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3巻
3-2
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……なんて心配は杞憂に終わった。
ものの一時間程度で話し合いと多層構造の魔術の開発が終わったのだ。
流石は魔術大学の教授と実力派パーティといったところか。
「……あとは実際にダモナ教会の孤児院で使ってもらいつつ、効果のほどを見て調整するしかないな」
姉さんは完成した侵入検知の魔術陣と防犯の魔道具を見ながら、そう言った。
リナさんが続けて口を開く。
「防犯の魔道具の説明には、私、モイラ、ユリアの三人で当たるわ。侵入検知の魔術陣に関しては、レイア、セイン、レスリーさん、カイル君の四人でお願いね」
その言葉に、モイラさんが笑顔で胸を張る。
「子供たちへの説明は任せろ!」
「そうね、その配役が適任だと思うわ。子供たち、特にモイラに懐いているものね」
そんなユリアさんの言葉に、姉さんは納得いかない様子でポツリと零す。
「……なぜだか分からないが、私は子供たちに恐れられているからな」
すると兄さんが苦笑いを浮かべる。
「まぁ、子供たちの気持ちも分かるがな」
俺にもなんとなくわかる。姉さん、物言いがぶっきらぼうだからなぁ。
本人に悪気はないのだが、子供に怖がられるタイプではある。
「なんだと⁉ お前は私がなぜ恐れられているのかわかるのか⁉」
しかし姉さんは自覚がないようで、兄さんに詰め寄りつつそう問いかけた。
だが兄さんが何か言う前に、セインさんが落ち込んだように口を開く。
「意識されているだけまし。私は子供たちに避けられている気がする」
「それはセインが無口で無表情なのが原因よ。話しかけにくいのね」
リナさんにバッサリと切られたセインさんは、ぎこちなく笑みを浮かべる。
「……どう?」
ユリアさんがフフフと笑う。
「まだまだ笑顔が硬いわよ、セイン」
結局、そのあとはセインさんと姉さんがどうすれば子供に好かれるかを考える会議になった。
昼頃に、俺らは全員で孤児院へ。
今回もリムリットさんに事前に通信魔術で連絡をして、用件を伝えておいた。
一度リムリットさんの執務室に顔を出して、そこからは事前の打ち合わせ通りに、二グループに分かれる。
子供たちに防犯の魔道具の使い方を教えるグループと、シスターたちや騎士たちに侵入検知の魔術陣について説明するグループ。
そのうち前者のグループであるリナさん、モイラさん、ユリアさんがリビングへ行くのを見つつ、俺らは玄関へと向かう。
まず俺たち四人は、侵入検知の魔術陣を実際に起動させた。
すると、騎士の一人が質問してくる。
「……魔術陣は肉眼で視認出来ますよね。それだと犯人が避けてしまうのでは?」
「今はまだなんの仕掛けも施していないですから。……これで、よし」
俺はそう言って、魔術陣を壁に設置して、もう一つ術式を重ねがけした。
「な……これは一体どうなっているのですか? 魔術陣が消えましたよ⁉」
騎士はそう言って、目を見開いた。
よし、仕掛けはちゃんと作動しているようだな。
俺が満足していると、シスターが聞いてくる。
「どういった仕組みなのですか?」
「この魔術陣は、魔力を登録した者しか視認出来ないようになっているんです。魔力登録式の応用ですね」
昨日の夜に開発した、特定の人物にしか視認出来ない魔術。
犯人に気付かれないような工夫が必要だと思い、大急ぎで作ったのだが、ちゃんと起動してよかった。
「「「「「「「「……なるほど」」」」」」」」
シスターたちと騎士たちは、絞り出すように呟いた。
心の底から驚いているみたいだ。
とはいえ、使ってもらわないと話が進まない。
シスターたちや騎士たちに言って、魔術陣を設置した壁に手をついて魔力を流してもらう。
これで魔力が登録出来るのだ。
ちなみに魔力の登録は一箇所でいい。
孤児院と教会に設置する侵入検知の魔術陣は全て連動しており、一度魔力を登録すれば、設置した全ての魔術陣を視認出来るようになるからな。
五分ほどかけて、全員の魔力登録が完了した。
