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本編
第23話 謀議
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近衛隊長カルニスの下には、三人の副隊長がいる。
そのうちの一人であるミルドが、内密にと言ってカルニスを訪ねて来た。
副隊長たちの中でも最も軍歴が長く、カルニスよりも年上だ。
それにも関わらず、カルニスがリオンに抜擢された際は、カルニスの能力を積極的に認めてくれた。
おかげでカルニスが近衛隊を掌握するのがだいぶ楽になった。
副隊長たちの中で最も信頼している男だ。
それが、内密にと言ってくる。
元々慎重な男だが、常よりも輪をかけて慎重だ。
只事ではないと、すぐに分かった。
「閣下は、陛下の御心の内をご存知でしょうか?」
厳重に人払いをした後、ミルドが言った。
「御心の内とは?」
「どうやら、陛下はシャーロット殿下を王位につけるにあたり、王配をノーマン家から迎えることにされたのではないかと。
閣下は何かお聞きでしょうか?」
「何だと?」
初耳だった。
次代の王位について、国王が頭を悩ませていたことは知っている。
毎日のように、その憔悴した姿を見ていたのだから。
それが、二日ほど前から、様子が変わった。
状況を好転させる何かがあったことは察せられる。
だが、それが具体的に何か、国王の口から聞いたことはなかった。
……いや待て。
その様子が変わるのと前後して、宰相フェリクスとノーマン辺境伯家のアルバートが、揃って謁見をしていなかっただろうか。
「真にございます。
シャーロット殿下の王配としてノーマン家の次男のヘンリック様をお迎えする。
その婚約を以って、ノーマン家を辺境伯から侯爵に陞爵し、併せて将軍の任を与える。
その上で、ノーマン家の嫡男アルバート様と、レーヴェレット侯爵息女のオリヴィア様の婚姻を結ぶ。
先日、陛下から宰相閣下にそのような諮問がされたと聞いております」
「馬鹿な。
それでは……」
「王宮が宰相一派と外戚のノーマン家に牛耳られることになります」
「何ということだ」
それは、カルニスにとって悪夢と言える未来図だった。
辺境の田舎者が、この王宮の主となると言うのか。
それを宰相は食い止めるどころか、手を組んで権力を分け合おうと言うのか。
許されざることだった。
「ノーマン辺境伯は国境を守ると言って領地に戻っておりますが、嫡男のランフォード子爵は王都に残っております。
そのランフォード子爵が宰相閣下と共に、昨日、一昨日と連日登城されました。
おそらく、この件についてではないか、と。
陛下のご様子は、一昨日はひどくお悩みのようだったが、昨日は何かをご決断されたようだったと」
「確かにそのようなご様子ではいらっしゃった。
だが、真にそのようなことが……」
「流石に具体的な話の内容までは窺い知れませぬ。
ですが、陛下や宰相閣下、ノーマン家がそのような動きをしているのは紛れも無い事実」
言葉を切り、ミルドはさらに声を潜める。
「この度のリオン殿下の事件も、レーヴェレット家とノーマン家で仕組んだということはありませぬか?」
頭を殴られたような衝撃が走った。
「オリヴィア様は以前からリオン殿下との関係が思わしくありませんでした。
オリヴィア様がリオン殿下の御心に添わないことが多かったためです。
レーヴェレット家は、真にリオン殿下をお支えするおつもりだったのでしょうか?」
そうだ。
オリヴィアはことあるごとにリオンの意志に反することばかりしていた。
「そう考えると、リオン殿下が婚約を破棄された際、即座にノーマン家が助け舟を出したことも怪しく見えてまいります。
何の準備も無く、辺境の田舎者が即座にあれほどの夜会を開けるものでしょうか?」
あの時の夜会は、大きな評判を呼んでいた。
王家の夜会に勝るとも劣らないものであったと。
だが、卒業式後の夜会は、王家であっても年が変わる前からの準備を必要とする。
確かに、それほどの夜会を辺境の田舎者が、準備も無く開けるのはおかしなことだった。
「……リオン殿下は……嵌められたのか……?」
「確証はございません。
ですが、疑わしくはございます」
呆然とするカルニスに、ミルドが頷いた。
そして、決定的な言葉を紡ぐ。
「かくなる上は、近衛が動き、この国を正道に戻す必要があるのではありませんか?
