33 / 64
9-4
しおりを挟む
「お妃様、ご準備を」
部屋の外から、侍女の静かな声が響く。
エリアスは無意識に眉をひそめた。
(……お妃様、ね)
そう呼ばれるのは、これで何度目だろうか。
王弟妃。つまり、レオナードの正式な伴侶。
指輪がはめられた時点で、それを否定することはできない。
だが、それでも、こうして直接 "妃" として扱われるたびに、強く違和感を覚える。
それは日を数えるごとに増していく。
(俺はレオ様の側近だったはずだ。今も、そうであるはずなのに……)
そう思いながら、手元の指輪を見つめる。
この指輪がある限り、自分が 「レオナードのもの」 であることに抗うことはできない。
嬉しさもある。けれど──。
「皆、私をお妃様と呼ぶけれど……早くないですかね?」
思わず苦笑いでそう返すと、侍女は驚いたように目を瞬かせた後、にこりと微笑んだ。
「ですが、正式に王弟妃となられた以上、このお呼び方がふさわしいかと」
「――いえ、だって内々でしょう?」
「お妃様の婚姻は正式に公布されておりますよ?」
一瞬、思考が止まる。
(今……何て言った?)
「正式に公布……?」
「あら、ご存じなかったのですか?」
侍女はまるで「なぜそんなことを?」とでも言いたげな表情で首をかしげる。
エリアスは、その場で愕然とした。
「……」
エリアスの指が、指輪の上でぴくりと動いた。
公布。
つまり、王宮内だけの事実ではなく、国中に正式なものとして伝えられたということだ。
(……俺は、もう "王弟妃" であることを覆せない)
確かに、指輪を受け入れた時点で、自分の立場は変わっていた。
だが、心のどこかでまだ 「知られなければ、なんとかなるかもしれない」 と思っていたのも事実だ。
それが――もう覆らない。
「お妃様?」
「私はまだ、文官としての仕事を放棄していません……王弟妃として扱うなら、まず"文官としての私" を終わらせてからでは……」
それを言ってしまった瞬間、後悔もした。
侍女に言っても仕方ない。八つ当たりのようなものだ。
けれど、言わずにはいられなかった。
だが、侍女は困惑した顔をしながらも、答えた。
「……ですが、すでに文官としての辞令も出ています」
「――――」
その言葉に、エリアスの背筋が凍りついた。
(……は?)
「馬鹿な……俺は、知らない……」
アカデミーで努力を重ね、試験を受け、文官としての職に就いた。
エリアスが今の立場にいるのは親のコネではない。
本来なら、今頃は執務室で報告書の整理をしている時間だ。
それが、どうして――こんな、"妃" などと呼ばれる立場に。
「……ふざけるな」
思わずそう呟いた時――
「誰がふざけているというのだ?」
低く静かな声が響いた。
扉の向こうには、いつの間にか レオナードが立っていた。
レオナードが手を払うと、侍女たちはすぐに頭を下げ、足早に部屋を出ていく。
エリアスは、レオナードを睨むように見上げた。
「……レオ様、これは――」
「お前はすでに私の妃だ。それが公になった以上、文官である必要はない」
レオナードは淡々とした口調で言う。
それがエリアスは無性に腹が立たしかった。
「俺は文官です。努力を重ねてここまで来た。それを――"お前は妃だから" などという理由で捨てさせられるのは、到底納得できません……!俺は、俺の仕事に誇りを持っています。何の相談もなく、それを奪われるなど――」
「奪ってなどいない」
レオナードの言葉が、エリアスの言葉を遮った。
「お前は '王弟妃' だ。それが何よりも優先される」
「……っ」
まるで "当然のこと" であるかのように言い放つ。
エリアスは息を詰まらせ、レオナードを睨みつけた。
「……それは、俺の人生を否定することと同じです」
「そうか?お前はもう、お前の役目を持っている」
「それは、俺の意思じゃ――」
「ならば、お前の意思とは何だ?」
レオナードは少しだけ首をかしげ、静かに目を細める。
「私の伴侶であることは、お前の意思ではないと?必要ないことか?」
金の瞳が、鋭く射抜くようにエリアスを見据える。
「……っ」
レオナードのことは、好きだ。
それはもう、愛だと指摘されればそうだろう。
それは否定できない。
だが、それとこれとは話が違う。
「……自分の人生を全部渡せるわけじゃないんですよ」
そう言った瞬間、レオナードの表情がわずかに動いた。
「そうか」
淡々とした声の裏に、抑え込んだ何かが滲む。
「お前が何を言おうと、もう変わらない」
そう言いながら、彼はゆっくりとエリアスの手を取る。
そして、指輪の上から、軽く唇を落とした。
「……これはもう、お前のすべてだ」
囁くように言ったレオナードの手の温度は、どこか冷たく感じた。
(俺は……もう、あの場所に戻れないのか?)
