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本編
第21話 反響
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ノルディア男爵ルヴィックは、王都の邸宅に二人の客人を迎えていた。
コルトー男爵ノキウスと、トルメニン男爵オルデンだ。
三人とも、王都近辺の領主貴族である。
もっとも、貴族とは名ばかりと言って良い。
穀倉地帯だけに食うに困っているわけではないが、ろくな収入が無い。
どうにか嫡男は宮廷学校に入れてやれたが、それすらも苦しかった。
この邸宅の維持も、本当なら止めたい。
維持に必要な経費もタダではないのだ。
王都では貴族の義務としてある程度の暮らしをしているように見せているが、領地の屋敷にはほとんど使用人がいない。
王都は物価が高いために人件費も高く、王都邸宅の使用人こそ削りたいのが本音なのだが、それはできない。
その分、領地の使用人は最低限だ。
面積の狭い王都邸宅の方が、本拠地である領地の邸宅よりも使用人が多いほどである。
彼らの家は、とうに行き詰まっていた。
これまではどうにかこうにか延命をしてきたに過ぎない。
そして、それも限界が見えていた。
だが、その窮状を打開する案が、先ほど提示された。
内密に、という話だったので、畏れ多くも宰相補佐のアリエス・レーヴェレット殿がこの邸宅を訪れて、話してくださったのである。
冗談のような話だったが、宰相フェリクスの嫡男で、次期宰相の最有力候補と言われるアリエスが、わざわざ吹けば飛ぶような男爵家の邸宅に足を運んでまで持ってきた話だ。
嘘ではないのだろう。
色々考えているところに、訪問の先触れがが来た。
近隣の領主男爵である二人で、学校の同期でもあり、仲は良い方だ。
すぐにピンと来た。
二人のところにもこの話がもたらされ、自分と同じように戸惑っているのだろう。
一も二もなく承諾し、二人を邸宅に招き入れた。
ルヴィックたちのような下位貴族の社交に、ポルトレーンのような店は使わない。
そんな金は無いからだ。
また、どちらがどちらを訪問したから、どちらの方が格上だ、などと肩肘を張るような大した家でも無い。
町や村の平民が、友人の家を訪ねるのと何ら変わりない感覚だ。
テーブルには炒ったナッツを盛った皿と、水代わりの薄いワイン。
男爵同士の集まりなど、こんなものである。
「急にすまないな」
「いや、俺も誰かと話したいと思っていたんだ。
例の件だろ?」
「ああ」
「……宰相は本気だと思うか?」
ノキウスが、声を潜めて囁くように言った。
「本気だろう。
辺境伯もその方向で動いているらしいじゃないか」
「卒業式の事件が腹に据えかねた、だけじゃないんだよな?」
「それだったら、二家でクーデターでも起こして終わりだろ?
こんな大掛かりな話にする必要は無い」
「確かにな。
そっちだったら、陛下に退位していただいて、シャーロット殿下を傀儡として女王に、って話になりそうなもんだ」
「そうそう。
わざわざ俺たちに助け舟を出すような話にはなるまいよ」
「助け舟か。
乗って良いものかな、この舟に」
沈黙。
「俺は、乗りたいと思ってる」
ルヴィックは、呟くように言った。
「正直、このまま王家について行って良いのか、と思ってたんだ。
陛下はまだ良い。
でも、この先はどうなる。
リオン殿下は最悪だった。
俺たちのことなんて、目にも入ってない。
だけど、シャーロット殿下も頼りない。
この後、俺たちの暮らしが良くなるとはとても思えない」
吐き出すような言葉に、ノキウスもオルデンも頷いた。
王家は自分達を見ていない。
彼らの不満の根源は、そこだった。
中部には高位貴族のまとめ役が置かれなかったことが、悪い方向に働いた。
アルフレド王は、王都の近辺に高位貴族を置くことを危険と考えた。