リオン殿下をお救いし、近衛の手で王位へと押し上げて差し上げるのです。
それが叶えば、近衛も正しき役割を取り戻せましょう。
鞘に納められ、蔵にしまわれた剣ではなく、戦場で振るわれる剣に」
それは、カルニスの心を大きく揺り動かした。
「できると思うか?」
「殿下と閣下であれば、必ずや。
しかし、問題もございます」
心が昂り始めたカルニスに対して、ミルドは冷静だった。
「近衛も誰をどこまで信頼して良いものか、まだ分かりませぬ。
陛下のお言葉に盲目的に従う者もおりましょう。
そのような者達がいた場合、近衛同士で戦うことになりかねませぬ。
信じていた者に背後から斬られる恐れすらありましょう」
「何か、策があるのか?」
「ございます」
ミルドは自信ありげに頷く。
「敢えて一度王都を出るのです。
リオン殿下をお連れして、ローレン公爵の元へ向かいます。
ローレン公爵は格の高い領地公爵。
誇り高き王家の分家でございます。
必ずや、この件への憤りを共にしてくださるでしょう。
そして、ローレンの地で正しき志を共にできる近衛を選別するのです。
心ある近衛兵であれば、殿下の呼びかけにお答えして、必ずや集いましょう。
そして、この選別された近衛を率いて、リオン殿下に王都へ進軍していただきます。
私は近衛の中の裏切り者を装って王都に残り、殿下がいらした際には城門を開きまする。
そのまま王宮へと進軍していただき、陛下に譲位していただく。
リオン陛下の妃には、ローレン公爵の御息女をお迎えするのがよろしいかと」
「汚れ役を買って出ると言うのか?」
「私もだいぶ齢を重ねました。
リオン殿下が王位を継ぎ、親征されることがあるとしても、現役でいられるか分かりませぬ。
なれば、この道が最も王家に忠を示せるのではないかと」
じっと、その瞳を見返す。
今の言葉に嘘は無い。
そう思えた。
カルニスは心を決めた。
「其方の進言、受け取った。
こちらでも調べてみねばならぬが、採用することになるだろう。
密かに準備を進めよ」
「はっ」
ミルドが席を外してしばらく。
カルニスは執務室で思考の海に沈んでいた。
「閣下」
それを引き上げるように密やかな声がかかった。
顔馴染みの王宮侍女だ。
人払いをしていたが、ミルドが去ったので戻って来たのだろう。
いつもは無言で己の役目に専念しているのだが、珍しいこともあるものだ。
いつものように茶を入れ替えてくれる。
無音で置かれたそれの、異常に気づく。
ティーカップの置かれたソーサーの端に、小さく折り畳まれた紙片が乗せられていた。
「リオン殿下の謹慎させられている部屋の、警備の交代の予定です」
囁くように告げられた言葉に、驚いてマジマジと見る。
リオンの謹慎している部屋の警備は、城壁警備兵の一部が充てられていた。
城壁警備兵は、元はと言えば名前通りにシュレージの二つの城壁の守備に当たる常駐兵だったが、王都内の日常的な治安維持も行うようになった。
そのため王家直属の兵ではなく、王都の日常業務に属するため、宰相の職掌にある。
軍としての練度は、当然ながら近衛隊とは比べ物にならないほどに低い。
隊列を組んでの行軍もままならないだろう。
だが一方で、犯罪者の取り押さえなどは日常的に発生するため、少人数の部隊で、屋内や狭い路地で相手を殺さずに取り押さえることには長けている。
王子という貴人を謹慎させるための警備には、ある意味でうってつけだ。
それだけにいかに近衛隊と言えど、油断をすれば不覚を取ることもあり得た。
だが、相手のスケジュールを知り、不意を突けるのであれば話は別だ。
「宮廷貴族にも心ある者はおります。
いかに陛下と宰相閣下のお考えとは言え、ノーマン家の下には立てませぬ。
微力ながらお力添えを」
「……感謝する」
紙片を取って仕舞う。
この企ては上手く行く。