みんな今度は魔術陣が見えるようになったことを、不思議がっている。
それから俺らのグループは、侵入検知の魔術陣を玄関や窓などに設置することにした。
十分ほどで作業が一段落したので、もう片方のグループを見に行く。
防犯の魔道具の説明は上手くいっているだろうか。
リビングのドアを開ける。すると、モイラさんの前に子供たちやスライムアニマルが大人しく座っているのが目に入る。
どうやらみんな、真剣にモイラさんの説明を聞いているようで、とてもいい雰囲気だ。
だけど、防犯の魔道具はなるべく簡単に使えるようにしたものの、子供が扱うにはやや複雑だ。
俺が作った防犯の魔道具は円柱形で、ポケットに入るくらいの大きさをしている。
しかしその小ささに反して、様々な機能がある。
例えば、悪意に対して自動で結界を展開する他にも、防犯ブザーのように大きな音を鳴らしたり、通信魔術で連絡出来たり……他にもライトとしても使えるし、居場所を送信することだって出来るのだ。
しかし機能が多いということは、覚える操作が多いってことでもあるんだよな。
そんなことを考えているうちに、モイラさんの説明が終わったようだ。
折角なので、子供たちを集めて魔道具が扱えるか確認することにした。
すると、年長の子供たちはもちろん、幼い子供たちもしっかりと使い方を覚えているではないか。
子供の順応力は想像以上に高いらしい。
俺らが頭を撫でると、子供たちは自慢げに胸を張る。
その微笑ましい光景を見たみんなは笑みを浮かべたのだった。
三日後。
今のところ、孤児院で誘拐事件は一度も起こっていない。
何回か不審者が侵入してくることはあったようだが、警報に驚いて逃げていったらしい。
あれから他の孤児院にも防犯の魔道具を配ったり、侵入検知の魔術陣を設置したりした甲斐があったというものだ。
これでひとまずは安心だな。
ただそれ以外に一つ、気になることがある。
それは、兄さんが屋敷でものすごく忙しそうにしているということだ。
俺がメリオスに来てから、兄さんは大学に籠りきりで、たまにしか屋敷に帰っていなかった。
そのため、兄さんがずっと屋敷にいることが新鮮に感じる。
だがそれ以上に、あまりに大変そうだから心配にもなってしまった。
俺は兄さんのためにコーヒーを淹れ、彼の執務室の前へ。
ノックしたあとに扉を開けると、机の上に沢山の紙が置かれているのが目に入った。
兄さんはそれに向き合って作業をしている。
「お疲れ、兄さん。仕事の調子はどう?」
俺はそう言って、コーヒーの入ったマグカップを兄さんに渡す。
「ありがとうカイル。仕事の方は……正直言って、順調ではないな。やはり貴族が絡む問題は面倒だな」
兄さんはコーヒーを一口飲み、溜息をつくと、今の状況を説明してくれた。
彼は今、近々ウルカーシュ帝国の首都――帝都で行われる、魔術競技大会についての仕事をこなしているらしい。
魔術競技大会とは各都市の魔術大学から代表生徒が集まり、腕を競う大会のこと。
その大会に出場するメリオス校の代表が、未だに確定していないらしい。
それによって兄さんの仕事が増えているんだとか。
兄さん曰く、メリオスで生まれ、メリオスで魔術を学んできた教授たちが推しているのが、新興貴族の子息や令嬢たち。
対して、兄さんのような外部から雇われた先生たちが推しているのが、出自にかかわらず実力を持った生徒たち。
両者の主張が真っ向から対立していて、中々厄介らしい。
俺は兄さんの話を聞き、少し考えてから尋ねる。
「……なるほど、でも貴族の子たちも選出されるに足る実力は持っているんだよね?」
「ああ。それについては否定しない。実力については、な」
「……つまり、他に問題があるの?」
兄さんは「その通りだ」と言って頷き、続けた。
「乱暴に言えば、人間性に問題があるんだよ。彼らは甘やかされて育ったからか、かなり傲慢だ。そのせいで他の貴族家出身の生徒たちからの評判もよくない。いくら実力があったって、学校を代表する生徒たちがそんな様子ではまずいと私たちは考えているんだ」
俺は兄さんの言葉に首を傾げる。
「同じ貴族の生徒にも嫌われているってこと?」
