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24、話痕をなぞる朝
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朝の光は淡く、寝室の空気にまだ夜の気配が少し残っていた。
シャツを脱ぎかけた僕は、ふと鏡に目をやる。そして、昨日の夜と同じように、首筋――そこに“それ”があるのを見つけた。
(……やっぱり、ある)
服を着てしまえばわからない首の付け根に近い場所。
不規則な文様が、皮膚に焼きついたように浮かび上がっている。
夜、スケッチ帳に描いたものとまったく同じだ。
(昨日と同じ……なら、これも幻じゃない。……アルバートに、相談するべきなんだろうな……)
誰かに話すべきだという確信は、昨日のうちから芽生えていた。
けれど、“現実”としてこうして目にした今、その思いは揺るがなかった。
「……アルバート様」
呼びかけると、着替えをしていた彼が振り返る。そして――すぐに瞳が大きく見開かれた。
「……その痕、まさか……!」
アルバートの声が、一瞬で室内の空気を緊張させる。
僕は何も言わず、背を見せたまま黙っていた。
彼は歩み寄り、ためらうように僕の首へと手を伸ばす。
「……これは、“術痕”だ。……間違いない。記録にあった、メルグレイドの遺残と形も位置も一致している」
彼の声が、ほんのかすかに震えていた。
「メルグレイド……」
昨夜、記録庫の帰り道に聞いたその言葉が、頭の中で反響する。
僕は、自分の記憶を疑っていた。
けれど――身体は嘘をついていなかった。知らないふりをしていたのは、僕の心だけだったのかもしれない。
「これって……まだ、術が残ってるってことです、よね?」
そう尋ねると、アルバートはそっと指でその痕をなぞった。
その触れ方は、まるで大切なものに触れるようで、逆に胸が苦しくなる。
まだ起こってない“未来”での痕。
「痕跡がある以上、完全には解除されていない可能性が高い。放置すれば、いつか再発する可能性もある。……だけど」
「だけど?」
「君がここにいる。それが何よりの異常であり、奇跡だ。メルグレイドの成功例は記録上ゼロ。君は、何かの力でその術から抜け出した」
僕は口を閉じたまま、振り返らずに問いかける。
「……これを、カリナにも見せていいと思いますか?」
アルバートはすぐには答えなかった。
その沈黙が重い。
「……俺としては、アストリッドを信用できていない」
「カリナは……何かを知っている気がするんです。あの夜、彼もあの場所にいた。なのに、あまりにも情報が欠けてる。術の影響で忘れているのか、それとも……」
「あるいは、知っていても言えないだけか」
僕は頷いた。
「なら、見せたい。問いかけたい。僕が“消されかけた”というのなら、その直前のことを、彼の記憶の中に探したい」
アルバートは息を吐き、僕の背に額を預けた。
その重さが、妙に現実的だった。
「……ならば、絶対に俺も一緒に行く。君ひとりでは行かせない」
その声に、僕は思わず微笑む。
「もう、“遠ざけない”んですね?」
「前のことを言われると、弱いな……そばにいる」
背中から腕が回り、彼の体温がそのまま僕を包んでいく。
そのぬくもりに、昨日までの不安がほんの少し溶けていった。
そして、ぽつりと呟いた。
「……僕、アルバート様とは結婚する気、なかったんです」
その言葉に、アルバートの腕がわずかに強くなる。
背後から伝わる熱が、苦しくなるほど近い。
「イリィ……」
呼ばれた名前は、優しく、けれどどこか切実だった。
(本当にね……初めからこれがわかっていれば、もっと違う未来があったのかもしれないのに)
「今も、“査定中”ですから。……お忘れなく」
そう告げると、背中越しに、くすりとした笑い声が聞こえた気がした。
口には出さなくても、肩越しの空気が和らぐのを感じる。
その静かな時間に、東の窓から射し込む光がようやく強くなりはじめる。
(……術痕が残るこの身体が、過去の鍵になるなら)
ならば、この傷も、無駄じゃなかったと信じたい。