確信が持てた。
「以上でございます」
「ありがとう」
オリヴィアが侍女からの報告を聞いて頷いた。
「順調のようですね」
その対面に座り、アルバートは言った。
ここはいつものポルトレーン……ではない。
ノーマン辺境伯家邸宅の庭園にあるガゼボだ。
今回は情報交換だけでなく、レーヴェレット家とノーマン家の繋がりを近衛に察知させることも目的なのだ。
秘密が守られ過ぎるとかえって困る。
レーヴェレット家がノーマン家の邸宅に赴く、と言うのは、暗にノーマン家の方が上の力関係であるように思われるだろう。
そのことは、宮廷貴族の一部が宰相から離反したかのように、「ノーマン家の下には付けない」と言う言葉に説得力を持たせるだろう。
今回、最も問題となるのが、王宮内でクーデターを起こされてはならない、という点だ。
近衛隊の殲滅を命じられたノーマン家だが、その軍は精強であるとは言え、いついかなる場合でも無敵、というわけではない。
近衛隊とて、訓練を怠っていない専業の軍隊なのだ。
別に弱兵というわけではない。
屋内での戦闘となれば、当然だが近衛隊の方が強い。
ましてや、向こうの庭である王宮で戦うとなれば、勝ち目は無い。
ノーマン領軍が強いのは弓騎兵だからだ。
馬も弓も使わずに、近衛隊に勝てるわけが無いのだ。
となれば、どうしても外で戦う必要がある。
彼らには何としてもローレン公爵領まで行ってもらわなければならない。
そのための論法が、近衛の中の敵味方を識別する必要がある、と言うものだ。
実際、近衛隊の中にレーヴェレット家への内通者が紛れ込んでいるのだから、あながち間違いでもないだろう。
実に見事なものだ。
「その副隊長殿は、いつから貴家と繋がっていたのですか?」
「生まれる前からですわ」
オリヴィアはニコリと笑った。
「宰相としては、近衛の内部の様子を探っておくことは必須。
何しろ、王都で最大にして最強の武力集団であることは間違いございません。
何らかの形で暴走された場合、宮廷貴族の首など簡単に飛びましょう。
ですので、手の者の一部に幼少期から武術を習わせ、学校卒業後すぐに近衛に入隊させております。
その中で最も出世したのがミルド殿でございます。
彼らとは表立って連絡を取ることはございませんので、他家に知られていない自信はございますわ」
「……王都での暗闘はお手の物、と仰るだけのことはありますね」
そうやって送り込まれる者は、ミルド達が最初の世代でもないに違いない。
ずっと前から同じことをやってはいて、レーヴェレット家との繋がりを表に出さないまま世を去った者も多いのではないだろうか。
こういった特殊な状況にでもならなければ、彼らは忠実な近衛兵でしかないのだ。
「そんな信頼を置ける人物から、概ね事実と矛盾しないことを言われたら、信じたくもなるでしょうね」
実際、彼が言ったことは大部分が事実だ。
卒業式の事件以降、ノーマン家とレーヴェレット家が接近していることも事実だし、ヘンリックをシャーロットの王配に迎える案が出たことも事実。
それに併せて、オリヴィアをアルバートに嫁がせる案が出たことも事実。
それをショーンがフェリクスに諮問したことも事実。
アルバートとフェリクスがショーンに謁見したことも事実なら、その前後でショーンが悩み、決断したことも事実。
むしろ、共和政体案よりもよほどありそうな話なのだ。
そして、もし、本当にその案が通っていたら、宮廷貴族を含めて反発するものがいたであろうことも、ほぼ間違い無いとアルバートは思っている。
やはり、その道を選ばなくて正解だったのだろう。
「おそらく、当家の担当はこれで上手く行くでしょう。
後は貴家の出番ですね。
このようなことを申し上げるのは失礼かもしれないのですが、その……本当に大丈夫なのでしょうか?
