引きこもり転生エルフ、仕方なく旅に出る

3巻

3-1

　プロローグ


　先日結んだ『ある約束』を果たすため俺は一人、暖かな日差しが降り注ぐ街の中をのんびりと歩いていた。
　その道すがら、これまでを振り返る。


　日本で過ごした一度目の生は、不摂生ふせっせいが祟たたり唐突とうとつに終わりを迎えた。
　しかし長命な種族しゅぞく――エルフ族のカイルとして、エルフの里に転生することに。
　長い寿命じゅみょうを得た俺は、生来の凝こり性しょうを存分に発揮はっきし、魔術の研究や武術の訓練に明け暮れた。
　その年月、実に三百五十八年。
　結果、あまりにも外に出ない俺を心配した家族に、四人の精霊様と共に無理やり見聞けんぶんを広めるための旅に出されてしまう。
　そうして俺が最初に向かったのはウルカーシュ帝国の辺境領、城塞じょうさい都市メリオス。
　そこで実力派冒険者パーティ《月華げっかの剣つるぎ》のリーダーとして活躍かつやくする姉さんと、パーティメンバーであるリナさん、セインさん、ユリアさん、モイラさんたちに出会う。
　彼女たちは外見こそ普通の人間。
　しかし、リナさんは夢魔むま、セインさんは妖精ようせい、モイラさんは竜りゅう、ユリアさんは狐きつねの力を、それぞれ有しており、かなり強い。
　俺は気付けば彼女たちの手伝いをさせられることに。
　ギルドの依頼を受けて森の異変について調査したり、隣国との戦争を共に戦ったりと、忙せわしない日々を送っていた。
　この間も、俺たちはモイラさんの兄であり、竜人族ドラゴニュートでもあるガイウスさんから誘さそいを受けて、彼の故郷こきょうである竜人族の隠れ里に赴おもむいたのだが、そこで、封印が解とかれて邪竜じゃりゅうが復活するという騒さわぎが起こった。
　間違っても俺らが負けるような相手ではなかったものの、倒すのには骨が折れたなぁ。
　とはいえ隠れ里に住む竜人族や竜種とは仲良くなれたし、また機会があったら行きたいものだ。
　そんな旅を終え、俺はメリオスに帰ってきた。
　しかし、何やら問題が発生しているらしい。
　俺は以前、魔石ませきで動く自我のある自律生物――スライムアニマルを深い交流のあるダモナ教会の孤児院こじいんにプレゼントした。
　そのスライムアニマルが、ちょっかいを出してきた商人を撃退げきたいしてしまったんだとか。
　それを聞きつけたメリオスの領主フォルセさんが、スライムアニマルが危険でないか他の宗教関係者を連れて視察しさつに来ることとなった。
　それに同席してほしいと、教会の司祭であるリムリットさんに頼まれたのだが――
　若干の不安と共に迎えた視察日当日、フォルセさんたちの反応は意外にも良好。
　話を聞くに、『なんとなく危険ではなさそうだと分かっていたが、噂うわさのスライムアニマルに会いたかった』というのが、視察の理由らしい。
　そんなわけでスライムアニマルが取り上げられる、なんてことにはならなかったが、他の教会や神殿にもスライムアニマルを作ってほしいと頼まれてしまった。
　問題を起こした時にはフォルセさんがスライムアニマルを回収するという条件の元、俺は彼の願いを受け入れた。
　そしてついこの間、スライムアニマルを作り終えたため、約束通りそれを届けるべく、孤児院に向かっていたというわけだ。






　第一話　忍しのび寄る魔の手


　孤児院巡りも順調じゅんちょうに進み、残すところあと一箇所かしょだ。
　この世界の孤児院の多くは、神を信奉しんぽうする教会や神殿しんでんによって運営されている。
　とはいえ全ての教会・神殿が同じ神を信じているというわけではなく、信奉する神はそれぞれ異なっているのだ。
　そう言えば、今日訪れた孤児院のほとんどで、教会や神殿の代表である司祭さんや、その護衛ごえいをする騎士きしたちの姿を見かけたな。
　彼らもスライムアニマルによほど興味があったのだろう。
　ただ、評価されているのは嬉うれしいが、悪用されないよう注意しないとな。
　そんな風に考えつつ、足を止める。
　目的地――戦いの神を信奉する神殿の司祭である、ウィクトルさんがいる孤児院に到着とうちゃくしたのだ。
　元々ここへは最初に訪れるはずだったのだが、ウィクトルさんが他の司祭たちに順番を譲ゆずったのである。
　優しい彼らしい振ふる舞まいだ。
　玄関げんかんで出迎えてくれたウィクトルさんと一緒に、孤児院の中へと入ると、大勢の子供たちが笑顔で駆かけ寄ってくる。
　俺は早速子供たちにスライムアニマルをプレゼントする。
　すると、子供たちはすぐに夢中になってスライムアニマルと遊び始めた。
　ウィクトルさんと並んで、そんな様子を笑顔で眺ながめる。
　少しして、ウィクトルさんは真剣しんけんな表情で、「別室に来てくれ」と言い出す。
　どうやらここでは話せないことがあるらしい。
　俺はウィクトルさんに続いて部屋を出る。
　やがて到着したのは、彼の執務室しつむしつだった。
　二人して椅子いすに座ると、ウィクトルさんはゆっくりと口を開いた。

