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第48話:囚われの香
目が覚めた瞬間、吐き気がこみあげた。
身体が重い。喉が渇いて、思考がもつれる。
(……ここ……僕は、いったい……)
ぼんやりとした視界の中、見覚えのある苦い香りが鼻を刺す。
これは、あのとき――マリエル姫の手の者に攫われたときに使われた、あの薬だ。
けれど、今回の方が明らかに濃く、深く、強い。
(……前みたいな冗談で済むものじゃ、ない……)
指先に力を入れようとするが、手首が何かに縛られていた。
柔らかい布地のようだが、びくともしない。細く丁寧に巻かれている。
ベッドの上のようだ。
乱暴さがない分、余計に、背筋が冷えた。
視界の端で、扉が開く音がした。
ゆっくりとした足音。
そして、聞き慣れた、けれど今は何よりも聞きたくなかった声が響いた。
「やあ、弟よ。……いや、私のリオン」
その言葉に、凍りついた。
「……兄上……」
兄が──クラウスがそこにいた。
変わらず整った顔。微笑を浮かべてこちらを見る、その瞳に、微かな狂気が宿っている。
「久しぶりだね。こうしてふたりきりになるのは、あの夜以来か」
僕の心臓が、一拍、強く鳴る。
「あの夜……?」
「覚えていないか。あのときの夜――もう少しだったんだ。あと一歩で、お前を私のものにできた」
その言葉の意味を、理解した瞬間、全身に悪寒が走った。
本来ならば僕とディアスの婚約発表だった夜。惨めな、あの夜。
(あと一歩でって……あの時僕は、街道で……)
そこで、あ、と気付く。
あの夜、あの街道で──。
「まさか、あの暴漢……あなたが……?」
「……計画通りだった。あの夜、お前は私の別邸に運ばれて……私だけのものになるはずだった」
微笑むその顔は、どこか陶酔していた。
「なのに、逃げられてしまった。あの醜い獣人のせいで……」
クラウスは一歩、ベッドに近づく。
僕は反射的に身体を逸らすが、手足は思うように動かない。
「……何を、する気ですか……」
「なにって。お前に、教えなければならないだろう? “本来の居場所”を」
そっと手を伸ばしてきたクラウスの指が、僕の頬に触れる。
ぬるりとした感触だった。
優しくなぞられるはずのそれが、皮膚の下にまで染み込んでくるようで――ぞっとするほど、冷たい。
僕は、身を捩った。
「触らないでください……!」
「まだそんなことを言うのか」
クラウスはふうと小さくため息をついた。
「リオン。私はずっと、お前を見ていた。お前の魔力の質も、容姿も、気質も、……すべて、完璧だった。母や妹が見抜けなかったのは、愚かとしか言いようがない」
その声音には、誇らしさと憎しみが混ざっていた。
「お前の中にあるのは、癒しではない。“浄化”という、清らかで、誰もが羨む力。それを私の血で継がせることができれば……どれほど素晴らしい未来になるか、わかるか?ディアスなどには勿体無い」
「……っ、やめろ……!」
言葉を吐くたびに喉が焼ける。
息が苦しい。
薬が、じわじわと身体の芯まで蝕んでいくのがわかった。
「震えているね。……可愛いな。こんな声を聞くのは、何年ぶりだろう」
クラウスは、呟くように言うと、ベッドの縁に腰を下ろし、そっと僕の髪に手を伸ばす。
その手を、僕は渾身の力で振り払った。
「……僕は……あなたのものじゃない……っ!」
声が震えて、涙が滲んだ。
それでも、視線だけは逸らさなかった。
その一瞬、クラウスの目がほんのわずかに揺らいだ気がした。
けれど、すぐに嘲るような笑みを浮かべて言った。
「……まあ、いい。どうせ、お前は私のものになる。身体が覚えれば、心はあとからついてくるさ」
その言葉は、乾いた毒のようだった。
にこやかに笑う兄の顔が、もう“人間”に見えなかった。
(……誰か……)
そう思った僕の中に浮かんだのは殿下の顔だった。
僕が、好きな人。
(そうだ、僕は……戻るんだ。殿下の元に……)