近衛は全軍が参加するのであれば三千にもなりますが……」
オリヴィアは少し不安の色を滲ませていた。
アルバートは苦笑する。
こればかりは言葉で何を言っても拭えるものではないだろう。
「彼らに安心して挙兵してもらうには、王都近辺にあらかじめ軍を置いておくわけにはまいりません。
当家が道中の護衛として連れて来た百騎がおりますが、これくらいが限度でしょう。
ですので、彼らが挙兵してから軍を呼ぶことになります。
これはどうしようもありません」
「それはわかるのですが……」
オリヴィアは困り顔だ。
まあ、無理も無い。
ルガリア川より南には、どこの国にもノーマン軍のような軍は無い。
ノーマン遠征の時にだって、アルスター軍が攻め、ノーマン軍が守る形だった。
アルスター王国には、ノーマン軍の「本領発揮」を見たことがあるものは皆無に等しい。
例外はタルデント、オロスデンだけだ。
ショーンだって、命じはしたものの、それがどれほどのものかは実感を伴っていないだろう。
だから、これは必要なことだ。
近衛には、生贄になってもらう。
アルバートの顔に、ノーマンの主らしい、獰猛な笑みが浮かんだ。
それから数日。
近衛隊長カルニスが、王子リオンの謹慎する部屋を襲撃。
リオンを伴って王都から脱出した。
それに多くの近衛兵が同調。
彼らが向かう先はローレン公爵領。
同時に、ノーマン家の早馬が王都を発つ。
ノーマン遠征以来の軍事衝突まで、あと少し。
そのうちの一人であるミルドが、内密にと言ってカルニスを訪ねて来た。
副隊長たちの中でも最も軍歴が長く、カルニスよりも年上だ。
それにも関わらず、カルニスがリオンに抜擢された際は、カルニスの能力を積極的に認めてくれた。
おかげでカルニスが近衛隊を掌握するのがだいぶ楽になった。
副隊長たちの中で最も信頼している男だ。
それが、内密にと言ってくる。
元々慎重な男だが、常よりも輪をかけて慎重だ。
只事ではないと、すぐに分かった。
「閣下は、陛下の御心の内をご存知でしょうか?」
厳重に人払いをした後、ミルドが言った。
「御心の内とは?」
「どうやら、陛下はシャーロット殿下を王位につけるにあたり、王配をノーマン家から迎えることにされたのではないかと。
閣下は何かお聞きでしょうか?」
「何だと?」
初耳だった。
次代の王位について、国王が頭を悩ませていたことは知っている。
毎日のように、その憔悴した姿を見ていたのだから。
それが、二日ほど前から、様子が変わった。
状況を好転させる何かがあったことは察せられる。
だが、それが具体的に何か、国王の口から聞いたことはなかった。
……いや待て。
その様子が変わるのと前後して、宰相フェリクスとノーマン辺境伯家のアルバートが、揃って謁見をしていなかっただろうか。
「真にございます。
シャーロット殿下の王配としてノーマン家の次男のヘンリック様をお迎えする。
その婚約を以って、ノーマン家を辺境伯から侯爵に陞爵し、併せて将軍の任を与える。
その上で、ノーマン家の嫡男アルバート様と、レーヴェレット侯爵息女のオリヴィア様の婚姻を結ぶ。
先日、陛下から宰相閣下にそのような諮問がされたと聞いております」
「馬鹿な。
それでは……」
「王宮が宰相一派と外戚のノーマン家に牛耳られることになります」
「何ということだ」
それは、カルニスにとって悪夢と言える未来図だった。
辺境の田舎者が、この王宮の主となると言うのか。
それを宰相は食い止めるどころか、手を組んで権力を分け合おうと言うのか。
許されざることだった。
「ノーマン辺境伯は国境を守ると言って領地に戻っておりますが、嫡男のランフォード子爵は王都に残っております。
