もう殺されるのはゴメンなので婚約破棄します!

めがねあざらし

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10、旧友は、信用できるか?

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朝食の席で、アルバートは「午後、少しだけ外す」とだけ告げた。

「軍部との定例の報告があってね。夕刻には戻るよ」

それを聞いて、僕は思わず安堵してしまった。

(やっと、ひとりの時間がある……!)

ここ数日、四六時中アルバートに付き添われていた。
常に優しく、過保護で、献身的な――愛情と監視の境界線が曖昧なあの視線にさらされていると、心が擦り減る。

もちろん、それを表に出すわけにはいかないから、僕はいつものように笑顔を浮かべて見送った。



昼下がり。
書斎で資料を読んでいた僕のもとに、使用人が来て告げた。

「イライアス様、カリナ・アストリッド様がお見えです」
「えっ」

唐突な来訪。
けれど、それはむしろ好都合だった。

(呼ぼうと思ってたところなんだけど……来た、か)

表情を変えずに、僕は「通して」と伝えた。
応接間で待つカリナの姿は、昔と変わらない穏やかさを纏っていた。

「やあ、イリィ。急に来ちゃってごめんね」
「……ううん。むしろ、こっちから声をかけようと思ってたんだ」
「じゃあ、ちょうどよかった」

カリナはにこりと笑って、僕の隣に腰を下ろした。
距離が近い。以前からそうだったけれど、今は妙に意識してしまう。

(警戒しないといけない。昔のままだと思わないで……)

けれど、隣で笑うその顔は、まるで何も変わっていないように見える。

「イリィは本当、昔から誰にでも愛されるよね」
「そんなこと……ないと思うけど」
「ほんとだよ。使用人の人たちも、君のことすごく気に入ってるみたいだし」

そう言いながら、カリナはふわりと包み紙に包まれた手土産を差し出した。
中身は、僕が好んでいたカリナ手作りの焼き菓子だ。

(……好みをちゃんと覚えてる。まあ、小さい頃から一緒だしな……でも)

僕の心に、疑念が浮かぶ。
カリナが記憶を持っているとしたら?
そして、もしそれが前提なら、彼は僕とアルバートの関係をどう思っている?

「カリナ……アルバート様のこと、どう思う?」

唐突な問いに、カリナは少しだけ目を伏せる。

「ブラッドリー侯爵様、か。……そうだね、真面目で、責任感の強い方だと思うよ。……でも」

言葉自体は穏やかだった。でも、その声の端に、うっすらと冷たさが滲んでいた。

「……憎らしいくらいに羨ましいよ」
「え?」

僕が聞き返すと、カリナはふっと笑って視線を逸らす。

「いや、なんでもないよ。それよりさ、お菓子、食べてみて? 久しぶりに作ったんだ」

手渡された包みは、僕の好物だった。

(……やっぱり、カリナは何か知ってる。けど……)

「カリナは、今……幸せ?」

しばらくの沈黙のあと。

「イリィが幸せそうだから……僕も、嬉しいよ」

どこか言葉に迷いがあった。
その目は、笑っているようで、どことなく影がある。

「……いま、何か言いかけなかった?」
「ううん。変なこと、言っちゃったかな」

カリナは微笑みながら立ち上がる。
するり、とその長細い指が僕の頬を撫でた。

「また来るよ。今日は少しだけ顔を見たかっただけだから」

そして、玄関先で振り返りながら、カリナは僕に小さな声で言った。

「久しぶりに……挨拶、してもいいかな?」

その言葉の意味に気づいたとき、僕は小さく頷いた。
幼いころからの、僕たちの挨拶。
頬と頬を軽く合わせる、優しい仕草。
ふわりとした香りがすれ違い、静かな時間が流れる。

(これはただの幼い頃からの習慣。意味なんかない。……Ω同士だしなぁ)

「じゃあ、またね」

カリナはそう言って、屋敷を後にした。



夕食の時間。
アルバートはすでに戻っていて、いつもの席に座っていた。

「カリナ君が来てたんだって?」
「あ、ええ。ちょうど会いたいと思ってたところだったから、驚きました、けど」
「そう。君が楽しそうだったなら、よかった」

その言葉には、疑うような色はなかった。
今のところは。



夜、入浴を終えて寝室へ戻ると、アルバートはすでにベッドの中にいた。
僕もそっと隣に入る。
しばらく、沈黙。

(……あれ、今日は抱き枕の刑はなしか……?)

背中を向けてそんなことを思っていると、彼がぽつりと口を開いた。

「……そんなに、仲が良かったの?」

静かに、でも確かに刺さる声だった。

「え……?」

振り返ると、アルバートの唇はうっすらと笑っていた。
でも、その目は――笑っていなかった。
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