思い出すのはレオナードの側近として過ごした日々だ。
カーティスが言うような未来は避けられたのかもしれない。
自分が恐怖していた捨てられる日はなくなったのかもしれない。
だが、これは──違う。
まるで、日々の全てを否定されたかのようだった。
「レオナード殿下なんて、嫌いです……」
こみ上げた思いは涙となってエリアスの瞳から落ちた。
///////////////////////////////
次の更新→2/8 PM0:30頃
⭐︎感想いただけると嬉しいです⭐︎
///////////////////////////////
部屋の外から、侍女の静かな声が響く。
エリアスは無意識に眉をひそめた。
(……お妃様、ね)
そう呼ばれるのは、これで何度目だろうか。
王弟妃。つまり、レオナードの正式な伴侶。
指輪がはめられた時点で、それを否定することはできない。
だが、それでも、こうして直接 "妃" として扱われるたびに、強く違和感を覚える。
それは日を数えるごとに増していく。
(俺はレオ様の側近だったはずだ。今も、そうであるはずなのに……)
そう思いながら、手元の指輪を見つめる。
この指輪がある限り、自分が 「レオナードのもの」 であることに抗うことはできない。
嬉しさもある。けれど──。
「皆、私をお妃様と呼ぶけれど……早くないですかね?」
思わず苦笑いでそう返すと、侍女は驚いたように目を瞬かせた後、にこりと微笑んだ。
「ですが、正式に王弟妃となられた以上、このお呼び方がふさわしいかと」
「――いえ、だって内々でしょう?」
「お妃様の婚姻は正式に公布されておりますよ?」
一瞬、思考が止まる。
(今……何て言った?)
「正式に公布……?」
「あら、ご存じなかったのですか?」
侍女はまるで「なぜそんなことを?」とでも言いたげな表情で首をかしげる。
エリアスは、その場で愕然とした。
「……」
エリアスの指が、指輪の上でぴくりと動いた。
公布。
つまり、王宮内だけの事実ではなく、国中に正式なものとして伝えられたということだ。
(……俺は、もう "王弟妃" であることを覆せない)
確かに、指輪を受け入れた時点で、自分の立場は変わっていた。
だが、心のどこかでまだ 「知られなければ、なんとかなるかもしれない」 と思っていたのも事実だ。
それが――もう覆らない。
「お妃様?」
「私はまだ、文官としての仕事を放棄していません……王弟妃として扱うなら、まず"文官としての私" を終わらせてからでは……」
それを言ってしまった瞬間、後悔もした。
侍女に言っても仕方ない。八つ当たりのようなものだ。
けれど、言わずにはいられなかった。
だが、侍女は困惑した顔をしながらも、答えた。
「……ですが、すでに文官としての辞令も出ています」
「――――」
その言葉に、エリアスの背筋が凍りついた。
(……は?)