そのランフォード子爵が宰相閣下と共に、昨日、一昨日と連日登城されました。
おそらく、この件についてではないか、と。
陛下のご様子は、一昨日はひどくお悩みのようだったが、昨日は何かをご決断されたようだったと」
「確かにそのようなご様子ではいらっしゃった。
だが、真にそのようなことが……」
「流石に具体的な話の内容までは窺い知れませぬ。
ですが、陛下や宰相閣下、ノーマン家がそのような動きをしているのは紛れも無い事実」
言葉を切り、ミルドはさらに声を潜める。
「この度のリオン殿下の事件も、レーヴェレット家とノーマン家で仕組んだということはありませぬか?」
頭を殴られたような衝撃が走った。
「オリヴィア様は以前からリオン殿下との関係が思わしくありませんでした。
オリヴィア様がリオン殿下の御心に添わないことが多かったためです。
レーヴェレット家は、真にリオン殿下をお支えするおつもりだったのでしょうか?」
そうだ。
オリヴィアはことあるごとにリオンの意志に反することばかりしていた。
「そう考えると、リオン殿下が婚約を破棄された際、即座にノーマン家が助け舟を出したことも怪しく見えてまいります。
何の準備も無く、辺境の田舎者が即座にあれほどの夜会を開けるものでしょうか?」
あの時の夜会は、大きな評判を呼んでいた。
王家の夜会に勝るとも劣らないものであったと。
だが、卒業式後の夜会は、王家であっても年が変わる前からの準備を必要とする。
確かに、それほどの夜会を辺境の田舎者が、準備も無く開けるのはおかしなことだった。
「……リオン殿下は……嵌められたのか……?」
「確証はございません。
ですが、疑わしくはございます」
呆然とするカルニスに、ミルドが頷いた。
そして、決定的な言葉を紡ぐ。
「かくなる上は、近衛が動き、この国を正道に戻す必要があるのではありませんか?
リオン殿下をお救いし、近衛の手で王位へと押し上げて差し上げるのです。
それが叶えば、近衛も正しき役割を取り戻せましょう。
鞘に納められ、蔵にしまわれた剣ではなく、戦場で振るわれる剣に」
それは、カルニスの心を大きく揺り動かした。
「できると思うか?」
「殿下と閣下であれば、必ずや。
しかし、問題もございます」
心が昂り始めたカルニスに対して、ミルドは冷静だった。
「近衛も誰をどこまで信頼して良いものか、まだ分かりませぬ。
陛下のお言葉に盲目的に従う者もおりましょう。
そのような者達がいた場合、近衛同士で戦うことになりかねませぬ。
信じていた者に背後から斬られる恐れすらありましょう」
「何か、策があるのか?」
「ございます」
ミルドは自信ありげに頷く。
「敢えて一度王都を出るのです。
リオン殿下をお連れして、ローレン公爵の元へ向かいます。
ローレン公爵は格の高い領地公爵。
誇り高き王家の分家でございます。
必ずや、この件への憤りを共にしてくださるでしょう。
そして、ローレンの地で正しき志を共にできる近衛を選別するのです。
心ある近衛兵であれば、殿下の呼びかけにお答えして、必ずや集いましょう。
そして、この選別された近衛を率いて、リオン殿下に王都へ進軍していただきます。
私は近衛の中の裏切り者を装って王都に残り、殿下がいらした際には城門を開きまする。
そのまま王宮へと進軍していただき、陛下に譲位していただく。
リオン陛下の妃には、ローレン公爵の御息女をお迎えするのがよろしいかと」
「汚れ役を買って出ると言うのか?」
「私もだいぶ齢を重ねました。
リオン殿下が王位を継ぎ、親征されることがあるとしても、現役でいられるか分かりませぬ。
なれば、この道が最も王家に忠を示せるのではないかと」
じっと、その瞳を見返す。