そのため、古参の直臣たちの中で、それほど有力でない者達を配置して、王家が直接取りまとめることにした。
だが、実際に国家の運営が始まってみると、王家には、中小貴族を取りまとめてこまごまと面倒を見てやる暇など無かったのだ。
王家の直轄地に目を配り、産業を育成し、強力な貴族たちに負けないように育てる。
国内全体に目を配り、自治権の強い貴族を統制しつつ、国全体の発展を図る。
周辺諸国に目を配り、警戒し、交渉し、時には逆に隙を窺う。
それらの負担に加えて、中小貴族の取りまとめまでできるものではなかった。
自然と、中部の中小貴族は放置されがちになった。
もちろん、大きな政策の恩恵はあった。
灌漑インフラの大規模整備や、三圃式農業の導入などがそれだ。
だが、こまごまとした悩みを打ち明ける相手がいなかった。
家の恥を晒して相談できるような、信頼できる相手がいなかった。
そう、例えば、領地の経営が上手くいかないが何か良い案は無いか、というような相談をできる相手が。
そうして、彼らの不満は解決されること無く、表に出ることさえ無く、深く沈殿していき、取り返しの付かない物になってしまった。
「その点、『国』が領地を買い取ってくれるってのは、悪い話じゃない。
俺たちに俸禄を払って、今の領地で働かせてくれるって言うなら尚更だ。
これ以上自分たちの暮らしの心配をしなくて良くなるし、領民たちも守ってやれる」
「王家に買い取られる、って話だったら嫌だったけどな。
自分たちで追い詰めておいて、俺たちから巻き上げた金で俺たちの領地を奪うのか、ってな。
だが、王家から没収した財産で、『国』が買うんだろ?
正直、ザマアミロ、って思わないでもないんだ」
『国』と王家を切り分けて考える、と言うのは彼らの中に今まで無かった考えだった。
だが、その視点がもたらされてみると、悪感情は現状を招いた王家に対して向かった。
『国』という新しい概念は、漠然としているだけに、そうした物を抱きにくかったのだ。
そして、この『国』には、これまでには無かった魅力があった。
「『国』か。
この案だと、俺たちは『王の臣』から『国の民』ってことになるんだよな。
『国の民』の一人として、国の政治にも口出しができるって、考えたらすごいことだよな」
「たかが男爵が王家の政治に口出しなんてできるわけないからな」
「お、『議員』に立候補したくなったのか?」
「馬鹿言え。
俺が立候補したって、誰が『投票』するんだよ」
「俺はするぜ。
だって、地域ごとに誰かしらは『議員』になるんだろ?
それだったら、俺たちの事情を『議会』で話してくれる奴が良い」
「いやいや、それだったらもっと弁が立つ奴の方が良いだろ。
クローディウスとか良いんじゃないか。
あいつ、学校の討論会で結構活躍してただろ」
自分たちの代弁者を、国政の場に送り込むことができる、という魅力。
放置され、追い詰められ、自分たちの声を聞いてもらえないことに苦しんでいた彼らは、それゆえに、「議会制民主主義」という前代未聞の制度の利点に気付きつつあった。
いつの間にか彼らの議論は、「この案を受け入れるかどうか」ではなく、「受け入れた後にどうするか」に移っていた。
ギルバートはタルデント伯爵ジャクランと、オロスデン侯爵クロヴィスの二人と席を囲んでいた。
三人が三人とも、「貴族」と言うよりも「戦士」と言った方が良いようなイメージの男たちである。
実際三人は、ドローニス王国との戦いの際にそれぞれの領軍を率いて陣頭に立ち、共に戦った戦友という間柄だ。
ギルバートの手元にはアルバートが置いて行った冊子。
これを二人に見せたところだった。
「タルデントとしては反対する理由は無いな」
ジャクランは静かに言った。
タルデント領の戦士には珍しくないことだが、左半身が右半身よりも一回り大きいように見える。
長弓を引く訓練を積むうちに、体の左右で体格差が出てくるのだそうだ。
ノーマン領でもそのような者がいないわけではないが、ここまで極端ではない。