「彼らの家は武勲や商才によって成り上がったんだ。その血を引いていて、実際魔術の才能はあるから、己の力に自信がある。そしてそれを理由に平民だけでなく、他の貴族に対しても見下したような態度をとる」
「新興貴族ってみんなそんな感じなの?」
「いや、そうじゃない。むしろほとんどは真面目でいい家さ」
兄さんはそう言って、溜息をつく。
「だが、一握りの愚か者が厄介なんだ。奴らはメリオス出身の教授を買収した。そのせいで事態がこじれている」
「……そこまでして魔術競技大会に出たいんだ」
俺からすれば、ただの学校の行事にそこまで入れ込む理由がわからない。
そう思っているのが伝わったのだろう。兄さんが笑う。
「マイペースなお前はそう思うだろうが、貴族には貴族の事情があるんだよ。この大会は自分の家や子供に箔を付けさせる絶好の機会だからな」
「……事情は分かったけど、共感は出来ないな」
俺の言葉を聞いた兄さんは肩をすくめる。
「とはいえこういう問題は今に始まった話じゃない。長年大学に勤めている長命種の先生方にしてみれば恒例行事らしい。私は魔術競技大会に関わったのが初めてだから、戸惑っているがね」
そう言って、兄さんは自分が聞いた話を俺にも教えてくれる。
曰く、帝国では一定の周期で新興貴族が現れ、自らの地位を上げようと躍起になるらしい。
その目的は権力と名誉を得ること。
世襲によって爵位を引き継いできた位の高い貴族家に与えられる、重要な魔道具の運用や、領地の管理といった使命、そしてそれに付随する権力や名誉。
それらを得るべく、画策しているんだとか。
……なるほど、つい最近まで一般市民に過ぎなかったのに、国家有数の権力者になれるかもしれないとなれば、多少過激なことをするのも不思議ではないかもな。
もし俺が貴族の子で、そういったドロドロに巻き込まれたらと思うと、ぞっとするが。
これ以上権力争いについての話をしたくなかったので、俺は話題を戻す。
「……それで? 代表には結局どっちが選ばれそうなの?」
「私たちが推している生徒たちが選ばれそうではあるが、まだ分からん。相手側が推している生徒たちも、魔力量だけを考えれば優秀だからな」
やけに一部分を強調する兄さん。
その意図を察した俺は尋ねる。
「もしかしてその新興貴族の子たちって、魔力制御が苦手なの?」
「ああ。彼らの基本的な戦い方は、豊富な魔力量に物を言わせるような、考えなしのゴリ押しだ」
確かに魔力量の多さは大きな武器の一つではある。
だが、それに胡坐をかいて魔力制御の鍛錬を怠ると、そこそこまでしか強くなれない。
魔力を無駄なくコントロールしないと、起動出来ない魔術も多いからな。
俺がそんなことを考えていると、兄さんは言う。
「彼らはつい最近も、術式に過剰に魔力を込めたせいで、魔術を暴発させそうになっていたらしい。どうやら高難度の魔術を無理に起動させようとしたみたいだな」
それを聞いて、俺はその子たちの性格をなんとなく理解した。
術式に過剰に魔力を込めてしまうのは、珍しいミスではない。
だが、魔力制御が拙いにもかかわらず、難易度の高い魔術を起動させようとしたところに、その生徒たちの自信過剰さを見たのだ。
俺は兄さんに尋ねる。
「生徒は無事だったの?」
「授業を受け持っていた先生と、魔力の乱れを感知した別の先生が、暴発する前に術式を打ち消した。その後、この件は流石に問題であると、学長が生徒たちを𠮟責したらしい。そして、この一件によって、中立の立場にいる先生や生徒も彼らを代表にしない方がいいんじゃないかって言い出したんだ」
兄さんはなんとも複雑そうな表情でそう口にした。
その後も暫く兄さんの愚痴は続く。
そしておよそ二十分後、兄さんは苦笑いを浮かべながら「そろそろ仕事に戻る」と言って、机に向かった。
俺は心の中で激励しながら、空になったマグカップを持って部屋を出るのだった。
第二話 辺境改革
兄さんとの会話を終えてから、俺は冒険者ギルドでメリオス行政府が管理する下水道の清掃などといった、雑用に近い依頼を受注し、こなした。
このような依頼はなりたての冒険者でもやりたがらないものだが、俺は積極的に受注している。
人々の生活に直結する仕事は、大事だからな。
