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7、好かれすぎじゃね?
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カリナとの面会を終えたあと、僕は書斎で再び例の『花嫁修行スケジュール』を前にして沈んでいた。
(……これは嫌がらせなのでは?)
いや、実際はそうじゃないのかもしれない。
でもこれはもう、修行という名を借りた拷問だ。
午前の時間が余ったということで、料理指導と礼法の確認が追加された。
貴族としての基本は叩き込まれているけれど、それをまた“結婚用”としてやり直すのは骨が折れる。
「イリィ様、この後は厨房にてお料理のご指導を——」
「はい……」
しょんぼりと頷いて立ち上がる。
そしてその結果。
——料理は、まあまあうまくいってしまった。
(お……?覚えてる、な?)
思った以上に指が動いた。
包丁も、火加減も、悪くない。
それもそのはず、僕は前世で料理くらいしかすることがなかったのだ。
当時、あの屋敷でひとりぼっちだった僕は、食事にだけは少しだけこだわった。
(は、はは…… 無意識に経験値が出たよ……)
そう、ここはうっかりと失敗すべきだった。
なのに僕ときたらさっさか動いて仕上げてしまったわけで……。
使用人に「さすがでございます」と褒められ、逃げるようにその場を離れる。
そして次は礼法。
姿勢、歩き方、お辞儀の角度。
ぜんぶ身体に染みついている。
「立ち姿が美しいですね」
「所作が自然で、感嘆いたします」
褒めないでほしい……。
もっとこう「できない子」みたいに思ってくれ!
そしたら破談の材料になるじゃないか!
(う、うう……意識してやらかさないと無理だ……けど、それがなかなか……)
人間、身についたものと言うのは意識して変えるのが難しいのだと、今更ながらに僕は思い知る。
次だ、次でミスる……!
僕は昼食の席で、グラスをわざと倒そうと決意した。
注がれた葡萄酒が派手にこぼれれば、場の空気が凍る。
そこから「あの子はちょっと……」という空気が生まれる。
そういうシナリオだ。
「イリィ、今日は隣に座ってくれるかい?」
「……はい」
アルバートが椅子を引いてくれた。
その瞬間。
(今だ!)
グラスに手を伸ばし、あからさまに手を滑らせて——
「っ……」
——滑らなかった。
「っと。危ない」
アルバートが自然な動きで僕の手を支え、そのままグラスを元に戻した。
(え?)
「疲れてるのかな。焦らなくていいよ。こぼれても、君を責める人はいない」
その声がまた、優しくて腹立つ……でも癒やされてる自分がいて、なんか悔しいやら腹立つやら……。
周囲の使用人たちも「あらあら」「仲睦まじい」と好意的な視線を送ってきた。
(……ちがう、そうじゃない……!)
午後はアルバートとの歩行練習。
貴族の正装で“婚約者同士の並び方”を確認する時間だ。
これも破綻させてやる、と僕は燃えていた。
歩幅をわざと合わせない。
視線もバラバラにする。
会話?
無視も無視。どスルーしてやった。
その結果。
「イリィは自由でいいな」
「……はい?」
「俺が合わせればいいだけの話だし。君のペースが好きなんだ」
(え、もうこれ、逆に……好意が増してない?)
周囲「お似合いですね~」
(終わった……また好意ゲージが伸びた……!)
夕食のときも、似たようなことがあった。
あえて食器の位置をずらしたら、使用人にそっと直され、「イリィ様、疲れていらっしゃるのですね」と気遣われ。
服を裏返しに着ようとしたら、アルバートがそっと羽織を整えてくれて——
「俺が着せてあげればよかったね」
(やめろォ!!こっちの精神がもたない!)
その夜、寝室のベッドの端に縮こまりながら、僕は心から思った。
(どうして……こんなに順調に“好かれて”いくんだ……)
破談計画、現在進行形で頓挫中である。
そして今夜もアルバートから抱き枕にされている。
いやー……、なんだよ、おまえ。
あの目は絶対、好きな人を見る目だった……と思う。
なのに、なんで僕を抱き枕にすんだよ。
カリナが好きなんじゃないのかよぉぉぉ……!