「カイル殿どの、ここ最近の間で帝国全土で起こるようになった、ある事件について知っているか？」
「実は俺は少し前まで帝国を離れていたんです。なので最近の話はあまり知らなくて……」

　正直に答えると、ウィクトルさんは小さく頷うなずく。

「そうか、それなら仕方ないな。ではまずは事件について説明しよう。ここ最近の間で、子供が何人も攫さらわれているのだ。それはここ、メリオスも例外ではない」
「誘拐ゆうかい……ですか」
「そうだ。祭りや遠足などではぐれてしまった子供が帰ってこなくなるというパターンが多いな。シスターたちもなるべく子供から目を離さないようにはしているが、それだって気の緩ゆるむ時くらいある。とはいえ子供にとって祭りや遠足は大切なイベントだ。中止にはしたくないんだが、これ以上こういったことが続くと、そうも言っていられないかも知れなくてな……」

　そう言って、ウィクトルさんは悔しそうに拳こぶしを握にぎった。
　子供を大切に思う彼にとって、誘拐事件が起こっていることは何より辛つらいのだろう。
　俺も何かしら協力出来ないかと思い、尋たずねる。

「攫われる子供は孤児院にいる子だけなんですか？」
「そういうわけでもないらしい。一般家庭の子供、そして貴族の子息や令嬢れいじょうも攫われていると聞いた。犯人にとって、『子供を攫う』という点が重要なようだ」

　ウィクトルさんはそう言うと、俺に向き直った。

「だからカイル殿も、子供たちを今まで以上に気にかけてやってくれると嬉うれしい」

　その言葉に、俺は力強く頷く。

「わかりました。俺の方でも対策たいさくを考えてみます。ウィクトルさんも、子供たちが遠出する際さいには、必ずスライムアニマルを何体か護衛ごえいに付けてあげてください」

　俺の作ったスライムアニマルは見た目は可愛いが、上位の魔物や魔獣程度の戦闘力を有している。
　誘拐犯から子供を守る助けになってくれるだろう。
　そんな俺の意図を察さっしてくれたのだろう、ウィクトルさんは頷く。

「そうだな。俺の方からも、改めてシスターや騎士に伝えておこう。他の神殿や教会にも伝えておく」
「お願いします」

　俺はそう言って頭を下げた。
　それからもう少し事件について話して、俺は孤児院を後にするのだった。


　孤児院の訪問を終えた俺は、『憩いこいの広場』へ。
　広場内の屋台やたいで串焼き肉を買う。
　そして置かれたベンチに座り、一息吐ついた。
　この広場はメリオスを拠点きょてんにするようになってから厄介やっかいになっている、レスリー兄さんの屋敷やしきの近くにある。
　人や屋台で程よく賑にぎわっているもののうるさすぎず、のんびりするには最適な場所なのだ。
　俺はベンチの背もたれに体重をかけながら、今日聞いたことを思い出し、一人呟つぶやく。

「……帝国内で子供が攫われる事件が起きている、か……」

　俺は子供たちを守るための方法を考える。
　流石さすがに俺一人で帝国全土の子供を守ることは出来ないだろうが、せめて孤児院の子供たちは確実に守り切りたい。
　まず、ウィクトルさんにお願いしたように、スライムアニマルに子供たちを護衛ごえいしてもらうのは前提として、それ以外にも孤児院に侵入検知しんにゅうけんち用の魔術陣――文字や紋様もんようが組み合わさって出来た、魔術を起動させる図――を設置したり、子供たちに防犯用の魔道具を持たせたりした方がいいだろうな。
　さっきウィクトルさんが、帝国上層部もこの事件を問題視しているが、犯人に繋つながるような情報は掴つかめていないと言っていた。
　メリオスは領主であるフォルセさんが積極的せっきょくてきに事件の解決に動いているから、領軍を動かしたり冒険者ギルドに依頼したりと対策を講こうじているみたいだが、一領主に出来ることには限りがあるし、他の地域では何も対策していない、なんてこともあるらしい。
　考えれば考えるほど、難しい一件である。
　まぁひとまず、出来ることからやっていくか。
　俺は大きく息を吐いて立ち上がる。
　そしてリムリットさんに通信魔術で、次の目的地であるダモナ教会の孤児院にシスターさんや騎士きしさんを集めておいて欲しい旨むねを伝えた上で、孤児院に向かって歩き出した。