今の言葉に嘘は無い。
そう思えた。
カルニスは心を決めた。
「其方の進言、受け取った。
こちらでも調べてみねばならぬが、採用することになるだろう。
密かに準備を進めよ」
「はっ」
ミルドが席を外してしばらく。
カルニスは執務室で思考の海に沈んでいた。
「閣下」
それを引き上げるように密やかな声がかかった。
顔馴染みの王宮侍女だ。
人払いをしていたが、ミルドが去ったので戻って来たのだろう。
いつもは無言で己の役目に専念しているのだが、珍しいこともあるものだ。
いつものように茶を入れ替えてくれる。
無音で置かれたそれの、異常に気づく。
ティーカップの置かれたソーサーの端に、小さく折り畳まれた紙片が乗せられていた。
「リオン殿下の謹慎させられている部屋の、警備の交代の予定です」
囁くように告げられた言葉に、驚いてマジマジと見る。
リオンの謹慎している部屋の警備は、城壁警備兵の一部が充てられていた。
城壁警備兵は、元はと言えば名前通りにシュレージの二つの城壁の守備に当たる常駐兵だったが、王都内の日常的な治安維持も行うようになった。
そのため王家直属の兵ではなく、王都の日常業務に属するため、宰相の職掌にある。
軍としての練度は、当然ながら近衛隊とは比べ物にならないほどに低い。
隊列を組んでの行軍もままならないだろう。
だが一方で、犯罪者の取り押さえなどは日常的に発生するため、少人数の部隊で、屋内や狭い路地で相手を殺さずに取り押さえることには長けている。
王子という貴人を謹慎させるための警備には、ある意味でうってつけだ。
それだけにいかに近衛隊と言えど、油断をすれば不覚を取ることもあり得た。
だが、相手のスケジュールを知り、不意を突けるのであれば話は別だ。
「宮廷貴族にも心ある者はおります。
いかに陛下と宰相閣下のお考えとは言え、ノーマン家の下には立てませぬ。
微力ながらお力添えを」
「……感謝する」
紙片を取って仕舞う。
この企ては上手く行く。
確信が持てた。
「以上でございます」
「ありがとう」
オリヴィアが侍女からの報告を聞いて頷いた。
「順調のようですね」
その対面に座り、アルバートは言った。
ここはいつものポルトレーン……ではない。
ノーマン辺境伯家邸宅の庭園にあるガゼボだ。
今回は情報交換だけでなく、レーヴェレット家とノーマン家の繋がりを近衛に察知させることも目的なのだ。
秘密が守られ過ぎるとかえって困る。
レーヴェレット家がノーマン家の邸宅に赴く、と言うのは、暗にノーマン家の方が上の力関係であるように思われるだろう。
そのことは、宮廷貴族の一部が宰相から離反したかのように、「ノーマン家の下には付けない」と言う言葉に説得力を持たせるだろう。
今回、最も問題となるのが、王宮内でクーデターを起こされてはならない、という点だ。
近衛隊の殲滅を命じられたノーマン家だが、その軍は精強であるとは言え、いついかなる場合でも無敵、というわけではない。
近衛隊とて、訓練を怠っていない専業の軍隊なのだ。
別に弱兵というわけではない。
屋内での戦闘となれば、当然だが近衛隊の方が強い。
ましてや、向こうの庭である王宮で戦うとなれば、勝ち目は無い。
ノーマン領軍が強いのは弓騎兵だからだ。
馬も弓も使わずに、近衛隊に勝てるわけが無いのだ。
となれば、どうしても外で戦う必要がある。
彼らには何としてもローレン公爵領まで行ってもらわなければならない。
そのための論法が、近衛の中の敵味方を識別する必要がある、と言うものだ。
実際、近衛隊の中にレーヴェレット家への内通者が紛れ込んでいるのだから、あながち間違いでもないだろう。
実に見事なものだ。