依頼を達成した俺は、報告のために再度ギルドへ。
すると、とある男五人組の冒険者パーティとはち合わせた。
彼らは、初めて冒険者ギルドを訪れた際に絡んできた連中である。
俺が姉さんを始めとした《月華の剣》の人たちと親しくしているのが気に入らないようだ。
それ以外にも、俺を良く思わない者はいるが、彼らほど露骨に態度に出すことはない。
とはいえ、もちろん冒険者全員が俺を敵視している訳ではない。
姉さんたちと仲のいい冒険者たちは、俺のことを好意的に見てくれているのだ。
加えてギルドの職員たちも、誰もやりたがらない依頼を積極的にこなす俺に、よく感謝の言葉を述べてくれる。
冒険者の中にも色々な人々がいるということなのだろう。
彼らは俺に憎々し気な視線を送ってくるが、気にせず受付に向かう。
俺がギルドの受付嬢――豹人族のリンさんに依頼達成の報告をすると、例の五人組冒険者パーティのリーダーが馬鹿にするような口調で言う。
「おいおい! またチマチマ狡いことして点数稼ぎしてる奴がいるぜ!」
パーティメンバーたちも大きな声で煽ってくる。
「ハハハ、ホントですね!」
「ショボい依頼を受けて、それでランクを上げようなんてな!」
「レイアたちのパーティに、偶然声をかけてもらったくせによ!」
「こんな奴より、リーダーの方がもっと力になれるぜ!」
仲間たちのヨイショを受けて、リーダーは声のボリュームを上げる。
「当然だ! まったくなんでレイアはこんな奴を気に掛けるのかねぇ!」
こいつら、今日はいつにも増して荒れているな。いつもなら、黙って睨みつけてくるだけなのに。
不思議に思い周囲を見回して……合点した。
ギルド内にいるのは、低ランク冒険者か、この馬鹿たちと同格の中ランク冒険者のみ。
俺に好意的な高ランクの冒険者がいないので、強気に出ているということか。
周りの冒険者たち、そして依頼の処理をしてくれているリンさんを始めとした、冒険者ギルドの職員たちは顔を顰めている。
しかし俺が完全に無視を決め込んでいるので、静観してくれているような状態だ。
この手の連中は、相手にしないのが一番だからな。
五人組冒険者パーティはやがて飽きたようで、舌打ちをして去っていった。
そしてそれと同時に、依頼の処理も完了する。
「では、これで依頼は完了です。お疲れ様でした。このような依頼が再びありましたら、またお願い出来ますか?」
リンさんは先程の一件で俺が気分を害していないか心配なようで、窺うようにそう聞いてきた。
俺は頷く。
「時間があれば、また受けさせていただきますよ」
リンさんは安堵の息を吐く。
「ありがとうございます……カイルさんが依頼を受けてくださって、我々は非常に助かっているんです。今後ともよろしくお願いしますね」
「いえいえ、困った時はお互い様ですから」
リンさんにそう言い、依頼達成の報酬金を受け取って冒険者ギルドから出る。
そういえば、最近のあいつら五人組はいつも以上に荒れていると、冒険者ギルドで魔物の解体を担っているジョニーさんから聞いたな。
難易度の高いダンジョンを探索しているらしいが、行き詰まっているのが理由らしい。
そのため実力があって、しかも美人揃いの《月華の剣》に一緒に探索しようとしつこく声をかけたが、結果は惨敗。
まぁ、姉さんたちがあいつらと組むメリットは一つもないしな。
それにしてもあの五人とはち合わせるなんて……依頼を達成していい気分だったのに台無しだ。
俺は内心で文句を言いながら、屋敷へと帰るのだった。
それからも俺は依頼をこなす日々を送り続けた。
その甲斐あって、老若男女問わず随分と知り合いが増えた。
もっとも、最初の内はあの五人組冒険者パーティと同じように、姉さんたちに気がある男連中や、姉さんたちに憧れている女性陣に絡まれることも多かったんだけどな。
ただ、俺に下心はなく、姉さんたちとは仲間だと説明し続けた結果、彼らとも打ち解けることが出来た。
しかし誤解が解けたことにホッとしたのも束の間、今度は男連中は姉さんたちに会わせてくれと言ってきたから困ったものだ。
『ものすごい掌返しだ……』と思いつつ、『時間に余裕があったら』とはぐらかした。