　孤児院に着くと、リムリットさんとエマさんが出迎えてくれた。
　そしてリムリットさんの執務室に移動する。
　そこには既すでに、シスターさんや騎士さんたちが集まっていた。
　先程通信魔術を送った時に聞いたのだが、孤児院の人たちも誘拐事件については知っているらしいので、そこらへんの説明は省はぶき、憩いの広場で考えていた孤児院における防犯のアイデアを発表した。
　皆さんは俺のアイデアを聞いて神妙しんみょうに頷く。
　そして数秒後、シスターさんの一人が聞いてくる。

「侵入検知の魔術陣って、ちゃんと侵入者と子供たちを区別できるんですか？」
「今回設置する魔術陣は『魔力登録式まりょくとうろくしき』にするつもりです。それに万が一誤作動ごさどうが起こったとしても、侵入検知の魔術は警報音けいほうおんが大音量で鳴なるというものですから、子供たちが怪我けがすることはありません」

　リムリットさんが「魔力登録式ってのは、いったいなんだい？」と言って首を傾かしげる。
　俺は分かりやすく説明するために、手のひらを広げ、魔力を軽く放出する。

「魔力には生物ごとに独自の波長があります。この波長を魔道具や魔術陣に登録することで、孤児院関係者の波長以外では術式が起動しないように出来るんです」

　その説明を聞いたことで、リムリットさんとシスターさんは納得したように頷いた。
　俺は続ける。

「魔術陣や魔道具の安全面についてはそれ以外にも、二重三重の対策を施ほどこしたいと考えています。それに関しては兄や姉、《月華の剣》のみんなにも協力してもらうつもりですしね」

　騎士の一人が嬉しそうに言う。

「願ってもないことです。彼らの力を借りられるとなれば、百人力ですな」

　次に、エマさんが防犯の魔道具について質問する。

「魔道具に付与した魔術を解読かいどくされた際の対策は考えていますか？　また、子供たちに与えた防犯の魔道具が盗ぬすまれる可能性は？」

　人差し指を立て、一つ目の質問に答える。

「魔道具には、多層構造たそうこうぞうの魔術を付与します。そうすれば、解読はかなり困難こんなんになるでしょう」

　複数の術式を組み合わせた多層構造の魔術は、組み上げるのは大変だが、その分読み取るのもかなり難しいからな。
　俺は続ける。

「また、魔道具の方も魔力登録式にすれば、たとえ盗まれても犯人には使えません」
「なるほど……それなら安心ですね」

　エマさんは納得したように笑顔で頷く。
　しかし、懸念点けねんてんもある。

「……ですが魔術陣と違って、子供たちが魔力を扱えなければ、魔道具は起動出来ません。例えば、犯人に魔力を封じられたら、魔道具は使えなくなってしまいますね」

　世の中には魔力を封じる魔道具もある。それを使われたらひとたまりもないわけだ。
　俺の言葉を聞いて、みんなが不安そうな表情を浮かべた。
　暗くなった雰囲気を変えるため、「とはいえ、対策も考えてありますけどね」と伝え、俺は笑いかける。

「魔力を封じる魔道具は既に起動している魔術に干渉かんしょうできないものがほとんどです。なので、子供たちに向けられた敵意てきいや害意を感知して、魔道具に溜ためておいた魔力を使って、自動的に結界を展開てんかいし、さらに警報を鳴らす魔術を組み込むことで対策しようと考えています。とはいえ魔道具は子供に持たせる関係でサイズを小さくしなければならず、おのずと内部に溜めておける魔力も少なくなります。警報が聞こえたらすぐに駆けつけてあげてくださいね」

　全員が頷いた。
　納得してもらえたようで何よりだ。
　そのあとも色々な質問や意見に答えた。
　そして、ある程度意見が纏まとまったタイミングで、侵入検知の魔術陣を設置せっちすること、防犯の魔道具を持たせることについて改めて賛否さんぴを問う。
　結果は、全員が賛成。
　術式や魔道具が完成次第、速すみやかに導入することになった。
　さて、堅苦かたくるしい話は終わりだ。
　俺は皆さんに挨拶あいさつをしてから庭にわに出る。
　そして日が落ちるまで子供たちやスライムアニマルたちと目一杯遊ぶのだった。


