異世界対応型婚活システムーあえ~るー 川西美和子の場合

七戸 光

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川西美和子の場合

川西美和子、正直になります

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 渡瀬家で恋バナして、お菓子食べて、談笑しているうちに渉さんが帰ってくる。
 慌てて時計を確認すれば、ケイと会う時間が近づいていた。
 紬さんとやたちゃん先輩は、気を使ってくれてるのか、楽しい話を沢山して笑わせてくれた。
 ケイがこっちの世界に来てくれるのでお出迎えのために、以前金属の国へ行くときに入った離れへ向かう。
 離れには前と変わらず女性の像が立っていて、ベールの様なものが揺らめいていた。

「ケイさんが到着するまで、後2、3分ってところです」

 紬さんのアナウンスを聞いて、残りの時間で心の中を整理することにした。

 ケイに会ったらどうしよう? ケイに何を言えばいい? 
 今回紬さんに他の道があるって気付かせてもらって、私は今、新しく他の人を探すことは考えられないって自分で思った。
 じゃあケイに会ってどうするの?
 ――ケイと向き合う。
 何をすれば、何を言えばケイと向き合ったことになるの?
 ――私はケイの事を知って判断したい。彼が私を幸せにしてくれるのか。
 ケイは自分の事も世界の事もあまり話してくれないから不安になるって、だから知りたいって言う。
 アキラのことも包み隠さず話して、幻滅されるかもしれないけど、それは甘んじて受け入れよう。そう決意してベールの向こう側を見据える。
 ベールが風もないのにゆらゆら揺れる。
 何もないはずのベールの向こう側から白い指先が見えた。
 そして腕、足、次に紫の長い前髪が見えて全身が見えた。ケイだ。
 相変わらず前髪は長くて、ふわふわの猫っ毛は指で掬ったら気持ちよさそう。
 ケイに続いてセントさんと昼にもいた白衣の男の人、仲人さんが続いていた。
 到着したことを確認した渉さんが皆を先導して部屋客間へ戻る。

「それでは、美和子さんとケイさんはこの客間を使ってください。1時間したら呼びに来ますので。他の皆さんはこちらです」

「はい」

 客間にケイと二人きり。ちゃぶ台を挟んで座る。
 なんだか変な汗がにじむ。
 向かい合うとさっき整理した内容すらも忘れてしまう。
 どうしよう?
 自分の世界に入っているとケイが声をかけてきた。

「昼間はすぐに戻ってごめんね。ミワコ、涙止まったんだね。良かった」

「ううん、こっちこそ急にごめんね。私が勝手に呼び出しちゃったんでしょう? 心配してくれてありがとう」

「大丈夫。ミワコが悲しいのに来れないことの方が辛いから。……何があったのか聞いてもいい?」

「……うん。あのね、『あえ~る』でケイ以外に会ってた人がいて――」

 私はケイにアキラの事を話した。
 話し出せば次から次へと言葉も気持ちも溢れて、詰まりながら話す私にケイは相槌を打ちながら、黙って聞いてくれた。

「……そっか。ミワコはその人の事が好き、なんだね。――僕じゃダメだった?」

 話し終わった時に、ケイの口から発せられた言葉に時間が止まった。
 痛そうで辛そうで、前髪に隠れて見えない目を見るのが怖い。
 俯いて、ぎゅっとスカートのすそを掴んだ。言わなきゃ。

「……ごめんね。アキラのことが好き、だと思う。ケイのことも真剣に考えてるよ。仕事でしんどい時も、今も、ケイは私のことを受け止めてくれるよね。だけど――信用できなかったの」

 真っすぐケイを見つめて言葉を発する。傷つけたかもしれない。
 けれど、先に進むには必要だと思ったから。
 決意が揺らがないように矢継ぎ早に話す。

「ケイは私に隠し事してるよね? プライベートなことって上手くはぐらかされてた気がする。ケイがどんな環境で育って、何を見て、何を感じてるのか全然わからないって思っちゃった。私の世界を大切にしてくれるのは嬉しいの。でも、一方通行じゃ嫌。住んでる世界が違うんだもん。話してくれないと、私、ケイの何を信じていいか分からないよ……」

 ちゃぶ台に置いた『キューピッドくん3号』を見つめる。ケイから送られるメッセージの不自然さを思い出した。
 自分の目で見たケイがホントの姿なら、メッセージであんなに不自然な文章を送ってくる理由が分からない。
 知れば知るほどよく分からなくなっていく。
 目の前にいるケイを疑いたくないのに、信用できないのがとてつもなく辛かった。
 だから、アキラを選ぼうとした。
 ケイが深く溜息をついた。
 怒らせてしまっただろうか? 悲しませてしまっただろうか?
 恐る恐るケイを見ると、何故かケイは少し表情を緩めているようだった。

「ミワコごめんね。少しは予想してたけど、想像以上だった……信用できなくて当然だと思う。あのね、ミワコが感じていたように、僕は故意に深く個人的な話を避けてた。……今の僕には、他の人より少し話せないことが多いんだ」

