Grey Area3.(−)死の翼

夜束牡牛

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じゃない方の役者 

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 部屋で身支度を整え、シャツのボタンを閉めてからジゼルは鏡の前へと立った。

 欠伸をしながら髪を手櫛で整え、グリースとワックスを取り、長めの髪を後ろに撫でつける。タオルで手を拭っていると、鏡の中にバシリオが立った。
 ジゼルは彼を鏡越しに見つけると、微妙に顔の筋肉を動かし視線の位置を変えて見せた。
 少し生意気そうで、少し好戦的、少しだけ背伸びをしているような気概きがいを感じさせる、若く危なっかしそうな、それでいて魅力的な若者がそこに現れた。
 バシリオが眉尻の上あたりを示し言った。

「前髪、少し出した方が役に似合うぜ」

「うぃ」

 ジゼルは指で毛束を作り、目の端に掛かるように下した。ジゼルの顔に少しだけ幼さが重ねられる。ただ、それが『あどけなさ』か『色香』かはアイコンタクトの重要性からほとんど受け手に委ねられるものだとは知っていた。
 ジゼルは顔の角度と首の動きを確認し、いくつも表情を動かしながら言った。

「なんかさ、寝て起きると心がぐのか、『いやーこれは無理だろ』って演技プランあるじゃん」

 バシリオがソファーに置かれていた上着を取り上げながら「あるなぁ」と促す。

「で、その酷い演技プランでそのまま行くか、止めるかって、割といい役者とじゃない方の分かれ道な気がする」

「ジジはどっちなんだ」

「そりゃお前」

 ジゼルが振り返りバシリオから上着を受け取った。王宮で着用するそれに腕を通しながらジゼルが言う。

「じゃない方だね」

 そう言ってから彼は、品良く「くしゅ」とくしゃみをしてみせた。蜜蝋の目が細くなる。

「薄っぺらい演技論で風邪を引くって言ったの誰だっけ」

 バシリオがにやりと笑って答えた。

「ソロル大先生だよ」
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