　疲れ果てながら兄さんの屋敷に帰宅したのだが、室内は静かだ。
　リビングに向かい、机の上を見ると、『今日は帰らない』という書き置きがあった。
　どうやら兄さんは忙しいらしい。
　仕方ない。魔術陣の設置について相談するのは明日にしよう。
　そう結論づけて俺は一人で夕食を摂とり、自室に向かう。
　そして子供たちや、スライムアニマルのミストラルたちの顔を思い浮かべながら、侵入検知の魔術と、防犯の魔道具を製作して夜を過ごすのだった。


　　　　◇　　　◇　　　◇　　　◇


　翌朝リビングに行くと、兄さんが居間で寛くつろいでいた。
　兄さんに声を掛かけ、帝国で起きている子供たちに関する事件について話した。
　魔術大学に勤めている兄さんも、子供の教育に関わる者として事件のことは気になっていたようだ。
　しかし、兄さんは優秀ゆうしゅうであるが故ゆえに、その実力を妬ねたんだ一部の人から距離きょりを取られている。
　今回の事件についてもそういった事情で、中々具体的な行動に移ることが出来なかったみたい。
　あと、シンプルに忙しくて、他事に割さく時間がないっていうのもありそうだが。
　続いて俺は、事件の対策に関して孤児院に話をしにいったことについても伝える。
　兄さんは口を開く。

「カイル、お前の考えた対策は効果的だと思うぞ。ただ、やるからには全力でやる必要がある。妥協だきょうしたら、その綻ほころびから子供たちが危険にさらされるかもしれないし、犯人に余計な警戒心を抱いだかせてしまう可能性もある」
「当然、やるからには全力を尽くすよ」

　俺の言葉を聞いた兄さんは沈黙ちんもくしたあと、神妙な面持ちで言う。

「……小児性愛しょうにせいあい者が犯行に及およんでいるのかもしれないが、単独犯にしては犯行の規模きぼが大き過ぎるのが気になる。裏うらに何かしらの宗教的な思想を持った集団がいる可能性があるな」
「……それって、子供が生贄いけにえに使われているってこと？」

　兄さんは「そうかもな」と答えた。
　子供の純粋じゅんすいな心や清きよらかな精神は、高位存在である神や悪魔を呼び寄せる上で重要なエネルギーになる。
　犯人がそれを狙っているという推測すいそく。
　俺も実は薄々うすうすそうではないかと考えていたが、魔術の専門家である兄さんも同じことを思っていたようだ。

「私が冒険者をやっていた時に、子供の誘拐事件の捜査そうさに参加したことがある。その時の犯行の動機どうきも生贄を集めることだった。現場は悲惨ひさんそのものだったよ」

　俺はかつて、兄さんが何十年か冒険者として生活していたのだと聞いたことがある。
　もしかしたら兄さんが冒険者を辞やめたのは、そのような辛い経験も関係しているのかもしれない。
　そんな風に考えていると、《月華の剣》のみんなが居間に入ってきた。
　俺は彼女たちを呼び止める。

「姉さん、それに皆さんにも、ちょっといいですか？　手伝ってもらいたいことがあるんですけど」

　俺がそう言うと、《月華の剣》のみんなが同時にこちらを見る。

「うん？　お前が頼み事だなんて珍しいな？」

　姉さんが不思議そうな顔で返答した。

「まあね。ちょっと急ぎの用があって、姉さんたちの力を借りたいんだ」

　俺が真剣な表情でそう言うと、姉さんも真面目まじめな顔つきになる。

「……いいだろう。話してみろ」
「ありがとう。ウィクトル司祭から聞いたんだけど――」

　俺は事件のことや、子供たちを守るための策について、姉さんたちにも話す。
　話が進むごとに、姉さんたちの表情や雰囲気が険けわしくなっていった。
　姉さんたちも最近はリムリットさんの孤児院に通っているらしいから、子供たちが狙われていることに思うところがあるのだろう。
　そうして一通り説明し終え、協力してもらえるか聞くと、全員が「協力を惜おしまない」と言ってくれた。
　そうと決まれば話は早い。早速話し合いが始まった。
　とはいえ、侵入検知の魔術陣は昨日の夜に調整ちょうせいし終わったから、あとはそれを設置せっちする場所を決めて、防犯の魔道具に付与する多層構造の魔術を組むだけではあるのだが。
　……いや、多層構造の魔術を組むのは大変だから、長丁場ながちょうばになりそうだな。