お命ちょうだいいたします

夜束牡牛

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義兄妹1

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◇◇◇◇

 日差しが柔らかくなった頃合ころあいを、馬が走る。

 行きに見据みすえた白く焼けた道は、吸った熱も放つ熱も、ほどほどになったのか、あれほどまでに、身も心も急かしあせらせ続けた暑さを、今はあまり感じなかった。
 もしかしたら、馬上で背を重ね、カワセミを覆ってくれる、植木屋の影のせいかもしれない。


 『夏は夜』と言われるくらいだ、夕刻にはまだまだ届かないが、それに向かって、刻々と空気の質が準備を進めていく。熱波が凪の気配を見せ始めていた。


 カワセミは、植木屋の腕の中で逡巡しゅんじゅんしていた。
 いままで気にしないようにしていた事が、妙に心に浮かんでくる。それは、商町あきないまちに居続けていれば、百石階段神社ひゃくいしかいだんじんじゃへと逃げ込んでいなければ、吽形うんぎょうに会ってさえいなければ、思いめぐらせるはずも無い事。

(義妹の事、阿形の事、可愛いそれらばかりを気にかけていられれば、どれほど立ち回り易かっただろう。こうも七面倒くさいものか、恋とは……いや、本当にめんどくさい)

 カワセミは、商町を出る際に菓子屋が叫んでいた、自分に対する気持ちを、聞こえなかったふりは出来ても、告げられたそれを、蔑ろにすることは出来なかった。

(『好きだ』と叫ぶあれが、自分に出来るかと言えば……)
「絶対に無理だな」

「何がだ」

 カワセミが、思わず考えを口に出して否定すれば、馬上に至るまで、都合の悪い時ばかり『聞こえない』『黙っていろ』を通していた、植木屋が聞き返してくる。
 カワセミが植木屋の腕の中から見上げれば、植木屋が腕の中を見下ろしてくる。

「……」
「……」

 二人は一寸互いの目を探り合うと、見つめ合った末に、先にカワセミから視線を外した。
 カワセミは前を見据えながら、植木屋へと聞いた。

「兄貴は、思い人に『それ』を告げられるか? 菓子屋ほどとは言わない、さすがの私も、あれは特例だと思う」

「……お前、思い人がいるのか」

「いる」

 きっぱりと言い切るカワセミの言葉に、植木屋が黙った。

 カワセミは、自分を可愛がってくれる兄貴分が、『どこの馬の骨だ』などと言ってしまったら、馬上の今はさすがに縁起が悪いな、と考えてしまう。

「……カワセミ、『後は必ず、俺が面倒を見てやる』、俺がそう言ったこと、覚えているか?」

「もちろん。『そうさせてもらう』と私は返した。ただ、言ったように、実家が騒がしくて帰られなかった」

「……」

 揺れる馬上だからか、舌を噛まぬよう、余計な物が口に入らぬようにか、植木屋がぼそぼそと言ってきた。
 返すカワセミは、植木屋の体に覆われ風から守ってもらっている事もあり、兄貴分の耳にはっきりと届くように強く返していた。

 植木屋が黙る。
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