異世界対応型婚活システムーあえ~るー 川西美和子の場合

七戸 光

文字の大きさ
1 / 37
川西美和子の場合

川西美和子、異世界婚活始めます

しおりを挟む
「別れてよ。子どもが出来た。彼女と結婚するから」

「は?」

 ほうけた言葉が漏れる。
 久しぶりのデートにワクワクしていた心が急速に冷えていく。
 目の前には、大好きな人の驚くほど冷たい目。隣に私と正反対のフェミニンな雰囲気の女性がワンピースを着て座っている。
 ジャズと賑やかな客の声に溢れたオシャレなカフェなのに、一瞬で何も聞こえなくなったような気がした。
 彼の言葉を理解したと同時に、気付いたら彼に平手打ちをしていた。
 バシンッと大きな音が響き、その瞬間、店内は軽快なサックスの音色だけになる。
 千円札を伝票の横に置いて席を立ち、精一杯の平静を装った声で言った。

「お幸せに」

 カフェを飛び出し、往来を避けて最寄り駅とは逆方向へ足早に向かう。
 途中、涙がこぼれないよう上を見て歩いたせいで、思い切り水たまりを踏んづけた。
 この日のために買ったパンプスもぐちゃぐちゃになってしまった。お気に入りのスカートにも泥が跳ねている。
 ショーウインドウに映る精一杯のオシャレに身を包んだ私の顔は、目も鼻も頬も赤いし、それはもう酷い。

 「はぁ」

 一生分の幸せが逃げそうなため息が漏れた。
 惨めな気持ちのまま当てもなく、泣く場所を求めて彷徨さまよっていると、ふと鳥居が見えた。
 泣くまいと表情筋に改めて力を込め、一礼して鳥居をくぐる。
 無礼を謝りながら、境内へ続く階段を駆け上がる。途中で涙が一粒落ちてきた。
 我慢出来なくなって、踊り場のようなところでうずくまる様に座り込んだ。
 大人になってからこんなに泣いたことはあっただろうか。

「……ふぇええん、ふっ……くっ、ぐすっ」

 私は彼とのことを思い出していた。
 彼とは学生時代からの付き合いだが、互いの仕事が忙しくなり、会う回数は減っていた。
 昨年、彼からプロポーズされた後も、会えない日々が続いた。
 それでも、結婚資金を貯めるためにも頑張った。彼の事が本当に好きだったから。
 それがこの裏切りだ。

 「――ぐすっ、私、もう人を好きになれる自信ない。このまま結婚できなかったらどうしよう……」

 1人寂しく孤独死する未来を想像して背筋がぞっとした。そんな時だった。

「おいおい。どうしたんだいお嬢ちゃん。そんなに泣いたらせっかくのべっぴんさんが台無しだぜ? 涙で海が出来ちまう」

 上から声がした。
 神社で大泣きする女の相談に乗るなんて、勇者か。
 絶対面倒な理由だろうに。
 うつむいたまま嗚咽交じりに返事する。

「ひっく……ず、すみません……煩くしてしまって……」

「それは構わねぇよ。辛いときは泣きゃあいい。どれおじさんが話し相手になってやるぜ」

「ぐすっ……ありがとうございます…………あれ?」

 顔を上げると、石の上に鷲程のカラスがいた。
 とても立派なサイズ感、ちょこんと短い三本足、羽根は光の加減で青く見える不思議な色のカラスだ。
 何かの間違いかと思いながらも、カラスに話かけてみる。

「もしかしてカラスさんが?」

「おう。おじさんが話を聞いてやらぁ。オレは神様の使いってやつだ。お嬢ちゃんみたいな迷ったヤツの話を聞いて代わりに食事と住みかを貰ってる。所謂住み込みアルバイトだ」
 
 あまりに衝撃的な光景で、思わず涙で腫れた目をこする。

「お、涙、止まったな。良かった良かった。海が出来たらおじさん溺れちまうからなー」

 カラスがカアカア言いながら笑っている。
 驚きすぎて、涙はいつの間にか止まっていた。

「あ! いた!」

 ふと女性の声が聞こえ、直後にバタバタと石の階段をかけ上がる音が聞こえた。

「流石! やたちゃんナイス!!」

「ん? よう、紬じゃねえか」

 カラスの知り合いらしい女性は、綺麗な黒髪をローポニーに結わえた、いかにも大和撫子といった清廉な美人だった。
 彼女はカラスに親指を立ててみせると、私を見て言った。