あの金色の瞳にもう一度見つめられるために。
身体が重い。喉が渇いて、思考がもつれる。
(……ここ……僕は、いったい……)
ぼんやりとした視界の中、見覚えのある苦い香りが鼻を刺す。
これは、あのとき――マリエル姫の手の者に攫われたときに使われた、あの薬だ。
けれど、今回の方が明らかに濃く、深く、強い。
(……前みたいな冗談で済むものじゃ、ない……)
指先に力を入れようとするが、手首が何かに縛られていた。
柔らかい布地のようだが、びくともしない。細く丁寧に巻かれている。
ベッドの上のようだ。
乱暴さがない分、余計に、背筋が冷えた。
視界の端で、扉が開く音がした。
ゆっくりとした足音。
そして、聞き慣れた、けれど今は何よりも聞きたくなかった声が響いた。
「やあ、弟よ。……いや、私のリオン」
その言葉に、凍りついた。
「……兄上……」
兄が──クラウスがそこにいた。
変わらず整った顔。微笑を浮かべてこちらを見る、その瞳に、微かな狂気が宿っている。
「久しぶりだね。こうしてふたりきりになるのは、あの夜以来か」
僕の心臓が、一拍、強く鳴る。
「あの夜……?」
「覚えていないか。あのときの夜――もう少しだったんだ。あと一歩で、お前を私のものにできた」
その言葉の意味を、理解した瞬間、全身に悪寒が走った。
本来ならば僕とディアスの婚約発表だった夜。惨めな、あの夜。
(あと一歩でって……あの時僕は、街道で……)
そこで、あ、と気付く。
あの夜、あの街道で──。
「まさか、あの暴漢……あなたが……?」
「……計画通りだった。あの夜、お前は私の別邸に運ばれて……私だけのものになるはずだった」
微笑むその顔は、どこか陶酔していた。
「なのに、逃げられてしまった。あの醜い獣人のせいで……」
クラウスは一歩、ベッドに近づく。
僕は反射的に身体を逸らすが、手足は思うように動かない。
「……何を、する気ですか……」
「なにって。お前に、教えなければならないだろう? “本来の居場所”を」
そっと手を伸ばしてきたクラウスの指が、僕の頬に触れる。
ぬるりとした感触だった。
優しくなぞられるはずのそれが、皮膚の下にまで染み込んでくるようで――ぞっとするほど、冷たい。
僕は、身を捩った。
「触らないでください……!」
「まだそんなことを言うのか」
クラウスはふうと小さくため息をついた。
「リオン。私はずっと、お前を見ていた。お前の魔力の質も、容姿も、気質も、……すべて、完璧だった。母や妹が見抜けなかったのは、愚かとしか言いようがない」
その声音には、誇らしさと憎しみが混ざっていた。
「お前の中にあるのは、癒しではない。“浄化”という、清らかで、誰もが羨む力。それを私の血で継がせることができれば……どれほど素晴らしい未来になるか、わかるか?ディアスなどには勿体無い」
「……っ、やめろ……!」
言葉を吐くたびに喉が焼ける。
息が苦しい。
薬が、じわじわと身体の芯まで蝕んでいくのがわかった。
「震えているね。……可愛いな。こんな声を聞くのは、何年ぶりだろう」
クラウスは、呟くように言うと、ベッドの縁に腰を下ろし、そっと僕の髪に手を伸ばす。
その手を、僕は渾身の力で振り払った。
「……僕は……あなたのものじゃない……っ!」
声が震えて、涙が滲んだ。
それでも、視線だけは逸らさなかった。
その一瞬、クラウスの目がほんのわずかに揺らいだ気がした。
けれど、すぐに嘲るような笑みを浮かべて言った。
「……まあ、いい。どうせ、お前は私のものになる。身体が覚えれば、心はあとからついてくるさ」
その言葉は、乾いた毒のようだった。
にこやかに笑う兄の顔が、もう“人間”に見えなかった。
(……誰か……)
そう思った僕の中に浮かんだのは殿下の顔だった。
僕が、好きな人。
(そうだ、僕は……戻るんだ。殿下の元に……)
あの金色の瞳にもう一度見つめられるために。
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