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お戻り4
しおりを挟む声は聞こえたが、追いかけてきた菓子屋をカワセミはちらりとも振り返らない。意地悪をしているのではなく、慣れない体制では、馬上で身を保つのが精いっぱいなのだ。
そんな、答えられぬカワセミの代わりを担ったのは、植木屋。菓子屋の声に可笑しそうに笑ったあと、後ろへと振り返りざまに、大声で返してやる。
「おう、へたれ菓子屋! 少しは男気を見せてくれるかっ」
「ってめぇ、カワセミを攫うみたいな顔しやがって……そこかわれ! くそっ」
意外に足の速い菓子屋がそう怒鳴り返している間に、植木屋が手にした手綱を口に咥え、動いた。
「よっと」
速足の馬の背に両腕をかけ、さっと上体を飛び込ませると、器用に外側から片足を回し込み、馬へと跨る荒業。
カワセミが思わず後ろに手を伸ばし、植木屋の胸倉辺りを掴み手助ければ、その手を頼りに植木屋が上体を立てた。
片手を後ろにやったカワセミの体が、ぐらり、と体勢を崩した所を、植木屋が抱え込むようにして手綱を握る。
過ぎ去る風景が速さを増していく。
「どうだ、梯子乗りを舐めるなよ」
「……私だって、地下足袋ならばそのぐらい容易く出来た」
まんまと植木屋の腕の中に納まったカワセミは、後ろ手に植木屋を掴んでいた手を離すと、胸へと抱えていた菓子箱を両腕でぎゅっと抱き締め、悪態を返した。
もう一人、大声で悪態をつく男が着々と迫って来る。
「植木屋ぁ!」
「うるせぇ追い風だな」
植木屋は最後の仕上げとばかりに、地下足袋を鐙にかませると、菓子屋に怯えて駆け足を始めた馬へと、身を低く落とした。
馬は菓子屋から逃げるために速度を上げていく。
誰の企てか、菓子屋がうまい具合に馬の追い役になり、逃げ馬が本領を発揮してくれる。
だららっだららっ、と、腹へと響く馬の駆け音が何とも気持ちがいい。
「っ――――……」
「……」
植木屋の腕の中で、風から守られたカワセミの耳に、人の足ではいい加減はなされていく菓子屋の、懇願する叫び声が聞えた……ような気がした。
その菓子屋のすがる声に、カワセミは植木屋の顔を見上げる。
娘は何か言いたそうに兄貴分を見つめるが、植木屋の日に焼けた首と顎は、下を向いてはくれない。
おそらく、菓子屋は大事な事を、二人には無視できない事を叫んだはずだ。
しかし植木屋は、叫んだ菓子屋にも、見上げて来るカワセミにも、取り合う気が無いようだ。
馬の足音と、息ばかりが聞こえる。
「兄貴のあほ」
「……」
カワセミはこちらを見ない顎へと文句を言うと、自分も、菓子屋が叫んだ、思いを告げるには少しばかり騒がしすぎる、熱い告白を聞こえなかった事にする。
早馬が商町を出ていく。
通りを駆ける早馬はご法度。ただ、馬上の二人が商町の賑わい所ならば、目上の者達も多少は目を瞑ってやろうと思った。
人除けも、指笛もほどこされ、気をまわされ早馬の通り道。その上、馬上の若い二人も申し分ない。ここで一々言えば、野暮になる。
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一世一代の告白を馬で逃げられ、その上、事の結末は皆が見守る間もなく、商町を出て行ってしまった。
しばらくは、大橋手前の菓子屋は賑わうだろう、人情硬いのも、商町の良い所なのだから。
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