会わせる気はないが、実際姉さんたちは忙しい身だから、嘘は言っていないしな。
ものの一時間程度で話し合いと多層構造の魔術の開発が終わったのだ。
流石は魔術大学の教授と実力派パーティといったところか。
「……あとは実際にダモナ教会の孤児院で使ってもらいつつ、効果のほどを見て調整するしかないな」
姉さんは完成した侵入検知の魔術陣と防犯の魔道具を見ながら、そう言った。
リナさんが続けて口を開く。
「防犯の魔道具の説明には、私、モイラ、ユリアの三人で当たるわ。侵入検知の魔術陣に関しては、レイア、セイン、レスリーさん、カイル君の四人でお願いね」
その言葉に、モイラさんが笑顔で胸を張る。
「子供たちへの説明は任せろ!」
「そうね、その配役が適任だと思うわ。子供たち、特にモイラに懐いているものね」
そんなユリアさんの言葉に、姉さんは納得いかない様子でポツリと零す。
「……なぜだか分からないが、私は子供たちに恐れられているからな」
すると兄さんが苦笑いを浮かべる。
「まぁ、子供たちの気持ちも分かるがな」
俺にもなんとなくわかる。姉さん、物言いがぶっきらぼうだからなぁ。
本人に悪気はないのだが、子供に怖がられるタイプではある。
「なんだと⁉ お前は私がなぜ恐れられているのかわかるのか⁉」
しかし姉さんは自覚がないようで、兄さんに詰め寄りつつそう問いかけた。
だが兄さんが何か言う前に、セインさんが落ち込んだように口を開く。
「意識されているだけまし。私は子供たちに避けられている気がする」
「それはセインが無口で無表情なのが原因よ。話しかけにくいのね」
リナさんにバッサリと切られたセインさんは、ぎこちなく笑みを浮かべる。
「……どう?」
ユリアさんがフフフと笑う。
「まだまだ笑顔が硬いわよ、セイン」
結局、そのあとはセインさんと姉さんがどうすれば子供に好かれるかを考える会議になった。
昼頃に、俺らは全員で孤児院へ。
今回もリムリットさんに事前に通信魔術で連絡をして、用件を伝えておいた。
一度リムリットさんの執務室に顔を出して、そこからは事前の打ち合わせ通りに、二グループに分かれる。
子供たちに防犯の魔道具の使い方を教えるグループと、シスターたちや騎士たちに侵入検知の魔術陣について説明するグループ。
そのうち前者のグループであるリナさん、モイラさん、ユリアさんがリビングへ行くのを見つつ、俺らは玄関へと向かう。
まず俺たち四人は、侵入検知の魔術陣を実際に起動させた。
すると、騎士の一人が質問してくる。
「……魔術陣は肉眼で視認出来ますよね。それだと犯人が避けてしまうのでは?」
「今はまだなんの仕掛けも施していないですから。……これで、よし」
俺はそう言って、魔術陣を壁に設置して、もう一つ術式を重ねがけした。
「な……これは一体どうなっているのですか? 魔術陣が消えましたよ⁉」
騎士はそう言って、目を見開いた。
よし、仕掛けはちゃんと作動しているようだな。
俺が満足していると、シスターが聞いてくる。
「どういった仕組みなのですか?」
「この魔術陣は、魔力を登録した者しか視認出来ないようになっているんです。魔力登録式の応用ですね」
昨日の夜に開発した、特定の人物にしか視認出来ない魔術。
犯人に気付かれないような工夫が必要だと思い、大急ぎで作ったのだが、ちゃんと起動してよかった。
「「「「「「「「……なるほど」」」」」」」」
シスターたちと騎士たちは、絞り出すように呟いた。
心の底から驚いているみたいだ。
とはいえ、使ってもらわないと話が進まない。
シスターたちや騎士たちに言って、魔術陣を設置した壁に手をついて魔力を流してもらう。
これで魔力が登録出来るのだ。
ちなみに魔力の登録は一箇所でいい。
孤児院と教会に設置する侵入検知の魔術陣は全て連動しており、一度魔力を登録すれば、設置した全ての魔術陣を視認出来るようになるからな。
五分ほどかけて、全員の魔力登録が完了した。
みんな今度は魔術陣が見えるようになったことを、不思議がっている。
それから俺らのグループは、侵入検知の魔術陣を玄関や窓などに設置することにした。
十分ほどで作業が一段落したので、もう片方のグループを見に行く。