「その副隊長殿は、いつから貴家と繋がっていたのですか?」
「生まれる前からですわ」
オリヴィアはニコリと笑った。
「宰相としては、近衛の内部の様子を探っておくことは必須。
何しろ、王都で最大にして最強の武力集団であることは間違いございません。
何らかの形で暴走された場合、宮廷貴族の首など簡単に飛びましょう。
ですので、手の者の一部に幼少期から武術を習わせ、学校卒業後すぐに近衛に入隊させております。
その中で最も出世したのがミルド殿でございます。
彼らとは表立って連絡を取ることはございませんので、他家に知られていない自信はございますわ」
「……王都での暗闘はお手の物、と仰るだけのことはありますね」
そうやって送り込まれる者は、ミルド達が最初の世代でもないに違いない。
ずっと前から同じことをやってはいて、レーヴェレット家との繋がりを表に出さないまま世を去った者も多いのではないだろうか。
こういった特殊な状況にでもならなければ、彼らは忠実な近衛兵でしかないのだ。
「そんな信頼を置ける人物から、概ね事実と矛盾しないことを言われたら、信じたくもなるでしょうね」
実際、彼が言ったことは大部分が事実だ。
卒業式の事件以降、ノーマン家とレーヴェレット家が接近していることも事実だし、ヘンリックをシャーロットの王配に迎える案が出たことも事実。
それに併せて、オリヴィアをアルバートに嫁がせる案が出たことも事実。
それをショーンがフェリクスに諮問したことも事実。
アルバートとフェリクスがショーンに謁見したことも事実なら、その前後でショーンが悩み、決断したことも事実。
むしろ、共和政体案よりもよほどありそうな話なのだ。
そして、もし、本当にその案が通っていたら、宮廷貴族を含めて反発するものがいたであろうことも、ほぼ間違い無いとアルバートは思っている。
やはり、その道を選ばなくて正解だったのだろう。
「おそらく、当家の担当はこれで上手く行くでしょう。
後は貴家の出番ですね。
このようなことを申し上げるのは失礼かもしれないのですが、その……本当に大丈夫なのでしょうか?
近衛は全軍が参加するのであれば三千にもなりますが……」
オリヴィアは少し不安の色を滲ませていた。
アルバートは苦笑する。
こればかりは言葉で何を言っても拭えるものではないだろう。
「彼らに安心して挙兵してもらうには、王都近辺にあらかじめ軍を置いておくわけにはまいりません。
当家が道中の護衛として連れて来た百騎がおりますが、これくらいが限度でしょう。
ですので、彼らが挙兵してから軍を呼ぶことになります。
これはどうしようもありません」
「それはわかるのですが……」
オリヴィアは困り顔だ。
まあ、無理も無い。
ルガリア川より南には、どこの国にもノーマン軍のような軍は無い。
ノーマン遠征の時にだって、アルスター軍が攻め、ノーマン軍が守る形だった。
アルスター王国には、ノーマン軍の「本領発揮」を見たことがあるものは皆無に等しい。
例外はタルデント、オロスデンだけだ。
ショーンだって、命じはしたものの、それがどれほどのものかは実感を伴っていないだろう。
だから、これは必要なことだ。
近衛には、生贄になってもらう。
アルバートの顔に、ノーマンの主らしい、獰猛な笑みが浮かんだ。
それから数日。
近衛隊長カルニスが、王子リオンの謹慎する部屋を襲撃。
リオンを伴って王都から脱出した。
それに多くの近衛兵が同調。
彼らが向かう先はローレン公爵領。
同時に、ノーマン家の早馬が王都を発つ。
ノーマン遠征以来の軍事衝突まで、あと少し。
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