そうまでしてでも弓騎兵よりも射程の長い弓を求め、それを実際に使いこなす。
ノーマン騎兵や遊牧民が唯一恐れる他領の兵がタルデント弓兵である所以だ。
彼らはまた、騎兵の突撃にも動じない胆力の持ち主でもある。
陣地構築と弓による防御で足を止めて戦う彼らに、騎兵から逃げる術は無い。
ただ矢の雨のみが彼らを守ると信じて、迫る敵を意に介さずひたすら射続ける。
ノーアロー、ノーライフ。
ある意味でノーマン騎兵よりも頭がおかしい兵たちだ。
その統領であるだけに、ジャクランを含め歴代のタルデント伯爵は、森の巨木のような静かな落ち着きの持ち主であることが多かった。
一言で言えば「静かなること林の如し」だろうか。
「ノーマンと繋がってから、タルデントは以前よりずっと栄えている。
父上はそのことを重んじて、ノーマンと歩むと決め、エリザベスを嫁がせた。
私も同じ考えだ。
ましてや、アルスターを割るためではなく、割らぬための提案だ。
私としても飲むことに異存は無い」
ギルバートとジャクランは、残る一人に目を向けた。
腕を組み、瞑目して考えていた男は、大きく息を吐くと、腕組みを解いて目を開いた。
「オロスデンとしても賛同せざるを得ん」
クロヴィスもまた、オロスデン領の戦士として鍛え上げられた肉体の持ち主だ。
ギルバートよりも一回り横に大きいように見える。
無論、筋肉で、だ。
ギルバートが身軽に動き回るための肉体だとするならば、クロヴィスはあらゆる物を受け止めて動かないための肉体と言える。
アルバートなら、ボクサーとウェイトリフティング選手のような体格の違い、と言っただろう。
オロスデン領軍の主力は重装歩兵だ。
豊富な鉄資源を利用した重厚な防具を身にまとい、全身を隠せるほど大きな四角形の盾を持ち、槍を手に戦う。
アルフレド建国王の時代から重装歩兵の運用に長けた家であり、彼の征服戦争を助けた重鎮である。
通称「鉄床のオロスデン」。
アルフレド王が多用した「槌と鉄床」と呼ばれる戦術で、「鉄床」の役割を担当していたためだ。
防御を得意とする性格と能力を買われ、ドローニス王国との国境を任された。
クロヴィスもその血を継いだためか、山の大岩のように何事にも動じない性格だ。
一言で言えば「動かざること山の如し」だろう。
ギルバートが風と火を兼任するような性格のため、三人合わせて「風林火山」の完成である。
彼らの同盟軍を相手にすることになったのは、ドローニス王国にとって大きな不運と言えるのでは無いだろうか。
「当家は王家古参の家臣として、アルフレド陛下に取り立てていただいた家だ。
あくまでも王家への忠誠を尽くすべきなのかもしれん。
だがそれ以上に、当家は国境を守り、国を守る使命がある。
背後で内乱でも起きてしまえば、国を守りきれるか分からん。
それを思えば、王家自体が滅ぶわけではないこの案は、最善ではなくても次善ではあるのだろう。
強い王家の元で、王家に忠を尽くし、王家と共に栄えるという最善の道が途絶えてしまった以上、次善の道を選ぶしかあるまい。
この道を選んだ上で、せめて王家の方々が心安らかに過ごしていただけるよう心を尽くすことが、せめてもの忠誠なのだろう」
ギルバートは安堵した。
大丈夫だろうとは思っていたが、この三家の意志を固められたことは大きい。
あとはこれをルガリアの上流と下流へ広げていくだけだ。
「ではこの後、ルガリア流域の諸侯をまとめるのを手伝ってもらえるだろうか?」
「無論。
下流には既にギルバート殿から使いを出しておいでか?」
「ああ。
連中は当家の方が関係が深いからな」
「では、上流側にはタルデントから使者を出そう。
ガレル侯爵とニスヴィオ侯爵には、オロスデンの使者にも同行して頂きたいのだが、よろしいか?」
「うむ。
間に合わんかもしれんが、クレスタにも当家から連絡しておこう」
「助かる。
西には他に伝手が無いからな」