そして僕は、そっと目を閉じて、決めた。
カリナのもとへ行こう。
もう一度、あの夜の扉を開くために。
シャツを脱ぎかけた僕は、ふと鏡に目をやる。そして、昨日の夜と同じように、首筋――そこに“それ”があるのを見つけた。
(……やっぱり、ある)
服を着てしまえばわからない首の付け根に近い場所。
不規則な文様が、皮膚に焼きついたように浮かび上がっている。
夜、スケッチ帳に描いたものとまったく同じだ。
(昨日と同じ……なら、これも幻じゃない。……アルバートに、相談するべきなんだろうな……)
誰かに話すべきだという確信は、昨日のうちから芽生えていた。
けれど、“現実”としてこうして目にした今、その思いは揺るがなかった。
「……アルバート様」
呼びかけると、着替えをしていた彼が振り返る。そして――すぐに瞳が大きく見開かれた。
「……その痕、まさか……!」
アルバートの声が、一瞬で室内の空気を緊張させる。
僕は何も言わず、背を見せたまま黙っていた。
彼は歩み寄り、ためらうように僕の首へと手を伸ばす。
「……これは、“術痕”だ。……間違いない。記録にあった、メルグレイドの遺残と形も位置も一致している」
彼の声が、ほんのかすかに震えていた。
「メルグレイド……」
昨夜、記録庫の帰り道に聞いたその言葉が、頭の中で反響する。
僕は、自分の記憶を疑っていた。
けれど――身体は嘘をついていなかった。知らないふりをしていたのは、僕の心だけだったのかもしれない。
「これって……まだ、術が残ってるってことです、よね?」
そう尋ねると、アルバートはそっと指でその痕をなぞった。
その触れ方は、まるで大切なものに触れるようで、逆に胸が苦しくなる。
まだ起こってない“未来”での痕。
「痕跡がある以上、完全には解除されていない可能性が高い。放置すれば、いつか再発する可能性もある。……だけど」
「だけど?」
「君がここにいる。それが何よりの異常であり、奇跡だ。メルグレイドの成功例は記録上ゼロ。君は、何かの力でその術から抜け出した」
僕は口を閉じたまま、振り返らずに問いかける。
「……これを、カリナにも見せていいと思いますか?」
アルバートはすぐには答えなかった。
その沈黙が重い。
「……俺としては、アストリッドを信用できていない」
「カリナは……何かを知っている気がするんです。あの夜、彼もあの場所にいた。なのに、あまりにも情報が欠けてる。術の影響で忘れているのか、それとも……」
「あるいは、知っていても言えないだけか」
僕は頷いた。
「なら、見せたい。問いかけたい。僕が“消されかけた”というのなら、その直前のことを、彼の記憶の中に探したい」
アルバートは息を吐き、僕の背に額を預けた。
その重さが、妙に現実的だった。
「……ならば、絶対に俺も一緒に行く。君ひとりでは行かせない」
その声に、僕は思わず微笑む。
「もう、“遠ざけない”んですね?」
「前のことを言われると、弱いな……そばにいる」
背中から腕が回り、彼の体温がそのまま僕を包んでいく。
そのぬくもりに、昨日までの不安がほんの少し溶けていった。
そして、ぽつりと呟いた。
「……僕、アルバート様とは結婚する気、なかったんです」
その言葉に、アルバートの腕がわずかに強くなる。
背後から伝わる熱が、苦しくなるほど近い。
「イリィ……」
呼ばれた名前は、優しく、けれどどこか切実だった。
(本当にね……初めからこれがわかっていれば、もっと違う未来があったのかもしれないのに)
「今も、“査定中”ですから。……お忘れなく」
そう告げると、背中越しに、くすりとした笑い声が聞こえた気がした。
口には出さなくても、肩越しの空気が和らぐのを感じる。
その静かな時間に、東の窓から射し込む光がようやく強くなりはじめる。
(……術痕が残るこの身体が、過去の鍵になるなら)
ならば、この傷も、無駄じゃなかったと信じたい。
そして僕は、そっと目を閉じて、決めた。
カリナのもとへ行こう。
もう一度、あの夜の扉を開くために。
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