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教えて教わる3
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「ん?」
吽形は社のある小山を仰いだ。
「どうした?」
カワセミはそう言葉は放ちつつも、右の拳を吽形の顎へと打ち付けようと振るった。
『顔を殴りたがらず、できる限り頭の中を揺らすように、顎を打つこと』吽形の教えに従う。しかし、カワセミの拳が顎へと入る前に、その腕を吽形が易々と捕えてしまった。
「いま、空気が揺れなかったか?」
「そりゃ揺れるさ。蝉が多いからな」
カワセミは捕えられた腕の手首を返し、逆手で吽形のがっしりとした腕を掴むと、それを支えに跳び上がった。
そのまま右膝を勢いよく吽形の顔面へと向かわせる。
『鼻柱を狙うもあり』これも吽形の教えだ。しかし、吽形はこれもまた、軽く身を仰け反り避ける。
「何故、蝉が多いと空気が揺れる?」
「っち。蝉は翅を震わせ鳴くからだっ!」
カワセミはそう乱暴に答えながらも、避けられた膝先を伸ばした。
折り畳んでいた脛が空気を切り、さっと爪先が吽形の喉元をかすった。
「おっと」
「どうだ」
「どうかな」
吽形は、いまだ互いに掴まれたままの腕を引き、カワセミの体制を崩すと、ついでに喉元に迫った足首も捕え、カワセミの体を丁寧に地面へと放り投げた。
カワセミは土に転がって落ち葉を散らせたが、すぐに跳ね起きた。
再び向き合う二人。
「二段階の仕掛けは面白いが、やはり筋力を鍛えてからだな。簡単に体裁を崩されてしまう」
「三段階だよ」
カワセミがにやりと笑った。
吽形は一寸考えたあと、懐を漁ってみた。
懐に入れていた『書付』が無くなっている。阿形からもらった三者の名を連ねた紙だ。
「お前、スリも出来るのか」
そう言われるとカワセミは、背に隠していた腕から、きちんと折り畳まれた書付を出した。
「力技だけ続くと、私が負けるからな。変わり種が必要だ」
「たしかに……いつの間にか懐をドスリとやられていたら、と考えるなら、わしの負けだ」
「そうだぞ。攻撃する、されるだけでなく、ちゃんと小細工にも気を配るんだな」
場数を踏んだカワセミが、力に頼る狛犬へとそう忠告し近づいた。
そして、折り畳んである紙を二本指で挟み、吽形の顔の前で、裏表をひらりと見せた後に、懐へと差し返してやった。
紙はかさりとも鳴かず、着物の合わせへと入る。
布の抵抗も肌に伝えず、得物を帰すその手指を、吽形は惚れ惚れと見つめた。
ぱちり
不意に顔を上げた娘と目が合った。
鋭い眼差しが一瞬だけ柔らかくなり、まるで微笑むような優しい気配を宿した。
吽形はたまらずその目に言った。
「悪かったな」
「なにが」
気質の所為か、早い返答をすれば、どうしても語気が突き放すようになるカワセミ。
吽形は構わず続けた。
「手先の技量を疑ったりして」
「別に。針仕事が苦手なのは本当だ、見栄で隠した。スルのは得意だ。賭博のイカサマも鮮やかだぞ、まぁ、稀にばれる。お前達に助けられた時も、賽子をいじったのがばれて追われた」
悪戯っぽく笑うカワセミ。苦い経験も恥じる事無く、語り慣れた口調だ。
忠告の見せ方と言い、見栄で言った事もあっけらかんと告げる仕草と言い、なんとも気持ちが良い。
吽形の中で、カワセミ自身を表す材料が集まっていく。
「カワセミは、姉御肌を通り越して親分肌だ。その気質と気位に力まで付けたら、将軍になってしまうな」
「将軍なんぞ、しょせん人だろう? つまらん。私は私の望む生き方をする生き物になりたい」
ざぁと風が吹いた。
日差しを透かす緑が揺れ、カワセミの周りをちかちかと弾ける。
小山を囲む水田が青稲を歌わせ、稲の根元でひんやりとくゆっていた水の気配が、風に紛れて二人に届く。
吽形は眩しそうに目を細め、カワセミの凛とする姿を心に留めた。
「良いな、それ。翡翠はどんな生き物になる」
カワセミはにやりと笑うと、ぴっと人差し指をたてた。
「獅子より、狛犬より、強い奴」
吽形が口の端を上げ、カワセミを見つめた。
愛しむ眼差し、神獣からの嘘偽りのないそれに、カワセミは心が浮き立つ嬉しさと、それを隠し、誤魔化したい衝動に駆られた。咄嗟に、立てた人差し指を吽形の胸板へと突き立てると、きりりとまなじりを上げ言い放つ。
「もう一勝負しろ、吽形」
「あぁ。付き合うぞ、カワセミ」
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