「…………」

「僕が追々話すつもりだったとしても、そう言わなきゃミワコには伝わらないよね。隠し事があると分かってて接するのは、辛かったよね」

「――うん」

 ケイが微笑むから、私はなんだか、悩んでいたことが馬鹿馬鹿しくなってきた。
 最初からやたちゃん先輩に言われたように、直接聞けばよかったのかもしれない。

「でも、今ミワコがそう言ってくれたってことは、僕の事を信じようとしてくれてるってことだと思ってもいい? もう一度君に信じてもらうためのチャンスを貰えてるって自惚れてもいい?」

「……っ」 

「ミワコ、僕は、君を諦めたくない」

 ケイが私の顔を覗き込むように顔を近づけてきたので、顔中に熱が集まる。
 10㎝ぐらいの距離で、上目遣いでこちらを見上げるケイに心臓が跳ねた。
 ちゃぶ台が私達の間にあってよかった。
 私は口では何も返せなくて、こくり、縦に首を振ることしか出来なかった。

「! ――ありがとうミワコ」

 安心したような、本当に嬉しそうな顔で頬を綻ばせるケイが綺麗で、うっかり見とれてしまう。

「僕にはまだ話せないことがある。でも、話せることから、話すから。他の人じゃなくて僕を見てもらえるように、好きになってもらえるように努力するね」

「うん……」

 なんだか話が想像と違う方向に行ってしまった。
 私はアキラを選んだはずで、ケイの事は信用できなかったと伝えたつもりだ。
 喧嘩になったり、連絡できなくなることも考えていた。
 しかし、ケイは私が伝えたことも受け止め、正直に隠していたことがあると話してくれた。
 彼は立ち上がってちゃぶ台を回りこんできて隣に座り、私の両手を取って爆弾を投下する。

「じゃあまずは、僕の気持ちから知って」

「え「好き」……へ?」

 そして私の両手をそのまま自分の口元へ持って行って、手の甲に唇を落とした。
 あくまでもナチュラルに、王子様のごとく洗練された所作で。

「ひぇっ」

 思わず変な声が漏れる。
 その手を握りこんで、体を寄せ、視線を合わせられる。

「ミワコが好きだよ。初めて写真を見た時からずっと、僕の探してた人だって思ってた」

 アメジストのような綺麗な瞳に、熱っぽく見つめられて、一気に顔が熱くなる。
 動揺する私に引くこともなく、ケイはジッと目を合わせることを辞めてくれない。
 真っ白になった頭でとっさに応える。

「……ありがとう?」

「ふふふ、うん」

 ケイは何事もなかったかのように体を少し離して、私の手を握ったまま機嫌良さそうにニコニコしている。
  手をにぎにぎ、指を絡めて「小さい手……可愛い」とか言っているが、私はそれどころじゃない。
  顔が! いや、全身がびっくりするぐらい熱い。 
 ケイの手はひんやり冷たくて、自分とは違う体温に何とも言えないざわつきを覚える。
 しかし、ケイは放心状態の私など意に介さず、話を進め始めた。

「せっかくミワコに僕の事を知ってもらえるのに、僕は暫く忙しくてまとまった時間が取れそうにないんだ。だから、毎日1時間、僕と会う時間を頂戴?」

「え」

「……ダメ? 毎日会いたいな」

「ひぐっ! だだ、大丈夫だよ」

「ありがとう。大好き。ミワコ温かいね」

 手を引かれて、ケイの胸に収まったかと思うと、ぎゅっとハグされる。
 ケイの上目遣いと私の脳の麻痺で脊髄反射のように答えてしまっていた。



「そろそろ1時間だよ」

 ケイがそう言った数秒後、複数の足音が聞こえて襖が開く。

「美和子さん、ケイさん時間です、よ……」

 渉さんが言葉に詰まった。
 そうだろう、私はあの放心状態のまま抱っこされて、残りの時間を過ごしたのだから。
 実際は約10分だが、体感はまるまる1時間ぐらいだ。
 ほんと、ふっかふかの抱き枕にでもなった気分。
 渉さんの異変に気付いたらしいセントさんが、半開きの襖を全開にして、般若のような形相ですぐさまケイから私を開放してくれた。

「貴方は本当に加減を知らないんですから! 大体、女性に抱き付くなんて――!!!」

 セントさんの怒った声が聞こえてきたが、こっちはそれどころじゃない。
 ふらふらと紬さんの肩にもたれかかる。

「美和子さん! お気を確かに!」

「……つむぎさん、もうだめです」

「美和子さん!!」

 その後、何とかお見送りをして、私は自宅に帰った。
 最後にケイが「また明日ね。おやすみ」と言って帰って行ったのだが、私が紬さんの肩で意識を失っているうちに、明日からケイが1時間ずつ転移してくる話が根回しされており、私の自宅で会うことに決まっていた。何故。
 もう今日は何も考えずに眠りたい。
 とりあえず服だけ脱いでベッドに倒れこむ。
 私は日課となっていた『キューピッドくん』と携帯電話を充電器にセットするのも忘れて意識を手放した。

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