防犯の魔道具の説明は上手くいっているだろうか。
リビングのドアを開ける。すると、モイラさんの前に子供たちやスライムアニマルが大人しく座っているのが目に入る。
どうやらみんな、真剣にモイラさんの説明を聞いているようで、とてもいい雰囲気だ。
だけど、防犯の魔道具はなるべく簡単に使えるようにしたものの、子供が扱うにはやや複雑だ。
俺が作った防犯の魔道具は円柱形で、ポケットに入るくらいの大きさをしている。
しかしその小ささに反して、様々な機能がある。
例えば、悪意に対して自動で結界を展開する他にも、防犯ブザーのように大きな音を鳴らしたり、通信魔術で連絡出来たり……他にもライトとしても使えるし、居場所を送信することだって出来るのだ。
しかし機能が多いということは、覚える操作が多いってことでもあるんだよな。
そんなことを考えているうちに、モイラさんの説明が終わったようだ。
折角なので、子供たちを集めて魔道具が扱えるか確認することにした。
すると、年長の子供たちはもちろん、幼い子供たちもしっかりと使い方を覚えているではないか。
子供の順応力は想像以上に高いらしい。
俺らが頭を撫でると、子供たちは自慢げに胸を張る。
その微笑ましい光景を見たみんなは笑みを浮かべたのだった。
三日後。
今のところ、孤児院で誘拐事件は一度も起こっていない。
何回か不審者が侵入してくることはあったようだが、警報に驚いて逃げていったらしい。
あれから他の孤児院にも防犯の魔道具を配ったり、侵入検知の魔術陣を設置したりした甲斐があったというものだ。
これでひとまずは安心だな。
ただそれ以外に一つ、気になることがある。
それは、兄さんが屋敷でものすごく忙しそうにしているということだ。
俺がメリオスに来てから、兄さんは大学に籠りきりで、たまにしか屋敷に帰っていなかった。
そのため、兄さんがずっと屋敷にいることが新鮮に感じる。
だがそれ以上に、あまりに大変そうだから心配にもなってしまった。
俺は兄さんのためにコーヒーを淹れ、彼の執務室の前へ。
ノックしたあとに扉を開けると、机の上に沢山の紙が置かれているのが目に入った。
兄さんはそれに向き合って作業をしている。
「お疲れ、兄さん。仕事の調子はどう?」
俺はそう言って、コーヒーの入ったマグカップを兄さんに渡す。
「ありがとうカイル。仕事の方は……正直言って、順調ではないな。やはり貴族が絡む問題は面倒だな」
兄さんはコーヒーを一口飲み、溜息をつくと、今の状況を説明してくれた。
彼は今、近々ウルカーシュ帝国の首都――帝都で行われる、魔術競技大会についての仕事をこなしているらしい。
魔術競技大会とは各都市の魔術大学から代表生徒が集まり、腕を競う大会のこと。
その大会に出場するメリオス校の代表が、未だに確定していないらしい。
それによって兄さんの仕事が増えているんだとか。
兄さん曰く、メリオスで生まれ、メリオスで魔術を学んできた教授たちが推しているのが、新興貴族の子息や令嬢たち。
対して、兄さんのような外部から雇われた先生たちが推しているのが、出自にかかわらず実力を持った生徒たち。
両者の主張が真っ向から対立していて、中々厄介らしい。
俺は兄さんの話を聞き、少し考えてから尋ねる。
「……なるほど、でも貴族の子たちも選出されるに足る実力は持っているんだよね?」
「ああ。それについては否定しない。実力については、な」
「……つまり、他に問題があるの?」
兄さんは「その通りだ」と言って頷き、続けた。
「乱暴に言えば、人間性に問題があるんだよ。彼らは甘やかされて育ったからか、かなり傲慢だ。そのせいで他の貴族家出身の生徒たちからの評判もよくない。いくら実力があったって、学校を代表する生徒たちがそんな様子ではまずいと私たちは考えているんだ」
俺は兄さんの言葉に首を傾げる。
「同じ貴族の生徒にも嫌われているってこと?」
「彼らの家は武勲や商才によって成り上がったんだ。その血を引いていて、実際魔術の才能はあるから、己の力に自信がある。そしてそれを理由に平民だけでなく、他の貴族に対しても見下したような態度をとる」
「新興貴族ってみんなそんな感じなの?」