阿吽の呼吸で、この後の動きが決まっていく。
同盟を結んでから、何度も共に戦った仲だ。
その会話に澱みは無い。
決めるべきことを決め、三人は一息つく。
空気が少し弛緩したことで、ギルバートは思い出した。
「おお、そうだ。
もう一つ知らせておく必要があったな。
どうやらアルバートに嫁の来手が見つかりそうだぞ」
「ほう」
「本当か?」
そのニュースに、ジャクランとクロヴィスは表情を崩した。
三人とも、大貴族当主の顔から親戚のおっさんの顔になっている。
「うむ。
驚いたことにソフィアにも認められたらしい。
ソフィア自身から鳩が来た」
「最大の関門を突破したのか。
素晴らしいな」
「我らが固めるクロナ峠以上の難関だったのではないか?」
二人とも、縁戚だけにソフィアについてもよく知っている。
ちなみにクロナ峠とは、オロスデン侯爵家が砦を築いて守っている対ドローニスの要衝であり、三家連合軍は何度もここでドローニス王国軍を撃退している。
ドローニスからすれば、難攻不落の代名詞である。
「これは祝わずにはおれんな。
酒を持たせよう。
ちょうど貴家のミードがある。
豊穣神の恵みの雫で祝おうではないか」
ジャクランは言うと、使用人を呼び、酒の用意をさせた。
「それでは、ノーマン家の祝事と我らの、そしてアルスターの繁栄に、乾杯」
「「乾杯」」
その後、おっさん達の酒盛りは明け方まで続いたらしい。
コルトー男爵ノキウスと、トルメニン男爵オルデンだ。
三人とも、王都近辺の領主貴族である。
もっとも、貴族とは名ばかりと言って良い。
穀倉地帯だけに食うに困っているわけではないが、ろくな収入が無い。
どうにか嫡男は宮廷学校に入れてやれたが、それすらも苦しかった。
この邸宅の維持も、本当なら止めたい。
維持に必要な経費もタダではないのだ。
王都では貴族の義務としてある程度の暮らしをしているように見せているが、領地の屋敷にはほとんど使用人がいない。
王都は物価が高いために人件費も高く、王都邸宅の使用人こそ削りたいのが本音なのだが、それはできない。
その分、領地の使用人は最低限だ。
面積の狭い王都邸宅の方が、本拠地である領地の邸宅よりも使用人が多いほどである。
彼らの家は、とうに行き詰まっていた。
これまではどうにかこうにか延命をしてきたに過ぎない。
そして、それも限界が見えていた。
だが、その窮状を打開する案が、先ほど提示された。
内密に、という話だったので、畏れ多くも宰相補佐のアリエス・レーヴェレット殿がこの邸宅を訪れて、話してくださったのである。
冗談のような話だったが、宰相フェリクスの嫡男で、次期宰相の最有力候補と言われるアリエスが、わざわざ吹けば飛ぶような男爵家の邸宅に足を運んでまで持ってきた話だ。
嘘ではないのだろう。
色々考えているところに、訪問の先触れがが来た。
近隣の領主男爵である二人で、学校の同期でもあり、仲は良い方だ。
すぐにピンと来た。
二人のところにもこの話がもたらされ、自分と同じように戸惑っているのだろう。
一も二もなく承諾し、二人を邸宅に招き入れた。
ルヴィックたちのような下位貴族の社交に、ポルトレーンのような店は使わない。
そんな金は無いからだ。
また、どちらがどちらを訪問したから、どちらの方が格上だ、などと肩肘を張るような大した家でも無い。
町や村の平民が、友人の家を訪ねるのと何ら変わりない感覚だ。
テーブルには炒ったナッツを盛った皿と、水代わりの薄いワイン。
男爵同士の集まりなど、こんなものである。
「急にすまないな」
「いや、俺も誰かと話したいと思っていたんだ。
例の件だろ?」
「ああ」
「……宰相は本気だと思うか?」
ノキウスが、声を潜めて囁くように言った。
「本気だろう。
辺境伯もその方向で動いているらしいじゃないか」
「卒業式の事件が腹に据えかねた、だけじゃないんだよな?」
「それだったら、二家でクーデターでも起こして終わりだろ?
