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[Revenant/Fantome]

[03]第五話 白のあと

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 「く、クローダスさんって、す、すごいのですね」

 「何が、だ?」

イベリスが言ったことを気にする様子もなく、クローダスは馬の手綱に手をかけた。

軽く引くと、馬がゆっくりと歩き出した。

馬に揺られながら、イベリスは胸を高鳴らせていた。

普通、あんな風に馬には乗らない。

抱きかかえられて、馬に乗るなど自分と同じような背格好、年齢の少年がやってのけるのだ。

体格差のある子供ならまだしも。

黒髪の黒い目の変わった少年。

目つきは悪いが、助けてくれた。

悪い人ではない。

 「おい、あんまり鼓動するな。うるさい」

 「い、生きているのですから、心臓の鼓動は止められません」

クローダスを見つめていたら、突然そう言われイベリスは驚いた。

いきなり、鼓動がうるさいと言われても止められるはずない。

やはり、失礼な態度だとイベリスは思った。

 「鼓動が早い。落ち着けと言っているだけだ」

クローダスはそう言うと、馬を速めた。

馬上でも、抱きかかえられている状態のイベリスはクローダスの顔を見上げた。

クローダスはイベリスを見ずに前を向いて、手綱を操作している。

どうにか体勢を変えようとイベリスは動くが、クローダスが腕の力を強めた。

落ちないようにそうしたのだろうと思うが、体が密着している状態となってしまった。

イベリスは仕方なく大人しくすることにした。

 「しかし、うるさいな」

馬を走らせながら、クローダスは小さくぼやいた。

 「あの、さっきから気になっているのですが。うるさいってなんですか?」

最初に会った時から、耳障りとか、喋るなとか、うるさいとか音に関する事にクローダスが敏感な反応を示すのが気になって、つい質問してしまった。

本当ならば、あまり喋らない方がいいのかもしれない。

喋るなと怒られるかもしれないと思いながらも、質問せずにはいられなかった。

 「うるさいって、音が騒がしいとかそういうのが煩わしいから使う言葉だろ。知らないのか?」

だが、イベリスの予想と反してクローダスは答えた。

その答えがあまりにも頓狂すぎてイベリスは一瞬言葉を失ってしまった。

うるさいという言葉の意味を聞いたわけじゃないのに。

ちょっと、変だなとイベリスは少しだけ口元を緩めた。

 「そういう事じゃなくて、こんなに静かなのに、どこがうるさいのかなって思ったのです」

イベリスは質問を言い直す。

イベリスとクローダスを乗せて走る馬の音以外は風が森の葉を揺らす音や鳥がさえずる小さな歌くらいしか聞こえない。

先ほどの獣の咆哮や叫び声など全く聞こえない、穏やかな森の様子だ。
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