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最終話:君の声が、君であるように
数年が経った。
ラグナスとザイファルは、あの騒乱がまるでなかったかのように、今は穏やかに繋がっている。
かつてそうであったように──文化と技術が再び交わり、人の営みが国を超えて広がっていく。
市場には異国の香りが混ざり、祭りの太鼓と子どもたちの笑い声が、街の空に弾んでいた。
人は、変われる。
少なくとも、そう信じられるだけの時間が流れた。
ザイファルの王都ルーンヘルツでは、ガルハルト殿下が次代国王として即位を控え、忙しない日々を送っていた。
即位式と、そして──僕たちの結婚式が、間もなく行われる。
けれど僕は今、その王都にはいない。
「この文様は、“静穏”を意味します。術陣の重なりにあるこの“詠符”と呼ばれる部分が、祈りを定着させる役割を担うんです」
教え子たちが、真剣な顔で筆を走らせている。
まだ幼い子たちも、見よう見まねで陣の縁をなぞっていた。
風の通る礼拝堂のような建物で、僕は旅の途中、各地に残る魔力の敏感な子どもたちへ祈りの術を教えている。
それは、かつて僕が得た“声”の記憶を、誰かの未来へ繋ぐためのもの。
「リオン先生、これで合ってる?」
「うん、よくできたね。最後にちゃんと“祈る理由”を思い浮かべながら唱えてみようか」
祈りに必要なのは、魔力でも才能でもなく、“誰かのために”と願う想い。
それはラヴィスが遺した真理であり、僕がようやく受け取れた“遺志”だった。
その声を、継いでいく。
それが、僕の役目だと思っていた。
けれど──
「やっぱり、ガルハルト殿下がいないと、少しさみしい……ですね」
ぽつりと漏らすと、メリルが椅子の影から顔を出した。
「また“殿下”って言ってる!もうすぐ結婚するのに!」
「……うっ……」
あまりに鋭い突っ込みに、子どもたちがクスクスと笑った。
「じゃあ、“ガルハルト”で!」
「……それはそれで、緊張するね……て言うか、君たちは王宮に上がる可能性もあるのだから、ちゃんと礼儀も覚えないとだよ?」
顔を覆いたくなる気持ちを必死で堪えながら、僕は小さく笑った。
呼び慣れない名が、こんなにも近くて、胸の奥がくすぐったくなるなんて思わなかった。
その瞬間、窓の外から見慣れた風の気配が、静かに舞い込んできた。
「……あ」
振り返ると、旅装のままのガルハルト殿下が立っていた。
一瞬にして教室がざわめきに包まれる。
「おお!本物だ!」
「かっこいい……!」
「殿下、お忙しいんじゃ……」
「そうでもない。明日の即位式まではまだ少し時間がある。……そろそろ連れて帰りに来た」
殿下はそう言って、真っ直ぐこちらに歩いてくる。
「……それって、」
「俺の伴侶が、俺を忘れて教鞭を振るっているんだ。迎えに来るのは当然だろう?」
一瞬、心臓が止まりそうになった。
でも、嬉しくて、どうしようもなくて、目を逸らすこともできなかった。
彼がそっと手を差し出す。
「帰ろう、リオン」
どこまでも、優しく、真っ直ぐな声だった。
僕はその手を取って、小さく、でも確かに頷いた。
「……はい、ガルハルト」
――この声が、僕であるように。
僕は、今日も、誰かを想って、生きていく。
※
その学園は遠く離れた二つの国の境界にあった。
以前は捨てられた街道と呼ばれていたグレイア街道も今は賑わっている。
学園では、魔力を持つ子どもたちが教え合い、笑い合いながら、小さな手で未来を紡いでいた。
ザイファルの血を引く少女が、ひとりのラグナスの少年に問いかける。
「……ねえ、“声”って、どこから来るの?」
その問いに、少年は少し考えてから、こう答えた。
「きっとね、“好き”って気持ちから、生まれるんだと思う」
それを聞いた少女は、少し照れた顔で笑った。
月明かりが落ちるその場所で、新しい声が、確かに育まれていた。
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ここまでお付き合いいただきありがとうございました!
このお話はここで完結となります。
もう1話だけ、明日の21:30に更新します。
よろしくお願いします!
