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ムースーとジゼル 【赤毛の一房から】
しおりを挟むムースーは頭の痛みで目を覚ました。知っている限り、吐く一歩手前の起床と同列に並ぶ不快さだった。
息のまま呻き、仰向けに寝た硬く冷たい石の床から起き上がろうとして止めた。
のろのろと手を頭へと持って行き、ぼんやりと記憶を辿る。一番に思い出したのは、ジゼルが傷付いたような、酷いショックを受けたように、顔を歪ませた表情だった。
(なんだあれ、あぁそうだ……あいつが言ったんだ)
「妹さんが悲しむ……か」
昨日は、いつものようにジゼルとやり合った。
当初はトラの魔獣であるジゼルに勝ち、自身のコミュニティーへ入れるつもりだった。どんな形でも、優位性を示せればいいと考えていた、正式な決闘でも、真っ向からの勝負でも、何かを得る為のマウンティングでも、取りあえずジゼルに勝ちさえすればいい。皆、そう考えたはずだ。
中央座に位地する十二のトラ。G・Aの最高権力。その、いるはずのない十三番目が突然現れた。
背の高い美丈夫のそいつは、柔和な笑顔と親し気な仕草で他のG・Aと関わりを持った。簡単に他者に懐き、ネコ科特有の距離感を忘れたのか、誰とでも楽し気に話をした。
だから皆なめていた。正直、その若さだけで一番の狙い所だった。
トラにマウンティングを仕掛け、自身の強さを示せば、力が全てのG・Aの世界で高い地位が得られる。なんなら、自身のコミュニティーに加入させれば、身内びいきのトラの恩恵を受けられる。
その可能性を、唯一優位性を剥奪できそうなのは、まさしくこの若いトラに他ならなかった。
腕に覚えのある者は皆、青臭いトラへと挑戦をかけた。
そして皆、ことごとく負けた。
ジゼルは、何処で覚えたか分からない戦い方で、トラの戦い方とは違うそれで、次々と挑戦者を伸していった――と言うより、懐柔していったと言った方が近いかもしれない。
若いトラは挑戦者と互いに、血と魔力を多量に放出した頃合いで、間の抜けた声を出した。『もうやめようぜ、疲れた』それに相手が幸いとばかりに、『なら、仕方が無い』と、心理的に優位性を持って若いトラの泣き言を受け入れ、勝負がつかない。だがその後、気付いたらその若者と盃を交わし、その耳障りの良い声と明るい笑顔になんだかどうでもよくなり、というか、自分もこんな世間知らずの子共相手になぁと言う気が大きくなり、『もういい、お前の勝ちだ。あのトラ達の中で大変だろうけど、がんばれよ』といって終りになる。
そのうえ若いトラは、後日なんてことない顔で『近くに来たんで顔見に寄りました』などといい、相手の困りごとをさり気なくききっだし、中央座に働きかけ、解決していく。
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