作で紅茶を淹れながら、アルバートは穏やかに語った。
そもそも、紅茶を自分で淹れるなんて、前では一度もなかったはずだ。
もう驚きしかない。
「婚約式の準備で疲れていないか? 無理はしていないだろうか。何か気になることがあれば、何でも言ってほしい」
あくまで静かで、やわらかく、余裕に満ちた笑み。
(いや、優しすぎるだろ……不気味だ。怖い。無理すぎる……!)
それがなおさら恐ろしい。
僕が知っている“以前のアルバート”と、どうやっても繋がらない。
あの人は、僕に目もくれなかった。
挨拶をしても返されず、呼びかけても背を向けられ、屋敷で孤独だった。
唯一の救いは使用人にまで無視されなかったことぐらいだろうか。
ただ常に腫れ物扱いで居心地は悪かったけれど。
それが今、どうして、こんな……。
「…………」
うまく言葉が出ない。
「イリィ?」
「……いえ。ただ、ほんのご挨拶をと思って。明日の顔合わせ、よろしくお願いします」
「……ああ。こちらこそ、心から楽しみにしている」
(……終わった。完全に“いい子な婚約者”コースだ。おかしい、絶対におかしい)
それから簡単な雑談をして、そっとカップを戻し、僕は立ち上がった。
「それでは、長居は無粋ですので。突然の訪問、失礼しました」
「またいつでも来てほしい」
アルバートの微笑みを背中に受けながら、サロンを出る。
廊下で案内してくれた若い使用人に、僕は深く頭を下げた。
「ご迷惑をおかけしました。突然伺ったこと、心よりお詫びします。何かとお気遣いくださって、ありがとうございました」
「……い、いえっ! そんな、私のほうこそ!」
真っ赤になって慌てふためく使用人。
廊下に戻ると、奥で控えていた年配の使用人がぽつりと呟いたのが耳に入る。
「……こんなにきちんと礼を尽くせる若者は、滅多にいないな」
(しまったぁぁぁぁぁぁ……)
うっかりと僕は行動に出てしまっていたらしい。
阿保すぎる。
僕は頭を抱えたくなった。
嫌われるための作戦だったのに。
振る舞い一つで破談の理由になればと思ったのに。
【結果】上品で礼儀正しい若者として信頼ゲージ上昇。
(なんでだよ……)
帰りの馬車の中、僕は深く座席に沈んで空を見上げた。
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