僕は溜息を吐きつつ、目を閉じた。
(……これは嫌がらせなのでは?)
いや、実際はそうじゃないのかもしれない。
でもこれはもう、修行という名を借りた拷問だ。
午前の時間が余ったということで、料理指導と礼法の確認が追加された。
貴族としての基本は叩き込まれているけれど、それをまた“結婚用”としてやり直すのは骨が折れる。
「イリィ様、この後は厨房にてお料理のご指導を——」
「はい……」
しょんぼりと頷いて立ち上がる。
そしてその結果。
——料理は、まあまあうまくいってしまった。
(お……?覚えてる、な?)
思った以上に指が動いた。
包丁も、火加減も、悪くない。
それもそのはず、僕は前世で料理くらいしかすることがなかったのだ。
当時、あの屋敷でひとりぼっちだった僕は、食事にだけは少しだけこだわった。
(は、はは…… 無意識に経験値が出たよ……)
そう、ここはうっかりと失敗すべきだった。
なのに僕ときたらさっさか動いて仕上げてしまったわけで……。
使用人に「さすがでございます」と褒められ、逃げるようにその場を離れる。
そして次は礼法。
姿勢、歩き方、お辞儀の角度。
ぜんぶ身体に染みついている。
「立ち姿が美しいですね」
「所作が自然で、感嘆いたします」
褒めないでほしい……。
もっとこう「できない子」みたいに思ってくれ!
そしたら破談の材料になるじゃないか!
(う、うう……意識してやらかさないと無理だ……けど、それがなかなか……)
人間、身についたものと言うのは意識して変えるのが難しいのだと、今更ながらに僕は思い知る。
次だ、次でミスる……!
僕は昼食の席で、グラスをわざと倒そうと決意した。
注がれた葡萄酒が派手にこぼれれば、場の空気が凍る。
そこから「あの子はちょっと……」という空気が生まれる。
そういうシナリオだ。
「イリィ、今日は隣に座ってくれるかい?」
「……はい」
アルバートが椅子を引いてくれた。
その瞬間。
(今だ!)
グラスに手を伸ばし、あからさまに手を滑らせて——
「っ……」
——滑らなかった。
「っと。危ない」
アルバートが自然な動きで僕の手を支え、そのままグラスを元に戻した。
(え?)
「疲れてるのかな。焦らなくていいよ。こぼれても、君を責める人はいない」
その声がまた、優しくて腹立つ……でも癒やされてる自分がいて、なんか悔しいやら腹立つやら……。
周囲の使用人たちも「あらあら」「仲睦まじい」と好意的な視線を送ってきた。
(……ちがう、そうじゃない……!)
午後はアルバートとの歩行練習。
貴族の正装で“婚約者同士の並び方”を確認する時間だ。
これも破綻させてやる、と僕は燃えていた。
歩幅をわざと合わせない。
視線もバラバラにする。
会話?
無視も無視。どスルーしてやった。
その結果。
「イリィは自由でいいな」
「……はい?」
「俺が合わせればいいだけの話だし。君のペースが好きなんだ」
(え、もうこれ、逆に……好意が増してない?)
周囲「お似合いですね~」
(終わった……また好意ゲージが伸びた……!)
夕食のときも、似たようなことがあった。
あえて食器の位置をずらしたら、使用人にそっと直され、「イリィ様、疲れていらっしゃるのですね」と気遣われ。
服を裏返しに着ようとしたら、アルバートがそっと羽織を整えてくれて——
「俺が着せてあげればよかったね」
(やめろォ!!こっちの精神がもたない!)
その夜、寝室のベッドの端に縮こまりながら、僕は心から思った。
(どうして……こんなに順調に“好かれて”いくんだ……)
破談計画、現在進行形で頓挫中である。
そして今夜もアルバートから抱き枕にされている。
いやー……、なんだよ、おまえ。
あの目は絶対、好きな人を見る目だった……と思う。
なのに、なんで僕を抱き枕にすんだよ。
カリナが好きなんじゃないのかよぉぉぉ……!
僕は溜息を吐きつつ、目を閉じた。
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