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ラグナスとザイファルは、あの騒乱がまるでなかったかのように、今は穏やかに繋がっている。
かつてそうであったように──文化と技術が再び交わり、人の営みが国を超えて広がっていく。
市場には異国の香りが混ざり、祭りの太鼓と子どもたちの笑い声が、街の空に弾んでいた。
人は、変われる。
少なくとも、そう信じられるだけの時間が流れた。
ザイファルの王都ルーンヘルツでは、ガルハルト殿下が次代国王として即位を控え、忙しない日々を送っていた。
即位式と、そして──僕たちの結婚式が、間もなく行われる。
けれど僕は今、その王都にはいない。
「この文様は、“静穏”を意味します。術陣の重なりにあるこの“詠符”と呼ばれる部分が、祈りを定着させる役割を担うんです」
教え子たちが、真剣な顔で筆を走らせている。
まだ幼い子たちも、見よう見まねで陣の縁をなぞっていた。
風の通る礼拝堂のような建物で、僕は旅の途中、各地に残る魔力の敏感な子どもたちへ祈りの術を教えている。
それは、かつて僕が得た“声”の記憶を、誰かの未来へ繋ぐためのもの。
「リオン先生、これで合ってる?」
「うん、よくできたね。最後にちゃんと“祈る理由”を思い浮かべながら唱えてみようか」
祈りに必要なのは、魔力でも才能でもなく、“誰かのために”と願う想い。
それはラヴィスが遺した真理であり、僕がようやく受け取れた“遺志”だった。
その声を、継いでいく。
それが、僕の役目だと思っていた。
けれど──
「やっぱり、ガルハルト殿下がいないと、少しさみしい……ですね」
ぽつりと漏らすと、メリルが椅子の影から顔を出した。
「また“殿下”って言ってる!もうすぐ結婚するのに!」
「……うっ……」
あまりに鋭い突っ込みに、子どもたちがクスクスと笑った。
「じゃあ、“ガルハルト”で!」
「……それはそれで、緊張するね……て言うか、君たちは王宮に上がる可能性もあるのだから、ちゃんと礼儀も覚えないとだよ?」
顔を覆いたくなる気持ちを必死で堪えながら、僕は小さく笑った。
呼び慣れない名が、こんなにも近くて、胸の奥がくすぐったくなるなんて思わなかった。
その瞬間、窓の外から見慣れた風の気配が、静かに舞い込んできた。
「……あ」
振り返ると、旅装のままのガルハルト殿下が立っていた。
一瞬にして教室がざわめきに包まれる。
「おお!本物だ!」
「かっこいい……!」
「殿下、お忙しいんじゃ……」
「そうでもない。明日の即位式まではまだ少し時間がある。……そろそろ連れて帰りに来た」
殿下はそう言って、真っ直ぐこちらに歩いてくる。
「……それって、」
「俺の伴侶が、俺を忘れて教鞭を振るっているんだ。迎えに来るのは当然だろう?」
一瞬、心臓が止まりそうになった。
でも、嬉しくて、どうしようもなくて、目を逸らすこともできなかった。
彼がそっと手を差し出す。
「帰ろう、リオン」
どこまでも、優しく、真っ直ぐな声だった。
僕はその手を取って、小さく、でも確かに頷いた。
「……はい、ガルハルト」
――この声が、僕であるように。
僕は、今日も、誰かを想って、生きていく。
※
その学園は遠く離れた二つの国の境界にあった。
以前は捨てられた街道と呼ばれていたグレイア街道も今は賑わっている。
学園では、魔力を持つ子どもたちが教え合い、笑い合いながら、小さな手で未来を紡いでいた。
ザイファルの血を引く少女が、ひとりのラグナスの少年に問いかける。
「……ねえ、“声”って、どこから来るの?」
その問いに、少年は少し考えてから、こう答えた。
「きっとね、“好き”って気持ちから、生まれるんだと思う」
それを聞いた少女は、少し照れた顔で笑った。
月明かりが落ちるその場所で、新しい声が、確かに育まれていた。
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ここまでお付き合いいただきありがとうございました!
このお話はここで完結となります。
もう1話だけ、明日の21:30に更新します。
よろしくお願いします!
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