こんな大掛かりな話にする必要は無い」
「確かにな。
そっちだったら、陛下に退位していただいて、シャーロット殿下を傀儡として女王に、って話になりそうなもんだ」
「そうそう。
わざわざ俺たちに助け舟を出すような話にはなるまいよ」
「助け舟か。
乗って良いものかな、この舟に」
沈黙。
「俺は、乗りたいと思ってる」
ルヴィックは、呟くように言った。
「正直、このまま王家について行って良いのか、と思ってたんだ。
陛下はまだ良い。
でも、この先はどうなる。
リオン殿下は最悪だった。
俺たちのことなんて、目にも入ってない。
だけど、シャーロット殿下も頼りない。
この後、俺たちの暮らしが良くなるとはとても思えない」
吐き出すような言葉に、ノキウスもオルデンも頷いた。
王家は自分達を見ていない。
彼らの不満の根源は、そこだった。
中部には高位貴族のまとめ役が置かれなかったことが、悪い方向に働いた。
アルフレド王は、王都の近辺に高位貴族を置くことを危険と考えた。
そのため、古参の直臣たちの中で、それほど有力でない者達を配置して、王家が直接取りまとめることにした。
だが、実際に国家の運営が始まってみると、王家には、中小貴族を取りまとめてこまごまと面倒を見てやる暇など無かったのだ。
王家の直轄地に目を配り、産業を育成し、強力な貴族たちに負けないように育てる。
国内全体に目を配り、自治権の強い貴族を統制しつつ、国全体の発展を図る。
周辺諸国に目を配り、警戒し、交渉し、時には逆に隙を窺う。
それらの負担に加えて、中小貴族の取りまとめまでできるものではなかった。
自然と、中部の中小貴族は放置されがちになった。
もちろん、大きな政策の恩恵はあった。
灌漑インフラの大規模整備や、三圃式農業の導入などがそれだ。
だが、こまごまとした悩みを打ち明ける相手がいなかった。
家の恥を晒して相談できるような、信頼できる相手がいなかった。
そう、例えば、領地の経営が上手くいかないが何か良い案は無いか、というような相談をできる相手が。
そうして、彼らの不満は解決されること無く、表に出ることさえ無く、深く沈殿していき、取り返しの付かない物になってしまった。
「その点、『国』が領地を買い取ってくれるってのは、悪い話じゃない。
俺たちに俸禄を払って、今の領地で働かせてくれるって言うなら尚更だ。
これ以上自分たちの暮らしの心配をしなくて良くなるし、領民たちも守ってやれる」
「王家に買い取られる、って話だったら嫌だったけどな。
自分たちで追い詰めておいて、俺たちから巻き上げた金で俺たちの領地を奪うのか、ってな。
だが、王家から没収した財産で、『国』が買うんだろ?
正直、ザマアミロ、って思わないでもないんだ」
『国』と王家を切り分けて考える、と言うのは彼らの中に今まで無かった考えだった。
だが、その視点がもたらされてみると、悪感情は現状を招いた王家に対して向かった。
『国』という新しい概念は、漠然としているだけに、そうした物を抱きにくかったのだ。
そして、この『国』には、これまでには無かった魅力があった。
「『国』か。
この案だと、俺たちは『王の臣』から『国の民』ってことになるんだよな。
『国の民』の一人として、国の政治にも口出しができるって、考えたらすごいことだよな」
「たかが男爵が王家の政治に口出しなんてできるわけないからな」
「お、『議員』に立候補したくなったのか?」
「馬鹿言え。
俺が立候補したって、誰が『投票』するんだよ」
「俺はするぜ。
だって、地域ごとに誰かしらは『議員』になるんだろ?
