他の人には優しくて紳士的なインキュバス上司が何故か自分にだけ厳しくて、仕事の弱みを握られセックスする話

サコッシュ拓

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 矢擬部長がうちの部署に来てから、良くも悪くも平凡だった俺の社内評価は地に落ちた。
 去年までは、ずいぶんとヒト使いの荒かった志士しし部長の下でみんな怒られながら働いていた。些細なことで文句をつけられるし、自分が気に入らないからという理由で何度もやり直しを食らうし、そもそも自分以外の種族を明らかに見下しているような言動が多すぎて、ヒトと魔物が共存し様々な種族が入り乱れるようになった今の時代にはあまりに古い価値観を振りかざす人だった。

 でも今年から急に矢擬部長が部署内に来たことで、部内の空気は一変した。
 矢擬部長は、魔物の中でもずいぶんと位が高い人らしい。紳士的で穏やかな口調を使い、むやみに声を荒げることもなく、今までより遥かに効率よく仕事が進んだ。
 俺だって、最初はすごく良い人が上司になったなと思っていた。矢擬部長の歓迎会で、下戸の俺に店員が間違えて酒を持ってきたことに気付かず飲んで意識が飛びかけた時も、部長自ら介抱して下さったらしいし。あの日の記憶は酒のせいであんまり残ってないけど、柔和な笑顔で声を掛けてくれたことだけはなんとなく覚えてたから、この人の下なら安心だなと、あの時は思っていた。

 矢擬部長に変わってしばらく経ってから、細かなミスで怒られることが増えた。
 その時はまだほとんど気にしなかった。別に今まで通り働いてるつもりだったし、まだ自分が矢擬部長の体制に慣れていないだけで、いずれは今までと同じ様に働けるようになるだろうと思っていた。
 でも、そうはならなかった。俺が部長から呼び出しを食らう回数は増え続け、次第に俺だけ飲み会に誘われなくなったり、メールが届かなくなったり、重要な仕事を振られることがなくなった。
 同僚たちとも特に仲が良かったわけじゃないから、俺はすぐに社内で孤立した。それどころか、あからさまに馬鹿にされることも増えた。
 そこまで来ると流石に堂々として居られなくなって、とにかく俺が悪いんだと思って今まで以上に努力したし、極力丁寧に仕事しようとした。でも全部うまくいかなくて、ただ笑われる材料になるだけの失敗経験だけが増えていって、社内評価を取り戻せる日なんて、もう永遠に来ないんじゃないかって気すらしてくる。このままじゃ良くないと思っても、もう何をどうすればいいのか分からない。

 ガガガ、とプリンターから嫌な音が鳴る。あっと思ったときには、ビーーーという耳障りな音と共にランプが赤く点滅した。

「は?うるさっ」
「また日戸さんじゃん。何回目だよマジで…」
「すっ、すみませ、すみません、すぐ直しますからっ…」
「ちょっと、もういいですから。触らないでください!…日戸さんに頼んだ自分が悪かったんで、席座っててください。」
「ぁ…は…はい…」

 冷えた空気の中で席に戻って、それ以降のことは、あまり覚えていない。


 気付けば夜になっていた。
 結局あの後は何も仕事を貰えなくて、ただじっとデスクに座って退勤時間を待っていた時、急に情シス部門の人に呼び出された。
 なんでも定期的に行っている社内システムの更新作業に立ち会って欲しいそうで、定時で帰るその人の代わりに、パソコンの前で更新データのロードが終わる所を見張っていて欲しいと言われた。ナメクジのようにしか進まない進行状況バーとただ睨みあうだけの、永遠にも思えるような作業がようやく終わった頃、時刻は22時を過ぎていた。

 一部電気の消された誰もいない薄暗いオフィスの中で、長く息を吐き顔を覆った。

「やっと、終わった…」

 拷問みたいに長い一日だった。来週もこんな毎日が続くのかと思うと、ずんと頭に重いものが圧し掛かるような心地がする。会社にいるのに、もう会社に行きたくないと思ってしまう。
 …とりあえず、今日は帰ろう。週末なんだから飯も風呂も後でいい、今すぐ布団に入りたい。寝て、なにもかも忘れたい…
 そう思って上着を羽織り、鞄を手に取ろうとかがんだ時だった。

 ふと、部長のデスクの側にあるゴミ箱に目が止まった。
 いつもは毎回綺麗になっているはずの中身が、今日は何故か入ったままだ。もしかしたら、朝破り捨てられた俺の資料も中に入ったままかもしれないと、ふと思った。
 …いくらなんでも、人のゴミ箱を漁ろうなんてどうかしてる。そう考えること自体良くないし、もし人のゴミ箱を漁っているなんて誰かにバレたら大変なことになる。きっと今の俺が疲れてるからこんなこと考えるんだ、正常な判断ができていないんだから、このまま退勤した方がいい…そう思っても、どうしても、ゴミ箱から目を離せない。

 オフィス内を改めて見回した。既に俺以外全員退勤していて、警備員も今は仮眠を取っている時間だから見回りには来ないはずだ。念のため廊下に出てみても、誰もいる気配は無い。…少し、ちょっと覗くだけだ。少し確認するだけ、それだけでいい、せめて自分がしたというミスの箇所だけでも分かれば、それで納得できる。
 震える足でゴミ箱に近づく。シンプルな形状のゴミ箱の中には、丸められたティッシュや紙くずが無造作に詰まっている。俺の資料が入っているとしたら、相当下の方だろう。

「…うう゛っ、クソっ、もう、もうどうにでもなれっ!!」

 ガッと両手で強く掴んで、そのままゴミ箱を地面にひっくり返した。バサバサと音を立てて、大小様々のゴミが床に広がる。
 俺は人としての尊厳をかなぐり捨て、四つん這いになって必死に自分の資料を探した。

 これも違う、これも別のだ、もっと細かく千切られてたはず…もしかしたら、もうここには無いのかもしれない。もしそうだったら…
 一瞬諦めそうになった時、ちらりと、視界の端に見覚えのあるグラフが書かれた紙片が目に入った。

「あっ…あ、あった!これ、これだ!」

 くしゃくしゃに歪んだ紙をなんとか広げて、自分の渡した資料であることをしっかり確認する。見つけた紙片には間違いを指摘された箇所は載っていなかったけど、このまま探していけば該当箇所が必ず見つかるはずだ。

「これなら、他のページも見つかるはず…早く集めて、俺が間違えた訳じゃないって、証明しないと…!」
「何してるの?日戸くん。」

 パシャ、と軽いシャッター音と共に一瞬背後が明るくなって、同時に、嫌になるほど優しい声色が耳に届いた。
 後ろを振り返れば、今一番見たくない顔が、朝と変わらない笑顔でこちらを見下ろしていた。
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