「私は渡瀬わたらせつむぎと言います。この神社の娘です。実は先ほど、カフェに居て、その」

「見ていらっしゃったんですね。お恥ずかしいところをお見せしました」

「いえ! こう言ってはなんですが、あんな身勝手な馬鹿男は別れて正解ですよ!!! 私なら後5発は殴ってます」

 握りこぶしを作って殴るフリをし始めた渡瀬さんが面白くて、思わず笑いが漏れる。

「ふふっ、ありがとうございます」

「貴女にはもっと素敵な運命の方が居ますよ! ささっ。詳しい話は部屋でしましょう?」

「え、ええ?」

 手を繋がれて、引っ張られる。
 話し相手になってくれたカラスを忘れていたので、慌てて振り返った。

「あ、カラスさん。ありがとうございました!」

「おう。なんかあったらいつでも来いよ」

 渡瀬さんに連れられて着いたのは、神様の祀られた区域とは反対側の建物だった。

「どうぞ上がってください」

「あ、ありがとうございます」

 玄関は、日本家屋特有の檜の柱や畳のい草、何とも言えない懐かしい香りが漂う。

「どうぞ。こちらの部屋です」

「あれ、紬? お客様か?」

「お兄ちゃん!! 丁度良いところに!」

 長い廊下にはいくつか部屋があり、その内の一室に通される。
 別の部屋からスーツ姿の垂れ目で穏やかそうな感じのイケメンが出てきた。
 渡瀬さんのお兄さんらしい男性は私が居ることに驚いたようだが、すぐに優しく笑って会釈をしてくれた。

「お兄ちゃん! 例のシステムの体験者は私が決めて良いって言ってたよね! 私、この人を推薦したい」

「「え?」」

システム? 何の事?
 思い当ったらしいお兄さんが、少し考えた様子で私の方へ歩いて来て言った。

「とりあえず座ろうか。紬、お茶持っておいで」

 和室は10畳ほどの広さで床の間には菖蒲と掛け軸が飾られている。
 部屋の中央に四角いちゃぶ台、お兄さんに薦められるまま座布団に腰を下ろした。
 お兄さんが正面に座り、渡瀬さんがお茶と豆大福を持って戻って来た。
 お茶を一口飲んだお兄さんが口を開く。

「さて、自己紹介がまだでしたね。私は紬の兄で渡瀬わたらせわたると申します。私は政府の少子化対策を専門とする部署に勤めています。貴女の名前を伺っても宜しいですか? 紬と会われた経緯も一緒に」

「あ、そう言えば私も聞いてなかった!! お名前教えてください!」

「紬……はぁ」

「すみません。名乗って頂いたのに、こちらは名乗りもせず。私は川西かわにし美和子みわこといいます」

 私はここまでのあらましを2人に話した。
 冷静に話したつもりだが、時々涙声が混ざったのは仕方ないと思う。
 紬さんが優しく声をかけてくれた。

「美和子さん、そんな事があったんですね。私はあの時カフェに居て、美和子さんが平手打ちしたのを見ました。美和子さんが気になって、後を追いかけたんです。貴女はあの男には勿体ない! もっと素敵な人がいますよ!」

「なるほど、それで紬は美和子さんを推薦しようとしたんだね。――わかりました。システムに関しての説明をさせて頂きましょう」

 そう言って渉さんは信じられないような不思議なシステムの話を始めた。

「我々は少子化対策のため、最新の転移技術を用いて、異世界も対象とした世界政府直営の婚活システムを開発しました。試運転に協力してくれる方を探していたのですが、妹は貴女を推薦したいと言っています。貴女の出逢いたいと思う気持ちがあれば、参加していただけるのです」

「…………え?」

 何を言っているのかよく分からなかった。
 世界政府? 異世界?
 私の隣で豆大福にかぶりついていた紬さんが割って入る。

「要は、世界を超えた出会いを提供するシステムを開発したから、そのシステム運用のテストケースとして利用してみませんか? ってことです!」

「理解が追い付かない……」

「当然ですね。まだ公表してない話ですから。他言無用でお願いしますね」

「私は美和子さんに幸せになってほしいと思っています。結婚が幸せかは分かりませんが、少なくとも、美和子さんを大切に思い、傷付いた心を癒す誰かがきっといます! 私に貴女の心を癒す手伝いをさせてください!!」

 紬さんは真剣な表情で私の両手を握る。
 本当に私を心配してくれたことが凄く嬉しい。
 普通なら、こんな話を真に受けるなんておかしい。
 異世界とか絶対怪しいし、何が起こるのかもわからない。
 けれど、彼らを信じてもう一度人を好きになってみたいと思った。
 これが人生の大きな分岐点。

「分かりました。私、そのシステムに協力します」

 こうして私の異世界婚活が始まった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

行き遅れ令嬢の再婚相手は、ダンディな騎士団長 ~息子イケメンの禁断の守護愛~

柴田はつみ
恋愛
貧乏貴族の行き遅れ令嬢リアナは、28歳で社交を苦手とする大人しい性格ゆえに、結婚を諦めかけていた。 そんな彼女に王宮から政略結婚の命令が下る。再婚相手は、妻を亡くしたダンディな騎士団長ギルバート。 クールで頼れる40代のイケメンだが、リアナは「便利な道具として選ばれただけ」と誤解し、切ない想いを抱く。 さらに、ギルバートの息子で爽やかイケメンのエリオット(21歳)が義理の息子となる。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

異世界に喚ばれた私は二人の騎士から逃げられない

紅子
恋愛
異世界に召喚された・・・・。そんな馬鹿げた話が自分に起こるとは思わなかった。不可抗力。女性の極めて少ないこの世界で、誰から見ても外見中身とも極上な騎士二人に捕まった私は山も谷もない甘々生活にどっぷりと浸かっている。私を押し退けて自分から飛び込んできたお花畑ちゃんも素敵な人に出会えるといいね・・・・。 完結済み。全19話。 毎日00:00に更新します。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

処理中です...