それだったら、俺たちの事情を『議会』で話してくれる奴が良い」
「いやいや、それだったらもっと弁が立つ奴の方が良いだろ。
クローディウスとか良いんじゃないか。
あいつ、学校の討論会で結構活躍してただろ」
自分たちの代弁者を、国政の場に送り込むことができる、という魅力。
放置され、追い詰められ、自分たちの声を聞いてもらえないことに苦しんでいた彼らは、それゆえに、「議会制民主主義」という前代未聞の制度の利点に気付きつつあった。
いつの間にか彼らの議論は、「この案を受け入れるかどうか」ではなく、「受け入れた後にどうするか」に移っていた。
ギルバートはタルデント伯爵ジャクランと、オロスデン侯爵クロヴィスの二人と席を囲んでいた。
三人が三人とも、「貴族」と言うよりも「戦士」と言った方が良いようなイメージの男たちである。
実際三人は、ドローニス王国との戦いの際にそれぞれの領軍を率いて陣頭に立ち、共に戦った戦友という間柄だ。
ギルバートの手元にはアルバートが置いて行った冊子。
これを二人に見せたところだった。
「タルデントとしては反対する理由は無いな」
ジャクランは静かに言った。
タルデント領の戦士には珍しくないことだが、左半身が右半身よりも一回り大きいように見える。
長弓を引く訓練を積むうちに、体の左右で体格差が出てくるのだそうだ。
ノーマン領でもそのような者がいないわけではないが、ここまで極端ではない。
そうまでしてでも弓騎兵よりも射程の長い弓を求め、それを実際に使いこなす。
ノーマン騎兵や遊牧民が唯一恐れる他領の兵がタルデント弓兵である所以だ。
彼らはまた、騎兵の突撃にも動じない胆力の持ち主でもある。
陣地構築と弓による防御で足を止めて戦う彼らに、騎兵から逃げる術は無い。
ただ矢の雨のみが彼らを守ると信じて、迫る敵を意に介さずひたすら射続ける。
ノーアロー、ノーライフ。
ある意味でノーマン騎兵よりも頭がおかしい兵たちだ。
その統領であるだけに、ジャクランを含め歴代のタルデント伯爵は、森の巨木のような静かな落ち着きの持ち主であることが多かった。
一言で言えば「静かなること林の如し」だろうか。
「ノーマンと繋がってから、タルデントは以前よりずっと栄えている。
父上はそのことを重んじて、ノーマンと歩むと決め、エリザベスを嫁がせた。
私も同じ考えだ。
ましてや、アルスターを割るためではなく、割らぬための提案だ。
私としても飲むことに異存は無い」
ギルバートとジャクランは、残る一人に目を向けた。
腕を組み、瞑目して考えていた男は、大きく息を吐くと、腕組みを解いて目を開いた。
「オロスデンとしても賛同せざるを得ん」
クロヴィスもまた、オロスデン領の戦士として鍛え上げられた肉体の持ち主だ。
ギルバートよりも一回り横に大きいように見える。
無論、筋肉で、だ。
ギルバートが身軽に動き回るための肉体だとするならば、クロヴィスはあらゆる物を受け止めて動かないための肉体と言える。
アルバートなら、ボクサーとウェイトリフティング選手のような体格の違い、と言っただろう。
オロスデン領軍の主力は重装歩兵だ。
豊富な鉄資源を利用した重厚な防具を身にまとい、全身を隠せるほど大きな四角形の盾を持ち、槍を手に戦う。
アルフレド建国王の時代から重装歩兵の運用に長けた家であり、彼の征服戦争を助けた重鎮である。
通称「鉄床のオロスデン」。
アルフレド王が多用した「槌と鉄床」と呼ばれる戦術で、「鉄床」の役割を担当していたためだ。
防御を得意とする性格と能力を買われ、ドローニス王国との国境を任された。
クロヴィスもその血を継いだためか、山の大岩のように何事にも動じない性格だ。
一言で言えば「動かざること山の如し」だろう。
ギルバートが風と火を兼任するような性格のため、三人合わせて「風林火山」の完成である。
彼らの同盟軍を相手にすることになったのは、ドローニス王国にとって大きな不運と言えるのでは無いだろうか。