「いや、そうじゃない。むしろほとんどは真面目でいい家さ」
兄さんはそう言って、溜息をつく。
「だが、一握りの愚か者が厄介なんだ。奴らはメリオス出身の教授を買収した。そのせいで事態がこじれている」
「……そこまでして魔術競技大会に出たいんだ」
俺からすれば、ただの学校の行事にそこまで入れ込む理由がわからない。
そう思っているのが伝わったのだろう。兄さんが笑う。
「マイペースなお前はそう思うだろうが、貴族には貴族の事情があるんだよ。この大会は自分の家や子供に箔を付けさせる絶好の機会だからな」
「……事情は分かったけど、共感は出来ないな」
俺の言葉を聞いた兄さんは肩をすくめる。
「とはいえこういう問題は今に始まった話じゃない。長年大学に勤めている長命種の先生方にしてみれば恒例行事らしい。私は魔術競技大会に関わったのが初めてだから、戸惑っているがね」
そう言って、兄さんは自分が聞いた話を俺にも教えてくれる。
曰く、帝国では一定の周期で新興貴族が現れ、自らの地位を上げようと躍起になるらしい。
その目的は権力と名誉を得ること。
世襲によって爵位を引き継いできた位の高い貴族家に与えられる、重要な魔道具の運用や、領地の管理といった使命、そしてそれに付随する権力や名誉。
それらを得るべく、画策しているんだとか。
……なるほど、つい最近まで一般市民に過ぎなかったのに、国家有数の権力者になれるかもしれないとなれば、多少過激なことをするのも不思議ではないかもな。
もし俺が貴族の子で、そういったドロドロに巻き込まれたらと思うと、ぞっとするが。
これ以上権力争いについての話をしたくなかったので、俺は話題を戻す。
「……それで? 代表には結局どっちが選ばれそうなの?」
「私たちが推している生徒たちが選ばれそうではあるが、まだ分からん。相手側が推している生徒たちも、魔力量だけを考えれば優秀だからな」
やけに一部分を強調する兄さん。
その意図を察した俺は尋ねる。
「もしかしてその新興貴族の子たちって、魔力制御が苦手なの?」
「ああ。彼らの基本的な戦い方は、豊富な魔力量に物を言わせるような、考えなしのゴリ押しだ」
確かに魔力量の多さは大きな武器の一つではある。
だが、それに胡坐をかいて魔力制御の鍛錬を怠ると、そこそこまでしか強くなれない。
魔力を無駄なくコントロールしないと、起動出来ない魔術も多いからな。
俺がそんなことを考えていると、兄さんは言う。
「彼らはつい最近も、術式に過剰に魔力を込めたせいで、魔術を暴発させそうになっていたらしい。どうやら高難度の魔術を無理に起動させようとしたみたいだな」
それを聞いて、俺はその子たちの性格をなんとなく理解した。
術式に過剰に魔力を込めてしまうのは、珍しいミスではない。
だが、魔力制御が拙いにもかかわらず、難易度の高い魔術を起動させようとしたところに、その生徒たちの自信過剰さを見たのだ。
俺は兄さんに尋ねる。
「生徒は無事だったの?」
「授業を受け持っていた先生と、魔力の乱れを感知した別の先生が、暴発する前に術式を打ち消した。その後、この件は流石に問題であると、学長が生徒たちを𠮟責したらしい。そして、この一件によって、中立の立場にいる先生や生徒も彼らを代表にしない方がいいんじゃないかって言い出したんだ」
兄さんはなんとも複雑そうな表情でそう口にした。
その後も暫く兄さんの愚痴は続く。
そしておよそ二十分後、兄さんは苦笑いを浮かべながら「そろそろ仕事に戻る」と言って、机に向かった。
俺は心の中で激励しながら、空になったマグカップを持って部屋を出るのだった。
第二話 辺境改革
兄さんとの会話を終えてから、俺は冒険者ギルドでメリオス行政府が管理する下水道の清掃などといった、雑用に近い依頼を受注し、こなした。
このような依頼はなりたての冒険者でもやりたがらないものだが、俺は積極的に受注している。
人々の生活に直結する仕事は、大事だからな。
依頼を達成した俺は、報告のために再度ギルドへ。
すると、とある男五人組の冒険者パーティとはち合わせた。
彼らは、初めて冒険者ギルドを訪れた際に絡んできた連中である。
