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【第四章「吉原の死闘」】
三十六 山奥で蠢く者たち
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「英之進殿。いよいよでござるな」
あれから武蔵国西部の山奥にある猟師小屋に移動して準備を整えていた英之進と伊蔵たちであったが――いよいよ吉原襲撃を実行日がきた。
「……うむ。我らの手で不浄の地は清めねばならぬな」
村正を佩いた英之進は静かに頷いた。
「左様でござる。吉原といえば不浄の中の不浄。この汚れきった地を拙者たちの手で燃やし尽くし、手当たり次第に遊女を斬り殺すでござるよ」
伊蔵の左手には黒い玉が握られている。
煙玉に似ているが、これは建物や地面に当たって砕けると火を噴くという代物だ。
(どういうカラクリか知らぬが、たいしたものだ)
廃村近くの山で試しに炸裂させてみたが、驚くほど一気に燃えあがった。
「兄者、こちらの毒煙玉はいつ使うでござるか」
「それは敵と対峙したときに使うでござるよ。おそらく警護の者も詰めているでござる。……英之進殿、ひとついかがでござるか?」
「うむ。いただいておこう」
英之進は伊蔵から毒煙玉を受けとった。
以前、自分で作った煙玉もあわせてふたつになる。
(おそらく、あの剣客は拙者の邪魔をするだろう)
普通に考えれば吉原にいるとは限らないが、なぜかまたあの男と戦う予感がしていた。
それが運命だと思えたのだ。
理屈ではない。剣客としての直感だ。
(必ず決着をつけてくれる。この村正がある限り拙者は負けぬ)
山に籠ってから、英之進は剣術の基本に立ち戻って素振りを繰り返した。
己の心の深淵と向かいあっているうちに、どこまでも闇の剣は研ぎ澄まされていった。
そして、この山村には呂蔵と波蔵が集めていた浪人もいた。
いずれも食いつめて罪を犯し、江戸追放をくらった者たちだ。
(拙者からすれば剣は未熟であるが……江戸への怨念は目を見張るものがある)
矜持を傷つけられ窮乏した浪人は、手負いの獅子だ。
彼らも失うものがない。そして、心には江戸への恨みだけがある。
(……拙者も、この浪人どもと変わらぬ。この世に未練などない。拙者の命をこの戦いで燃やし尽くす。そして、あの男を討ち果たすのだ)
宿命の相手であると思えた。
これまで道場で多くの者と戦ってきたが、実際に刀をかわした相手は格別だ。
(拙者の人生、宿敵と呼べるほどの男と出会えたことは僥倖であったな)
きっかけは夜鷹殺しというくだらぬことであったが、ひょんなことから好敵手が現れた。
おかげで、今はこれまでにない充実感を覚えている。
こんな気持ちは生涯で初めてのことだった。
(くくく……楽しみであるな。ここまで心が沸き立つのは初めてだ。拙者をとめられるものなら、とめてみろ!)
英之進は闇の中に身を潜めながら、口元を醜く歪ませた。
あれから武蔵国西部の山奥にある猟師小屋に移動して準備を整えていた英之進と伊蔵たちであったが――いよいよ吉原襲撃を実行日がきた。
「……うむ。我らの手で不浄の地は清めねばならぬな」
村正を佩いた英之進は静かに頷いた。
「左様でござる。吉原といえば不浄の中の不浄。この汚れきった地を拙者たちの手で燃やし尽くし、手当たり次第に遊女を斬り殺すでござるよ」
伊蔵の左手には黒い玉が握られている。
煙玉に似ているが、これは建物や地面に当たって砕けると火を噴くという代物だ。
(どういうカラクリか知らぬが、たいしたものだ)
廃村近くの山で試しに炸裂させてみたが、驚くほど一気に燃えあがった。
「兄者、こちらの毒煙玉はいつ使うでござるか」
「それは敵と対峙したときに使うでござるよ。おそらく警護の者も詰めているでござる。……英之進殿、ひとついかがでござるか?」
「うむ。いただいておこう」
英之進は伊蔵から毒煙玉を受けとった。
以前、自分で作った煙玉もあわせてふたつになる。
(おそらく、あの剣客は拙者の邪魔をするだろう)
普通に考えれば吉原にいるとは限らないが、なぜかまたあの男と戦う予感がしていた。
それが運命だと思えたのだ。
理屈ではない。剣客としての直感だ。
(必ず決着をつけてくれる。この村正がある限り拙者は負けぬ)
山に籠ってから、英之進は剣術の基本に立ち戻って素振りを繰り返した。
己の心の深淵と向かいあっているうちに、どこまでも闇の剣は研ぎ澄まされていった。
そして、この山村には呂蔵と波蔵が集めていた浪人もいた。
いずれも食いつめて罪を犯し、江戸追放をくらった者たちだ。
(拙者からすれば剣は未熟であるが……江戸への怨念は目を見張るものがある)
矜持を傷つけられ窮乏した浪人は、手負いの獅子だ。
彼らも失うものがない。そして、心には江戸への恨みだけがある。
(……拙者も、この浪人どもと変わらぬ。この世に未練などない。拙者の命をこの戦いで燃やし尽くす。そして、あの男を討ち果たすのだ)
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英之進は闇の中に身を潜めながら、口元を醜く歪ませた。
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