「当家は王家古参の家臣として、アルフレド陛下に取り立てていただいた家だ。
あくまでも王家への忠誠を尽くすべきなのかもしれん。
だがそれ以上に、当家は国境を守り、国を守る使命がある。
背後で内乱でも起きてしまえば、国を守りきれるか分からん。
それを思えば、王家自体が滅ぶわけではないこの案は、最善ではなくても次善ではあるのだろう。
強い王家の元で、王家に忠を尽くし、王家と共に栄えるという最善の道が途絶えてしまった以上、次善の道を選ぶしかあるまい。
この道を選んだ上で、せめて王家の方々が心安らかに過ごしていただけるよう心を尽くすことが、せめてもの忠誠なのだろう」
ギルバートは安堵した。
大丈夫だろうとは思っていたが、この三家の意志を固められたことは大きい。
あとはこれをルガリアの上流と下流へ広げていくだけだ。
「ではこの後、ルガリア流域の諸侯をまとめるのを手伝ってもらえるだろうか?」
「無論。
下流には既にギルバート殿から使いを出しておいでか?」
「ああ。
連中は当家の方が関係が深いからな」
「では、上流側にはタルデントから使者を出そう。
ガレル侯爵とニスヴィオ侯爵には、オロスデンの使者にも同行して頂きたいのだが、よろしいか?」
「うむ。
間に合わんかもしれんが、クレスタにも当家から連絡しておこう」
「助かる。
西には他に伝手が無いからな」
阿吽の呼吸で、この後の動きが決まっていく。
同盟を結んでから、何度も共に戦った仲だ。
その会話に澱みは無い。
決めるべきことを決め、三人は一息つく。
空気が少し弛緩したことで、ギルバートは思い出した。
「おお、そうだ。
もう一つ知らせておく必要があったな。
どうやらアルバートに嫁の来手が見つかりそうだぞ」
「ほう」
「本当か?」
そのニュースに、ジャクランとクロヴィスは表情を崩した。
三人とも、大貴族当主の顔から親戚のおっさんの顔になっている。
「うむ。
驚いたことにソフィアにも認められたらしい。
ソフィア自身から鳩が来た」
「最大の関門を突破したのか。
素晴らしいな」
「我らが固めるクロナ峠以上の難関だったのではないか?」
二人とも、縁戚だけにソフィアについてもよく知っている。
ちなみにクロナ峠とは、オロスデン侯爵家が砦を築いて守っている対ドローニスの要衝であり、三家連合軍は何度もここでドローニス王国軍を撃退している。
ドローニスからすれば、難攻不落の代名詞である。
「これは祝わずにはおれんな。
酒を持たせよう。
ちょうど貴家のミードがある。
豊穣神の恵みの雫で祝おうではないか」
ジャクランは言うと、使用人を呼び、酒の用意をさせた。
「それでは、ノーマン家の祝事と我らの、そしてアルスターの繁栄に、乾杯」
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長兄からの「ブリジットの隔離監視」を都合よく解釈したクライブは、オールブライト辺境伯の館のうち豪華な別邸でブリジットを囲った。
新王である長兄の命令に逆らえずフォスティーヌと結婚したクライブは、本邸にフォスティーヌを置き、自分はブリジットと別邸で暮らした。
フォスティーヌに「別邸には近づくことを許可しない」と告げて。
フォスティーヌは「お飾りの領主の妻」としてオールブライトで生きていく。
ブリジットの大きな嘘をクライブが知り、そこからクライブとフォスティーヌの関係性が変わり始める。
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*荒唐無稽の世界観の中、ふんわりと書いていますのでふんわりとお読みください
*約10万字で最終話を含めて全29話です
*他のサイトでも公開します
*10月16日より、1日2話ずつ、7時と19時にアップします
*誤字、脱字、衍字、誤用、素早く脳内変換してお読みいただけるとありがたいです
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