「馬鹿な……俺は、知らない……」
アカデミーで努力を重ね、試験を受け、文官としての職に就いた。
エリアスが今の立場にいるのは親のコネではない。
本来なら、今頃は執務室で報告書の整理をしている時間だ。
それが、どうして――こんな、"妃" などと呼ばれる立場に。
「……ふざけるな」
思わずそう呟いた時――
「誰がふざけているというのだ?」
低く静かな声が響いた。
扉の向こうには、いつの間にか レオナードが立っていた。
レオナードが手を払うと、侍女たちはすぐに頭を下げ、足早に部屋を出ていく。
エリアスは、レオナードを睨むように見上げた。
「……レオ様、これは――」
「お前はすでに私の妃だ。それが公になった以上、文官である必要はない」
レオナードは淡々とした口調で言う。
それがエリアスは無性に腹が立たしかった。
「俺は文官です。努力を重ねてここまで来た。それを――"お前は妃だから" などという理由で捨てさせられるのは、到底納得できません……!俺は、俺の仕事に誇りを持っています。何の相談もなく、それを奪われるなど――」
「奪ってなどいない」
レオナードの言葉が、エリアスの言葉を遮った。
「お前は '王弟妃' だ。それが何よりも優先される」
「……っ」
まるで "当然のこと" であるかのように言い放つ。
エリアスは息を詰まらせ、レオナードを睨みつけた。
「……それは、俺の人生を否定することと同じです」
「そうか?お前はもう、お前の役目を持っている」
「それは、俺の意思じゃ――」
「ならば、お前の意思とは何だ?」
レオナードは少しだけ首をかしげ、静かに目を細める。
「私の伴侶であることは、お前の意思ではないと?必要ないことか?」
金の瞳が、鋭く射抜くようにエリアスを見据える。
「……っ」
レオナードのことは、好きだ。
それはもう、愛だと指摘されればそうだろう。
それは否定できない。
だが、それとこれとは話が違う。
「……自分の人生を全部渡せるわけじゃないんですよ」
そう言った瞬間、レオナードの表情がわずかに動いた。
「そうか」
淡々とした声の裏に、抑え込んだ何かが滲む。
「お前が何を言おうと、もう変わらない」
そう言いながら、彼はゆっくりとエリアスの手を取る。
そして、指輪の上から、軽く唇を落とした。
「……これはもう、お前のすべてだ」
囁くように言ったレオナードの手の温度は、どこか冷たく感じた。
(俺は……もう、あの場所に戻れないのか?)
思い出すのはレオナードの側近として過ごした日々だ。
カーティスが言うような未来は避けられたのかもしれない。
自分が恐怖していた捨てられる日はなくなったのかもしれない。
だが、これは──違う。
まるで、日々の全てを否定されたかのようだった。
「レオナード殿下なんて、嫌いです……」
こみ上げた思いは涙となってエリアスの瞳から落ちた。
///////////////////////////////
次の更新→2/8 PM0:30頃
⭐︎感想いただけると嬉しいです⭐︎
///////////////////////////////
1,458
あなたにおすすめの小説
私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。
小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。
「マリアが熱を出したらしい」
駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。
「また裏切られた……」
いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。
「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」
離婚する気持ちが固まっていく。
転生したら同性の婚約者に毛嫌いされていた俺の話
鳴海
BL
前世を思い出した俺には、驚くことに同性の婚約者がいた。
この世界では同性同士での恋愛や結婚は普通に認められていて、なんと出産だってできるという。
俺は婚約者に毛嫌いされているけれど、それは前世を思い出す前の俺の性格が最悪だったからだ。
我儘で傲慢な俺は、学園でも嫌われ者。
そんな主人公が前世を思い出したことで自分の行動を反省し、行動を改め、友達を作り、婚約者とも仲直りして愛されて幸せになるまでの話。
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください
シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。
国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。
溺愛する女性がいるとの噂も!
それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。
それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから!
そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー
最後まで書きあがっていますので、随時更新します。
表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
夫から『お前を愛することはない』と言われたので、お返しついでに彼のお友達をお招きした結果。
古森真朝
ファンタジー
「クラリッサ・ベル・グレイヴィア伯爵令嬢、あらかじめ言っておく。
俺がお前を愛することは、この先決してない。期待など一切するな!」
新婚初日、花嫁に真っ向から言い放った新郎アドルフ。それに対して、クラリッサが返したのは――
※ぬるいですがホラー要素があります。苦手な方はご注意ください。
愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました
由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。
尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。
けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。
そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。
再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。
一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。
“尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。
静かに離婚しただけなのに、
なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。
【本編完結】処刑台の元婚約者は無実でした~聖女に騙された元王太子が幸せになるまで~
TOY
BL
【本編完結・後日譚更新中】
公開処刑のその日、王太子メルドは元婚約者で“稀代の悪女”とされたレイチェルの最期を見届けようとしていた。
しかし「最後のお別れの挨拶」で現婚約者候補の“聖女”アリアの裏の顔を、偶然にも暴いてしまい……!?
王位継承権、婚約、信頼、すべてを失った王子のもとに残ったのは、幼馴染であり護衛騎士のケイ。
これは、聖女に騙され全てを失った王子と、その護衛騎士のちょっとズレた恋の物語。
※別で投稿している作品、
『物語によくいる「ざまぁされる王子」に転生したら』の全年齢版です。
設定と後半の展開が少し変わっています。
※後日譚を追加しました。
後日譚① レイチェル視点→メルド視点
後日譚② 王弟→王→ケイ視点
後日譚③ メルド視点
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる