春色人情梅之刀~吉原剣乱録~(しゅんしょくにんじょううめのかたな よしわらけんらんろく)

戯作屋喜兵衛※別名義商業ペンネームあり

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【第四章「吉原の死闘」】

四十一 花魁の剣~備前長船兼光~

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※ ※ ※

 英之進は第二陣の浪人たちとともに南西側の跳ね橋から廓内へ侵入していった。

(大門方面からは波蔵殿と浪人たちが、東側からは伊蔵殿と呂蔵殿が、そして、我らが南西側から攻める!)

 最初は北西の畑に陣取った英之進と呂蔵であるが、呂蔵が火の玉を投げきったところで二手に別れたのだ。
 火事となれば客も遊女も北の大門に向けて逃げるだろうから、南にはあえて浪人を配置しなかった。

(第一陣の浪人たちは戦っているようだが)

 大門方向から怒声が響いている。
 まさか小吉たちに出くわした浪人たちが一方的にやられているとは、英之進は知るよしもない。

「我らは見世に入り、ひとりでも多く遊女を斬殺するのだ!」

 女で身を持ち崩した者の多い浪人たちは無言で従う。

 それぞれ愛憎あるであろう吉原。
 江戸追放をくらった者たちにとって、これほど相応しい死に場所もない。

(もはや江戸は穢土なのだ! 厭離穢土欣求浄土の旗印のもと家康公は天下を統一したが、もはや江戸こそが汚れきった土地になってしまったのだ!)

 英之進と浪人たちは、見世へ入りこんでいく。

(拙者が狙うのは今最も吉原で美しいと名高い志信屋の玉糸!)

 そんな女こそ真っ先に血祭りにあげるべきだと思った。

(まずは玉糸を血祭りにあげ、志信屋の遊女を皆殺しにするのだ!)

 志信屋を標的にしたのが英之進にとって、不幸であった。
 あるいは、そういう星の下に生まれついてしまっているのか。
 見世に入った英之進たちを待っていたのは、武装した遊女たちだった。

「なっ――!?」

 通常なら艶やかな着物や振袖を纏っている遊女たちは一様にくノ一姿。
 夢でも見ているのかと思った。

「やっぱり梅さんの言うとおりでありんした」

 一番奥には絶世の美女。
 おそらく花魁玉糸だろう。

「花魁。ここはわちきたちにお任せなんし」

 その傍らの狐目の若い遊女がクナイをかまえる。新造か。

「金のない貧乏浪人は門前払いでありんすよー!」

 その横には手裏剣をかまえた少女。禿だ。

「……お、おのれ! 虚仮こけにしおって! 皆の者、怯むな! 所詮、女だぞ!」
「俺たちもいまさぁ!」

 奥から妓楼の主人と若い者たちと思われる一団も現れた。
 いずれも赤い忍者装束を纏っている。

「な、なんだここは!? 女郎屋ではないのか!?」

 英之進はさらに混乱した。

 一方的な殺戮をするのために押し入ったのに、武装した忍者に迎えられるとは悪い夢としか思えない。

 浪人たちも呆気にとられて、戦う意思が削がれてるようだ。
 そんなこちらに笑みを浮かべ、花魁が口を開く。

「志信屋の遊女とは世を忍ぶ仮の姿でありんす。わちきたちは江戸の世の平安を守るため陰から幕府を支えておりいす」
「そ、そんなバカな! 出鱈目を申すな! お上が下賤な遊女を召し使うなどと……!」

 江戸の浄化のために身を削ってきた英之進には、到底受け入れがたいことだ。

「人間に上等も下賤もないでありんすよ。たとえ身分があろうとなかろうと家柄がよかろうと金銀を持っていようと……。最後は、自分自身でありんす」

 玉糸はその美貌には似つかわしくない刀を抜き放った。

「なっ!? 備前長船兼光だと!?」

 英之進は驚愕の声をあげる。

「オヤ、わかるでありんすか。ただの浪人ではないようでありんすね」
「その刀はおまえのような遊女が持っていいものではない!」

 激高した英之進は刀を抜き放った。

「アレ、村正でありんすか。これは驚きいした。こうなるとわちき直々に戦わねばならないようでありんすね。……玉川、玉雛、下がりなんし」

 玉糸の瞳が細められ、戦慄ゾッとするほど美しさが増した。

(なぜだ……! なぜ拙者の人生は、いつも遊女に邪魔をされる!)

 頭に血が昇って体が熱くなる。
 戯作で遊女に興味を持ち、実際に遊び、身を持ち崩した。

 復讐して遊女を殺そうと思えば、こうして手向かいされる。
 いつだって、遊女は英之進の思いどおりにならない。

「斬る! 拙者の人生を滅茶苦茶にした遊女はひとり残らず斬り殺す!」
「逆恨みする男ほど愚かなものはないでありんす。綺麗に遊べない男は遊女から最も嫌われるでありんすよ」
「黙れぇ!」

 英之進は玉糸に向かって絶叫しながら、斬りかかった――。

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