俺が姉さんを始めとした《月華の剣》の人たちと親しくしているのが気に入らないようだ。
それ以外にも、俺を良く思わない者はいるが、彼らほど露骨に態度に出すことはない。
とはいえ、もちろん冒険者全員が俺を敵視している訳ではない。
姉さんたちと仲のいい冒険者たちは、俺のことを好意的に見てくれているのだ。
加えてギルドの職員たちも、誰もやりたがらない依頼を積極的にこなす俺に、よく感謝の言葉を述べてくれる。
冒険者の中にも色々な人々がいるということなのだろう。
彼らは俺に憎々し気な視線を送ってくるが、気にせず受付に向かう。
俺がギルドの受付嬢――豹人族のリンさんに依頼達成の報告をすると、例の五人組冒険者パーティのリーダーが馬鹿にするような口調で言う。
「おいおい! またチマチマ狡いことして点数稼ぎしてる奴がいるぜ!」
パーティメンバーたちも大きな声で煽ってくる。
「ハハハ、ホントですね!」
「ショボい依頼を受けて、それでランクを上げようなんてな!」
「レイアたちのパーティに、偶然声をかけてもらったくせによ!」
「こんな奴より、リーダーの方がもっと力になれるぜ!」
仲間たちのヨイショを受けて、リーダーは声のボリュームを上げる。
「当然だ! まったくなんでレイアはこんな奴を気に掛けるのかねぇ!」
こいつら、今日はいつにも増して荒れているな。いつもなら、黙って睨みつけてくるだけなのに。
不思議に思い周囲を見回して……合点した。
ギルド内にいるのは、低ランク冒険者か、この馬鹿たちと同格の中ランク冒険者のみ。
俺に好意的な高ランクの冒険者がいないので、強気に出ているということか。
周りの冒険者たち、そして依頼の処理をしてくれているリンさんを始めとした、冒険者ギルドの職員たちは顔を顰めている。
しかし俺が完全に無視を決め込んでいるので、静観してくれているような状態だ。
この手の連中は、相手にしないのが一番だからな。
五人組冒険者パーティはやがて飽きたようで、舌打ちをして去っていった。
そしてそれと同時に、依頼の処理も完了する。
「では、これで依頼は完了です。お疲れ様でした。このような依頼が再びありましたら、またお願い出来ますか?」
リンさんは先程の一件で俺が気分を害していないか心配なようで、窺うようにそう聞いてきた。
俺は頷く。
「時間があれば、また受けさせていただきますよ」
リンさんは安堵の息を吐く。
「ありがとうございます……カイルさんが依頼を受けてくださって、我々は非常に助かっているんです。今後ともよろしくお願いしますね」
「いえいえ、困った時はお互い様ですから」
リンさんにそう言い、依頼達成の報酬金を受け取って冒険者ギルドから出る。
そういえば、最近のあいつら五人組はいつも以上に荒れていると、冒険者ギルドで魔物の解体を担っているジョニーさんから聞いたな。
難易度の高いダンジョンを探索しているらしいが、行き詰まっているのが理由らしい。
そのため実力があって、しかも美人揃いの《月華の剣》に一緒に探索しようとしつこく声をかけたが、結果は惨敗。
まぁ、姉さんたちがあいつらと組むメリットは一つもないしな。
それにしてもあの五人とはち合わせるなんて……依頼を達成していい気分だったのに台無しだ。
俺は内心で文句を言いながら、屋敷へと帰るのだった。
それからも俺は依頼をこなす日々を送り続けた。
その甲斐あって、老若男女問わず随分と知り合いが増えた。
もっとも、最初の内はあの五人組冒険者パーティと同じように、姉さんたちに気がある男連中や、姉さんたちに憧れている女性陣に絡まれることも多かったんだけどな。
ただ、俺に下心はなく、姉さんたちとは仲間だと説明し続けた結果、彼らとも打ち解けることが出来た。
しかし誤解が解けたことにホッとしたのも束の間、今度は男連中は姉さんたちに会わせてくれと言ってきたから困ったものだ。
『ものすごい掌返しだ……』と思いつつ、『時間に余裕があったら』とはぐらかした。
会わせる気はないが、実際姉さんたちは忙しい身だから、嘘は言っていないしな。
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