捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?

めがねあざらし

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第22話:静かなる火種  

 重厚な扉が、内側から静かに閉ざされた。
 その音はまるで、世界と切り離された密室の呼吸を確かにしたようで、執務室の空気が一瞬、微かに張り詰める。赤く染まった夕陽がカーテン越しに差し込み、棚の影が床に長く尾を引いていた。

 ライは扉の前で立ち止まり、そのまま足を動かさずにいた。黙ったまま視線だけを正面へ向ける。

 ──執務机の奥、書類に目を落としていた男。
 影のような存在でありながら、国の芯を握る男。
 ――ガルハルト。

 しばし沈黙ののち、ライは低く問うた。

「……どういうおつもりですか」

 声音には怒気はなかった。
 だが、抑え込まれた疑念と、職務上の矜持が、内側で静かに火を灯していた。

 ガルハルトは手元のペンを置き、ゆっくりと顔を上げる。穏やかな声で問い返した。

「何がだ?」

 あくまで淡々とした口調だった。だがその低音には、意図的な無表情さが滲む。

 ライの眉がわずかに寄る。

「リオン……様に、あの部屋を与えるとは。あなたが、あの部屋の意味をご存じでないとは思いません」

 やや語気を強めると同時に、踏み込むように一歩進む。
 ガルハルトは目を細め、視線を机上から外すことなく、小さく息を吐いた。

「他意はない。――ただ、ああしておけば牽制になる」
「牽制、ですか」
「いずれ、宮廷内外で動きは出る。彼の存在を軽んじる者も、狙いを定めてくる者も。そうした連中に対し、あれは一つの“答え”になる」

 淡々とした語りのなかに、かすかな苛立ちすら感じられる。

「俺の手の届く場所に置いた方が良い。それだけだ。あの部屋は執務室にも近いし、移動も少なくて済む。警備面でも有利になる」

 指先でペンを転がしながらそう言った彼の瞳は、今、目の前のライではなく、より遠くにある“未来”を見ていた。

 ライは黙ってそれを受け止め、やがて一歩引いた。

「……あなたが“牽制”などと口にされるとは」
「俺は常に戦っている、ライ。剣を抜かずともな」

 ぴたりと語気が収まり、空気にひとつの節目が生まれる。

「それに──あの子はもう戻れないところまで来ている。俺が連れてきた。ならば、俺が責任を取る。それだけの話だ」

 その最後のひとことだけは、他とは異なる重さがあった。
 まるで自分自身に言い聞かせるような声音。

 ライは、それ以上の追及を口にすることなく、息を吐いた。

 長く共にあるが、ガルハルトが一人の人間にここまで関心を持ったのは、記憶にない。少なくともライの知る限りでは初めてだ。
 ──それがどう転がるかは、まだ分からない。

 ポケットから書類束を取り出し、机の上へ置いた。

「……ラグナスにて、魔物の出現が報告されました。森の外縁にて二体。先遣の兵が確認し、討伐済みです」

 ガルハルトの表情がほんの僅かに動く。眼差しがわずかに鋭さを帯びた。

「そちらでも、か」
「反対に、こちら側での出現率は減少傾向にあります。今まで、被害の中心は我が国でした。あちらはむしろ、対岸の火事として扱っていた節もある。それが、今……明確に境界を越えた」
「……なるほど」

 ガルハルトは書類にざっと目を通しながら、独りごちるように呟いた。

「いずれ、王都でも動きがあるだろう。個としての対応ではもう限界が来ている。ラグナスが気づく前に、何らかの手を打つ必要がある」
「──だからこそ、“手の内に置く”と」
「そういうことだ」

 ゆるやかに立ち上がると、ガルハルトは窓の外へ視線を投げた。
 西の空が、茜の色から藍へと移ろいはじめている。
 遠く、塔の尖塔が影のように浮かび上がり、夜の入り口がすぐそこにあった。

 その背に、静かに言葉が落ちる。

「──それが、あの子のためになると信じている」

 確信でもなく、覚悟でもなく。
 あくまで“信じている”という言い方だった。

 ライは、無言で深く頭を下げた。
 だが、その背中には、静かな葛藤が滲んでいた。
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